
照りつける強い日差しも日に日に弱くなり、少しずつ葉も彩り始める季節。は任務を終え、商店街に買い物に来ていた。天を仰ぎ大きく伸びをすると、自然と目の前には透き通る青が広がる。
青…綺麗な青色。ふと思い出すのはこの空と同じ、広く澄んだ青い瞳の少年のこと。
十一.君が与えてくれるもの
猛獅子=ナルト、ということを知ったのは数週間前。泣いてしまったこともあり初めはバツの悪そうにしていたナルトだったが、以来ナルトの姿でもタケのように、素の姿を見せてくれるようになった。そして時折見せていた、淋しげな表情を一切見なくなった。その代わりタケの姿でもナルトの姿でも、笑う顔を見る機会が増えたと思う。
―…ナルトくんが笑うと、私も嬉しい
青空を見ているとあの太陽みたいに明るくて眩しい笑顔を思い出し、も思わず微笑んだ。
「えー!今年は当日に出来ないのー!?」
気持ちのいい空を見上げながら歩いていると、女の子の大きな声を耳にして思わずその声の主を見る。そこには綺麗な金色の髪を一つに結んでいる女の子と、少しぽっちゃりめの可愛らしい男の子が二人、商店街を歩いてくる。アカデミーの帰り道なのだろう、リュックを背負いながら(さらに男の子の方はお菓子を食べながら)こちらへと向かって来ていた。近づくにつれて女の子の表情が落ち込んでいるのがわかる。
―…何が出来ないんだろう…。
普段は他人の会話なんて全く気にしないのだが、あまりのその女の子の落ち込んだ表情が気になってしまった。お店の前の商品を見るふりをしつつ、その声に耳を傾けた。
「うん、シカマルのおじさん、任務入っちゃったんだって」
「息子の誕生日に任務だなんて何考えてんのよ、おじさんー!」
「いののおじさんだってその日、任務入ってるでしょ?」
「バカねチョウジ、うちは断るに決まってんじゃない!」
次の日は可愛い一人娘の誕生日なのよ!?なんて言いながら怒り続けている。というか、今シカマルくんの誕生日っていってなかった?!一体いつなんだろう…。
「でもね、十月十日には帰って来るらしいよー」
「十月!?遅すぎだしっ!…ってあれ、十月十日って誰か誕生日じゃなかったっけ?」
「ナルトだよ。シカマルが毎年言ってるからボクも覚えちゃった」
「ふーん。まぁナルトの誕生日は私には関係な…」
「すみません!!」
「「?!」」
そこまで聞くといても経ってもいられなくなり、は二人の元へと駆け寄った。
―…シカマル、ナルト、誕生日…待って待って、何そのすっごく聞き捨てならない単語の数々は?!
「突然ごめんなさい!今のお話、最初から詳しく聞かせてください!」
「「…はい?」」
突然現れた見知らぬ女性に、いのとチョウジは顔を見合わせた。
........
.....
...
いのちゃんとチョウジくん…シカマルくんの幼馴染み。そしてナルトくんともアカデミーで知り合いらしい。二人の情報によると、今日から三日後の九月二十二日はシカマルくん、十月十日はナルトくんの誕生日らしい…知らなかった。
ー…出会ってからずっとお世話になってる二人の誕生日を知らないなんて、私としたことが何してるのよ!!
悔しさでふんふん鼻息を荒くしていると、はっと気付いたかのように鞄から手帳を取り出した。左手は九月二十二日を指し、右手は十月十日。そして一日ずつ順番に近づけていく。
―…十月一日ね。よしっ!!
待ってろ誕生日ーっ!!そう叫ぶと、買い物をし直そうと商店街へと再び入って行った。
このことが原因で、ナルトのモヤモヤが更に増えるとも知らずに…。
********
「「は?」」
その夜、の家。夕飯を食べ終え各々のんびり過ごした後、暗部の任務へ向かうため猛獅子と明虎の姿となった二人は、彼女から発された言葉に耳を疑った。
「だからね、今日以降私が『いいよ』って言うまで、二人とも何があっても絶ーっ対うちに来ちゃダメだよ!」
「それは構わねぇけど、何だよいきなり」
「何って、えーっと…」
突然の申し出に多少驚き、シカマルは理由を尋ねつつこっそり無言の横を見る。チラ見されたナルトは口をきつく結び、軽く彼女を睨んでいるようにも見える。一方理由を求められたは、料理の事前練習して、プレゼントの用意して、当日はこっそり飾りつけなんかも頑張るから!…なんて、口が裂けても言えるわけがない。でも下手な理由を述べて、勘の鋭い二人にバレてしまうのは絶対に嫌だ。
ー…喜んでくれる顔が見たいんだもん。理由なんて内緒に決まってるじゃん!
