
今日から私も、自分の力で一番助けたい人を助けることが出来る。知らないところで二人が傷ついているのに何もできないなんて、もうごめんだ。
今ならあの時の猛の気持ち、少しならわかる気がする。
例え自分の命が削られようとも助けたい・守りたい人がいる、その気持ちが…。
十二.影への道
木々の葉も鮮やかな赤や黄色を色どり、風もひと際冷たくなってきて頃。そんな秋の匂いも薫る爽やかな午後、休暇中のナルトは相変わらずの家に入り浸っていた。同じく休暇のはまったりテーブルで雑誌を読み、ナルトはナルトで新しい術のヒントを得るため、リビングのソファに禁書を広げて眺めている。各々がゆっくりとした休暇を楽しんでいた。
ナルトはふと彼女を盗み見る。その耳元には彼女が誕生日に贈ってくれた、自身とシカマルの三人で色違いのピアスが光っている。それを見て満足そうに微笑むと、また視線を巻物に戻した。その視線に気付いたのか気付いていないのか、今度はが雑誌から視線をあげ、ナルトに視線を向ける。じーっと見つめると、小さく頷いて声を掛けた。
「ねぇナルト」
「…」
「ナルトってば」
「ん?」
ナルトは緩む口元を隠しつつ返事をする。本当は一回目で気付いていたが、彼女には申し訳ないと思いつつもう一度呼んで欲しくて、聞こえないふりをした。
こんなことをしてしまう理由ー…それはこの呼び名。先日の誕生日に「猛と同じように呼び捨てがいい」と伝え、照れながらも承諾してくれた彼女は今や普通に呼んでくれるが、ナルトは呼ばれるたびに嬉しくてニヤケてしまう。ナルト自身、以前三代目に『っ子』と言われ否定したが、今や完璧な『っ子』だと自負している。彼女の言う【あいじょー】を全身で受け取って以来、その気持ちは日に日に大きくなり、困るくらいだ。
だが、そんな暖かな空気から一変、彼女の一言で事態は大きく変化した。
「私もそろそろ暗部に入りたいんだけど、どうやったら入れるの?」
「…は?」
普段なら大好きなの声を聞き逃すはずがない。いや、今回だって決して聞き逃したわけではない。ただその言葉を信じたくなく、聞き返してしまったのだ。今まで読んでいた禁書から視線を上げ、眉間に皺を寄せを見つめる。そんなナルトの心情を知ってか知らずか、は相変わらず両肘をついたまま視線だけでナルトを捉えると、さらっと言葉を続けた。
「『は?』じゃなくて、私も暗…」
「却下」
「…」
言葉を遮られてのすばやい返答に、思わず沈黙の。目の前のナルトは眉間に皺を寄せたまま、ふいっと視線を禁書に戻してしまった。そんな様子にあっけに取られ、は大きな瞳を何度もパチパチさせていたが、次の瞬間には目を座らせ、頬を膨らます。
「何でよ、ナルトだって最初『暗部に入れるレベルだ』って言ってくれたじゃない!」
「それはそれ、これはこれ」
「いやいや…」
暗部総隊長たる者が二言なんて女々しいぞ!と言う。そんな彼女を今度はナルトがジト目で見ていた。
「大体お前に暗部なんかまだ早ぇ」
「六つ年下のキミには言われたくありません」
「もう五つだ、バカ」
「あ、そっか」
いくら自身が木の葉最強と謳われる暗部総隊長でも、彼女との年の差が埋まることはない。そこは理解している。とは言え自分は総隊長、力では自分の方が上だと自負している。だからこそ、大切な彼女を守るのは自分だと。そんな彼女を暗部にだと?
