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 が部屋を飛び出して数時間。すぐに彼女を追いかけたが、さすが舞姫、すっかり気配を絶たれていて見つけることが出来なかった。
 ナルトは小さく舌打ちすると木陰で素早く印を組み、暗闇に紛れ総隊長部屋へと向かった。

十四.想い U


―…私がどんな考えで、どんな気持ちで、どんな思いで始めたかも知らないで、勝手なことばっかり言わないでっ!

 アイツが言った言葉やその時の表情を思い出し、胸の辺りがギュッと痛くなる。確かに何故彼女は自分の反対を押し切ってまで暗部に入りたがっていたのか、何故内緒にしてまで『舞姫』となったのかー…何一つ聞いていない。
 ただそれは、お互い様なはず。オレが何故アイツを暗部に入れず、危険から遠ざけたいかも聞かず、勝手してるのはアイツも同じだ。こうなったら『舞姫』なんて止めさせて、名前だけでも暗部に入れてしまおうか。任務も総隊長権限で簡単なものを回すことが出来るし、何をしでかすか分からないじゃじゃ馬な彼女の手綱を握った方が、こちらも安心だ。
 そこまで考え、ふと彼女が最後に発した言葉を思い出す。

ー…大ッキライ!!

 大好きな彼女の声で何度も再生されるその言葉に、無意識に眉間にシワが寄る。ガキの頃は見下してくる大人達に誰彼構わず遣っていた言葉だが、慕っている相手に言われるとなかなか辛いものだと初めて知った。吐き出した息は白く変わって、天へと昇ってはすぐに消えていった。

**********

 との初めての口論(と大キライ宣言)に多少参っているナルト。足取りも重く総隊長の部屋へとやって来た。

「おせぇよナルト…って何だよ、その辛気臭ぇ顔は」
「…喧嘩した」
「誰と?」
「…

 はぁーっと重くて長いため息をつくナルト。を大事に思うナルトと、普段穏やかな彼女が喧嘩だなんて、シカマルは想像がつかなかった。けれど目の前にいる我が総隊長殿は口を尖らせ、ぶーたれ拗ねモード全開なのが見て取れる。自分のイスに座り机に突っ伏すと、ナルトはさらに言葉を続けた。

「推測通りだった」
「は?」
「舞姫はだ」
「あぁ、なるほど。それで喧嘩な」

 はぁ…と今度はシカマルのため息が漏れる。何勝手なことやってんだよ、あのバカは。

「こっちも新たな情報を手に入れた」
「舞姫のか?」
「あぁ。舞姫…と一緒に行動していた二人は『月狗』と『黒狼』だそうだ」
「!?は『カカシ』と『アスマ』って言ってたぞ!?」
「…ってことは自然と正体がわかっちまったわけだな。オレらを育てた『月狗』と『黒狼』は、カカシとアスマだったってわけだ」
「!」

 二人が暗部としての任務を始めた頃、良く一緒にマンセルを組まされていた相手・月狗と黒狼。そして数年前に二人を総隊長・副総隊長へと推薦し、自らは暗部を引退してしまった二人の良き仲間。今までナルトもシカマルも正体を知ることはなかったが、今日ついにわかってしまった。

「…シカ、二人を火影邸へ呼べるか?話がしたい。どうせじぃちゃんも絡んでるに違いねぇから、そこですべてを話してもらう」
「了解。だが平常心でな、ナルト」
「努力する」

 見るからに黒めいたオーラが漂っているナルトを見て、シカマルは少し焦る。そしてとばっちりを受けないうちにと、そそくさと忍鳥を出すため部屋を後にした。

*********

 一方は、翌朝から潜入予定だった鈴城村へ想定よりもずっと早く向かいつつ、ナルトと喧嘩してしまったことに落ち込んでいた。

「勢いとはいえ、大っキライとか言っちゃった…」
『アイツも男だ、お前のちっちぇ言葉なんか気にしてねぇよ』
「…そうかな」
『まぁでもまだガキだから、わからねぇけどな』
「…意地悪」

 はぁ…とため息をつきながら駆け続ける。全て終わったらきちんと話そう…そう心に決め、とりあえず今は直近の潜入に意識を向けようと試みた。ふと顔を上げれば辺り一面を美しく照らす月がこちらを見てみて、思わず足を止める。

?』
「こっちに来て、もうすぐ一年だね」
『…あぁ』
「私、いつかあっちに戻るのかな」
『…戻りたいか?』

 淀の質問に答えるでもなく、小さく息を吐く。それは彼女を想う彼のものと同様、白く昇っては消えていった。

........
.....
...

