
お料理、明るい里の街並み、一人のご飯…。
猛獅子さんと【監視】という名の共同生活を初めて二ヶ月以上が過ぎ、猛獅子さんには私の苦手なことを知られている。特にお料理は毎回文句を言われて怒鳴られ呆れられ笑われて、不味いなんて言いながらも最終的には何か作ってくれる。ついこの間は「悪魔の食べ物」と爆笑されて、正直かなり悔しかった。
猛獅子さんも人間だもの。何か弱点みたいなものはないのかなー…?
五. 明虎 -アケトラ- U
私の渾身の手料理を目の前に、初めの一口まではすごく時間のかかった明虎さん。初日の猛獅子さん同様、何か嫌味の一つや二つ言われるだろうと踏んでいたけど、余所に意外や意外…顔色を真っ青にしながらも無言ですべて完食してくれた。しかも猛獅子さんとは対照的に叱りもしなければ呆れもせず、苦笑いを浮かべながらただ一言―…『次は頑張れ』と言ってくれた。そんな様子にすごく驚いたし、その姿が今は会うことの叶わない大好きな猛と重なった。
―…猛もいつも優しくて、私を責めたりしなかったな…。
猛の面影と重なったこの瞬間、私の中で虎面の彼…明虎さんへの警戒心は一気に無くなった。
初日以来本体で来ることは少ないけれど、来た時はやっぱりちゃんと食べてくれる。そして必ず『前より美味い』と褒めてくれる。私にはそれがすごく嬉しかった。猛獅子さん含め、二人ともぶっきらぼうな印象ではあるけど、明虎さんはどこか【素直】な気がする。何と表現すればいいのかわからないのだけど、猛獅子さん程壁を感じない気がした。それに私の話にもちゃんと合わせてくれる。『あぁ』とか『おぅ』とかだけど、その適当な感じがまた猛に似ている。
そんなこともあり、私もかなり話しかけるようになった―…そう、まるで猛に話すみたいに。やっぱりこの世界で異物な私に最初こそ警戒心みたいなものを持ってる空気でいっぱいだった明虎さんも、話していくと少しずつその空気も消えていっているように感じた。
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「ねぇねぇトラ、あれは何?」
「あ?あぁ、あれは…」
窓の外から見える何気ない里の風景を指差し尋ねると、それに対して普通に返事を返すオレ。猛獅子の代わりにの監視任務に就いて一週間。天井裏での会話なんてのは初日の数分間だけで、それ以降はソファで緑茶をすすりながらの任務だ。居場所も正体もお見通しのヤツに、姿を隠す必要があるかっての。
そんなオレの複雑な思いとは裏腹に、完璧はオレに対しての警戒心のカケラも無くなり、こんな普通のやり取りが毎日繰り返されるようになっていた。…というか警戒心とか緊張感とか、自身にそんなものがあったのは知らねぇけど。
面を外したあの初日の夜、オレはこいつに正体がバレるのは時間の問題だと感じた。こいつの勘の良さは半端ねぇ。もし街中で偶然那菜と『シカマル』の姿で出会い疑いを持って空気を探ってしまえば、【シカマル=明虎】なんていう方程式はすぐに成り立つだろう。だからといってその状況を防ぐのも面倒くせぇ上に同じ里内、今後出会わない可能性は限りなく0に近い。頭をフル回転させ考えたが…正直お手上げ、何をやっても遅かれ早かれこいつにはバレるんだ、という結論に達した。そう思うと少しだけ肩の力が抜けた気がするのは思い違いではないと思う。
それにこの呼び方…ある日突然「だって明虎さん、だなんて長いですよね!」といって勝手に省略されていた。おいおい、『トラ』なんてナルトしか呼ばねぇ言い方だっつーの…。
任務初日に心に決めたあの決意を返せっ!という位、とにかく今こいつはオレに心を開いているのが伝わる。何でこんなことになったのかはわかんねぇ。ただ夕飯を食べ続けていただけで…本当に突然だった。全くの敵意も感じられずにこうも懐かれると、こっちもこいつに対して持っている面倒くせぇ不信感とか警戒心とか、そんなものがどうでもよくなってしまった。そして自らが前に想定した『実は他の里の人間だ』とか『ナルトを狙って嘘を付いている』とか…そういうヤツではなく、目の前にいる彼女は『本当に五十年前の木の葉からやってきてしまった変な女』であって欲しい、と願うようになっていた。いつのまにかオレ自身も受け入れていた。ホント女ってわけわかんねぇ…そう思いながら自分の幼馴染を思い出しては苦笑いを浮かべた。
