
オレ達はこの出来事で『初めて』を二つ経験した。
一つ目は喧嘩、もう一つは…。
十四.想い T
じぃちゃんの元を離れ、オレは影分身をある所に送ってからの家へ来た。彼女から「今日は夕飯一緒に食べられるよ!」の連絡をもらっていたのだ。家に入るなり彼女お気に入りの『人をダメにするクッション』に身を沈めているオレの目の前では、が慌ただしく夕飯の支度をしている。
いつも通りの夕飯の時間。出会った頃から繰り返されている、いつの間にか当たり前になっていた日常。でもここ最近はずっとなかったこの時間が、自分の中でとても大切な時間になっているのだと実感した。
舞姫が現れ始めたのもここ数週間。が突然「修行と任務で昼も夜もいない」なんて言い始めた時期も、丁度同じくらいだ。舞姫の特徴とは当てはまる上に、何故オレやシカマルの前には現れないのか、何故怪我をした暗部隊員を治療せずに里まで送り届けたのか…『舞姫=』なら、すべてに納得が出来る理由がある。
シカマルのあの物言いや、先程のじぃちゃんとのやり取りもからオレの中でこの予想はほぼ当たりだと確信していた。だから今日の夕飯の後、しっかり聞いてみようと思っている。そしてもし本当に『舞姫=』ならば、コイツが何と言おうと今すぐ止めさせるつもりだ。
―…オレが暗部に入れるのを反対したにも関わらず、何勝手なことやってんだよ
ー…何オレに黙ってそんな危険なことやってんだよ
ー…だいたい何でじぃちゃんも止めねぇんだよ
あれこれ浮かぶ怒りを抑えようと無意識に眉間に皺を寄るのを感じる。オレの中の猛獅子が『部下に諭すよう冷静に』と言う反面、素のオレが怒り狂って仕方がない。しばらく目を閉じ考え込んでいると、近くに渦中の人物を感じ目を開ける。は夕飯の支度の途中なのだろう、しゃもじ片手に眉をハの字にしてオレの前にしゃがみ込んだ。普段ならそんな姿に可愛らしさを感じるが、今はモヤモヤした気持ちが混ざってしまい素直に見られない。
「どうしたの、ナルト。何かあった?」
「なんでもねぇ」
「…?」
いつものオレの反応と違うことに不安そうに見てくる。その瞳は真っ直ぐオレを見ていて、優しくて愛おしくて、嬉しくなる。だがそれと同時に、もしこの優しさを失う日が来たらと思うと怖くなる。暗部のヤツらが言ってた『舞姫』が、何度も頭の中に現れては嫌な想像で命を落とす。
―…いやだ…いやだいやだいやだ…!!
恐怖の心でいっぱいになってしまったオレは、今にも立ち上がろうとするの手を強く掴み、自分の方へ引いた。わぁっ!という声と共に、いつもの柔らかな温もりを腕の中に感じる。は突然腕を引かれ、驚いたような反応を見せていたが、オレのいつになく真剣な雰囲気を感じ取ったのかすぐに不安そうに「どうしたの?」と聞いてくる。オレは否定不安で押し潰れそうな気持ちを抑え、夕飯後にと思っていたにも関わらず早く否定の言葉を聞きたくて、震える声でに聞いた。
「…お前が『月の舞姫』なのか?」
「…なぁに、それ?」
「違うよな?お前じゃねぇよな?」
「…違うよ。私はだもん」
そう言っては、オレに掴まれてない方の腕をそっと伸ばして頭を優しく撫でた。が違うと言うなら信じたい。信じたいが、悲しことに信じられる根拠もない。