「だからぁ、チャンが『助けてイケメンカカシさん!頼りになるのは貴方しかいないの!!』って言うから、協力してあげてたんだって」
「話を盛るんじゃねぇよ、カカシ。余計ややこしくなる」

 カカシはそれはもう楽しそうに、わざと猛獅子ー…ここでは元のナルトを煽るように言う。そして元々機嫌が悪かったのに、その口車に乗ったかのようにカカシの発言に更に態度が悪くなる猛獅子。きつく握られた拳は、目の前にあるやる気ない顔を今にも殴りかかりそうだ。そんな二人の様子に、アスマと明虎は頭痛がした気がした。

「ナルトが問い詰めてるのはそこじゃねぇって。『なぜ報告も上げずに単独行動してたか』ってとこだ」
「えー、だってオレはもう暗部じゃないし、別にナルトはオレの上司じゃないデショ?」
「まぁそうだが『暗部総隊長=全ての忍の動向を知る者』ってのは知ってたはずだろ。そう教えたのはあんたらなんだから」

 そう、二人は猛獅子と明虎の暗部としての育ての親のようなもの。暗部としてのイロハは、彼らが教えたのだ。なら彼らの言う【裏暗部】なるものが発足したと同時に、何かしらの報告をあげるべきだー…三代目も含めて。問われたカカシとアスマは少し困ったように首を傾げると、三代目へ目線を配る。その様子に猛獅子は目線を高身長の二人から、自席に座る決して大きくはない姿に移して言った。

「…で?じぃちゃんも何でオレらに黙ってたんだ?」
「…」
「じぃちゃん?」

 問い詰めように語気を強める。その様子に三代目は小さな笑みを浮かべながらキセルを手に取ると、そっと火をつけ咥えた。

には直接聞けなかったのか?」
「…アイツにはキレられた」
らしいのぅ」

 少しふて腐れたように話すナルトに三代目は小さく笑うと、顎を上げ楽しそうに煙を口から吐いた。そして視線をナルトに真っ直ぐ向けると、はっきりと言った。

の真っ直ぐな【想い】を受け止めると、約束出来るかの?」
「…善処する」
「良かろう」

 そう言って再び口を開いた時、ナルトもシカマルも目を見開いた。

「全てはお主ら二人のためじゃよ」


***********

 話を聞いてから数週間。ナルトは肩肘を立てて、ある紙を不満そうに眺めていた。机の上に広がるのは潜入後毎日三代目宛に届いている、の報告書。彼女は鈴城宮家の使用人として、途中で戦闘になっていたところを助けた木の葉の暗部『蒼猫』と共に、潜入に成功した。潜入成果として「薬の受け渡し」や「売買する相手国」、そして更に「人身売買している貴族リスト」も手に入れたらしく、ほば毎朝何かしらの重要文書が送られてきていた。たった数週間でこれは素晴らしい成果であり、褒められる点である。
 それに反して、ナルトの表情は濃くなるばかり。その理由を知っているシカマルはニヤリと笑うと、更に揶揄うべく口を開いた。

「なぁナルト、知ってるか?」
「なんだよ」
「鈴城宮家の使用人って、顔の整った女しか雇わねぇらしいぞ」
「…」
「しかもその制服も、そこら辺のメイド喫茶より際ど…ってあぶねーだろ!殺す気かっ!!」

 突如飛んできた銀色の物が、シカマルの横を手裏剣の如くすり抜け壁に突き刺さる。振り返り刺さったものを見れば、それは見慣れた銀色の獅子面…武器ではないとはいえ、あれが当たれば確実に死んでいる。

 そう、あそこは魔の巣窟。悪事がずっと明るみに出ていなかったのだ、一つ見つければまるで底なし沼のように、面白いくらい悪事が出てくる。それを暴けば暴くほど、彼女の潜入は長くなる。そしてそれと比例して、彼女自身の身の危険も増すのだ。初めこそ彼女の想いを知り、受け入れようと努力した。その結果、潜入に行っていることを認めた。こちらから連絡を取る手段がないため、潜入中の彼女にはその事は伝えられていないがー…。

 けれど、出てくる悪事の数々に一向に終わりが見えない。潜入期間が長くなる彼女を心配し、全て明るみに出さなくても良いのではないか、今あるものだけで引っ張って、力尽くで潰せば良いのではないか…そんな事を思ってしまう。けれどそれでは【本当に鈴城宮家に苦しめられた人々】が誰でどれほどなのか、正確な数がわからない…。さらに言えば、例の貴族は女好きらしい。舞姫の首取りも、実際は『誰も正体を知らぬ彼女がどんな女なのか見たい』『あわよくば自分のものにしたい』という考えからであると報告があり、今にも殺しに飛び出そうなナルトをシカマルが精一杯なだめたのも記憶に新しい。
 ナルトは彼の中にある『火の意思』とへの『私欲』の狭間で、大きく揺れていた。

「なぁ、シカ。アイツまだ探る必要あるか…?」
「…まぁそろそろ良い頃合かもしれねぇな」
「!!じゃあ…!」
「あぁ、恐らく自身怒りも溜まってきてるだろうし、動くはずだ」

 そんなシカマルの読み通り、翌日の朝届いた報告には追加の人身売買リストと今日の暗殺部隊の人数、及びそれぞれの配置が記載されていた。そして文末に達筆な字で

『子の刻、計画通り潰します』

と書かれていた。

........
.....
...