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部屋の中が優しいオレンジ色に包まれる時間帯。影と入れ替わっての家に到着したオレは、いつも通りに夕飯の支度をしているを窓から見つけたのだが、少しだけ彼女の様子がおかしいことに気付いた。影からの情報では特に変わったこともなく、相変わらず『あれなに』『これなに』の質問攻めだったらしいのに…。そんなことを思いながら窓から部屋に入ろうとすると、突然が窓越しに振り返り、「玄関から入ってね」なんて言ってきた。
…気配出してねぇっつーの……。
相変わらずの察しの良さに苦笑した。
いつも通りいびつな夕飯を揃え、いつも通り食事の挨拶を済ませ、いつも通り夕飯を口にする。ここ最近、こいつの飯はだいぶマシになってきた。相変わらず見た目は得体の知れない物体だが、味の方は少しずつ成長してきている。暗部での立ち位置のせいか、こいつは褒めて伸びるタイプだな…そんなことを考えていた。
目の前のにふと目をやると何かを考えていたらしく、箸を持って小首を傾げたまま固まっている。そしていきなり『うん』と頷くと箸を置き真っ直ぐにオレを見据えると、まるで何かを決めたかのように話しかけてきた。
「あのっ!」
「あ?」
「トラはさ、猛獅子さんと一緒の『あんぶ』なんでしょ?」
「あー…そうだけど?」
「それって何する人のことなの?」
「…は?」
こいつの「あれなにこれなに病」には慣れている。何せ『今のところ』オレの中でもこいつは五十年程前の人間なのだから。その都度答えに差し支えのないものは教えてきていたが、この質問はいかがなものか。暗部…正式名称【木の葉特殊暗殺部隊】。木の葉の中でもさらに闇に包まれ、機密事項の多い部分。それを今こいつに教えていいものなのかどうなのか。二人の間にはしばらくの沈黙が流れ、その空気の意味を察したは質問を変えた。
「じゃあさ、トラは猛獅子さんと仲良し?」
「仲良しって…まぁ悪くはねぇと思うけど」
「一緒にいること多い?」
「そりゃ同じ暗部だし…ってかその言い方やめろ。気持ち悪ぃ」
ふーん、というとまた静寂が二人を包む。遠くでカラスが鳴く声がなんとも間抜けに響き渡る。突然何なんだこいつは。猛獅子絡みの何かか?それともやはりこいつ嘘を…と少し疑いを持ち始めてしまった。そんな予想を大いに裏切り、次にこいつがしてきた質問に目が点になった。
「じゃあトラは猛獅子さんの苦手なこととか知ってる?」
「…は?」
「嫌いな食べ物とか出来ないこととか暴露されたら恥ずかしいこととか…弱点なら何でもいいの!」
は身を乗り出し尋ねると、大きく悪戯っ子の笑みを浮かべた。ナルトが以前漏らしていた毎回作り直す料理のこと、相当悔しがる負けず嫌いな一面があること、交換条件を持ちかけてきたこと、そして今、このいびつな料理を前にしての質問の数々。極めつけに、今まで見たこともなかったこの悪戯っ子の笑い…。
あー…なるほどね、大体読めてきた。
オレの導き出されつつある答えに安堵感を覚え、それと同時に気付かされた。こいつに疑いを持ってしまうと裏切られた様な気になり、そうではないととわかると安心する。オレのこいつに対する思いは、頭よりも心の方が正直なんだ…そう思うと箸を置き、オレも悪戯っ子よろしくニヤリと笑みを浮かべる。
ー…いつも仕事でこき使われんだ、これくらいの可愛い復讐くらい良いだろう。
そう思うと一つだけ…猛獅子が言われ慣れていない、言われたら照れるであろう【ある一言】を教えてやった。は一言も聞き洩らさないようにうんうん頷きながら聞いている。大きな青い瞳はキラキラ輝き、聞きているうちに顔はどんどん緩んでいく。最後まで聞くと、は今まで見たことのない…屈託のない大きな笑顔を浮かべてこう言った。
「ありがとう、トラッ!」
…わりぃなナルト。オレ、こいつのこと嫌いじゃねぇわ。これからもこの笑顔見たさについ教えてしまうんじゃないか…そう思ってしまったのはまた別のお話。