ー…冗談もほどほどにしろ…
そんなことを考えながらを見つめていて、ふと気付く。早いとは言ったが…
「…お前、誕生日いつ?」
「…わかんない」
「は?」
「私もナルトの誕生日会の時思ったの。自分の誕生日っていつだろうって。でも何故か、自分の誕生日がいつなのか思い出せないんだよね」
何でだろう、と切なげに微笑む彼女。忘れていたが、彼女は五十年程前の人間…何故ここに来たのか、分からないままなのだ。そんなことを忘れるくらいここでの生活に馴染んでいるし、何より彼女自身もう普通に思い出しているのかと思っていた。
「わりぃ…てっきり思い出して…」
「ぼんやり猛と二人でお祝いしたような記憶もある気がするんたけどなぁ…」
ナルトの謝罪の言葉にかぶせ、は言葉を続ける。そして何か思い出したのか一瞬はっとした顔をしたかと思うと、思わず見とれてしまうくらい柔らかに笑みを浮かべた。その瞬間ナルトはどこかつまらなさを感じて、眉間にさらに皺を寄せた。
ー…あー、聞かなきゃよかった。アイツのこと思い出して笑ってんじゃねーよっ!
猛が彼女にとって大事な義兄なのは知っている。でも『今目の前に自分がいるのに、その笑顔が自分に向いていない』ことにイライラする。ナルトはすっと立ちあがりの正面まで来ると、そのまま目の前にある彼女の頬を左右に摘んだ。
「いひゃ?!いひゃいよ、なうひょ!!」
「うるせー!黙って抓られてろ!」
「にゃんでよー、なうひょのばかぁ!」
は逃れようと抗議の声を上げるが、ナルトはその度にジト目のまま無言で頬を引っ張る。何とか押しのけようと抵抗する彼女に、梃子でも動かないナルト。これが完璧子供じみた嫉妬心だということも十分わかっているが、このもやもやは止められない。は何とか脱出しようと試みるもなかなか離れない手に、次第に痛みによる生理的な涙が溜まっていく。それを見てナルトはほんの少しの罪悪感を覚え、重い溜息と同時に手を離した。
両頬に手を当て、今度はが恨めしそうにナルトを見ているが、その様子をナルトは満足そうに見ている。
ー…今はオレを見ている
そんな子供じみた独占欲が、さらにナルトを満足させた。
「さて、と。いじめ終えたし、ちょっとじぃちゃんとこ行ってくる」
「ふーんだっ!いじわるナルトには夕飯なしだからね!」
「あ?そんなこと言ってっともう一回抓るぞ!」
そういって軽くにらみながら手を顔へ近づけると、は「ぎゃっ!」という声と共に近くの柱へ隠れた。まるで怯えるリスのようで、ナルトは思わず吹き出しそうになる。それをこらえつつ玄関の扉を開くと、後方からふてくされた声で「いってらっしゃい」の声が聞こえ、振り向いた。そこにはつねられたことにより真っ赤になっている頬を膨らませつつ、柱から顔を半分出して手を振っているの姿。その様子がおかしくて暖かくて、そしてこの時間が愛おしくて、ナルトは今度こそ吹き出した。
気持ちよく晴れている空を見上げながら、ナルトはある場所へ向かい歩いていく。は今忘れてるかもしれないが、彼は彼女の発した暗部入隊の話を忘れていない。はああ見えて結構頑固だ。一度決めたら絶対変えない。だが暗部の任務は危険度が上がる上に、確実に死へも近くなる。
ー…無理無理、誰が何と言おうと絶対入れねぇ。
ー…アイツはオレが守るんだ。これからも、この先もずっと…
今のうちに先手を打っておこう…そう考えると、ナルトは火影邸へ向かう足取りを速めた。
********
「そういうわけで三代目、私を暗部に入れてください」
「全然説明になっとらん」
『下手くそか』
「うるさい、淀」
次の日、は任務帰りに火影邸へと寄り、昨日はナルトとのやりとりですっかり忘れてしまっていた「暗部への入隊希望」の意を告げたが、三代目にため息と一緒に先の言葉を言われた。というのも、入隊希望を告げるにあたり昨日のナルトの意味不明な抓りにイライラしだし、結果愚痴を伝える形になってしまいきちんと伝えられていないようだ。あまつさえ淀にもツッコミを受けてしまった。
