
漆黒のカーテンに浮かぶ、銀色の月と同じ色の豹面。
柔らかな空気と軽い身のこなしとは不釣り合いな、冷たい戦闘スタイル。
舞うように戦う姿に、敵すらも目を奪われる。
辺りを散らす赤い飛沫が、より一層その人を美しく魅せた。
裏社会でかなり有名となってしまったこの豹面。
彼らに口々にこう呼んだ―…
十三.月の舞姫 T
「チャン、ちょっと速すぎません?!」
「何もそこまで急ぐこたぁねぇだろ、!」
一心不乱に前へと駆け続ける藍色のフードに身を包んだに声を掛けるのは、すらりと高い狗面とがっちりとした狼面の二人。そんな彼らを余所に、彼女はひたすら里へと駆け続ける。日の出まであと一時間。どうしてもお天道様を拝む前に何としてでも里に帰らねばならない。
「ダメなんですっ!どうしても日が昇る前に帰らなきゃなんです!」
「何でそんなに躍起になってんだよ」
「任務を終えて家に来る二人にバレちゃうからですー!」
「「…なるほど」」
お先に失礼しますっ!そういってはさらにすごいスピードで駆けだした。そんな様子に自分たちは急ぐ必要性がないと判断した二人はペースを緩め、手を振った。
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裏暗部を発足して一週間。それなりに暗部…というか、主にナルトとシカマルを助けて来れているはずだ。そんな今も、狗面のカカシさんや狼面のアスマさんと一緒に、ナルトが本来行う予定だったSSS任務をこなしてきたばかり。本人に感想を聞くことは出来ないため『絶対役に立てている』と信じ、あの日以来私は毎晩夜の闇に紛れ戦い続けている。
三代目様が許可を下ろしてくれた三日ほどは、一人(といっても私は常に淀とのマンセル)で何とか任務を遂行できた。けれど昼間は上忍としての任務もある上にレベルが高いものばかり。正直体が辛く、たった数日で淀のチャクラに飲み込まれそうになっていた。淀のチャクラが暴走でもしたら、それこそ二人にばれてしまう。そのことで彼らの仕事を増やしてしまっては元も子もないので、三代目様がもしもの時用に人間でマンセルを組めと提案してくださった。
「…とは言いましても、こんな意味不明な仕事に付き合う時間があり、かつ危険な任務でも大丈夫な強い忍はいるのでしょうか…」
「そうじゃのぅ…とりあえずカカシあたりに声を掛けてみるとよいかの」
「カカシさんですか?確かにお強いですが、お忙しい方なので難しいかと…」
「…まぁ『当たって砕けろ』じゃ!」
「そうですね!では頑張って口説き落としてきます!」
「…いや、それはせんでいい…」
勢いよく右手で敬礼して発された言葉に、三代目はがっくり肩を落とした。
........
.....
...
そんなわけで三代目の薦めもあり、はカカシを口説きに上忍の待機所である『人生色々』を訪れた。長期任務を終えたばかりのカカシは、今日は待機だけだったはずだ。
「カカシさーん、いらっしゃいますかー?」
扉が開いたと同時に突然響いたの声に、ソファでのんびりを愛読書の世界に浸っていたカカシは視線を動かす。そしてその先にの姿を捉えると、優しい顔でニッコリと笑って声を掛けた。
「チャン、久しぶり。元気だった?」
「お陰さまで!カカシさんこそ長期任務、お疲れさまでした」
「ありがと」
そう言うとおいで、と手招きされる。にとって師であり兄のように慕うカカシの誘いを断る理由もなく、小首を傾げながらとことこ彼の近くに行く。その様子に何を思ったのか起き上がったカカシは彼女の細い腕を引き、そのまますんなりと自身の膝の間に座らされた。
「カ、カカカカカカシさんっ?!」
「あー、なにこの可愛い生き物。癒されるー」
後ろからハグされる形で抱き締められ、さらにぽんぽん優しく頭を撫でてくるカカシ。は見た目こそ幼く見られがちだが、仮にも十七歳の乙女。あまりの恥ずかしさに離れようとするが、カカシはそれを許さない。髪の色も似ていることもあり、側から見ればじゃれ合う兄妹のようだ。その時ガチャリと扉が開き、二人の物とは違う第三者の声が耳に入った。
「おー、じゃねぇか。久々だな」
湯気の出ている湯呑みを二つ持って入って来たのは、同じく待機中のアスマ。どうやらカカシとのジャンケンに負け、二人分入れに行っていたらしい。
「アスマさんっ!先日はありがとうございました!」
「何、チャン、クマとなんかあったの?」
「クマじゃねー、クマじゃ」
「はい、荷物が多すぎて困っていたところを助けていただきました!」
「おい、何気に『クマ』発言スルーしたろ」
はぁ、とため息をつきながら手に持っている二つの湯呑を置いた。カカシはありがと、というと自分の湯呑を取り飲み始めた。
「それで?今日チャンは休みのはずデショ。オレに何か用?」
「はい!今日はカカシさんを口説き落としに来ました!!」
「「っぶー!!」」
