
ずっと一人で生きていくと思っていた。一人の方が楽だし、何より相手に期待して裏切られることもない。人に認められたいと思うこともあったけど、一方で仮に認められたとしても『ふざけんな、今までの仕打ちは忘れねーぞ』って言う気持ちがあるのも事実。そう言う黒い自分もひっくるめて、やっぱりオレは一生一人でいいと決めていた。
でもと出会ってその考えが揺らいでいることに気付く。はいつもオレのすぐ手の届くところにいて、いつも笑ってる。の中にも普通の奴とは違う〈生き物〉がいて、オレと同じくらいきっと辛い思いをしたはずなのに、そんなの感じないくらいいつも微笑んでいる。
といると、心が温かくなる。自然と笑顔になれる。
がいると、どこか落ち着く。もっと話したくなる。
には全て、受け入れて欲しくなる。
彼女と出会う前の自分が聞いたら、きっと鼻で笑うだろう。「一人でいいんじゃなかったのかよ。それでも暗部総隊長か」と。でも一度そう思ってしまった心は、どうしようもなく加速していく。
そんなオレがもし手を伸ばしたら、彼女は受け入れてくれるだろうかー…。
十.伸ばした手
と出逢って約九ヶ月。ナルトの姿で会うようになってから、もう五ヶ月。太陽を追いかける向日葵も俯き、セミの声ももうだいぶ聞かなくなった。
はあの後三週間ほど入院を余儀なくされた。猛の『天雫』使用時の代償は記録によれば三日程度だったのに対し、彼女は三週間…猛め、余計なもんを教えやがって。ただそれだけではなく、恐らく〈淀〉という妖魔のチャクラを使ったせいでもあるだろうと、が言っていた。
あの後すぐにシカマルと三代目に淀のことを報告したが、淀に関する記録は今のところ見つかっていない。一族が作り出したということは、尾獣とは異なる生き物。クーデターを起こす目的で作られたということだから、この事は極秘とした方が妥当だろう、ということに纏まった。
そしての話を聞いて気になった点…それは〈一族が滅亡したあのクーデターに淀は関わっているのか〉ということだ。記録によれば【五十年程前に一族はクーデターを画策するも、事前にの義兄である猛によって鎮圧され滅亡】とあった。淀がこのクーデターに関わっていて、もし仮に尾獣と同じように〈抜き取られたら器の人間は死ぬ〉場合、は五十年程前に既に死んでいる…?もしくは、そうなる前に何らかの方法でこちらへ飛ばされてきた…?もしそうだとしたら、一体なぜ…?
分からないことだらけで頭が混乱する。オレは小さく頭を振り、気分を変えようと手にしたペットボトルの水を飲み干した。
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の入院中、毎日猛獅子姿かナルト姿で見舞いに行った。行くたびにあいつは太陽みたいに嬉しそうに微笑んで、それを見るだけで心が暖かくなるのを感じた。
この長期任務の一件で、オレの中で彼女の存在が自分で思ってた以上に大きくなってることに気付いた。あの笑顔を見て、あの空気に触れて、あの体を抱きしめて…失うのが怖い…そう思う存在だと嫌でも気付かされた。
そんな思いに気付いてからは、から距離を置くことも考えた。今までこんな思いを抱いた相手はいなかったし、第一まだ伝えてない大事なことがあるから。死でさえ恐れを感じたことが無かったのに、死よりも猛獅子が【九尾のいるうずまきナルト】と知られ、他の人間同様拒絶されてしまうんじゃないかという方が恐ろしい。死なんかよりも、この世でに否定されることの方が、こんなにも恐ろしいのだ。
最初はナルトの姿では出来るだけ会いたくなかった。オレは表向きまだアカデミー生で何も力の無い、里の人間に疎まれる九尾を宿した子。一方猛獅子は暗部総隊長で、強くてとの年も一つしか違わなくて、堂々としていられる。対等でいられる。守ってやれる。