えーっと、んーと…と考えるを見ながら、これは絶対なんかあると気付いているシカマルと、何故ずっと受け入れてくれていたのに突然拒否されるんだ、さっさと理由を述べろと苛立ちを隠せなくなってきているナルト。今は二人の方が身長が高いため、小さく華奢な彼女を見下ろしながら言葉を待つ。だがいつまでたっても口を割らないにナルトは小さく舌打ちをすると、不機嫌丸出しの声で言った。
「来んなって言うからには、俺が納得する理由あんだろうな?」
「な、なんでそんな偉そうなの?!」
「うるせー!いいから理由を言ってみろ!」
「も…模様替えっ!部屋の模様替えをするからっ!ほら、埃立っちゃ…」
「は?お前ここ引っ越してきたばっかだろーが。それに模様替えならむしろ手伝う。よってオレは明日以降も来る!」
「いいいいやいやっ!アカデミーに暗部に忙しい二人に迷惑を掛けるわけにはいかないって!!」
「何今更言ってんだよ、お前の迷惑なんか今に始まったことじゃねーだろ!」
「そ、そうだけど違うの!とにかく来ちゃダメなのー!」
即手伝いを申し出たナルトに対し、それはもう必死な勢いで拒否する。いつもなら「ありがとうナルトくん、優しいね!」なんて言って抱きついてくるのに…。その普段とのあまりの違いに、ナルトはさらに不信感を募らせる。そんな様子を見て面白くなったシカマルは、悪戯っ子の笑みを浮かべて爆弾発言をかました。
「なんだよ、ついに男でも出来たのか?」
「?!」
「お、おとっ…!?」
「そういや今日、カカシさんと一緒に大荷物持って歩いてたもんなー」
「そっそれはっっ!」
―…今は寝室に隠してるけど、準備で大荷物になっちゃってたまたまカカシさんに会って助けてもらっただけなんだよー!!でもそんなこといったら「何でそんな大荷物だった?」って聞かれて即アウト!だめだめだめっ!!
一人あたふたすると、それを見て笑うシカマル。ナルトはその冗談を冗談とは飲み込めず、疼く胸を押さえてただ呆然と立ちすくしていた。
********
の家立ち入り禁止令が発令された次の日。ナルトはぼーっとしながらアカデミーへと向かっていた。
正直昨日はどうやって帰ったのか覚えていない。気がついたら自分のベッドの上に横たわったまま、朝を迎えていた。本当はアカデミーなんか行く気分ではない。かと言って生憎今日は暗部の任務もない。こんな状態で家にいたら無意識のうちにの家の方へと意識が向いてしまうので、仕方なくアカデミーへと向かっていた。落ち込みが目に見えて分かるくらいに沈んでいるナルトを見つけたシカマルは、多少の罪悪感を感じつつ声を掛けた。
「うす、ナルト」
「おぅ…」
「…お前、大丈夫か?」
「何がだよ」
「あー…アイツ、多分男とか…出来てねぇよ」
「…わかってるっつーの…アイツに男なんか出来るかよ…」
そんな返事とは裏腹に、落ち込みの激しいナルトを前にはぁ…とため息をつくシカマル。まるで捨てられた仔犬のようだ。そう思うと、あるはずない犬耳と尻尾がしゅん…と下がっている姿が見える。じゃあ何に落ち込んでんだっての、あーめんどくせぇ…こんな気分とは真逆の晴天に、思わず天を仰いだ。
「おはようシカマル、ナルト」
「おはよー二人ともっ!」
「おぅ」
「…おはようってばよ……」
二人の後ろから声を掛けたのは、いのとチョウジ。だがいつもならうるさいくらいに挨拶をするナルトの様子を不審がり、いのがナルトをつっついた。
「ちょ、ちょっとナルト。あんたどっかおかしいんじゃない?」
「別に普通だってばよ…」
「…なにこれ、何かあったの?」
「…昨日、ちょっとな…」
シカマルの返事にいのは「ふーん…」というと、沈黙が辺りを包み込む。そして突然、いのの「あっ!」という声が響いた。
「昨日といえばっ!アカデミー帰りにナルトとシカマルの友達っていう女の人に会ったんだけどっ!」
「「!?」」
「さん?だっけ。あの人、とっても面白い人ね!昨日だってね、突然話に入ってきて二人の誕じょ…」
「いのっ!!」
楽しそうに話を続けようとするいのの言葉を、チョウジが突然遮る。チョウジの顔を見ていのは一瞬はっとした顔をすると、口元を押さえつつ申し訳なさそうに謝っている。話の読めない二人はいのとチョウジを見つめていたが、ナルトはふいっと視線をそらすと明らかに肩を落として一人先に行ってしまった。
そんな重い空気に三人同時にため息をつくと、シカマルは二人を見据える。
「で?がどうしたって?」
「えーっと…本当は口止めされてるんだけどね…」
頭の良い幼馴染みには黙っていられないと思った二人は、声をひそめて事の詳細を語り始めた。
―…ややこしい事しやがって、あのバカ…。
すべてを理解して漏らした声は、綺麗な青空へと消えていった。
........
