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、ちと頑張りすぎじゃないかのぅ」
「いえっ、まだまだです!」

裏暗部での任務をもらうために火影邸を訪れたに、三代目は心配そうに言う。
一方彼女は今朝方言われたナルトの言葉が嬉しくて、今なら何でもできそうな気分でいた。

まさかこの気持ちが、この後大きな事件につながるとも知らずに―…。

十三.月の舞姫 U


 裏暗部でのの姿は暗部と似たような形の藍色のフードに身を包み、髪も高く団子に結ってフードを被っているため見えない。そして銀色に光る豹面を身に着けていた。だがそれ以外はの姿のまま。身長も髪の色も目の色も、そのままであった。

―…私は暗部じゃない。

 これがの精一杯の意思表示。本来なら最悪の場合を予想して変化の一つや二つ、施す必要があるだろう。だがはあくまで『裏暗部』。『暗部』ではない。『木の葉の命』ではなく、すべて『』が自らやりたいからやっているのだ。だから変化を施して任務を行うのは何か違う気がする…そう思っていた。初めは面もせずに行こうとしたら、さすがにそれはやめろと三代目に渡されたのがこの豹面だった。

 今晩は一人の任務。カカシもアスマも上忍の任務が入っていた。今日はすごく体の調子がいい。体が軽いし、先ほど終わった上忍のAランクの任務も簡単にこなすことが出来た。今朝のナルトの様子を思い出すと嬉しくて、自然と顔がにやけてしまう。

―…私が頑張れば頑張った分、ナルトもシカマルも楽になってるみたいだもん!嬉しすぎるっ!!

 にやにやしているを見て小さくため息を漏らすと、三代目は少し言いにくそうに今晩の任務説明を始めた。

、来てもらって悪いが今晩からしばらくの間、裏も上忍としての任務も無しじゃ」
「…え?どういうことですか…?」
「…ほれ、お主はちと頑張りすぎているからのぅ。休暇じゃ、休暇!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!休暇とか今いらないです!今日の上忍の通常任務だって昨日の裏暗部の任務だって、完璧にこなしたじゃありませんか!それなのにいきなり休暇なんて急すぎます!理由を教えてください!!」
「それはっ…」

 やる気も絶好調だったところに突然言い渡された『休暇』の言葉に、は納得できず理由を求めた。しかしそう言ったきり視線を横にずらした三代目。若干、躊躇っているようにもうかがえる。いつもの三代目らしからぬ様子に何か不穏なものを感じたは、眉間に皺を寄せつつ三代目の元へと歩み寄った。

「三代目様、何かあったのですか?」
「…何もないわぃ」
「嘘を仰らないでください」

 詰め寄るに三代目は小さく言葉を詰まらせると、ため息をつきながら言った。

「実は昨日、紅が今は賊を一人捕縛したんじゃが、そやつから嫌な話を聞いてのぅ…」
「嫌な話?」

 ここまでいうと目の前にあった緑茶に手を伸ばす。ゴクリと飲み干すと、一息置いてゆっくりと語りだした。

「事の始まりは、一人の忍の存在じゃ。最近、ヤツらの世界ではある忍が大変恐れられているそうなんじゃ」
「…はぁ」
「ほぼ毎回三人の小隊らしいのじゃが、中でもその中心におる小柄な忍は舞うように敵を倒して行き、血飛沫さえも美しく見せるそうでのぅ」
「…それはすごいですね」
「そしてその忍びの特徴は『小柄』『藍のフード』、そして『豹面』」
「!!?それって…」
「そう、お主のことじゃ」

 まさかたったこの数週間で、そんな有名になっていたとは…。自身驚き、目を見開く。いくら秘密裏に動いていたとしても、やはり姿は見られてしまうものなんだな、とどこか他人事のように感じた。ただ毎日必死に任務をこなしていただけなのに、そうも知れ渡っているのは正直困る。いつか最も隠したい二人にも、ばれてしまうだろう。は小さくため息をついた。

「お主、ヤツらの間で何と呼ばれておるか知っとるか?」
「いえ…」
「『舞姫』じゃよ。毎回、月夜を背に現れることから『月の舞姫』とも呼ばれているそうじゃ」
「月の…舞姫…」

 毎晩人の命を絶っているというのに、随分と綺麗な名前がついたものだ。はまたしても他人事のように「ふーん…」と小さく言った。

「そしてのぅ、ここからが本題なのじゃが…。は『鈴城宮家』は知っておるか?」
「すずしろのみや…いえ、存じ上げないですね」

 彼女のその返答に、三代目は自身の机にあった一束の資料をに手渡した。薄い束をぱらぱらと捲るといくつもの潜入開始日が羅列されているが、すべての結果報告欄が真っ白であることに気付き、目を見開いた。

「鈴城宮家は火の国でかなり力を持つ貴族の一つなんじゃが、ここ最近その動向の裏に何かやましいことをしているのではないかと怪しまれている一族じゃ。木の葉の暗部も長年偵察を送ってはいるが誰一人帰還することもなく、難航しておる。何か情報が掴めればすぐにでも壊滅させる足掛かりになるのじゃが、全然しっぽを出さぬ」
「…」
「そんな『鈴城宮家』が、現在秘密裏にある『ゲーム』を主催しているらしいのじゃ」
「ゲーム…?」

