画像

草木も静かに眠る深夜。そんな暗闇の中、銀色に光る獅子の面だけがぼんやりと浮かんでは、残像を残して静かに消える。ここは森の中だ、風を切る音しか辺りにはない。青年はふと足を止め、唯一自分を照らし続けている光を見上げる。面の隙間から見える半月でも三日月でも、ましては満月でも何でもない中途半端な形をした月。見上げた瞬間、自らの吐き出す白い息が重なって、少し霞んだ。月だけが、身も心も闇に紛れた自分を静かに見つめている気がした。

そんな、いつも通りの静かな夜――…

一.月下の出会い T


「…ったく、何が『クリスマスイブなんじゃからさっさと終わらせて帰ってこい』だ。本気でそう思ってんならマンセル組ませろっ!」

自らの上司への文句をぼやきつつ、一人いつもと同じ帰路を駆ける。暗部指定の真っ黒なマントで身を包みフードすら被ったこの姿は、傍から見れば誰だか全くわからないであろう。身に付けている銀色の獅子面だけが、俺の存在を示すかのように月の光に反射して辺りを鈍く照らし出していた。

別にクリスマスだとかイブだとか、そんな小さなコトに拘っているわけじゃない。むしろどうでもいい年行事の一つ、と言って良いだろう。ただ、今晩こんな文句が出てしまう理由は今日の任務…それも任務中に起きたある“出来事”にあったのだ。

今日の任務は火の国にいる悪徳大名・テキーラの暗殺とその裏組織の壊滅。何でもテキーラは領地の民から金を絞るだけ絞り上げ、その金でテロ組織を作り上げていたのだ。さらにはその組織を動かして小国・泉の国を乗っ取ろうとしていた。

この情報をいち早く入手した三代目(じぃちゃん)が、すでに2つ暗部の任務を終わらせて報告に来た俺に直接依頼してきたのだった。正直そんな疲れてはいなかったが、こんなもんすぐに終わらせて、さっさと寝てしまいたかった。それなのにそんな奴に限って使う駒は多いものである。テキーラは自らの命惜しさに次々と下っ端を送り出してきた。下っ端の奴らも奴らで、ヤツにいい所を見せようと力の差を顧みず次々と攻めてくる。正直キリがなかったので、少しだけ本気出して手早く片付けていく。ものの数分で相手の持ち駒すべてで屍の山を作り出すと、ついに息の根を止めようと近づく俺に焦ったように話しかけてきた。

「そ、その獅子面…木の葉の暗部総隊長・猛獅子(タケジシ)か!」

「…」

「は…はははははっ!総隊長様直々のお出ましたぁ、俺の組織も捨てたもんじゃなかったってわけだな!」

「……」

全くもってこいつの考えが読めない。…まぁこんな輩の考えなんて読みたくもねぇけど。それよりもオレは早く帰って寝たいんだっつーの。そんな思いとは裏腹に、さらに言葉をつなげていく。

「猛獅子さんよぅ、取引しねぇか?なぁに、お前ぇさんにとっても悪ぃ話じゃねぇぜ?」

ヤツ特有のねばっこい笑みを浮かべると、驚きの言葉を口にした。

「金も女も…今後の組織の権限もすべてお前にくれてやる。だからここから見逃してくれねぇか?」

その言葉を聞いた途端、一気に疲労を感じた気がした。自分可愛さに部下たちを犠牲にしてまで生き延びたいだと?金と女、立場…そんなもんで今までのこと無かったことにでもしようってか?こいつは敵味方関係なく、組織のトップに立てるような人間じゃねぇな。

「生憎全部に興味はねぇ。私恨はねぇけどこれが俺の任務だ」

ため息と同時にそう言うや否や、俺は人としての醜さ・同じ組織のトップに立つ人間としてこいつの口を一生開けぬようにしてやろうと風を切り、ヤツの左胸めがけてクナイを振りかざした―……まさにその刹那。

「!!!っっおとう…さ…ん……」

目の前を見慣れた赤い液体が舞う中、標的の物とは異なる小さな体がゆらりと揺れて地面に倒れた。それと同時にテキーラの大きく重みのある足音が、奥の廊下へと遠くなっていくのが聞こえた。テキーラが自分の命を守るためにしたこと……それは近くにいた自分の娘を盾に外へと逃げることだった。咄嗟に少女の顔を見ると、少女は目に溢れるものを流しながら息絶えていた。

「……くそがっ!!!」

足にすべてのチャクラを込め、瞬きよりも早く再びヤツの目の前に立ちふさがった。

それから先の記憶はない。手には生々しい赤黒いモノが大量に付いている上、今まで自分のいた建物は今や業火で原型も留めていない。目の前に広がる光景と自分からする大量の血の匂いで、本能的に今回の任務が完了したことを理解した。咄嗟に頭を掠める少女の顔を振り払うように頭を強く振り、踵を返すと同時に風のように駆けだした。



ここまで思い出して、とっさに駆けるのを止めると強く頭を左右に振った。忘れたくてもなかなか頭から離れてくれない。生まれたころから親がいない分、今回の出来事で親というものが更にわからなくなる。

親ってこんなもんなのか…?結局自分が一番可愛いのか…?