は頭の中を一度落ち着かせようと深呼吸をして、もう一度静かに語りだした。
「三代目様、私を暗部に入隊させてください」
「その心は?」
「この手で守れるのなら、命に代えてでも守りたい人たちに出会えたからです」
「…」
じっと見つめ続ける三代目…それはまるで、の真意を探ろうとしているようにも感じた。つい数か月前まで『死なせて』なんて言ってた人間だ、仕方がない。その視線に応えるべく、は更に言葉を続けた。
「私はこの時代に来て、初めて『生きる』ことが楽しいと思えました。一人の『忍』として、自分のために生きてみようと思うことが出来ています」
「ほう。成長したな」
「ありがとうございます。もちろん今の仕事に不満はないです。素敵な仲間に出会い、やりがいもあり、何より里を守れている…そう感じることが出来てます。…でも先日猛獅子が倒れた時、思ったんです。」
「何じゃ」
そこで一度言葉を切ると、目の前にいる三代目の目をじっと見つめて言った。
「猛獅子…ナルトは突然意味もわからずこの時代に来た私に、生きる道しるべを与えてくれました。それ以前に、この時代で初めて助けてくれたのもナルトです。そのナルトが苦しんでいる時、私は何もできませんでした。ナルトがタケであることさえも知りませんでした」
「それはお主に黙っていたから…」
「いえ、ナルトはきっと気付いて欲しかったはずです…ヒントはいくつもでていたんです。それなのに私は、気付いてあげることすら出来なかった…」
ごめんなさい…と目を伏せる。その姿を三代目は困ったように微笑んで見ていた。
「そんな中、ナルトは普段ならしない失敗をして、入院してしまった。私の力…特に『天雫』があればナルトをその場で絶対にサポート出来た、そんな自信があります」
「…ナルトの為なのか?」
「正直に言うと、一番はナルトとシカマルのためです。ずっと助けてくれている二人が二重生活の面でも任務の面でも大変そうにしているのを、一番間近で見ているのは私です。二人に恩返しがしたいし、もっと私を頼ってほしいという思いが一番大きいです」
「…そうか」
そう言うと三代目は微笑んだ。まだ子供と呼べる二人に、長い間重い荷を負わせ続けているのは重々承知している。だが、二人のことをここまで思ってくれる彼女がいてくれてよかったと、心から思った。
「でも、それだけでじゃないです。以前三代目様も私の実力を『暗部レベルだ』をおっしゃってくださいました。あの時はまだ経験がなかったので断りましたが、今はもう上忍としてだいぶ経験も積み、力も付きました。淀がいることも思い出しました。私はもっとこの里の為に役に立ちたいのです。私に優しくしてくださる里の人々をもっともっと守りたいのです」
そしてー…
「ナルトやシカマルのように、もうこれ以上幼い子供が暗部に入らぬよう、その歯止め役にもなりたいのです」
生意気なことを言っているのは重々承知してますが、どうかお願いします―…そう言って真剣に三代目を見つめる。三代目は彼女の覚悟を見るため少し殺気を込め睨みを利かすが、は一切顔色を変えずに睨み返してきた。どうやら本気のようだ。
その表情を見て小さくため息を漏らし、空気を和らげる。彼女の気持ちはよく分かった。彼女の成長や思いやりが本当に嬉しい。
「お主の思いはよう分かった。そこまで里を…二人を思ってくれて、本当にありがとう」
「い、いえ!とんでもないです!」
「じゃがなぁ…」
そこまで言うと三代目は眉を下げ、困ったような表情で「残念じゃが…」と言葉を続ける。
「一歩遅かったのぅ。昨日ナルトがここに来て『を絶対に暗部に入れるな!』と念を押されてしもうたわい」
「!?」
「初めは何かの冗談かと思うておったが、まさか本当にお主がここにくるとはのぅ…」
