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『オレの力を使え、
「…やだ」
『やだじゃねーよ、このままだと死ぬぞ。お前が死ぬとオレも死ぬだろうが!』
「んー…死ぬのはもっとヤダ。ちょっとだけ…天雫(あまのしずく)の分だけ力を貸して」
『…そうこなくっちゃ!』

 久しぶりに会話した『彼』はチャクラをくれると、その力とその後使った術の反動に負けて意識を手放した。

ー…あー、またタケに無視されちゃうな…。

 そう思いながら、真っ暗な世界に落とされる。
 でも暖かな温もりを感じて目を覚ますとー…視界に入ってきたのは、初めて見る泣きそうな顔をしたタケだった。

九.天雫-アマノシズク- U


 次の日も、その次の日もの班からの連絡はない。底知れない恐怖と不安がオレを包みこむ。タケの姿で平然と仕事をしつつも、頭の中はあいつのことでいっぱいでどうにかなってしまいそうだった。

―…帰還途中に敵襲を受けたのか?は無事なのか…?

 嫌な想像ばかりが頭を掠めて、無意識のうちに拳に込める力が強くなる。一日に何度も里を飛び出そうとする度に「落ち着け、もう捜索は出しておる!」とじぃちゃんに止められる。

「何で行かせてくんねぇんだよ!」
「総隊長が出るなと何度も言っておるじゃろうが!少しは落ち着け!」
「落ち着いてるっつーの!」
「どこがじゃ、このバカモン!!」

 ―…しっかりせい、暗部総隊長っ!何度聞いたか分からない言葉が火影邸に響き渡り、その度に重く苦しい沈黙が辺りを包み込んだ。しかしこうやって何も出来ずにいる間にも、あいつに何かあるかもしれない…そう思うといてもたってもいられない。あの温もりを失うのがこんなにも怖い…二度と会えなくなるのはごめんだ…そんな思いが巡って、じぃちゃんをキッと睨む。
 何度も思った。失うのが怖いなら出逢わなければ良かったと。そうすればこんな思いをすることもなかったと。けれど心は正直で『出逢わなければ良かった』より『出逢えて良かった』という気持ちの比重ははるかに大きいことに、毎回気付かされる。そして『彼女に会いたい』気持ちが大きくなる。

「とにかくオレを探しに出させろっ!じっとなんかしてらんねぇ!!」
「ナルト!!」

 暗部のフードも面も被らず、猛獅子姿のままじぃちゃんの制止の声を振り切り窓枠に足を掛ける。咄嗟に本名で呼んだじぃちゃんがオレの腕を掴むが、それを振り解き飛び降りようとした瞬間、すごい勢いでシカマルのチャクラが近づいてくるのを感じ、静止する。そしてそのままの勢いで火影室の扉が開かれた。

「ナルト!が戻ったぞ!!」
「!?どこだよ!」

 その言葉を聞くと、息を切らしながらも真っ直ぐにナルトを見ていたトラー…シカマルがふっと視線を逸らした。

―…嫌な予感がする……

「…病院…」

 そこまで聞くと「クソッ!!」という言葉と共にボフンという煙が辺りを包み、と同時に猛獅子の姿が消えた。チッ…という小さな舌打ちが響く。

「どういうことじゃ、明虎」
「それが…」

********

 …………………

 誰かに切なそうに呼ばれた様な気がしてふと目を明けると、目の前は真っ白な壁だった。清潔な洗剤の匂い、そして右手に感じる、暖かなぬくもり。身に覚えのないこの空間を不思議に思って頭を動かすと、両手で大事そうに私の手を握って俯くタケの姿が目に映った。顔は見えないけど、不安で今にも消えてしまいそうなほどに不安定な空気を醸し出している彼。

ー…そうだ………。

 ボーっとしながらも、事の詳細を思い出しては少し落ち込む。

 倒れた瞬間のことは覚えてる。何て言ったってその瞬間、目の前にいるこの人の小憎らしい皮肉顔を思い浮かべたのだから。『倒れた』なんて言ったら絶対呆れられバカにされ、しまいには例の『理解不能なシカトの刑』を覚悟していた。それなのに私の予想を大いに裏切って、目の前にいる彼はいつものあの堂々としている姿とは大違いで…。その姿が無性に悲しくて、つむじが見えてしまいそうなほどに俯くタケが握ってくれている手に、小さくもギュッと力を入れてみた。するとまるでバネが入っているかのようにビクッと肩が揺れると、ゆっくりと視線が合う。

 病室を包み込む暖かな月の光ではっきりとは見えないけれど、その顔が今まで見たことのないくらい切なくて悲しくて今にも泣きだしそうで…目が離せなくなっていた。

「…タケ…?」
「……」
「あの…」
「…敵襲」
「え?」
「敵襲…受けたんだって?」

 その言葉に、私は何日か前の夜を思い出していた。

........
.....
...

