
目が覚めたら、そこは全く知らない世界。見知らぬ人々、見知らぬ建物、それに理解できない単語の数々。何かがおかしい…そう瞬時に感じられたのに、言葉は宙に浮いて中々出てきてはくれない。
せめて空気さえ違ったらここはどこなのか、とか問い詰めることも出来たのに
私の身に纏う空気は私が生まれ育ったそれと一緒のもので…
ここは一体どこなのよ――…
一.月下の出会い U
思わず助けてしまった少女を抱え、猛獅子は木の葉へ帰還した。森の中で放っておこうかとも思ったのだが、今は12月。そうも出来なかった。
「じぃちゃん、帰った」
何の迷いもなく窓から火影室へと侵入すると、いつも通りのあの年老いた声で返答が聞こえる。
「これナルト!何度も窓から入るなと言うとるで…は…ってどうしたんじゃ、その娘は」
「よくわかんねぇんだけど…多分…拾った?」
いつもなら「この姿の時は本名で呼ぶな、クソジジィ!」なんて暴言を吐くのだか、今日はそれどころではないらしい。猛獅子の姿の時は、普段なら飄々としていてあまり表情が読めないのだが、面を通してでも伝わってくる困惑している彼を目の当たりにして、じぃちゃんー…三代目火影はかなり驚いていた。
「拾ったって…任務先でか?」
「いや、その後に寄った近くの湖で」
まるで流るる水が如く当たり前のように答えた途端、三代目は怒りを露わにした。
「またお前は任務の後に寄り道しよって!前々から言っておるだろうが、任務の後は真っ直ぐ帰っ…」
「はいはいはいはい」
いつものお説教が始まると察した猛獅子、もといナルトはフードを外し、先に三代目の言葉を終わらす。ナルトの父親代わりとして、唯一の家族としてお世話になってもう十一年。猛獅子としてお世話になってから早五年の歳月が経っていた。
一度説教が始まると中々終わりが見えないことを、彼はきちんと学んでいたのだ。そんな彼の学習能力の甲斐もむなしく、言葉を遮られた三代目は更に怒りを増し、いつも以上のお説教タイムが始まってしまった。
*********
…何か聞こえる……
そう思って目を開けてみた。辺りは薄暗くてよくわからないけど、とりあえずどこかの部屋なのかもしれない。怒鳴っているおじいさんの声と、受け流してる男の人の声。あぁ、何だか心地いい…
そこまで思うと急に意識がはっきりしてきて、思わず体を起こした。
「おぉ、起きたのか」
目の前には赤い傘を被ったおじいさんと、全身黒いマントに身を包んだ茶色い髪をした獅子面の人がいた。その言葉に返事はせず、ひたすら辺りを見回す。全く見覚えが無い部屋。どうやら私はソファの上に横になっていたらしい。起き上がったと同時に毛布が少しずり落ちた。不安にかられ毛布をきゅっと握ると、おじいさんが優しく声をかけてくれた。
「何も怖がることはない。わしはこの木の葉の里の火影じゃ。娘さん、名は何という?」
木の葉の里の火影…このおじいさんが?信じていいのかわからない…そう思い、名前を言っていいのかわからずじっと見つめる。すると火影と名乗ったそのおじいさんは、私の返事を促すかのように優しく微笑んでくれた。
火影なんて嘘かもしれないけど、名乗っても大丈夫な気がする。何となく、そう思った。
「…、……です」
小さな声でそれだけを言うと、目の前にいる二人を交互にじぃ…っと見つめた。その熱い視線に思わず苦笑を浮かべるおじいさんー…火影は続けて優しく問いかけた。
「よ、お主はどこ出身のものじゃ?家の者は?」
出身…?出身もなにも、私はこの木の葉から出たこともない。ましてや屋敷の外もほとんど出たこともないのに、一体これはどういうことなんだ。頭がついていかず、ただただ目の前の火影を見つめ返すことができない。そんな私に火影はそっと手を伸ばし、頭を撫でてくれた。
「ではどこの里の子じゃ?外はまだ真夜中じゃ、こやつに里まで送らせよう。」
