画像

 オレが知ってるアイツ…は本当にわけわかんねぇ奴。
 相変わらず彼女に関する記録は出てこない上に、彼女自身も、過去の世界のことはあまり思い出せていないようだ。
 記憶にあることといえば一族のこと、義兄のこと、深く語りはしないが前の世界での生活、そして自分の年齢…そのくらい。年齢に至っては『十七歳』という事実に、オレもシカも思わず『嘘つくな!』と声を上げた(結局本当だったようだけど)。
 
 記憶が戻らなくてもこいつは毎日初めてのことを学び、触れ、生きることに輝きを見出し始めていた。
 そして彼女が大きな一歩を踏み出したのは、オレらが出会ってから既に三ヶ月もの月日が流れてからだった。

六.第一歩


 と出会ったのは年の瀬迫る凍える季節だったのに、いつの間にか辺り一面薄紅色に彩られていた。厳しい冬を越えた木々が努力して自らの力で花を綻ばせるように、も少しずつこの時代での生活に色を添えられるようになってきていた。

「タケー、ご飯出来たよ」
「へぃへぃ」

 ソファで大量の巻物を広げていた猛獅子は立ち上がると、足下に広がるものを踏まないよう注意しつつテーブルへやってきた。『監視』なんてすでに名ばかりで、普通に一緒の空間で生活することが当たり前になっていた。猛獅子も明虎も、任務担当以外の日も暇を見つけてはの家で過ごす。そうやってのんびり気ままに三人で過ごすことが多くなってきていた。
 最初の頃こその精神面を心配していた三代目も、最近の彼女の心境の変化を受け大いに喜び、また褒めていた。きっと『任務終了』の命が下るのもそう遠くはないだろう。
 そしてずっと他人行儀だった話し方も、あの長期任務からの帰還以来『タケ』『トラ』と愛称で呼ぶようになり、普通に話すようになっていた。彼女は無意識なのかもしれないが。

 ふと猛獅子はテーブルの上を見る。そこにはやっと米の形を維持するようになった白米とやっと味を調節できるようになった味噌汁、そして見たところまだ食べられそうな感じのする副菜の数々が並んでいる。テーブルの上を見ながら席に着く猛獅子を向かいには、まるで子犬が尻尾を振るかのようにワクワクしながら話しかけた。

「ねぇタケ、わかる?今日ちょっと頑張ったんだよ!」
「みりゃわかるって。魚が焦げてねぇ」
「うん、すごいでしょ!」
「大してすごかねぇけど、お前にとっちゃすげぇのかもな」
「へへっ!何しろずっとグリルの前で見張ってましたからね!」

 しゃもじ片手にすごいでしょ、なんて笑顔いっぱいに得意気に言うを余所に、猛獅子はグリルの前にしゃがんで魚の焼けていく様を見つめるの姿を想像し、込み上げてくる笑いを抑えようと必死になっていた。笑いを抑えようと試みるのだが、あまりにも安易に想像出来てしまうその姿に思わず体が震えてしまう。何とかその考えから離れようと平然とした雰囲気を装い、箸を動かしながら他のことに焦点を置くことにした。

「で?魚は良しとして…こっちは頑張りが足んねぇんじゃねーか?」

 そう言って猛獅子が箸で掴んだのは海藻ときゅうりと大根の酢の物サラダ。もはや酢の物、というよりも青黒いスープのように思える。箸で持ち上がったワカメはどこも切られておらず、持ち上げるとびろーん、とどこまでもついて行った。所々に絡みついたシラスが、まるで引き上げられる網に絡まった魚のようだ。下にあった大根は千切りなんて細かなものではなく、五切り…言えても十切りくらいが適切であろう。そんなワカメを麺類よろしくすすり始めた猛獅子。

「えっと…歯ごたえ重視にしてみました」
「ぶっ!!!」
「ちょっ、きたなっ!!」

 勢いよく噴出した猛獅子を前に真っ赤の顔して タケの将来の顎を心配してだよ!なんて取り繕う。嘘つくならもっとましなもん考えろっての。

…っとバカだなぁ、こいつは。

 はいはいあんがとよ、なんて言いながら無意識のうちに腕が伸び、撫でなれた彼女の頭をわしゃわしゃ撫で回す。そんな顔で私の方が一つ年上なんだよ、何て睨まれても怖くねぇっての。