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本来の任務終了期日は明日の正午。あと丸一日ある。なのに今のオレは早く里に帰りたい気持ちでいっぱいだった。いつもなら帰還途中にあそこに寄り道しよう、とか あっちのラーメン屋に行ってみよう、とか思うのに、今回はただただ、『早く里に帰りたい』という思いで溢れていた。何故だかわからないけど。
…うし、帰る。わけわからんがとにかく帰りたい。つーか帰る。
そう決めると任務予定を勝手に一日前倒しにし、敵中へと駆けて行った。
結果、予定よりも一日早く里に帰還した。帰還報告のためにまずは三代目の所へ向かわなければならないのはわかっているが、その前に無意識に足はこの二ヶ月通い続けていた家へ向かっていた。家の近くまで来ると勘の鋭い彼女を思い出し、小さく笑いが漏れる。面倒くさがりな理論派のあいつと、突拍子のないことをする不思議な少女の共同生活…全く想像がつかない。これは面白そうなものが見れそうだ…そんな好奇心に駆られて気配を殺し、離れた場所から中の様子を探った。
すると中では予想を裏切り、トラとアイツが笑顔を浮かべて楽しそうに話をしていた。アイツの雰囲気も何となく、トラに懐いてる気がする。たった二週間…俺に慣れるまで結構時間かかったのに、何でトラには…。しかもトラ、面外してやがるし。お前シカマル姿とほぼ一緒の姿なんだから警戒しろっての。それにアイツ―…何であんな楽しそう笑ってるんだ、バカ。
そう思うと何故かムカムカしてきた。ムカムカするし、イライラする。そんな思いで悶々としているとチャクラで気付かれたのか、トラはオレのいる方角を見ると少し苦笑いを浮かべた。そして目の前にいたアイツに何か話すと、次の瞬間には瞬身を使って消えていった。
トラが消えたことによって一人になったあいつ。一人になった瞬間、淋しそうに俯くあいつ。そんな姿をみたらいてもたってもいられなくて、気付いたら瞬身を使って部屋の中へと移動していた。突然現れた俺を目の前にして最初は驚いたのか、あの青くて綺麗な瞳をまん丸にしてじっと見つめてきた。でも次の瞬間、二週間前までごく当たり前に見ていたあの笑顔を向けて、一言言った。
「おかえり、タケ」
この笑顔と初めての『おかえり』という温かな言葉、そして何故か変わった親しみのある呼び方に、どこかむず痒さを感じる。けれどこのたった一言が、オレの心の奥底で渦巻いていた変な感情をすべて綺麗に消し去ってくれたのを感じた。
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「そういやお前、あいつの前で面取ってたな」
夜、暗部の隊長部屋。本来の姿のまま総隊長の机で資料を眺めていると、横で忙しなく準備をしている明虎ー…シカマルに声を掛けた。シカマルは「あぁ、そのことか」と言うと、ニヤリとしながら言った。
「あいつは想像以上に勘が鋭いぜ。ありゃ面使ってても何の意味も持たねぇよ」
「そうか」
「あいつにバレるのは時間の問題だと思うぜ?」
「…」
バレるー…つまり【猛獅子=うずまきナルト】だと知られること。まだはナルトの存在は知らないはずだが、知られたらと思うと、どこか胸がキュッとする。
「ま、お前の懸念している事はわかるが、もしバレたくねぇなら『本当の姿』で会わないようにするしかねぇな」
「はぁ…」
オレは思わずため息をつく。シカマルはそんな様子に苦笑いを浮かべると、素早く印を組むとボフンっという煙と共に背の高い明虎姿に変化した。
「…っつーわけで、SSランク2つ潰して来る」
「おぅ。気ぃつけろよ」
黒一色に身を染め、青白い虎の面だけが闇夜に浮かぶ。綺麗に照らし出す月に向かい窓枠に足をかけた明虎は、ゆっくりこちらを振り向くと小さく呟いた。
「まぁ、オレはあいつを信じてみてもいいと思うけどな」
「?!」
予想外のシカマルの言葉に驚き目を見開く。そして何事もなかったかのように去って行く相棒を、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。