その言葉と同時に二人は緑茶を噴き出す。その様子に驚いたは目を大きく開けて「ぎゃっ!」と声にならない声をあげた。
「何やってるんですか二人とも!お行儀悪いですよっ!」
「『何やってるんですか』じゃねーよっ!何だよ、その『口説き落としに』ってのは!」
「へ?そのままの意味ですけど?」
「「……」」
相変わらず目が点なカカシとアスマ。そんな二人を余所にはカカシの側から離れて正面に立つと、次の瞬間にはすごい勢いで土下座をして見せた。
「お願い致します、カカシさんっ!どうか力を貸して下さい!!」
「「!?」」
今度は違う意味で二人の目は点となる。の大きな声が待機所内外に響いた。それに加えて扉を開けっぱなしにしていたせいで、廊下からこの三人の状態(女の子が大の大人二人に土下座している様子)は丸見え。待機所の入り口には小さな人だかりも出来始めていた。それに気付いた二人は静かに目配せをすると、土下座をして下を向いていたの腕を強く引き、屋上へと連れて行った。
.........
.....
...
「なるほど…大体話はわかった」
はナルトうんぬんの話は抜きにして、一貫して『暗部総隊長がまだ上忍になって一年にもならない私の入隊を許可してくれない』という名目で話をした。二人ともがわけありで暗部の監視があったことを知っている。よって、単なる上忍では普段は関わることのないはずの【暗部総隊長】の話が出ても、不思議に思わないはずだ。
カカシはやる気のなさそうな顔をしつつも、真剣にの話を聞いてくれた。はカカシの出方が分からず、不安そうカカシを見つめる。一人柵にもたれながら話を聞いていたアスマはたばこを吹かせつつ、に話しかけた。
「でもよぅ、よく三代目も許可したよな。そんなよくわかんねぇ組織作るの」
「はい…。私も正直ダメ元でこの案を提案したのですが、最終的には私の考えを受け入れてくださいました。だからこそ、もっとこの組織をしっかりさせて、三代目様への感謝の意も込めて任務にあたりたいんです!」
ギュッとその小さな手に力を込める。その目には何一つ曇りがなく、カカシもアスマも彼女が真剣に話していることを理解している。
「カカシさんがお忙しい方だというのは重々承知しております!本っっ当ーに大事な時に力を貸していただけるだけでいいのです!お給料もしっかり出ます!なのでどうかお願いします、力を貸して下さいっ!!」
は再び土下座しようと勢いよく膝を付き、頭を下げようとした。その瞬間おでこにペチッと音がしたかと思うと前を向かされ、目の前にはカカシの顔があった。
「ま、あのナルトが許すわけないよネ」
「!?」
「カカシッ!」
はカカシの口から出た「ナルト」の言葉に驚く。相変わらずおでこを押さえられたままの体制で、驚いた顔をしながらカカシを見つめる。カカシはしゃがんでと同じ目線になり、ニコニコしながら目の前にある青い瞳を見つめていた。
「大丈夫、オレらちゃんと知ってるから。ナルトとシカマルがどんな立場にいるのか」
「……」
「まぁ二人ともオレらが知ってることは知らないだろうけどね。暗部として育て上げ、なおかつよく一緒に組んでた『月狗(ツクイヌ)』がオレであり、『黒狼(コクロウ)』がアスマだってのも知らないだろうし、シカマルはともかく、ナルトは『はたけカカシ』自体知らないだろうね。正確に言えば、暗部総隊長である『猛獅子』としては知ってるだろうけど、『ナルト』ととしては知らないと思う」
「ちょ、ちょっと待ってください…『月狗』?『ナルトとしては知らない』?どういうことですか?」
何故二人のことを知っているのかとても気になる。気になるが、それ以前にわからないことが多すぎる。
「『月狗』と『黒狼』って…」
「『月狗』はオレの元暗部名。で、『黒狼』がアスマの。オレらもちょっと前まで暗部にいたんダヨネ」
「?!だから三代目様が推薦してくださったんですね?!」
は納得したのか、手をポンっと叩く。
「んー、多分ね。で、アイツらが入隊したての頃に指導したのもオレらだし、アイツらが総隊長と副総隊長任命される前、よくマンセルも組んでたってわけ」
「そうだったんですか…」
今は引退して健全な上忍です、と微笑むカカシ。冷静に考えれば例の愛読書片手に健全も何もないのだが、はカカシの発された言葉を一つ一つ理解しようとしていてそれどころではない。
「では『ナルトとしては知らない』っていうのは…」
「んー…少しややこしいんだけど、オレは『猛獅子』とは関わりあるケド『ナルト』とはまだ正式に会ったことないんだよネ」
「オレもシカマルとならあるけど、ナルトとはまだねぇな」
「そうなんですか…」
はその言葉で、ナルトと買い物へ行った日のことを思い出した。影で悪口をいう大人たちと、それを当たり前のかのように生活している子供たち。
―…この二人も…あの人達と一緒なの…?