そこまで考えて思考を一時中断させると、今度はなるべく思い出さないように里へ向けて再び駆け始めた。頭の中を出来るだけ無にして駆け続けていると、ふと近くに湖があるのを思い出した。以前任務帰りにたまたま見つけたのだか、そこから眺める月は綺麗で、まるで自らの汚い部分がすべて浄化される気がした。上を見上げると 今晩の月もなかなかのもの。中途半端な形だが、それもまた趣のある。

「…ちょっと寄り道すっか」

早く帰って来いと言ってくれたじぃちゃんには悪いが、気分を変えようと進路を少しだけ右に変えて駆け続けた。

*********

「すげぇ…」

久しぶりに訪れた湖。ここでは何とも言い表すことの出来ない光景が広がっていた。月の光によって辺りは金色とも銀色ともいえない世界が広がり、草木は静かに眠っている。湖の上には一本の金色の通り道が出来ていて、ただ風の音と波の音だけが広がる世界。人の生き死にや今までの自分の生き方など、すべてがちっぽけに感じた。

辺りに人の気配がないことを確認すると着ていた面とフードを脱ぎ捨て、顔を洗おうと水面に自らを映す。自らを見つめ返すその姿は猛獅子の特徴であるこげ茶の髪と瞳ではなく、変化前の色――青い目と金色の髪に戻っていた。どうやら少女の事件の際に怒りのあまりチャクラコントロールに少しのズレが生じ、自分でも気付かぬ間に変化が少しだけ解けてしまっていたようだ。慌てて再び変化を施すと、他に不備がないか確認をする。大丈夫、身長も力も、他の部分はちゃんと「猛獅子」のままだった。

顔を洗い体も清め分も浮上しそろそろ帰ろうと支度をし始めた頃、突然遠くの水面にさっきまでは一切感じなかった人の気配を感じた。

(!!!!)

咄嗟に草陰に隠れ、クナイを握る。総隊長の自分が感じなかった程に突然に現れた気配。人数は一人……チャクラ的には敵襲ではなさそうだが見知ったものでもねぇ……そんなことを思いながら多少の緊張感を漂わせつつ視線を水面に移す。



―そこには少女が一人、水面に〈浮いて〉いた。

見たところ14・5あたりだろうか。銀色とも水色ともいえる髪が月の光でキラキラして見える。顔は見えないが意識が無いのだろう。体を横たえて全く動かない。大きめの白い服が、より一層彼女の体を小さくさせているように感じた。チャクラを使って浮かんでるわけでもなさそうなのに、彼女の体はひたすら水面に浮かび続けている。不審に思いクナイを近くに投げてみるが微動だにせず、投げられたクナイだけがジャボンっと音を立て、静かに水の中へ消えていった。

「…わけわかんねぇ…」

思ったことを吐き出すとしばらく考える。幸い相手は意識もないようだし、自分の姿を見られたわけでもないだろう。結果、面倒事はお断りなので放っておくことにした。突然現れた気配やチャクラとは違う水面に浮く力に全く興味が無い、というわけではないが、同時に里の人間でもなそうな見知らぬ彼女をどうこうする義理も全くない。

見なかったことにして帰ろうと踵を返すが、何となく気になり振り返る。すると先ほどまで浮かんでいたはずの彼女の体は、ゆっくりと水面へと沈み始めていた。

「!!えっ、ちょ、ま…えっ!?!?」

相手が見知らぬ人間だからといって、さすがに目の前で沈んでいくのをただ眺めるだけにはいかない。慌てて足にチャクラを溜めて水面を駆け、少女を抱き上げた。不思議なことに服は一切水を吸っておらず、思ったよりも軽く持ち上がる細く儚い体。 猛獅子の姿のままでよかった。もし本来の姿であったなら、自分の方が小さい気がする。そんなことを思いながら腕の中にいる少女を見下ろすと、彼女はまだ眠り続けている。間一髪助けたはいいが……

「どうすんだっつーの……」

あの時なんでオレは振り返ったんだ、バカ…そう思わずにはいられない。唯一すべてを見ていたであろう月を見上げ呟いた言葉は、白い息とともに消えていった。