 あれは里まであと数時間という距離の出来事。チャクラはだいぶ使い切ってしまったものの、今回の任務は初めて大きな傷を作らず完了することが出来た。正確にはこの二週間で負ったかすり傷は多く服もボロボロな状態なのだが、血はすでに止まっていた。任務自体も大成功で、巻物の奪還も族の壊滅もすべてうまくいき、さらに思いもよらず今追跡中の抜け忍組織の情報まで手に入れることが出来た。自身このすべての結果に満足しながら、早く会いたくて仕方のない三人ー…猛獅子、ナルト、シカマルの待つ里へと体に鞭打って帰還する。

―…タケにも早くこの結果を伝えたいっ!絶対褒めてくれるっ!

 の怪我には特にうるさい猛獅子には、一番に報告したい。褒められる想像をするとさらに笑顔が咲く。そんな可愛らしい後輩の様子を見て、今回のマンセル隊長であるイチと副隊長のレイは顔を緩ませた。二人ともやはりチャクラ消費が激しくボロボロなのだが、いろいろな表情を見せる可愛らしいを見ては癒され、何とかのこの二週間を乗り切っていた。

「こら、まだ里に着いてないんだから気は抜かないでよっ!」
「そうだぞ、気を抜くのはあの大門に入ってからにしろ」
「気なんか抜いてませんよっ!ただ嬉しくて顔が緩んでるだけですっ!イチ隊長にレイ先輩こそしっかり最後まで気張ってくださー…!?」

 三人の明るい声は、突如感じた禍々しいほどのチャクラに口を噤まれ、足を止め声を沈める。そのチャクラは真っ直ぐにこちらに向かってくる。数にして、およそ八十。こちらは長期任務でチャクラ消費の激しい上忍三名。正直キツイ。しかし避けようにも避けられない。何しろこのチャクラは先ほど入手した抜け忍組織のものだったのだ。

「どうやら真っ直ぐには帰還できねぇようだな」
「でもイチ隊長、体の方は…」
「俺は大丈夫だ。それよりもお前の方がやばいだろ、レイ。戦闘に加えて俺たちの治療もしたしな…」
「私もやれます。は?」
「大丈夫です。全然いけます!」
「…よし、フォーメーションBで一気に片付ける」
「「御意!!」」

 チャクラぎりぎりの状態の三人はお互いに自分をごまかしながら、それぞれの位置へと散っていった。

********

 飛び散る赤い雫と、仲間を罵る汚い言葉。それらを無我夢中に切り捨てる。自分の服が重く赤くなるのを感じるが、その赤が自分のものなのか敵のものなのかすらもわからない。

「隊長っ!レイ先輩っ!!」

 戦いの混乱の中二人のチャクラを探るが見つからず、恐ろしい事態を想像して思わず叫ぶ。かすかに感じる二人のチャクラを頼りに、木の上に立つ敵の頭に目を向ける。そしてその二つの刀に貫かれている彼らを見て驚くと共に、怒りで残りわずかなチャクラが乱れ始めた。

ー…許さない…!!!

 その瞬間目にも止まらぬ早さで頭の元へと瞬身し、渾身の一撃を加え怯んだ隙を見て素早く印を組む。

「水雫天翔!!」

 は手の上に出来た水の玉を投げつけると、頭は一瞬にして原型も留めぬただの水滴と化して消えた。その姿を見て、残り数人となっていた残党は思わず動きを止め、逃げ出そうと背を向ける。

「逃がすと思う?『水壁牢』!!」

 敵の目の前に水で作られた牢が下ろされ、足を止める。次の瞬間には全員『水雫天翔』によりすべて水と化し、その場に消えていった。その光景をしっかりと見届けると、ふらふらになりながらも地に降り二人を寝かす。そしてそのまま意識を失い、隣に倒れた。

********

…おい、…』

 私の中から私を呼ぶ声が聞こえる。目の前には大きな檻に捕らえられた、真っ黒な大きな鳥…彼こそ、夢で何度も私に呼び掛け、忍術を使えることを思い出させてくれた張本人。『私の中に彼がいる』と、思い出したくないことまで思い出させてくれた、私と一心同体の妖魔。

「…淀(でん)」
『やっと姿を見せたか、。久しいな』
「そうだね、やっと来れた」

 久々にチャクラ使い切ったからかな?と苦笑いを浮かべ、私はゆっくり彼に近づく。彼は頭を下げ、静かに撫でられた。
 淀は私が幼い頃に、私たち一族により私の中に封じ込められた妖魔だ。彼がいることもあり私は屋敷の中に閉じ込められていて、自由に生活できていなかった…といってもこれだけが理由ではないが。思い出すまでは何故自由に出られなかったのか分からなかったが、彼や忍術を思い出し、少しずつ記憶のパズルが埋まって着ているのを感じていた。

『で、お前はどこまで思い出したんだ?』
「どこまでって…淀のことや屋敷での生活、親のこと、猛との出会いとか…」
『他は?』
「他って?」
『…いや、忘れてるならいい、無理して思い出す必要もない』