にオレが猛獅子だってバレてたらどう思われるのかー…今まで騙していたと取られるのか、はたまた信頼を失うのか、を傷つけるのか、オレ自身を嫌い離れていくのか…どの考えも恐ろしくて受け入れたくなくて、想像したくもない。そんな場面に遭遇したくなくて、ただ自分を守りたくて…そうなる前に自ら離れてしまいたかった。
でもそう思う心とは裏腹にやっぱり気持ちは正直で、彼女を見かけると話したくて表の姿でも駆けよってしまうし、彼女の周りに他の人間がいると、男女問わず引き離したくなる。
には自分のすべてを知ってもらいたい、受け入れてもらいたいという欲が、日々強くなってきていることに気付き自分自身に吐き気がする。九尾を腹に抱え、里の人たちに恨まれ疎まれ、アカデミー生だと里の人間を騙し続け裏では暗部に所属するオレを受け入れるなんて、そんな甘いことじゃない。今までだってそうだ、自分のすべてをそのまま受け入れてくれる人間なんてそういない。でもならもしかしたら…そんな甘い期待をするたびに、今までの里の人間の仕打ちを思い出せと無理矢理心を押さえた。今のオレに彼女からの拒絶を受け入れられる自信は、まだない…。
いくら考えても答えの出ない問いをぐるぐると持ったまま、久しぶりにトラとのマンセルを組んでいて気を抜いていたのか、はたまた考えすぎて気を散らしてしまっていたのか…オレは任務中だというのに、忍び寄る敵の影に気付かなかった。
「タケッ!!」
はっとして後ろに迫った殺気に螺旋丸を放つもすでに時遅し、放たれた相手の技を体全体に受け、宙を舞うようにその場に倒れる。トラは即座にそいつの息を根を止めて駆け寄ると、ひたすら俺の名前を呼び続けた。薄れる意識の中、こんな時にでもやっぱりの笑顔が頭によぎり、どんだけ気にしてんだよと自分自身に苦笑いした。
―…受け入れなくても、いい。
ー…頼むから、オレを拒絶しないで……。
.........
......
...
「シカマルくん!やっと会えた―!!」
太陽が暖かに里を照らす昼下がり。任務も朝方終えて食糧を調達しようと一人里を歩いていると、前方を俯いて歩くシカマルくんを見つけて声をかけた。
退院後、私はタケの薦めでこちらに来てからずっと住んでいた部屋から、少し広めのアパートへと引っ越しをした。彼曰く「お前の部屋、もう狭ぇよ」だそうだ。初めのころは何もなかったのに、生きることをしだしてから生活感が溢れてきていて、今はソファやら忍具やらで確かに物が溢れている。アパートを探している旨をどこからか知っていたナルトくんが「いいとこあるってばよ!」ということで、今はナルトくんとご近所さんだ。
その引っ越しのお手伝いを二人は買って出てくれて、無事に引っ越しは完了した。その直後にシカマルくんはタケと暗部の任務に行っちゃって、ナルトくんもアカデミーの修行旅行で里を離れていた。なのでシカマルくんに会えたのは実に一週間ぶりくらい。シカマルくんは私の姿を見つけるとはっとしたように頭を上げて、驚いたような縋るような目で私を見つめてきた。何だか様子が変。
「どうしたの?」
「…なんでもねぇ」
「そう?ならいいんだけど…」
何だかしっくりこないけど、こういう時のシカマルくんは何も言わない。言ってくれるまで放っておくしかなさそうだ。
「まぁいいや。おかえり、シカマルくん」
無事でよかった、と笑顔を浮かべてぎゅーっと抱きしめると、いつもなら「放せバカっ!」と素直じゃないこというのに、今日はじっと動かず抱擁を受け入れている。ホントにどうしちゃったのよ、シカマルくん。ここまできたら変を通り越して、気持ちが悪い。
「ね、本当にどうし…」
「ちょっと来い」
「え?」
「いいから」
そういって私の腕を強く引き、前へと進みだした。