.....
...
と会わなくなって十日以上が過ぎた。明日からはとうとう暦も変わろうとしている。自分の家にこんなにも長い間いるのは久しぶりだ。
と出会ってからは影分身の時の記憶も含めると、ほぼ毎日彼女の家にいた。そのため、ただ眠りに帰るだけになっていたこの空間。一人で部屋にいると嫌でも彼女のことを考えてしまっていた。
この期間中、家には行かないだけで何度も里内でを見かけた。けれどその度に必ず隣にはカカシやアスマ、時にはゲンマなんかがいたりして、決まっていつも大荷物を抱えていた。そしていつも、すごく楽しそうにの家へと消えていく。そんな彼女に話しかける勇気なんて、到底無かった。
―…何で他の奴らは良くて、オレはダメなんだよ
ー…何で嘘の理由なんか言うんだよ
ー…何でそんなに楽しそうなんだよ
ー…何で…何で何で何でっ……
そこまで考えて、ギュッと痛んだ心臓の疼きに耐える。嫌われたわけではないと思う。彼女も何か理由があるんだと思う。でも、もしかしたら彼女も他の大人同様…そう思うと辛くて目を閉じた。
―…淋しい…苦しい…。
胸元にある手に当たったのは、常に身に付けている金のシロツメクサの入ったガラス玉。オレはオレだと認め、受け入れ、優しさで包んでくれた彼女がくれた、大切な宝物。そうだ、彼女は他のヤツとは違う。オレを一人の人間として受け入れてくれたじゃないか。その彼女が今何を考えているのか全くわからないー…けれど…
「会いたい」
口に出すと何処か吹っ切れた気がして、口角が上がる。ガラスの中で輝く金色を見つめてキュッと握ると、今いる無機質な部屋から飛び出した。目指すはただ一つ、通い慣れたの家。
********
近所に引っ越した彼女の家には、走り出してすぐに到着した。いつもならわくわくしながら立つこの扉の前も、今は緊張で少し震える。流れる汗もそのままに、オレは怒られる覚悟で思い切り扉を押しあけた。
「「「お誕生日おめでとー!!」」」
「!?」
の家の扉を挨拶もなく勢いよく明けると、予想もしていなかった大勢の声が掛けられた。思わぬ事態に目を白黒させて玄関に立ちすくむ。
「ほらな、今日が限界だっつったろ」
「まぁナルトにしては良く耐えた方なんじゃなーい?」
「それはそうとサスケくんから離れなさいよ、いのブタッ!」
「ナルトくん、大丈夫かな…」
「あまり大丈夫ではないだろう、なぜなら理解不能に陥っているからだ」
「それよりさっ、早くのケーキ食おうぜっ!」
「ケーキ!ボク一番大きいのがいいーー!!」
この子供らしい言葉を合図に多くの声がリビングへと消えていく。相変わらず事態を飲み込めず固まっていると、ずっと聞きたかった声、ずっと見たかったあの笑顔が目の前にやってきた。
「ナルトくん!びっくりした?」
「…」
「今日はね、シカマルくんとナルトくんのサプライズ誕生日会です!まぁシカマルくんには一日しか内緒に出来なかったけどね。でもナルトくんは気付いてなかったでしょ?」
「誕生日…会?」
「うん!ほらっ!」
そう言っての指差した先に見えるのは、いつもとは少し違ったリビングの風景。見慣れているはずのリビングが綺麗な輪っかで飾られ、植物たちには色とりどりのモールが掛けられていた。そしてベランダへと続く大きめの窓には「HAPPY BIRTHDAY シカマル&ナルト」の垂れ幕。
「誕生日…オレまだ先…」
「だから言ったじゃん!『シカマルくん』と『ナルトくん』のだって!明日十月一日は二人の誕生日の丁度真ん中の日なのっ!真ん中誕生日、知らない?」
「…」
「本当は明日やりたかったのに、シカマルくんが今日突然『我慢の限界を通り越して今日には来るぞ、あいつ』なんて言うんだもん」
焦ったよぉ〜、何て言いながらやっぱりニコニコしてる。それでもまだ状況を飲み込み切れないオレに少し罪悪感が湧いたのか、トーンを落として話しかけてきた。