二人のことをよく知るは、そんなこと絶対にないっ!と思いつつも、不安で無意識のうちに瞳が揺れていた。そんなを見て、彼女の頭をぽんぽんと優しく撫でると、カカシは優しい三日月型の目を作って言った。
「大丈夫ダヨ、チャン。単に会う機会がなかっただけだから」
「!!」
「一般のアカデミー生と日々多忙な生活を送る上忍が接点あるって方が珍しいんだぞ」
オレとシカマルみたいに親の繋がりとかが無いと特にな、とアスマはを安心させる。確かにそうだ。ただのアカデミー生が上忍と知り合う機会など、シカマルの父・シカクとアスマのように何らかの関わりがない限りなかなかない。その答えに安心したは次なる疑問を二人にぶつけた。
「なんで私が二人が暗部だと知ってるってわかったんですか?」
「そんなの簡単。前に居酒屋で会った時のナルトの様子を見れば一目瞭然。あんな淋しそうな顔しちゃって、面白いのなんのって!」
「面白いって…」
「カカシは昔からタケ…ナルトをよくいじってたからなぁ」
コイツなりの愛情の裏返しだと取ってくれていいぜ、とアスマが笑って言う。その様子を見て、この四人の中はきっと素敵だったんだろうな、と容易に想像できた。
「チャンも知ってると思うけど、ナルトは案外仲間意識が強いんだよネ。根っからの『大事に思うヤツは何があっても守りたい』タイプ」
「そうですね」
その言葉に笑顔になりながら、普段のナルトを思い出す。出逢ったばかりの頃は監視対象としか接してもらえていなかったが、今はあの頃よりもかなり受け入れてもらえている気がする。そして毎回任務で『怪我してないか』『頑張ったな』と心配してくれるし、コーヒーの件も含めそれなりに大切に思ってもらってると思う。
「オレと組んでた時も、小隊長だったオレの言葉を無視して敵に突っ込んで行くことがよくあって…オレはほぼ無傷でアイツはボロボロだった」
「あー、あったな、そんな事。木の葉でも暗部の四強として有名な猛獅子がボロボロで、かたやもう一人の四強は無傷で飄々と帰って来やがった日が」
「そうそう、オレは止めたのにさぁ〜『あのままじゃ月狗がやられると思って…』何て可愛いコト言ってくれちゃって!」
「懐かしいなぁ…あん時アイツらいくつだ?まだタケが総隊長になる前だから…二〜三年前ってとこか」
「あの頃は…」
「あの〜…」
「あ、ゴメンゴメン」
二人の懐かしい思い出話に花が咲いてしまい、置いてきぼりにされたが入って止めさせる。幼い頃の二人の話は喉から手が出るほど聞きたいが、それよりもわからないことを解決する方が先決だ。
「さっきおっしゃってた『四強』って何なんですか?」
「あぁ、当時のナルト、シカマル、カカシ、オレだ。当時よくこの四人でマンセル組むことが多くてよ、敵にこう呼ばれて恐れられてたらしい」
ニカッと嬉しそうに言うアスマさんを見て、確かに、この四人に勝てる忍は木の葉にはいないだろうと思う。ということは三代目のおっしゃる通り、カカシさんに協力してもらえたらとても有り難い!