********

「今日ね、影のタケと一緒に買い出しに行ったんだよ」
「魚屋の奥さんが妊娠したんだって」
「神社の桜がもう満開なんだよ」

 大きな青い目で三日月を作りながら、今日一日のたわいのない話を楽しそうにする。話すたびに綺麗な髪が小さく揺れて、まるで鈴の音が聞こえてきそうだ。

―…あーあー、ちょっと前の「殺して!」なんて言ってたのが嘘みてぇ。

 今の生活を楽しむことが出来始めているの話に耳を傾けつつ、穏やかに食事を続ける。ここ最近の日常と化している姿だ。しかし、次の言葉でオレの心境は一変した。

「そうだタケ、今晩トラ来るかな?」
「…多分来ねぇ。でかい任務入ってた気がするし」
「そっかぁ…トラにも褒めて欲しかったのになぁ、魚…」

…また来た、このわけわからん感情の波。

『オレが褒めたからいいだろ、今日はオレが来てるんだからあいつが来なくてもいいじゃねぇかよ』

 そんな思いが胸に広がる。 いつの間にか…いや、多分あの長期任務の後から、時折こんな思いが心の奥底に疼くようになってきていた。この存在に気付くともう、自分でもわからないこの感情を無視することでいっぱいいっぱいになる。何故こんな思いが湧くのかわからない。今まで経験したことのない感情。それにもまたイライラが募る。何とか気持ちを逸らそうと、無言で白飯を口に運ぶ。いつもなら上手く時が解決してくれる。それなのに今回は、追い打ちをかけるようにもう一つ、最近新たに加わったイライラの種をが口にした。

「まぁいいや。でも猛には絶対に報告する!猛がいたら絶対褒めてくれるのになぁ」

 遠くを見つめながらすごく暖かい笑顔と一緒に吐き出された言葉。それを聞いた瞬間いてもたってもいられなくなり、食事中だというのにバンッと箸を置くと急に立ち上がった。

「!?どうしたの、びっくりし…」
「任務だ」
「え?」
「任務だから行く」

 手早く印を組み影分身を作り出すと、これまた不満そなう表情を浮かべているもう一人の俺を作り出す。本当は任務なんてなかったが、一刻も早くから距離を起きたかったため、嘘をついた。そんなオレの感情なんか知らない彼女は、突然の出来事に箸を持ったまま小首をかしげて見つめてくる。その表情にガキっぽいからと堪えていた言葉を抑えきれず、窓枠に足をかけながら振り返ると力の限り言ってやった。

のバーーーカ!」
「バッ?!」

ー…オレだって褒めたじゃねーか、バーーーカ!!

 ガキっぽいのは分かってる。でも彼女に伝えずにはいられなかった胸のもやもやをぶつけると、そのまま出て行った。



 一方取り残されたは、目の前にいる不機嫌な猛獅子をじっと見つめる。猛獅子は猛獅子で、一切と目を合わせない。は数回パチパチと瞬きすると、懲りずにねぇねぇと話しかけた。

「途中からいきなり雰囲気変わったよね、さっきのタケ。何で?」
「(お前のせいだ、お前のっ!)」
「あーあ、今日は大事なこと聞きたかったのにな」
「大事なこと?」
「うん」

 影分身の猛獅子はチラリとを見やる。はやっと目が合った彼ににっこり微笑むと、ここ最近ずっと考えていたことを伝えるべく、姿勢を正して真っ直ぐに見据えて言った。

「ね、私も忍になれるかな?」
「…は?」
「どうしたら忍として働ける?私も忍になりたいの」

********

「私も忍になりたいの」

 この一言で、今までオレの中で悶々としていた例の思いはすぐに吹っ飛び、今こいつから発された言葉の意味を考える。確かにこいつにチャクラはある…が、こいつが忍?こんな細っちくてチビで華奢で料理も出来ない奴が忍?(実際料理は関係ないが)
 信念とか志とか生きる理由とか里への思いとか、そんなんもないのに忍…無理だ。はっきり言って無理。忍はそんな甘っちょろいもんじゃねぇ。オレは腕を組んで目を伏せると、頭を横に振った。

