
ナルトに聞いてみると、あいつはただの「頑固で料理下手な甘ちゃん娘」。三代目に聞いてみると、あいつは「あんないたいけな少女が生きる意味も生きる希望もわからぬじゃなんてそんなことがあっ…」…長くなるので以下、略。
病院で姿を見て以来、オレは通常任務に加えてあいつの素姓の調査のせいで強固の缶詰状態。よって「ローテーションで様子を見る」というのは名ばかりで、今まではナルトに任せきりだった。だが今日、とうとうオレの出番ってわけだ。正直めんどくせぇ…。最近は少しずつ猛獅子版ナルトには慣れ始めてるらしいが、あいつは未だに謎だらけのわけわかんねぇ奴。オレが相手だ、絶対に警戒なんか解かねぇ。
―…そう思いながら始まった、オレとあいつの二週間。
五. 明虎 -アケトラ- T
「…国外任務?」
「あぁ、しかも今から」
「今からってもう朝6時だぜ?ご苦労なこって……」
日は昇っていてもまだまだ冷え込む季節。外は冷たい風が辺りを揺らしていた。シカマルは暗部総隊長と副総隊長…つまりナルトと自分専用の部屋だということで変化もせず今晩遂行した任務の報告書をまとめていた矢先、開け放たれた扉からの眩しい日の光と冷たい風が部屋を包み込んだ。そして突然現れた銀色の獅子面姿の相棒の、これまた突然伝えられた任務の変更。何でも彼自身も、今さっき突然言い渡されたらしい。それにしても急を要する総隊長直々の任務…しかも長期。内容を想像するにも恐ろしい。
「で、帰還予定日は?」
「二週間後だが、下手したらもうちょいかかるかもな」
「そうか。気ぃつけろよ」
「ん。だからシカ、あいつのこと頼むな」
「…」
あいつ突拍子もねぇことするから…なんて言いながら面を外し準備を始めるナルトを他所に、オレは疲れきった頭を使って思考を巡らせる。そしてしばらく経ってやっと結論に辿り着く。 あー…すまんナルト、忘れてた。監視任務、あれってナルトと『オレ』の任務じゃねぇか。ただでさえ頭を使い体を使い、試行錯誤を繰り返す調査担当だったから、そんなことすっかり頭から抜け落ちていた。
禁術の巻物を二・三本とクナイ数本をホルスターに入れ、新しい暗部衣裳を身につけている猛獅子姿のナルトに向かって二つ返事をすると、「じゃあな!」なんて言って慌ただしく出て行った。開け放たれた扉から漏れる日の光が眩しくて、思わず目を細める。その光に反射してキラリと光る何かを視界の端に捉え、ふと机の上を見る。そこにはこっちを同じく見つめ返す、銀色の獅子面。
「…あんの馬鹿っ!!」
ナルトの少し抜けてる所は、猛獅子姿でも変わらない。早く里の奴らも気付けよ…そう思うと、少し心が痛んだ。
********
ナルトの言う『あいつ』ー…は数ヶ月前に突然現れた過去の人間。ナルトは最初の頃こそ何も語らずだったが、無意識なのだろう、近頃よく話題に出るようになっていた。その話す様子を見ていて、生い立ちからか人に対しての警戒が人一倍強いあいつが、彼女をもう『敵』に分類していないことが手に取るようにわかった。
だがオレにとっては、考えが少し違っていた。寝る間も惜しんで調べに調べて行く程、の謎は深まるばかり。戸籍は見つからない。名前すらどこにも残ってねぇ。猛の資料は一族の中でもまだ多い方なのに、義理の妹がいたなんて資料はどこにも残っていない。大体どうやってこの時代に来たんだ…そして何のために…。
それにナルトから聞いた、あの『気配を察知する能力』。あれははっきりいって恐ろしい。身を隠すことが一切不可能…変化を施しての暗部のオレらにとってはまさに致命傷。