その時ふと、腕を引いた時に少しだけめくれてしまってたスカートに目がいく。そこにあるのは真っ白な女性らしい足に似合わない、左足首上から内側に膝まで縦に入った生々しい大きな治療跡。
「その傷…どうした」
「えーっと、これはこないだ任務でちょっとヘマしちゃいまして」
そういって慌ただしくスカートを元に戻す。何そんなに慌ててるんだ…少し前はあんなに「今日の勲章!」なんて言ってきたくせに…。
「…何の任務だ」
「任務内容には守秘義務がありますよ、ナルトさん」
「関係ねぇ。暗部総隊長命令だ、言え。いつ、何の任務だ」
その音は自分でもわかるくらい、怒りと焦りの色がにじみ出ていた。
********
一方は急に空気が下がったのを感じ、はっと息を呑む。今目の前にいるのは、日頃弟として可愛がっている『ナルト』ではない。この里で最強と謳われる暗部総隊長、『猛獅子』として話してるんだと感じた。でもここでひいてはダメだと思い一度目を閉じ再び開くと、も一人の上忍としてナルトの目をじっと見つめはっきりと言った。
「いくら暗部総隊長相手でも言えません。そもそも私は暗部ではないので、従う必要もないですよね?」
その言葉遣いは明らかに『目上の者』に対する言い方。そんな彼女の態度に、ナルトは彼女に壁を作られた気がしてイラつきが増す。目の前の真っ直ぐな瞳から視線を外し、先ほど見えた傷がある足を睨む。シカマルが受けた報告によれば、舞姫が初めて現れた日に怪我したのは左足。かなり大きな傷だったらしく、歩くのも困難なほどだったはずだ。そして今見た傷も、左足。
「…言い方を変える。それは『上忍の任務』で負った怪我か?」
「そうですよ、他に何の任務があるんです?」
「そうか。だがここ最近のお前の任務報告にそんな記載はどこにもなかった」
「!!」
そう、ナルトが影分身に向かわせていたのは【受付所】。すべての忍が仕事を受け、完了後に報告に来る場所だ。も他の上忍同様、毎回ここで仕事をもらい報告書を提出している。通常報告書を他の忍が見るのは特例がなければ出来ないが、ナルトは猛獅子の職権を乱用し無理やり確認した。
「お前には上忍として毎日任務が割り当てられているが、そんな怪我の報告どこにもなかった。そしてすべての任務内容も、お前がヘマするようなものではなかったはずだ」
「…」
「それに以前までは、他のヤツらとマンセルを組んでのS〜Aランク任務が多かったのに、ここ最近ずっとB〜Cランクの単独任務ばかりだ」
「それは偶ぜ…」
「違う。単独任務の連続に『偶然』なんかねぇ」
本来のスキルよりランクを下げての単独任務の連続が意味するもの…それは【任務実行者が怪我をしていてチームワークでも任務が難しい場合】、あるいは【その他の任務を兼務しているため、時間的スケジュール的にマンセルが組めない場合】が主だろう。今の彼女に当てはまるものー…それはすべてだ。彼女と話せば話すほど嫌な方向へと導かれるようで、ナルトは唇をかみしめた。
一方はで勝手に自分の任務を調べ上げられ、責められるかのように言うことすべてを否定されることに、怒りと同時に悲しさがこみ上げて来ていた。
―…何で勝手に任務内容とか調べてるの?
―…何でそんなに怒ってるの?
―…そんなに『舞姫』が迷惑なの?