「ナルトは関係ありません。これは私の意志です。三代目様、私を暗部へ入隊させてください」
「…今里は忍不足。お主のレベルも経験も何も問題ないと思っておる上、これからの暗部育成のためにもお主を入れたいのは山々じゃ。何よりお主の里と二人を思う気持ちは本物。大事にしたいのが本音じゃが、何せ総隊長が反対してるんではのぅ…」
「三代目様ぁぁ〜、何とかしてくださいよぉー!!」
今までの緊張感を崩すかのように、は素に戻り三代目に助けを請う。その姿をみて三代目も「いつものに戻ったのぅ」なんてのんきに苦笑いを浮かべた。
「三代目様、何とかならないのですか?ナルトの父親代わりなのでしょう?」
「何とかなるなら、その何とかをとっくにしとるわい」
「うぅー…三代目様ぁぁー…」
しばらく妙案がないかとひたすら考えてみるものの…全く思い浮かばない。一度決めたら考えを中々変えない頑固なナルトが、どうやってもが暗部に入る許可を下すわけがないのだ。そもそもには、何故こんなにもナルトが入隊を拒否するのかがわからない。経験はナルトに比べたらまだまだだとわかっているが、仮にも上忍。更に年も自分の方が全然上だ。
ナルトの彼女への思いなんか知りもせず、涙目で「こんなのパワハラです!」と訴えるに、三代目は苦笑いを浮かべるしかなかった。
********
だからと言って諦めて帰るではない。「今日はこの後任務もないですし、妙案が浮かぶまでここにいさせてください!」と言うと、ソファを陣取り頭を悩ませていた。そして日も徐々に傾き辺りに沈黙が包み込む頃、が突然はっとした顔をしたかと思うと「整いました!」と右手を天に高く上げて言った。
「三代目様っ!私、勝手に暗部やります!!」
「……は?」
諦めてくれる事を影で期待していた三代目は、その何だかよくわかんない案に思わず顔が崩れた。そうとは知らずは人差し指をピンッと立てると、自信たっぷりに話を続ける。
「ですから、私、暗部に登録しないで勝手に暗部やりますっ!もちろんナルトにバレないために上忍登録のままなので上忍の仕事もします!そうすれば私は表からでも里の人々を守れるし、タケやトラが大変な時は影から勝手に付いて行って勝手にサポートします!まさに一石二鳥!」
「…じゃがそうなると、マンセルは組めな…」
「大丈夫です、他の方にご迷惑はおかけしません!」
「…じゃが、任務は…」
「暗部用のやつをちょいちょいっと裏から回してください!」
あ、でも暗部用の中でもタケやトラが行きそうな重いヤツを積極的に回してくださいね、やっぱり二人が可愛いんで…なんて言いながら何だかよくわからないその案を強く推す。
確かにそうすればナルトの希望通り暗部には入っていない…が、やっていることは通常の暗部と何ら変わりがない。逆にナルトがこれを知った時の方が恐ろしい気もしなくもない…が、何しろがこんなにもやる気になっている。初めてこっちに来た頃は生きる意味もなくただ毎日を送っていた少女がこの約一年でここまで成長し、さらに今を前向きに生きている。
―…すまぬナルト、わしはお前も可愛いがも可愛いのじゃ…。
そう心で軽く謝るとわかった、と一言発した。
「わしとナルトの負けじゃわい。、これよりお主を暗部―…ではないのぅ、なんじゃ…裏の暗部…『裏暗部』として活動することを認める」
「!!ありがとうございますっ!!!」
絶対にナルトにはバレないよう、お役に立てるよう頑張りますっ!なんて笑顔いっぱいのを見つめて、どこか苦笑いの三代目。許可を出したはいいがはたしてこの裏暗部、いつまでナルトにバレないのか…何と言ってを上手く丸めたことにしようか…。これからの期待とやる気に溢れるとは対照的に、いろいろな不安でいっぱいな三代目であった。
とナルトが出会ったあの夜から 十一ヶ月―…。
さらに二人の関係が変わっていく十二月まで、あと数週間……。