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親を『いない』じゃなくて『いないようなもの』と話したこと。
『ありがとう』じゃなくて『殺せ』といってきたこと。
家族の話をすると、少しだけ淋しそうな表情をすること。

そのすべてがオレにもわかる気がして…
その状況がオレと似ている気がして…。

ただ何となく…本当に何となく、放っておけない気がしたんだ―…

二.条件


「今日もよろしくな、俺」

 そう言うや否や暗部装束に身を包んだオレは、オレンジ色から藍色へと色を変えつつある空めがけて駆けだした。今日は巻物の奪還一本のみの仕事。そんなに時間はかからないだろう。一方残されたもう一人の獅子面の俺は「へぃへぃ」と答えると、とあるアパートの天井裏へと消えた。
 というのも、あいつ―…はあの日の翌日に退院し、今はじぃちゃんが用意したアパートに暮らしている。体には何も異常はなかったが、精神面でいろいろと心配しているじぃちゃん直々の命で俺と明虎の二人ローテーションで様子を見ることとなった。

―…といっても、あいつには変に思われないように天井裏からこっそりとだけど。

じぃちゃんから渡された任務、それはあいつが【死なないように】様子を見ること。オレ個人としては別にあいつがどうなろうが興味はねぇが、これは任務だ。ターゲットを絶対に死なせてはダメ。 あいつが死んだ時点で俺らの任務は失敗に終わるのだ。
 「俺ら」とは言ったものの明虎はあいつの調査に忙しく、退院してからのこの二日間はオレ自身と影分身が担当していた。つまりもし今あいつが死ねば、それはオレの【任務失敗】となるのだ。 総隊長として【監視】の任務で【失敗】だなんていかがなものか。

「もう二日…そろそろ倒れんじゃねぇか、あいつ」

昨日一昨日とあいつを見ていた影分身からもらった情報を思い出して呟いたが、オレの言葉は白い息となって消えていった。


*********


コチコチコチコチ……

小さなワンルームの部屋に響く、時を刻む小さな音。ガランとしたその空間にはベッドと冷蔵庫…それに小さなダイニングテーブル一つしかない。生活感のカケラもない、無機質なただの四角い部屋。その中でこの部屋の住人、はただひたすらベッドに仰向けに寝転がり、微動だにしていなかった。何も口にせず、ずっと目を閉じているアイツ。病院を退院してからずっとこんな調子だ。このままいけば体は衰え、確実に『死』へと近づくであろう。
 本来ならば極秘に行っている監視対象相手に話しかけるなどもってのほかだが、詳細に言えばこれは「監視」ではなくあくまで【対象の様子を見る】という任務。話しかけることにより死ぬことを回避するのはセーフだろう。そう考えると、猛獅子はしびれを切らして天井裏から声をかけた。

「おい、何か食え」

しばらくの沈黙の後、はゆっくりと目を開ける。だが視界には何もとらえず、そのまま再びゆっくりと目を閉じて言った。

「やっぱりあなたがいたんですね」
「やっぱり、だと?」
「あなたがずっとそこにいたのくらい、気配でわかります」
「……」

はさも当たり前かのように静かに語りかけるが、猛獅子はそれどころではない。暗部の人間、ましてや総隊長であろう自分の存在に気付いていたなんて…。水中に意識もなく浮かぶし、時空まで越えてきた…とか……

(こいつ…本当に何者なんだ………?)

今は誰も答えの知らない疑問が浮かんでしまったことに後悔し、とりあえず今の任務を遂行しようと頭を切り替える。

「とりあえず何か食え。お前、ここに来てから何も食ってねぇじゃねぇか」
「………」

ごく自然に無視してきた。ほんと可愛げのねぇやつ。

「このまま衰弱死でも考えてんのかもしんねぇけど、俺が見てんだ。諦めな」
「私が死ねば、あなただってこんなことしなくて済むのに」
「はっ、同感だな。今すぐ三代目に言ってくれ」

ただでさえ忙しい身であるのに、こんなくだらねぇ任務にも就いているとは、総隊長も終わったな。心底そう思った。監視役なんか平の暗部、あるいは上忍あたりにでも頼めばいいじゃないかと提案したが じぃちゃんは何か思うことがあるらしく、このことは内密にと話していた。死にたいと思うやつは勝手に死ねばいい。俺を巻き込むな。

「大体じぃちゃんが『死ぬのは許さねぇ』って言ってたじゃねぇかよ」
「別に許してもらわなくても…」
「いいから食え。食わねぇと殺すぞ」
「…だから殺してくださいってば…」
「……」