********
目の前には記憶にも新しい建物…木の葉病院。ぐいぐい先に引っ張られ、私の体は入口を抜けて真っ直ぐ進んでいく。最初は全然意味がわからなかったのに、先へ進むにつれて私がついこの間までお世話になっていた【一般病棟】から離れていく。そしてタケに拾われて一番最初に保護された部屋のある【特別病棟】に近づいていき、全身に嫌な予感を感じ始めていた。
「ねぇシカマルくん…タケは?」
「…」
「一緒の任務って言ってたよね…?」
「…」
「ねぇシカマ…!?」
そこまで言うと、突然ある部屋の前で立ち止まる。ここで待ってろ、と一言残すと一人中へ入ってしまった。シカマルくんが中に消えてからの数秒が長く感じる。辺りは静かな分、自分の心臓の音がやけにはっきりと聞こえた。
しばらくして扉が開き、中に通される。そこには清潔なベッドに寝かされたタケが、静かに眠っていた。
「なんで…」
思わず口に出た言葉がこれだった。こんな弱弱しいタケ、見たことがない。私は入り口から動けずにいた。
「どういうこと、シカマルくん」
「…任務でしくじりやがった、このバカ」
後ろの扉が閉まる音と同時に、チッと小さく舌打ちする音が聞こえた。私はその音を聞いても、目の前で静かに眠るタケから視線を外すことができない。
「本当は暗部総隊長っつー立場上、誰の面会も許されねぇんだけどよ…」
ここまで言って少し間を置く。私は続きが気になり、やっと視線をシカマルくんに動かした。俯いていたらしい彼はゆっくりと顔をあげ、弱々しく言葉を続けた。
「こいつがさ、意識ねぇのにお前のことずっと呼んでっから…だから…」
そこまでいうと言葉が詰まってしまったのか、沈黙が続く。そんな彼の思いをしっかりと受け取って、私はゆっくりとタケの眠るベッド脇に腰をかけた。そしてやっと「教えてくれてありがとう」と静かな声で伝えた。
********
しばらくするとシカマルが部屋を後にし、この静かで真っ白な空間で二人きりになった。眠る猛獅子を見るのは初めてで、は思わず見つめる。長いまつげ、こげ茶で柔らかそうな髪、整った顔立ち…純粋に綺麗だ、と思った。
―…手握ってもらってて、嬉しかったな……。
静かに肩まで布団を被る猛獅子を見て、ふと先日自らがしてもらって嬉しかったことを思い出す。彼にとっても嬉しいかは定かではないが、少しでも何か与えられたら…そう思い、柔らかな布団に埋もれる右手を取ろうと動かした。その瞬間彼が身につけている病院着の合わせ目が少しだけ開き、その隙間から微かに何かが光った気がした。
…何かな…?
多少躊躇ったものの気になる気持ちの方が大きく、光った辺りの胸元の合わせ目を少しだけ開いてみる。そこにあったものを見て、は思わず固まった。そして今まで何度か感じることのあった違和感の意味をすべて理解してと同時に、申し訳ない気持ちが溢れだす。
猛獅子の胸元に小さく光ったもの…それは小さなガラス玉のついた首飾り。その中で、初めて二人で買い出しに行った時に『ナルト』にあげた金色のシロツメクサが輝いていた。何か術でもかけたのだろう、金色はあの日と全く同じ輝きを保ったまま、真っ直ぐに上を向いている。もう枯れて忘れ去られているだろうと思っていたのにー…。
ナルト姿ではいつも人懐っこく抱きついてくるのに、時折見せていた怯えるような、淋しそうな瞳。猛獅子姿で任務前に見送りに来てくれた時に確かに感じた、あの小さな違和感。淀の話の時にまるで自分のことかのように「辛かったろ」と言った猛獅子、決して鉢合わせることのなかった二人、そして「九尾の子」ではなくきちんと「ナルト」と呼んだ猛獅子ー…。
今思えば、ずっとナルト=猛獅子であるヒントをいくつも出されていた。彼はずっと『気付いて』と訴えていたのに、きちんと気付いてあげられなかった。込み上げてくるものを耐えられず、は今は色の違うナルトの柔らかな髪を撫でながら静かに涙を流した。
........
......
...