そもそもが嘘をついている、という可能性も無きにしもあらずだ。実は他の里の奴で、どっかからか入手してきた一族の情報を使ってるとか。そうすると狙っているのはナルトか三代目か、それとも他の血継限界の家系のヤツらか…。考えれば考える程混乱していくので、頭を二・三度強く振るとゆっくりと席を立った。
―…警戒は解かずに慎重に行くか。
今後の方針を心に決めると印を組み、ボフンッという煙と共に背の高い、黒髪の一つくくり姿に変化する。フードを纏い、銀色の虎の面をつけ、もう一度自ら決めたことを再確認。扉を開け放ち、一日の努めを果たしたお天道様を見送りながら思わずいつもの一言。
「あー…めんどくせぇ…」
深いため息とともに呟くと、やっとここで『監視対象』の家を目指して駆けだしたのだった。
********
「えーっと…どちら様ですか?」
このごく一般的な一言に、これほど驚かされる日が来るとは思いもよらなかった。目的場所である天井裏に着いたオレは、中の様子を探ろうと静かに術を発動した。術と言ってもごく小さなもの。音もしないし、光もしない。ただ壁の波動と同調することによってこちら側から向こうが透けて見えるという、潜入型忍術の一つだ。こんなの基本中の基本、基礎中の基礎。よって今までこの術を使って誰かにバレる、なんて失態は犯したことはなかった。
だがどうだ。今のこの現状に加えて、この気まずい空気。あいつは術を発動した瞬間に見えるはずの無いオレを見上げ、例の言葉を発してきたのだ。気配を察知する勘の良さは聞いていたのでいつかはバレるだろうとは思っていたが、まさかここまでとは…。そう思いながらもどうすることもできず、思わず息を潜める。重く苦しい空気が二人を包む中、オレを天井越しに見つめるあいつが更に言葉を続けた。
「…もしかして、虎のお面の人です?」
「!!」
「んー…この感じ、そうですね」
一人納得すると「お疲れ様です」と言って頭を下げ、視線を目の前の鍋へと戻していった。最早勘がいい、なんてもんじゃない。『的確に見えている』レベルだ。
「…なぜわかった」
「そんなの気配で…って、猛獅子さんの時と同じ会話ですよ、これ」
そんなに不思議がらなくてもみんなわかるものでしょう?なんて言葉を続ける。この不思議な雰囲気にさらに不信感を募らせる明虎。元々眉間に皺が寄っているのに、さらに皺を増やしてしまう結果となった。
―…警戒するに越したことはねぇ…。
ここに来る前に心に決めた言葉を思い返したのと同時に、この得体の知れない見透かされている空気に何とも言えない感情を抱いた。
当の本人であるはそんなことはお構いなしに、料理本とにらめっこしつつお鍋と格闘していた。あの料理事変(命名:猛獅子)以来、悔しくて悔しくて手料理する回数が増えていたのだ。猛獅子が本体で来ている時は、どんなに下手なものでも一緒に食べてもらう。毎回毎回笑われ呆れられ、最終的には毎回猛獅子にチャーハンを作ってもらう、を繰り返す日々だが、自身少しは腕が上がってきてる…と信じている。
料理本を片手にあっちへいったりこっちへいったり…明虎と同じくらい眉間に皺を寄せて慌ただしく動き回る。そんな様子を眺めていた明虎は、無意識のうちに笑みを浮かべていた。そしてすべての準備が整ったのか、は上を向き天井のある一点をじっと見つめると、静かに「ご飯です」と声をかけた。正直一緒に食事をするつもりは全くないのだが、以前ナルトが「部屋の中で様子見てる」と言っていた言葉を思い出し、明虎はとりあえず下へ降りる。突如目の前に降りて来た真っ黒な衣装に身を包んだ人間を再び見つめ、かと思えばふいっと視線を外しては席に着く。その行動の意図がわからず、後に従って明虎も静かに席に着いた。
........
.....
...
