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こうなることを、一番恐れてたんだ。
こうなってしまうことを、一番避けたかったんだ。
だから入隊を拒否して遠ざけて、大事に閉まっておきたかったんだ…。

―…これからは、オレがお前を…。

十四.想い W


 しばらくすると目が覚めたことに気付いた彦摩呂以外の男二人が、ニヤニヤしながら近付いて来た。だいぶ酒を飲んでいるようで、距離があっても酒臭い。臭いだけでこちらが悪酔いしそうだ。

「よぅ舞姫、気分はどうだ」
「……」
「おら、何とか喋ったらどうなんだよっ!」
「ぐっっ…!」

 答えない私に腹を立てた一人が腹を勢いよく殴り、思わず声が詰まる。その痛みと込み上げる吐き気を何とか耐えながら、目の前にいる二人を睨みつけた。

「おーおー、そんな可愛い顔して睨まれても怖くねぇよ!舞姫ちゃんよぅ!!」

 そういって一人の男が顎に手を添える。そしてゆっくりと唇にそって指を這わせてきた。そこからゆっくりと下がっていき、順々に体のラインを撫でられる。生理的な恐怖を覚えるも、バレないよう声を押し殺して言う。

「…るな」
「あぁ?」
「汚い手で触るなって言ったんだっ!」
「生意気な口叩いてんじゃねぇぞ、こらぁ!!」

 その瞬間、男の容赦ない平手打ちが降ってくる。そして再び顎に手を添えられ、無理矢理顔を上げさせられた。その様子をにやにやしながら見ていた彦摩呂の声が、ゆっくりと腰を上げると言葉を発した。

「それは我の女ぞ。もう少し丁重に扱え」
「生意気なコイツが悪いんだろーが」
「なぁお館さんよぅ。死なない程度になら、こいつを傷付けさせてくれても良いだろ。美人な女の苦痛に歪む顔が、オレは大好きなんだよ」

 「仲間も随分コイツに世話になったしな」と言うと、二人は刀片手にギラギラ目つきで見てきた。その表情はとても同じ人間とは思えない。彦摩呂は「少しならよいぞ」というと突然私を縛り上げていた縄を切り、支えのなくなった私の体は土の上へ転がった。その衝撃が折られた腕と足に響き、小さく呻く。そして肩を強く押され仰向けにされると頭上で手を纏められ、ニヤニヤした男たちが見下ろしてきた。

「舞姫ちゃん、そろそろ楽しく遊ぼうぜ」
「どんないい声で啼いてくれるのかなぁ」

 馬乗りになっている男の刃が、ゆっくりと顔に近付く。動かぬ体を必死に堅くして、目をギュッと閉じた。

ー…ナルト…助けてー…!!!

 今までどんなに気持ち悪くても、どんなに辛くても堪えていた涙が溢れ出てきた、その時ー…。


ドォンッ!!!


 大きな爆音が響き渡ると同時に頭上にいたはずの男が消え去り、両手の拘束が解かれた。驚いて目を開けるが、先の爆発によって辺りは何も見えない。

「!!!何だ!?」
「……んな……」
「!?誰だ、お前っ!!」
「そいつに触んなっ!!」

 その声が聞こえてきたと共に、私の上に乗っていたヤツも吹っ飛んでいった。その声が誰のものかなんて、例え姿が見なくても分かる。喧嘩して、あんなひどいこと言ったのに助けに来てくれたその事実に、先程とは異なる涙が溢れてくる。
 猛獅子姿のナルトは傍まで来ると、クナイで縄を解く。そして私を見るなり、泣きそうな顔でギュッときつく抱きしめた。

―…間に合ってよかった…。

 私の髪を撫でながら小さく耳元で囁いたナルト。その声が思いの外切なくて、相当心配かけたことを察した。抱きしめ返したくても、今の私は腕を折られてしまっていて、それも叶わない。その代わり、今は目の前にある彼の肩口にそっとすり寄った。
 ふとナルトの肩越しに見えたのは、彦摩呂を丁度ぶっ飛ばしてくれた明虎姿のシカマル。私の体を散々自分のものかのように扱っていたアイツ…しっかりと私の分も殴り飛ばして欲しい。そんな強気なことを思った瞬間、ナルトの腕の中で意識を手放した。

 私を呼び続ける、ナルトの声を聞きながら…。

........
.....
...

 ふと目が醒めると、目の前には真っ白な天井。ボーっとする頭で状況を理解しようと見回し、ここは自分の部屋のベッドの上だと把握した。少しずつ状況を思い出すが、どうにも途中から記憶が抜けている。ナルトやシカマルが来てくれた後、どうなったのだろうか。
 折られたはずの腕をゆっくりと動かしてみると、きちんと動いた。さすが木の葉の医療忍術。最高レベルだ。体にあったはずの傷も、足に感じた疼きも感じない。少し打撲の痛みがある程度だ。

 柔らかな光が部屋中に広がっていて、今は昼間なんだと理解する。窓辺から見える数羽の鳥がチュンチュン鳴いているのが見えた。時間はある程度推測出来たが、あれから一体どれ程の時間が経ったのだろうか。ナルトやシカマル、それに碧猫は無事なのだろうか。
 そう思い始めると不安になり、早速火影邸へ向かおうと足を床に付ける。そして立ち上がった瞬間、目の前が真っ暗になり、その場に倒れこむ。その瞬間に腕をベッドに強打し、ゴンッ!と鈍い音が響いた。