は瞳をキラキラさせながら、目の前に立つカカシを真剣に見つめて言った。
「カカシさんが今は暗部から足を洗っているのは、重々承知です!でも本当にたまにでいいので、力を貸していただけないでしょうかっ!?」
お願いしますっ!そう言って再び頭を勢いよく下げようとした瞬間、また同じようにカカシにおでこを支えられ、は下から見上げる形のままじっとカカシを見つめた。カカシもジッと眼下にいる彼女を見つめる。
「カカシさ…」
「いーよ。協力してアゲル」
「!!」
「ただし『たまに』じゃなくて、オレが任務の無い時はちゃんと声を掛けるコト。守れる?」
「もちろんです、ありがとうございますっ!!」
まじかよ…というアスマ。面倒くさがりなカカシが協力するとは、正直思っていなかった。そしてそんなカカシを『変わったよなぁ、コイツ…』なんて少し見直していた。昔あったトゲトゲ感が、まるで嘘のようだ。涙を浮かべて喜んでいるの頭を撫でているカカシの、次の言葉を聞くまでは―…。
「ね、そこのクマ。協力するに決まってるじゃんネ」
「…は?」
「え、アスマさんも協力してくださるんですかっ!?」
「可愛いチャンの為だもん、『オレ達』が協力しないわけないじゃんネェ?」
「え…あの…」
「ええっ、いいんですか?!」
「いや…オレは…」
「当たり前!むしろコイツはいつでも使っていいからネ」
「…いや、だからオレは…」
「ありがとうございます、アスマさん!!」
「……」
ハハハハハ…やっぱこの二人が組むといろいろ面倒くせぇ……吐き出された言葉はたばこの煙と共に高く昇って行った。
こうしてカカシ・アスマを大きく巻き込んでの裏暗部、見事にマンセルを組むことに成功した。
********
「、なんか疲れてね?」
家に帰りシャワーを浴び、超特急で朝ごはんの準備をしているとナルトがやってきた。タイミング的にはぴったりいつも通り。なんも狂いのない、いつも通りの朝。 いつもなら食後のこの時間はお互い準備時間に充てるのだが、キッチンで無意識のうちに小さくため息をついたのを見られてしまったようだ。は瞬時に笑顔を浮かべ、ナルトを見て言った。
「そんなことないよ。何で?」
「いや、何となく…」
「私は普通だよ。それよりもナルトの方が疲れてるんじゃない?暗部のお仕事、忙しいでしょ?」
「んー、最近そうでもねぇ。前なんか二連続SSS任務とかあったのに、ここんとこ連続で回ってこねぇんだよな」
「!!そーなんだ!」
不思議そうなナルトを余所に、里が平和だってことだね!と嬉しそうに笑う。口ではそう言うが、内心役に立てているとナルト自身の口から聞けて、舞い上がりそうなほど嬉しかったのだ。そんな嬉しそうなを見てナルトも嬉しくなり、トコトコと歩き自分よりほんの少し背の高い彼女を、真正面から抱きしめた。と出会い抱きしめられるまで、この行為には慣れていなかったし必要すら感じていなかったが、一度受け入れてしまうとこの温もりが頻繁に欲しくなる。また彼女が受け入れてくれるのを知っているので、その安心感を求めてしまう。ナルトにとってこの抱擁の時間は、いつの間にかかけがえのない時間となっていた。
一方はで、年相応に素直に甘えハグを求めるナルトを優しく抱きしめ返す。そしてほんの少し下にある金色の柔らかな髪を優しく撫でた。彼女にとってもこのハグの時間は、彼に必要とされていると認識できる癒しの時間だ。
ナルトはふと思い出したように、の肩口で未だに頭を撫でてくれている彼女に声を掛けた。
「…なぁ」
「なぁに?」
「暗部の件、諦めたのか?」
「!!」
このほわほわした空気にそぐわない、何てタイムリーなタイミングなんだ。思わず撫ででいた手が一瞬震えてしまったが、何事もないかのように再び動かし始めた。
「うん、諦めた。総隊長のナルトが許してくれないもん、どうしたって入れないでしょ?」
「まぁな…」
「なに、そろそろ入れてくれる気になったの?」
クスクス笑いながら聞いてみる。からしてみたら、入れさせてもらえたら正面から活動できるし、表立って二人を助けられるから嬉しいことこの上ない。
「それは断じてねぇ」
「だと思ったー。でも今後もし入れてくれる気になったら教えてね、待ってるから!」
「待つ必要なんかねぇよ、今後も絶っ対入れねぇから」
「けちー!ナルトのけち男ー!!」
その言葉に合わせて、軽くポンッと頭を叩く。その瞬間、叩かれたことも『けち男』と呼ばれたのも腑に落ちないらしく、抱きしめつつ顔を上げたナルトの綺麗な瞳が少し睨みを利かせている。そんな顔もやっぱり可愛く、はわざと「むぎゅ〜っ!!」と言いながら先程より力強く抱きしめる。するとナルトはわざとらしく「いてーよ、バカ!怪力女っ!」と反抗し、二人で笑った。