
目が覚める前までは、里長は二代目火影。
けれど目が覚めると、目の前には三代目火影。
確かに私は屋敷の外には自由に出られない身だったけれど、これだけはわかる。
明らかに【何か】がおかしい…。
窓から見える景色も、私のいた【木の葉】じゃないことは明白だ。
わけわかんない…助けに来てよ、猛…。
一.月下の出会い V
いつの間にか眠っていたのだろう、目を覚ますと病室には昨日出会った三代目と猛獅子と呼ばれていた青年、さらにその彼より少し背丈の高い虎面の人が、何やら話しこんでいた。黒いマントに動物の面をした二人の表情は読めないが、三代目は何やら難しそうな顔をしている。
「おぉ、や、目が覚めたか。気分はどうじゃ」
それでも私が目を覚ましたのに気がつくと温かい笑顔を向けてくれたから、少しだけ安心する。
「…気分…」
気分はどうか、と聞かれたのは初めてで、どう答えたらいいのかわからない。なので小さくうなずくと、三代目は「そうか」とまた微笑んでくれた。
「目覚めてすぐで悪いのじゃが、お主に知らせておかねばならぬことがあるのじゃよ」
「はい」
そこまで言うととても言いづらそうな様子で、なかなか次の言葉を発してくれない。それに見かねた虎面の青年はため息をつくと、三代目様の持っていた薄っぺらな紙を手早く奪い、ベッドで上体を起こした姿勢で言葉を待つ私に声をかけてきた。
「…お前さ、確かに一族なんだな?」
「はい」
いくら今の状況ががよくわからないとはいえ、自分の名前と一族のことは忘れていない。自信たっぷりに返事をした私とは裏腹に、一族の名前を再確認すると「でもよ…」といって手に持っていた紙を手渡してきた。その内容を目にして、私は体内のすべての血が奪い去られるような、そんな感覚に陥った。
その紙面によれば一族は五十年前に反乱を計画するも、事前に鎮圧され滅亡。今は一人も残っていない、というものだった。
(ちょっと待って、何これ。つい昨日までみんなお屋敷にいたじゃない。それに反乱?そんな話聞いたこともない。父上も母上もお手伝いさん達も、他の一族の人間も、それに猛だっていた!大体五十年前って何…何でみんな滅んでるわけ?)
頭が混乱しながらも重なっていた紙をめくると、そこには一族の戸籍や死因などが載っていた。パラパラと戸籍をチェックしていると、あるページで思わず手が止まり、穴があくほど見つめる。見つめても見つめても内容は同じで、ついにすべての体の機能が停止した気がした。そんな私を知ってか知らずか、虎面の青年が話しかけてきた。
「そん中にお前の名前無いんだけど…」
「…」
「お前、本当に一ぞ…」
「これ、本当なんですか…?」
虎面の青年の言葉を遮って言う。そして彼をじっと見つめると、紙面のある場所を指して問うた。指さすのは、猛の名前の下に書かれた【死亡】という2文字だ。
「これ、本当なんですか…?」
その声は自分でも驚くほど弱弱しく、涙をこらえるのに必死だった。
*********
「これ、本当なんですか…?」
そうか細い声で問う姿があまりにも痛々しく、虎面の青年ー…明虎は息をのんだ。自分の聞きたい内容は「なぜこの戸籍にお前の名前はないのか」ということなのだが、目の前のの様子に言葉が続かない。猛の欄には【死亡】の2文字と、他の者とは違う死亡年月が記載されていた。ただそれは反乱後の年代というだけであり、すでに今の時代からはるか昔の時代には変わりない。明虎は小さくとため息をつくと、気を取り直して口を開いた。
「本当も何も、戸籍に書いてあるくらいだし…」
「…そう、ですか…」
「それよりもよ、なんでここにお前の名前がねぇんだよ。お前一族じゃね…!?」
突然目の前の紙面を濡らす1粒の水滴に驚き、言葉を止める。 そっと顔を上げると、目の前にはが無表情のまま涙をこぼしていた。明虎はもちろん、その場にいたナルトも言葉を無くす。
「…ご、ごめんなさい…ちょっと頭が…追い、つかなくて…」