「!!何やってんだよ、お前っ!!!」

 その音を聞きつけたのか、ナルトが扉からすごい勢いで入って来て抱きあげられる。そしてそのままの勢いでベッドに戻された。目は閉じていても未だに目が回っている。そして先ほど強打した腕が、ものすごく痛い。

「目が回る…何で?」
「熱がある時くらいじっとしてくれよ、頼むから…」

 ナルトの呆れるようなため息と同時に、そっと頭に手を添えられる。熱…そうか、腕が折られたのだ、治療したとしても体は素直に反応するはずだ。やっと視界のグルグルが戻り、ゆっくりと目を開ける。そこには怒った顔で見下ろす、ナルトの顔。ナルトにはこんな顔じゃなく、笑っていて欲しいのに…。私は眉を下げると、思ったことを口にした。

「…ごめんね」
「何が」

 相変わらず眉間にシワを寄せ、横になる私を見下ろすナルト。その視線が少し怖くて、布団を目元まで引き上げ言葉を続けた。

「喧嘩しちゃったことも、クッション投げちゃったことも、『大キライ』って言っちゃったことも」
「…」
「そんなこと、これっぽっちも思ってないからね?」
「…」
「…あと、迷惑かけちゃったことも…本当にごめんなさい」

 私が謝罪の言葉を並べている間、ずっと反応がないナルトに不安が募る。ジト目で私を見下ろしているナルトの両腕がスッ…と近付いてくる…と同時に、こめかみに拳がグリグリと押し付けられた。

「痛い痛い痛い痛いっ!!!」
「…」

 その間も無言でただひたすらにグリグリするナルト。ようやく止まったので、頭を押さえつつ涙目で見上げると、ナルトはベッド脇にあるイスに座り、まだジト目で見ていた。

*******

「お前、自分がしたことわかってんのか」
「……」

 オレは目の前で涙を浮かべている瞳をじっと見つめながら、責めたい気持ちを何とか抑えて伝える。は眉尻を下げ口をへの字にしているが、そんな顔をしても無駄だ。

「オレが反対したにも関わらず勝手に暗部みたいな真似して、ああなったんだよな?」
「…次は迷惑かけないです」
「そこじゃねーだろ」

 お前バカだろ、という言葉を何とか飲み込む。オレの言いたいことを何も理解していない彼女に、思わずため息が出た。ジロリと睨むと、相変わらず申し訳無さそうな顔をしているので、今度はその柔らかそうな頬をギュッと摘んだ。何かしら責めていないと気が済まない。

「なうひょ?」
「お前の言う『裏暗部』はもう無し。解散だ」

 その言葉に目を見開き、頬を摘んでいる手を払いのけられる。そのまま腕を掴み上体を起こすと、今度は辛そうな表情を浮かべて言った。

「何で?!確かに迷惑かけちゃったけど、成果はあったはずでしょ?!」
「暗部」
「…え?」

 ベットに肩肘を立て頬杖しながら言うと、は思いもしなかった言葉だったのか、キョトンとした顔をする。再びため息をこぼすと、今度はハッキリと、分かりやすく伝える。

「今日からお前も暗部だ」
「!!」

 信じられない、というようにジッとオレを見ているを尻目に、イスから立ち上がる。そのままベットに腰掛け彼女との距離を縮めると、小さく呟いた。

「オレはお前がこうなるのが、一番怖かった。お前を出来る限り、命の危険にさらしたくねぇと思ってる」
「…ナルト…」
「けど、じぃちゃんからお前の気持ちを聞いた。あんなん聞いて、止められるわけがねぇ」
「……」
「だから今日付けで、暗部に入れる。見えねぇ場所で好き勝手やられるより、ずっといい」

 そう言うと、目の前でジッと見てきていたの柔らかな体をそっと抱き締めた。は突然の抱擁に驚いたのか「ナルト?」と小さく声が聞こえたが、聞こえぬふりをしてさらにギュッと抱き締める。
 暗部になんか、入れたくなかった。けれど、彼女のオレたちを想う気持ちが嬉しくないわけがない。だけど…

―…あと少し遅かったら、この温もりをもう二度と感じられなくなっていたかもしれない…
―…暗部なんかに入れて、後悔する日が来るかもしれない…

 そう思うと抱きしめる力が無意識のうちに強くなってしまう。オレの不安を感じたのか、今まで動かなかったの腕がそっと背に回され、優しく叩く。

「ありがとう、ナルト」
「…お前は年上のくせに危なっかしいしすぐ無茶するし、放っとけねぇんだよ」
「…返す言葉もございません」
「だから…だからこれからは、オレの目の届く範囲にいろ」

 オレの心からの言葉を伝え、両肩に手を置き少しだけ離す。は驚いたような顔のまま、オレを見ている。そんな彼女らしい顔を見て心が和むも、『こんな彼女を失っていたかもしれない』という恐怖心が再び押し寄せてきて、思わず顔を伏せた。

「お前を失う恐怖は、もう二度と味わいたくない」
「……」
「お前を無くすなんて、考えたくもない」
「……ナル…ト…?」
「これからはオレが守る。命に代えても守る」

 初めて『うずまきナルト』を受け入れてくれたキミを、大事にしたくてどうしようもないんだ。
 『大事』で『大切』で『傷付けたくない存在』で、オレの側でずっと笑っていて欲しいんだ。
 失うことが怖い…この温もりを感じられなくなることが、これ以上ないってくらい、怖いんだ。

だから…

―…オレがお前を、守る……。