 の指定した時刻ー…ナルトはそわそわと落ち着かない。彼女の計画に合わせ、暗部の援護も送っている。本当なら自分が戦地に向かいたかったが、それは私情が挟みすぎだと止められた。総隊長として今自分が出来る事は、戦況を冷静に判断し指示を飛ばし、被害を最小限に留めながら、ただ報告を待つだけ。そのことがどうしようもなく苛立つ。

「戦況は変わらねぇか?」
「はい、木の葉が優勢です。事前の避難により村人への影響も出ておりません」

 山中一族の暗部、山中リイチが鳥に施した『心転心の術』により、村上空から戦況を確認する。

「…そうか」
「それにしても、屋敷以外を一気に幻術にかけ事前に村人全てを避難させるとは、素晴らしい術者ですね。術者は暗部の者になりますか?」
「…まだ暗部じゃねぇ」
「?」

 この何気ない質問に、自身よりもいくつも年下の総隊長の機嫌を損ねたような気がして、リイチは小さく首を傾げる。その子供っぽい様子に、横に立っていた明虎は眼下にある今は茶色い頭を一発ゴツンと殴った。

********

「は班、南地区の鎮圧完了です!」
「に班、同じく西地区の鎮圧完了しました!」

 攻撃から数刻ー…暗部総隊長室にそれぞれの班長から報告に来た。想定よりも早い鎮圧に猛獅子は驚きつつ、所々かすり傷を作っている彼らを労う。

「よくやった。怪我のない者は北地区のい班、東地区のろ班、そして屋敷内のほ班の援護に回れ。医療班、怪我人はどれ程になる?」
「こちら医療班。軽傷者は複数人おりますが、重傷者及び死者は確認されておりません」
「そうか、よくやった」
「いえ、恥ずかしながら私たちの力ではなく、どうやら今回私達以外に、高度の医療忍術を扱える術者がいるようですね。各現場に我々が到着した時には既に、重傷者には見たこともない術が施されています」
「「(…か)」」

 恐らく屋敷内で戦闘中であろうの『天雫(あまのしずく)』だろう。今朝届いた戦略報告によれば、戦闘開始の子の刻、彼女はこの村の主である【鈴城宮彦麻呂】の一番近くにいたはずだ。つまり今この時この瞬間、彼女こそ一番厄介な人物と刀を交えている。それなのにこうも他の隊員をも気にかける彼女に、ナルトの眉間には深い皺が寄った。

「…自分のことだけ考えろ、バカ…」

 その小さな文句を、シカマルは呆れたように笑って聞いていた。

********

「い班、ろ班共に鎮圧完了です!」

 引き続き戦闘中の3班のうち2班から鎮圧報告を受け、オレも隣にいるシカマルもホッと一息つく。残るは屋敷内で戦闘しているほ班のみ。ほ班ー…それは潜入中のや蒼猫の加勢に送った班。彦摩呂及び彼の側近、そして彼の命を守る為に巨額の金を積まれて雇われた、手練の忍が多数配置されている場所だ。

「リイチ、屋敷内の様子はわかるか?」
「だいぶ焼け落ちているため近付くのも難しいですが、行ってみます」

 少し難しそうな顔をしたリイチだったが、オレの要求に応えようと入れそうな入り口を探してくれているようだ。しばらくすると「あ!」と言う声があがった。

「外に出て来たほ班の班長及び班員三名を確認ー…班長は誰か抱えているようです」
「「?!」」
「大きさから女のように見えますが、今いる場所からは確認出来ません。近付きます」

 班員三名以外の小柄な女性…だろうか。あるいは巻き添えになった使用人だろうか。いろいろな考えが頭の中を過ぎる中、リイチが驚いたような顔をし、眉間の皺を深めたのを確認した。

「どうした」
「…女は意識はあるようですが、かなりの出血量です。手に持つ猫面も赤く染まるほどです」
「…蒼猫か」

 班長たちに近付いたであろうリイチは、目にした内容をそのまま伝える。暗部に動物の面は一つずつしかなく、顔を見ずとも【猫面】という言葉から、抱えられていたのは蒼猫であると認識した。その瞬間から、頭の中で警鐘が鳴り響くー…共に潜入し、傍で戦っていたであろうはどうした…?
 班長がリイチに気付いたようで、詳細を確認する。そして次に彼が発した一言で、オレが一番恐れていた事態が起こってしまったことを理解した。

「…舞姫が、連れて行かれました……」