「無理。お前はくの一なんてなれねぇよ」
「何で?」
「なんでも」

 そう言ってちらりとの顔を盗み見ると、彼女は口を一文字にして頬を膨らませ、じっとオレを見ている。何だその不服そうな顔は、頬でもつついてやろうか。そんなことを考えていたが次に彼女から放たれた意外な一言に、オレは口を噤んだ。

「忍術使えても?」
「!?」

 が忍術…考えたこともなかった。でもよく考えればこいつも五十年前とはいえ里の人間。それも大きな一族の娘だ。使えない方が不自然な話だ。何より忍術が使えるやつが忍じゃない職を選べ、っていう方が難しいのかもしれない。

「お前、忍術使えたのか…」
「正確には『使えることを思い出した』なんだけどね」

 そのせいで思い出したくないものまで思い出したけどね…と少し困ったように笑う。その表情が今まで見たことのないようなもので、深く聞こうと口を開いたら言葉を重ねられた。

「相変わらずどうやってここに来たのかとか何でこの時代にいるのかとかは、全然思い出せないんだけど…」

 そう不安気に口にする彼女に少し胸が痛くなり、オレは組んでいた腕を解きそっと頭を撫でた。はまるで猫のように撫でられるのを受け入れ、柔らかく笑った。

「でも、ここ最近ずっと考えてたの」

 忍術のことを少しずつ思い出すようになってから、と微笑みを浮かべて言う彼女はすごく真剣で…それでいて綺麗だ、と思った。

「猛のために頑張って生きて来れてるのかとか何でここにいるのかとか、そういうのはまだよくわかんない。この先のことも全然わかんない。けど…」

 そこまでいうと言葉を切り、俺の目をじっと見つめて話した。

「けどここでの生活は、間違いなく私が生きてきたこの十七年間で一番楽しいの。外の世界で人と話すのもすごく楽しいし、タケやトラと過ごすのがとても楽しい。初めてのことだらけですごく刺激的で…それでいて何もかもが輝いて見えるの。飛ばされてきたのが今の木の葉で本当によかったって思ってる」

 そういって一息つくと、強くはっきりとした口調で言った。

「だから今度は、忍になってもっと沢山のことを知って、もっともっと視野を広げてみたいって思うようになった。私も今の木の葉の人たちみたいに、キラキラ一緒に輝きたいって思うようになったの」

********

 じっと真剣な表情で猛獅子を見つめると、真意を見極めるかのようにじっと見つめ返す猛獅子。二人を包む空気はとても真剣で、どちらも一切目をそらさずに見つめ合っていた。の纏う空気はもう十分輝いていて、とても強く見えた。

―…オレも暗部へ入りたいってじぃちゃんに伝えた時も、こんな感じだったかもな…

やはりとはどこか似ているのかもしれない、と苦笑いを浮かべると、猛獅子は踵を返して玄関へと向かった。

「ちょっとタケ!どこい…」
「行くぞ」
「…へ?」

 猛獅子は首だけ振り返るとニヤッと笑う。

「なれるかなれねぇか判断するのは俺じゃねぇ。じぃちゃんに自分の口で伝えな」
「!!ありがと、タケ!!」

 ははち切れんばかりの笑顔を浮かべて玄関まで来ると、そのまま勢いよく猛獅子に抱きついた。その瞬間に影は消え、代わりに猛獅子本体が目の前に現れ受け止める。驚いただったが、早速「んじゃ火影邸でね!」と言うと思い出したばかりの瞬身を披露して見せた。その印を組む早さと正確さ、そして術の発動中のチャクラコントロール…このたった一つの術だけで猛獅子はのレベルを大体見抜き、くくくっと笑いを漏らした。

―…こりゃ大したくの一になるかもな。

そんな意味の込められた、先に広がる未来に期待した笑みだった。



 第一歩…それはとても勇気のいる行動。
 その小さな一歩が無ければ、未来に続く道もない。
 でもその一歩によって開ける道は、無限大。

 にとっての第一歩は、まさにこの日だったんだ―…。