頑張って言葉を続けるが、涙はあふれて止まらない。突然の一族の死、反乱、五十年前、そして猛の死。信じられない、信じたくもない話に無意識に涙が止まらなくなった。その様子に三代目がゆっくりと近づくと、肩に手を置き優しくいった。
「突然申し訳なかった。泣きたいだけ泣くとよい。ただ、もすぐに知りたいかと思い話してしまったのじゃ。許しておくれ」
そう言うと、二人を連れてそっと部屋から出て行った。
*********
日もすっかり傾き、辺りを温かなオレンジ色に染められた頃、猛獅子姿のナルトはドアを二・三度叩いて中を覗いた。は出て行った時と同じ場所にいた。泣き疲れてぼーっとはしているが、意識はしっかりこっちに向いている。細くて色素の薄い彼女は、今にも周りのオレンジ色に溶け込んで消えてしまいそうだった。
「おい、大丈夫か?」
誰もが恐れる暗部総隊長…その猛獅子がお見舞いだけでもびっくりなのに、さらに優しい言葉までかけているなんて部下や仲間が見れば相当驚くであろう。そのままベッド脇にあった椅子に腰かけると、何を喋るでもなくじっとを見据える。
「おい、おま…」
「…して…」
「は?」
あまりにか細く聞き取れなかった猛獅子は、もう一度言ってもらおうと言葉を促す。すると今まで虚ろだった瞳が大きく見開き、猛獅子の袖を両腕で掴み、真っ直ぐに目を捉えて言った。
「あなた忍だよね?だったら私を今すぐ殺して。猛のところへ連れていって!」
再び瞳に涙を溜めながら、じっと猛獅子を見つめて言う。その様子を目の当たりにし、猛獅子は驚き…それと同時に怒りが込み上げてくる。瞬時に左手での首をつかみ壁に押し付け、ホルスターに入れていたクナイを一つ掴みだすと何の迷いもなくの首へと突き付ける。
「別にお前が生きようが死のうが関係ねぇ。死にたきゃ勝手に死ねばいい。けどなぁ…」
「…」
「オレは軽々しく『死にてぇ』なんていう甘ちゃんは大嫌いなんだ」
望み通り殺してやる、そう言うや否や持っていたクナイを振りかざす。その瞬間、二人とは違う第三者の声が部屋に響き渡った。
「!!!何やってんだ、このバカッ!」
バンッとドアの開く音がしたと同時に、慌てて明虎がやってきて猛獅子の体を後ろから押さえた。後から入ってきた三代目も慌てて二人の間に入る。
「何をやっておる、猛獅子!お主にはただ様子を見てくるように頼んだはずじゃろうがっ!」
「うるせぇな、こいつが『殺せ』っつーから殺してやろうとしただけだ」
その言葉を聞いた三代目は信じられない、といった様子での顔を見つめる。
「…今の話は本当かのぅ、」
「…はい」
小さな声で肯定の言葉を聞くと、三代目は天を仰ぎしばらく何も発さなかった。重い沈黙が流れ、部屋には温かなオレンジ色と、時を刻み続ける一定の音しか響いていない。
一分たったか二分たったか、やっと三代目は口を開いた。
「や……前の時代では違うが今はわしの里の住人、すなわち家族じゃ。生きるも死ぬも、勝手には許さん。」
「…前の時代…家族……?どういう意味…?」
「わしは里人はみな『家族』だと思っておる。よってお主も今日から家族じゃ。」
三代目はふんわりとした笑顔を絶やさぬまま、まるで小さな子に諭すかのように、ゆっくりゆっくりに語り続ける。
「お主の部屋を出た後更に調査をし、里一番の知恵者であるこの明虎と話し合ったのだか、最終的にお主が何らかの形で時空を越えてきてしまったのではないか、とわしらは考えておる」
「…」
「原因はこれから更に調べる。何としてでもお主を元の時代に返せるよう努力はする。約束しよう。だから…」
そこまでいうと、三代目はの両肩に手を置き、グッと力を込めると有無をも言わさぬ迫力で力強く言った。
「生きるのじゃ。何が何でも生きるのじゃ。生きたくても生きられなかった者どもの分まで、が生き抜くのじゃ。それが生きているものの役目。自ら命を絶つことは絶対に許さん。これは火影としての命令じゃ」
そう言ってゆっくりと肩から手を外すと、今度はその手をの頭に乗せて優しく撫でてくれた。は複雑そうな表情で、ただひたすら三代目の顔を見つめていた。