ふと目を覚ますと、暗くて何も視界に入らない。でも感じる、誰かが頭を撫でる気配。体がだるく重く、気配を探る気にもなれず無言でその温もりを受け続けた。
「目が覚めた?ナルトくん」
その優しい声を聞いてすぐに、それがのものであると感じた。確か猛獅子の姿で倒れたはずなのに、今彼女はオレを見て『ナルト』で呼んでいる…ということは猛獅子の変化は解けてるってことか。
「ねぇちゃん、何でここにいるんだってば?」
「ナルトくんを心配して、シカマルくんが連れてきてくれたんだよ」
私も心配したよ、と見て来るその優しい笑顔に、オレもつられて微笑んだ。はふと立ち上がるとカーテンを開け放ち、柔らかな月の光が部屋に入り込む。アカデミーの修行旅行で離れていたはずなのに、この原因は一体何になってるんだ?
「そっかー…でもオレ、倒れた時のこと覚えてないってばよ。ねぇちゃん、何か聞いてる?」
「んー、『任務でしくじった』ってシカマルくんが言ってたよ。よかった、無事で」
『任務』―…その言葉に思考が停止する。アカデミー生の旅行でなぜ『任務』?何かがおかしい…。は月明かりを背にして、優しく微笑みながら言葉を続ける。
「それにしてもナルトくん、その姿で『ねぇちゃん』は変だよー」
その姿だと一歳しか違わないもんね、なんて言ってくる。は?オレは十一でお前は十七…意味わかんな……!!そこまで思うと嫌な予感がよぎり、ばっと上体を起こして布団をめくる。そこには案の定子供の体とは程遠い、細身で筋肉質な足が目線に広がっていた。布団をめくった手も骨ばっていて、その姿は間違いなく『猛獅子』のものだった。
あぁ―…ついにこの時が来たんだ―……。
頭ではそう理解していても思考は受け入れておらず、俯いた顔をあげられない。ベッドの上で固まっていると、突然右手に柔らかな温もりを感じた。思わず体を跳ねらせる。
「前にも言ったよね。『ナルトくんはナルトくん』でしょ?」
忘れちゃった?と、きゅっとオレの右手を握りしめている両手に力を込める。すっと少しだけ体を放すと、ね?と小首を傾げて、指を流れるような手つきでオレの胸元へと伸ばしたかと思うと、コツンとオレの首にぶら下がるものを取りだした。
「まだ持っててくれたんだね。もうとっくに枯れて、捨てられてると思ってたよ」
「…捨てられっか…」
「そっか。ありがとうね」
そう言って優しくオレを見つめて笑うはやっぱり綺麗で、暖かい。すべてを預けてしまいたくなる。目の前にいる彼女にだけは拒絶されたくなくて、受け入れてほしくて手放したくなくて…思わず空いた左手をの方へと伸ばした。だけどオレが触れたらその瞬間に、彼女も汚れてしまいそうな気がして…預けてしまうのが可哀想で…そして何より、伸ばした手を拒絶されるのが怖くて…。オレは伸ばした手をゆっくりと下ろし、自分の視界に広がる白い布団の海を見つめた。
すると突然、ギシッという音と共に見つめていた白い海に影が出来る。次の瞬間、体中が暖かで柔らかな香りに包まれた。
「遅くなってごめんね」
「!?」
「気付いてあげられなくて、ごめんね」
「…?」
「辛かったよね。怖かったよね。ごめんね、ナルトくん」
とくん、とくん、とくん、とくん…耳元で広がる暖かい音。心地いい、優しい音。その音に誘われるかのように、オレの視界は一気に滲み始めた。そして術を一気に解き、本来の『うずまきナルト』の姿に戻った。恐る恐るの体に腕を回すと、はさらにきゅっと抱きしめてくれる。受け入れてもらえたことが嬉しくて切なくて…小さな子供のようにきつく抱きしめ、溢れるものを堪えず素直に泣いた。こんなにも泣いたのは初めてかもしれない。その間もずっとは抱きしめ返してくれて、優しく髪を梳いてくれて、優しく背中をさすってくれた。その一つ一つに、また涙が込み上げてきた。
恐る恐る伸ばした手は、に届いた。
彼女は優しく、受け入れてくれた。
人に受け入れられる幸せが、こんなにも満たされるものだと初めて知った。