 そこまで言うと、三代目はちらりとを見る。そして言いづらそうに言った。

「『誰が舞姫の首を持ってくるか』じゃよ」
「!?」

 あまりにもぶっ飛んだ話に、は息を飲む。いつの間にか有名になるどころか、首の対象になっていたとは。しかしなぜ自身が対象になったのか、不明なことは多い。驚き固まるに三代目は眉を下げると、申し訳なさそうに言葉を続けた。

「…そういうわけじゃ。やる気に満ちているお主には申し訳ないが、この『ゲーム』の終息あるいは『鈴城宮家の壊滅』まで、お主にはすべての任務を控えてもらいたい」

 両肘をつき指を組んだ状態で、三代目はをみてはっきりと言った。要は、彼女を心配しての采配だったのだ。はしばらく目の前で真剣な表情をしている三代目を見ていたが、彼の優しさを受け取ると小さく笑って言った。

「お心遣い感謝いたします。ですが丁重にお断りさせていただきます」
「なんじゃとっ!?」

 三代目は驚きの声を上げる。その声には驚きだけではなく、心配や怒りも含まれているのがわかり、は申し訳なく思う。でも…

「三代目様、お忘れですか?私はナルトやシカマルの…いえ、里の役に立ちたいのです。そんなバカげた貴族のお遊びに付き合ってる暇はありません」
「まぁそうなんじゃが……」
「それに暗部を長年悩ませてるってことは、ナルトもシカマルも困ってるってことですよね。でしたらむしろこちらからその鈴城宮家に潜入し、尻尾をつかんできてやります!」

 そんなバカバカしいのに振り回されず、むしろ一矢報いてやりましょうよ!そうやって三代目に笑顔を向ける
 彼女のやる気はありがたい。しかし標的は長年暗部を送っても誰一人帰還していない、謎多き貴族ー…いくらなんでも危険すぎる。だが、彼女の実力は確かに高く、<淀>の力も計り知れない。もしかしたら彼女を潜入させることにより、長年悩ませているこの一族の壊滅に大きく一歩踏み出せるかもしれない。三代目は目の前に大きく天秤があるのが見えた。『長年自分と暗部全体を悩ませている種の壊滅』と『彼女への心配』…。ぐらぐらと揺れるその天秤が傾いたのは-―…。

「…却下する。いくらなんでも危険じゃ」

 『彼女への心配』が勝った。どう考えても、尊い命に代えられるものはない。だがで自身の中で天秤が見えたのだろう、三代目の言葉をきっぱり否定した。

「却下を却下します。こんなバカげたもの、さっさと終わらせましょうって!」
「だめじゃ!潜入させた者たちすべて、誰一人帰ってきておらぬ場所だぞ!そんな場所に命が狙われているお主をわざわざ送るバカがおるか!!」
「私は絶対帰ります!何が何でも帰ってきます!!」
「だめじゃ!何が何でも行かせぬ!!」

 そう言って未だ彼女の手中にある資料を奪い返そうとする。しかし彼女は瞬身の術で大きな窓枠まで移動すると、大きな月を背にはっきりとした声で言った。

「三代目様、心配しないでください。必ず情報を得て帰ってきますので!」
っ!!!」
「まずは潜入前にちょっと調査してきます!」

 ではっ!とニッコリ笑顔を見せ、あっという間に火影邸を後にする。里長の命令を無視してSSS級任務に一人行かせるなんて、いくら何でも間違っている。ナルトとシカマルに相談しようか、それともカカシとアスマに明日以降応援を要請しようか…三代目は面倒なことになったと思いつつ、とりあえず一日…いや、半日だけ彼女の調査報告を待つかと小さくため息をついた。

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『おい、お前何か考えでもあんのかよ』

 闇夜に紛れ鈴城宮家へと走っていると、事の顛末を静かに見守っていた淀に声を掛けられた。里からは既に離れたし、そろそろ休憩してもよいだろう。私は辺りがよく見えそうな高い木の上に腰を下ろすと、先ほど手に入れた資料を再び広げた。

「んー…この資料によると、鈴城宮家に疑いがかけられているのは【人身売買】と【怪しい薬の転売】みたい」
『【人身売買】に【薬】な。絵に描いたような悪党じゃねぇか』
「ほんとにねぇー…」
『で?どうやって潜入する?』

 【人身売買】が目的であれば、売られる人間として潜入するのが一番楽であろう。あるいは女中として雇ってもらうか、献上物を届けに行って見初められるかー…。どの手で行くのが一番良策だろうか。

「資料によると、今まで暗部でも様々な形で潜入をしてるみたい。報告が出来ていないだけで、まだ潜入中の人がいたりしないかな。そしたら情報も早く得られるし力も倍になるじゃん」
『…その甘い考えは捨てておけ。一番新しい潜入日でももう半年前。木の葉一レベルの高い暗部が、半年も報告できない状況に置かれると思うか?』
「だよね…なんでバレるのかな…その辺も考えておかないと」

 とりあえず調査のために奴らのテリトリーに近付こう。話はそこからだ。私は素早く資料をまとめ、鈴城宮家のある火の国北端部へと再び駆け始めた。