そんなことを口にしながら、隣に立つ獅子面の人のほうへ顎をしゃくった。その瞬間獅子面の人が「は?」って声が聞こえた。
「何でわざわざ俺が送ってやんなきゃいけねーんだよ」
「何を言っとるっ!お前が保護したんじゃから最後まで責任を持てっ!」
「知るか!誰かさんの命令で一晩で三つも任務こなして疲れてるんだ!俺は帰るぞ!」
「三つで疲れとるなんて、お主もまだまだ青いのぅ」
「…っんだと、このクソジジィ!!」
あ、さっきの男の人の声はこの獅子面の人だったんだ…そんなことをぼーっと考える私を余所に、二人はまた言い争いを始めていた。そんな中、いい加減にしろっ!っと獅子面の人の腰を殴り火影が背を向けた瞬間、信じられぬものが目に入り、思わず「えっ…」という小さな声が喉をついて出た。
*********
「「え?」」
突然聞こえたその小さな声に反応し、二人は少女ー…の視線の先に目をやる。その先には、何てことのない……ただの三代目の羽織が映っているだけだ。
「どうした?」
は静かに指さすと、小さく続けた。
「…三代目、火影…」
は信じられないものを見るかのように、その大きい瞳をさらに広げている。その様子にナルトと三代目は視線を交わすと、どちらも理解できない意思を伝えるかのように小さく首を振った。はゆっくりと手を下ろし、こちらを向いている三代目の顔をじっと見つめると、小さく口を開いた。
「何で『三代目火影』なんですか…?ついこの間二代目になったばかりだと聞いた…のですが…」
「…は?」
「二代目様…じゃと…?」
ナルトは眉間にしわを寄せ、訝し気にを見つめる。三代目は驚くと同時に、まさか…と目を閉じる。そのまま少しの間考えると、そっと目を開きを見つめて言った。
「お主、と言ったな。里はここ、木の葉じゃな?」
「…はい」
は小さくうなずく。その返答に三代目は小さな確信を得ると、大きく息を吐いた。ナルトは一切理解できず、ただただ二人の様子を見続けている。三代目はさらなる確信を得るため、質問を続けた。
「親の名は?」
「…親はいないようなものなので…」
「兄弟は?」
「義理の兄が一人」
「その者の名は?」
「猛(タケル)…猛」
「!!!!!」
猛…その名を聞いた瞬間三代目は目を見開き、やはり…と小さく漏らした。そのやりとりを聞いていたナルトは、さっぱり理解できずただじっと三代目を見つめる。そしては三代目の表情の意味がわからず、小さく首を傾げた。
見たところ14・5のごく普通の少女がこんな夜更けに、わざわざこんな冗談を吐くだろうか。答えは「否」。吐くはずがない。ということは……。いろいろと思案していた三代目だったが、はぁ…っと一息つくとナルトに言った。
「…ともかく今晩はもう遅い。猛獅子、念のためこの娘を病院へ送ってくれ。その後は帰宅して構わん」
「は?なんかわかったんだろ?説明しろよ」
「入れ替わりに明虎(アケトラ)に来るよう、連絡を頼む」
「無視すんじゃねぇ」
「いいから行け。後で話す」
ずっと一緒にいるため、この三代目の声色はわかる。何か大事(おおごと)が起きたようだ。そう察すると、ナルトは小さく舌打ちした。やっぱりこんなヤツ放っておけばよかった…。
三代目は猛獅子にきびきびとした声で命令したかと思うと、次には優しい声でに話しかけた。
「や。すまぬが少しだけ調べる時間をくれぬか。なに、何も心配することはない、お主をどうこうするつもりはない」
目の前にある不安げなその小さな頭にそっと手を置くと、優しく撫でた。 はそんな三代目の様子をじっと見つめ、小さくうなずく。そして機嫌の悪そうな猛獅子におぶわれると、はそのまま木の葉病院へと連れて行かれた。
その後姿を見送って、三代目は小さく声を漏らす。
「一族…そんなはずは…」
誰もいない部屋でつぶやいた言葉は、闇夜に消えていた。