「…実はね、この会を二人には内緒に進めたくて、準備で物が溢れちゃって、出入りを禁止したの。いろいろと準備に手間取っちゃうってわかってたから、あの時はっきりした日にちも伝えられなくて。ごめんね、突然だったからいろいろと不安にさせちゃ…!?」
そこまで聞くとオレは思い切りの腕を引き、隣にある寝室へ入って行く。そのまま勢いよく扉を閉めると、オレは彼女の頭に手をまわし思いっきり胸に抱きしめる。そして彼女を抱え込んだまま、そのままずるずると床に座り込んだ。真っ暗な部屋の中、ずっと感じたかった温もりを全身で感じる。
「…ナ、ナルトく…」
「嫌われたかと思った」
彼女の耳元で小さく言い放つと、腕の中でが小さく跳ねた。自分でも驚くくらいその声はか細く震えているのがわかったが、思いを止めることが出来なかった。
「もうオレに、笑ってくれなくなるのかと思った」
「そんなわけ、ないでしょ」
「男が、出来たのかと思った」
「違うっていったよ」
「味方じゃなくなるのか、とも…思った」
「…」
「一緒に…いられなくなるかとっ…」
思わず詰まってしまった声が苦しくて、震える声を黙らせた。言葉に出せば出すほど苦しくて切なくて…。滲んだ視界もそのまま、彼女に顔を摺り寄せた。
子供の頃からずっと一人だった。理由もわからずずっと嫌われ、孤独だった。信じ始めた人に、裏切られたこともあった。やっと感じ始めた彼女からの暖かなものを失うと思うと、怖くて寂しくて苦しかった。でも、今確かに自分の腕の中に感じる暖かなぬくもりが、今までの不安をすべて消し去ってくれた。
「バカだなぁ、ナルトくんは」
「?」
「私がナルトくんを嫌いになるわけないでしょ」
ね?と腕の中で綺麗な大きな瞳でじっと見つめる。そしていつものように左へ少し小首をかしげ、安心しきった可愛い笑顔でそっと囁いた。
「これが私なりの"あいじょー"というものですよ」
ぽんぽん、と優しく頭を撫でてくる彼女の目にも、うっすら涙が浮かんでいるのがわかる。なんでお前も泣いてんだよ、バカ。
「…わかりにきぃよ」
「へへっ。お誕生日おめでとう、ナルトくん」
「…おう」
そう答えると、心の底から笑うことが出来た。その表情に目を丸くしただったが、彼女もその大きな瞳から流れる温かなものをそのまま、ふにゃっと微笑んでくれた。オレは今、どうしようもなく幸せだ。
「オレ、誕生日会とか初めてだ」
「そうなの?」
「あぁ。誕生日はいつも任務か、一人だったからな」
そう言うと向かい合うのその白くて柔らかな手を取り、優しく握りしめる。オレの大好きなの瞳はいつも通り穏やかで、柔らかい。
―…ありがとう、…。
そう彼女に告げると、彼女は目を細めて綺麗に微笑んでくれた。
*******
「ナルトー!主役がいないとケーキ切れないよー!」
「おめーが来ねぇとケーキ食えないっつーの!」
「ケーキーー!!!!」
そんなに長い時間ではなかったが、主役が一人消えたリビングから声が掛けられる。その声にナルトもも目を合わせると、小さく微笑んだ。
「ほらナルトくん、パーティの始まりだよ!」
「…あぁ」
「ほらっ、しゃきっとして!せーの!」
本日のもう一人の主役ですよー!と言いながら扉を開けてナルトの腕を引く。ナルトがふとその白くて細い手を見ると、そこには沢山の絆創膏。その先には沢山の飾りと美味しそうな料理とケーキ、そして沢山の笑顔。そんな中に自分がいるなんて、少し前まで想像も出来なかった。でも、ちゃんといるんだ。その事実にナルトは自然と心が満たされた。
君が与えてくれるもの…それは数え切れないほどの小さな不安と、とてつもないほど大きな幸せ。
そして言い表すことのできないほどの、君のいう"あいじょー"の暖かさ。