そんなの思いも知らず、ナルトはイライラしたように言葉を続けた。
「…ここ最近家にいないのも『修業』じゃねぇよな。その怪我だって、本当はこの間暗部を助けた時に出来たものだろ」
「…」
「『天雫』で怪我を負った暗部隊員を治療しなかったのも、オレたちの任務には絶対現れないのも、全部オレらにバレたくなかったからだろ」
いつの間にか膝立ち状態になっていたナルトは、そう言いながらの方へとゆっくりと迫って来る。その声は一生懸命怒りを抑えているのが伝わるが、抑えきれていない。は無意識に彼から距離を取ろうと、床に座っている状態で下がっていく。だがここは決して広くはない家の中。数歩下がった後にトンッと白い壁がの行く手を遮った。
「黙ってねーで何とか言ったらどうだ、!」
全てナルトの言う通りだ。潜入任務はあくまで『裏暗部』として動いているため、表の上忍としての任務は三代目が考慮して影分身でも単独で行えるレベルのものを割り当てててくれた。足にある怪我も一番最初に見られた時に暗部を庇ってついたもの。バレたくないから二人の任務には絶対向かわなかったし、猛オリジナルの技は一切使わなかった。暗部総隊長相手にずっとバレないはずはないと分かっていたが、ここまで早いとは思わなかった。
それに、隠していたことは悪かったけど、何故こんなにナルトは怒っているのかにはわからない。役立てているはずなのに、怒られる意味が理解できない。
「そうだよ…」
「?!」
涙を浮かべキッと睨みながら見上げる。
「そうだよ、その舞姫は私!でもなん…」
「何勝手に暗部みたいなことやってんだよ、お前っ!」
ドンッと両耳の傍の壁を殴られ、その音に耐えられず目をつむる。その後すぐにやってきた沈黙が怖くて恐る恐る目を開けると、目の前にはを見下ろすナルトの顔…だかその目は怒りの目…初めて見る、ナルトの本気の怒り。より年下のはずなのにそんなの感じられないほどで、怖くて逃げ出したい衝動にかられた。
でもここで逃げてはダメだ…自分の意志で『裏暗部』を始めたんだ、ナルトに認めてもらわなくては。そう思いは涙を拭いナルトを睨む。
「だってナルトが入れてくれなかったんじゃない!」
「当たり前だろ!誰がお前を暗部なんかに入れるか!」
「何でよっ!?実力だってあるって言ってくれたのに!」
「お前にはまだ早いって言ったはずだろ!」
「だから『裏暗部』を作ったんじゃん!それでもダメだっていうのっ!?」
「当たり前だろ、オレの許可なく一人で勝手にそんなの作ってんじゃねーよっ!」
「一人じゃないもん!カカシさんとアスマさんも手伝ってくれてる!」
「はぁ?ふざけんな!大体傷作ってるし、力不足の証拠じゃねーか!さっさと辞めろ、そんなもんっ!」
至近距離での口論は、お互い譲らない。ナルトは相変わらず睨みながら両腕の中にいる彼女を見下ろし、は一切視線を逸らさず真っ直ぐナルトを見つめている。その目には拭ったはずの涙が再び浮かび始めていた。再び現れた彼女の涙に一瞬尻込むも、絶対彼女を辞めさせ安全な場所にいて欲しいナルトは一歩も譲らない。だが内心、そろそろ折れてくれ…そんな思いも生まれ始めていた。
じっとキツく見上げていたは俯くと、涙を乱暴に拭う。今は見えない目も鼻も真っ赤だろう。ナルトはキツく言ってしまったことと泣かせてしまっている罪悪感に苛まれ、彼女の頑固さに小さくため息をついた。
「…嫌。絶対辞めない」
「?!」
俯きながら小さく言ったのは、否定の言葉。は再びナルトを見上げると、真っ赤な目て睨んで言った。
「私がどんな考えで、どんな気持ちで、どんな思いで始めたかも知らないで、勝手なことばっかり言わないでっ!」
「?!」
「もういい!ナルトのなんか知らないっ!大ッキライッ!!」
そう言って両手でナルトの胸を押すと距離を取り、素早く立ち上がる。「待てっ!」と手を掴んできたナルトには目の前にあったクッションを勢いよく投げつけ、振り解く。そして印を組むと、瞬身の術で消えてしまった。
少し前まで近くに感じられたの体温、の吐息。大切に思う気持ちを伝えたいのに責める言葉しか出てこなく、問題は何も解決されていない。
「…気持ちを分かってねぇのはどっちだよ…」
振り解かれた手を小さく握り締め、ナルトは小さく呟いた。