ナルトから聞いていたが…まさかここまで酷いとは。
テーブルの上にはちょっと米粒の原形がわかるような気がするトロトロの白いものと、具が見えるか見えないかの色をした味噌汁と呼べそうなもの、そして大根と思われる崩れた茶色い物体とイカの煮物らしき品物が揃えられていた。オレが煮物と呼べるか呼べないかの一品をじっと見ている間あいつはオレを見ていたようで、視線を感じて目線を上げた。
「あの…既にご存知かと思いますが、です。あなたのお名前は?」
「明虎」
「明虎さん、よろしくお願いします」
そういうとはぺこっと頭を下げた。オレも一応小さく会釈する。は続けて「いただきます」というとお箸を運び始めた。その姿をオレはじっと面をつけながら睨んでいた。
「明虎さん、今日は猛獅子さんは来ないんですか?」
「あぁ。しばらくは俺がお前を監視する」
「監視…ですか…」
監視という言葉に、は少し悲しそうに視線を落とした。ナルトだって監視してんだろ、なんで落ち込んでんだこいつは。しゅん…とした様子では煮物を口に入れると一瞬驚いた顔をし、パッと顔を上げるオレをじっとみた。
「明虎さん、これ食べてみてください!」
「は?」
「今日の煮物、見た目は最悪ですが味はなかなか上手くできました!」
「…いらねーよ。お前が食え」
「…食べてくれないんですか…」
そういうと、さらにしゅん…とする。監視対象の作った飯を食うかっての。ナルトだって食ってねぇだろ。
「猛獅子さんは食べてくれるのに…」
「は?!」
ナルトが監視対象の作った飯を食う…生い立ちからか人一倍警戒心の強いナルトが?オレは信じられない気持ちでを見る。そんなオレを余所には持っていた箸を起き、「ごちそうさまでした」とつぶやく。
「まだ全然残ってんだろ」
突然発した食後の挨拶に、オレは驚きの声を上げた。次から次へと予想外な動きをする。ナルトの言っていたように、確かに「突拍子もねぇ事をする」ヤツだ。そんなオレに対し、はお構いなしに次なる言葉を続ける。
「明虎さんが一緒に食べてくれないなら、私ももういらないです」
「…は?」
「元々食べたくないんです。でも猛獅子さんと約束したから食べてるんです」
「……」
そんなことより…とつぶやくと、の真っ白くて細い腕がオレの虎面に伸びてくる。その瞬間、オレはとっさにその手を払い落し、睨んだ。こいつ、今何をしようとした?暗部の面を取って正体を知ろうっていう魂胆か…?オレの殺気に驚いたのか、は自身の手を抑え、目を丸くしていた。ふと払い落とした手を見ると赤くなっていて、ほんの少しだけ罪悪感が生まれた。
「お前、今何しようとした」
「ご、ごめんなさい…。お面外して欲しくて…」
「…何故だ」
「何故って…だって全身真っ黒で虎のお面だなんて、空気が重いじゃないですか」
「…は?」
空気が、重い…?そんなくだらねぇ理由で?オレは思わず目が点になる。面付けてるからには伝わってないだろうが。そんなバカげた理由で外すバカがいるわけなー…
「猛獅子さんは外してくれましたよ」
「はっ?!」
「うちにいる間は面もフードもない姿です」
オレはまた驚きの声を上げた。あのナルトが?信じられない。まぁ本来の姿をさらしているわけではないとはいえ、驚きでじっとを見つめた。―…このたった数か月で、あいつの中で何が起きてんだよ。そう思い目の前にいる少女を観察する。チャクラはまぁあるようだが、それと言って違和感があるわけでもない。普通の少女だ。顔を見れば「外して?」と言わんばかりに、小首をかしげてじっとオレを見てくる大きな瞳。その姿はまるで飼い主に一生懸命尻尾を振っている犬のようだ。
目の前のテーブルには得体の知れない食べ物。キッチンからは何か焦がしたのであろう、香ばしい香り。そして目の前には「外して」と顔面に書いてある、ワンコよろしい少女。こいつのこの不思議で掴みどころのない、そんな雰囲気が、オレの張っていた緊張感を無意味なものにさせた。
―…これにナルトもやられたってわけ、か……
そう思いクククッと笑い声をあげると、「へぇへぇ」と言いながら面を取った。あの「気配を感じる勘の良さ」の持ち主だ。面を取った地点でオレの負けだ。
―こいつに正体がバレんのは時間の問題だぜ、ナルト。
そう思った、まだまだ最初の一日目……。