脅しが脅しとして機能しない……そんな面倒な状況に、思わずため息が漏れた。




脅しの効かないに何度か何か食すことを勧めるも、依然として動く気配が無い。半ば呆れた猛獅子は、最終手段として例の言葉を口にすることにした。

「何か食ったら、いい情報教えてやる」
「いい情報?」
「あぁ、猛のこと」
「!!」

猛の名前を出しただけで、今まで閉じたままだった目は見開き、仰向けだった上半身はむくりと起き上った。くいっと顎をあげ、姿は見えない猛獅子のいる場所を、まるで真意を確かめるかのように食い入るように見つめる。猛獅子は猛獅子でなぜ見えないはずの自分の居場所すらわかってしまったのか、不思議で仕方が無かった。しばらくの沈黙の後、は重い口をやっと開いた。

「…食べる」

そういってゆっくりとベッドから降りる。その様子にナルトは猛獅子姿であることも忘れ、小さくガッツポーズした。


*********


三代目が用意していたのであろう、小さなパン1つのささやかな夕食を一人食べる。その様子を猛獅子は静かに天井裏から見ていた。最後の一口を飲み込むと、じっと天井裏に視線を向け、言葉を発した。

「わかったこと、すべて教えてください」

はっきりとした言葉でそういうと、は猛獅子の言葉を待つ。猛獅子は知っている情報を整理しながら話し始めた。

猛、死亡年齢は二十歳。忍びとしての実力は一族一で天才少年と呼ばれ、幼いころよりその能力を発揮。一族の反乱画策を知り一人で鎮圧、唯一の生き残りとなる。その後は暗部に就任。今は慰霊碑で眠る―だってよ」

 これは寝る間も惜しんで未だに調べ続けている同胞・明虎が、やっとの思いで見つけた情報だった。何せ一族が滅んだのはもう半世紀ほど前のこと。反乱を画策して未遂に終わり、さらには同じ一族に鎮圧されたという、言わば「一族間の争い」とも取れる一族の情報など、常に膨大な量の情報が飛び交う昨今の情勢により、はるか奥深くに眠っている。それでもここまで見つけ出した明虎には、本当に尊敬を念を抱く。そんなことを考えながらに目をやると、少しうつむきながら口をぎゅっと結び、何か考えているようだった。しかしやっぱりしっくりこなかったのか、くいっと顔を上げ猛獅子に問い詰めた。

「いれいひ…それって猛のお墓ってこと?それ、ここから遠いですか?」

木の葉の人間なら誰もが知ってるその場所、その名前。それを知らないなんて、じぃちゃんの言う通りやっぱりこいつはこの時代の人間じゃねぇのかも…そんなことを考えながら、猛獅子は返事をする。

「あぁ、慰霊碑には沢山の英雄が眠ってる。猛もそこにいる」
「…今から行きましょう」

そういうとすっと立ち上がり、無言で玄関に向かう。その姿を見て猛獅子はあることを思いつき、思わず顔を緩めた。そして天井裏から声をかける。

「待て。お前場所知らねぇだろ。本体が帰ってきたら連れて行ってやる」
「…今がいいです…」
「(こいつ案外頑固か…?)影分身で行くには場所が場所だ。夜明け前には行けるからもうちょい待て」
「…今がい…」
「待て」
「……」

猛獅子の位置に背を向けているはしばらく無言で固まっていたが、場所がわからなければ行けないため、諦めたようだ。その場にすとんっ、と腰を下ろした。少し機嫌を損ねた雰囲気が猛獅子にも伝わり、苦笑する。そして今から言うことにも機嫌悪くなるだろう、と思うが今後のことを考えると自分が楽になるだろう。そう思い、には悪いが言葉を続けた。

「連れていくには条件がある」
「条件?」
「あぁ。これからはちゃんと飯を食うこと。これが条件だ」

勝手に食べてくれればとりあえずは死ぬことはないし、この監視もさっさと終わる可能性もある。そう猛獅子は考えたのだ。その言葉にしばらく考えていたは、猛獅子のいる天井裏に向き直って言った。

「わかりました。ただ、私も条件があります」
「…なんだ」
「あなた、私を監視するのが仕事ですよね。でも私、監視されるの嫌いなので、いる間はここに降りてきてください」
「は?」
「じゃないと私、ごはん食べないです」

じっと見上げてくる。猛獅子は予想外の言葉にをじっと見つめ返す。それって監視って言わなくねぇか?…まぁじぃちゃんも「様子を見ろ」って言ってて「監視しろ」っては言ってねぇけど。ってか食わねぇとか言ってるけど、そもそもそうするとお前今日慰霊碑行けねぇぞ?
 言いたいことはいろいろ思い浮かぶが、何かもう言いくるめるのも面倒だ。猛獅子は小さく舌打ちする。

「どうします?」
「…わかった。お前が食うならな」
「交渉成立です。では、早速降りてきてください」
「……」

しばらくの沈黙のあと、ぼふんっという音と白い煙とともに、の目の前に獅子面の青年が目の前に現れた。そしてを見下ろすと、はぁ…と重いため息をついた。