 そこまで言うと、淀は頭をあげた。私は分からないことだらけで、首をかしげる。他に忘れていることがあるのだろうか。だが彼は首を横に振るだけで答えてはくれない。

『で、お前はこれからどーすんだ?』
「どうするって言われても、もうチャクラ切れ。身体は指一本動かないよ」
『オレの力を使え、

 話を変えそう訴える彼に、私は真意を見抜こうとじーっと見やる。今こそ仲良くなれているがチャクラはとても膨大で、その扱いはとても難しい。下手したらこちらが飲み込まれてしまう。久々に受け取る彼のチャクラをコントロールしきれる自信がない。

「…やだ」
『やだじゃねーよ、このままだと死ぬぞ。お前が死ぬとオレも死ぬだろうが!』
「んー…死ぬのはもっとヤダ。そしたらちょっとだけ…天雫(あまのしずく)の分だけ力を貸して」
『…そうこなくっちゃ!』

 その瞬間、真っ黒なチャクラが私の中で暴れ出す。その力を上手くコントロールしながら意識を取り戻すと、素早く印を組みイチ隊長の体にそっと押し当てる。その光に隊長の傷は少しずつ癒えていき、自然と意識を取り戻した。目を開き視線の交わった彼にほっと一息つくと、次は彼自身のチャクラの回復を試みる。驚くスピードでチャクラが戻っているのであろう、隊長は驚いて私を見て言った。

「なんだこの術は…?」
「…あとで説明します。今はまずレイ先輩を治療させてください」

 それだけ言うと、ふらふらになりながらレイ先輩へ近づく。そして同じように傷を癒し、目の覚ました先輩を見ることができた。

…?」
「よかった…」

 次は先輩のチャクラを…と思ったが、先ほどの戦闘での傷とチャクラ不足、淀のチャクラの強さ、そしてこの〈天雫〉の使用により身体は限界だったのか、その前に意識を失った。

...
.....
.......

 全てを話し終えタケを見ると、驚いた顔をしていた。私の中に淀…妖魔がいたことに驚いているのだろう。でもいつか言わなければと思っていたので、今言えてよかったのかもしれない。タケはずっと握ってくれていた手に優しく力を入れ、困ったようなそんな表情をして言った。

「同じ…」
「え?」
「…いや、お前もオ…うずまきナルトと一緒だったんだな」
「…」
「辛かっただろ」

 そう言うと握っていた手を離し、頭を撫でてくれた。辛い…確かに屋敷から出られなかった理由の一つは、淀がいたからだ。でもそれは理由の一つなだけで、それだけではない。それに、本当に辛いのはー…

「淀自身…」
「は?」
「私は淀のせいで辛いわけじゃなかった。淀は私の父ー…当時の一族の長が木の葉の里にクーデターを起こすために、禁術で無理矢理作り出された妖魔なの」
「?!」

 撫でていた手を止め、再び驚いた顔をするタケ。妖魔を作り出し、さらに里まで裏切ろうとしていた一族なんて、きっと他にいないだろう。

「でも上手く扱えなくて、結局生まれたばかりの私の中に封印された。だから本当に辛いのは、淀自身なの」
「…」

 苦笑いで彼を見ると、タケは眉間に皺を寄せ何か考えているように見えた。その姿に少し不安を覚え声を掛けると、タケはなんでもねぇ、と少し困ったように微笑んだ。どうしたんだろうかー…。

「で、お前が使った水遁はあいつのオリジナルなのか?」
「あいつ?」
「あぁ。猛…」

 そういうと少し辛そうな、そんな顔をした。

「そうなのかな?」

 苦笑いを浮かべつつあやふやに答える。

「私もよく知らないの。対象物を水に変えてしまう『水雫天翔』や捕まえる『水壁牢』は猛に教えてもらったんだけど、医療忍術の方は見よう見まねでやったから『天雫』っていうことしか…」

 私の説明に、タケは眉間に皺を寄せさらに辛そうな顔をした。その顔が切なくて、場を少しでも明るくしようと私はわざと明るく話を続ける。

「天雫は猛によくやってもらってた治療法なの!ほぼ毎日やってもらってたから私にも出来るかなーって思ってやってみたの。猛の時は何ともなさそうだったのに、まさか倒れちゃ……!!」

 そこまでいうと突然立ち上がったタケによって私は勢いよく引っ張られ、体いっぱいに暖かな温もりが広がる。

「タケ?」
「バカじゃねぇの、お前」
「え?」
「妖魔からチャクラもらって仲間助けて、お前が倒れるとか…バカだよ、お前」
「………」
「大体お前に猛の技が使いこなせるわけねぇだろ」
「…そう…かな」


「そうだ、バカ野郎…もう二度とすんな」

 そういってタケは小さな声でひたすら、私を責め続けた。それでも体はぎゅっと抱きしめられていて…キミの思いを理解して、思わず口を噤む。

 …心配かけてごめんねタケ。いつもなら言い返すこの口も、あまりにも切なげに私の髪を撫でるキミの手と肩に広がる暖かな雫、そしてわずかに感じるキミの震えで、何も言えなくなってしまった。体は私よりもずっと大きいのに、まるで小さな子供が静かに泣いているようだ。私は布団の上に置かれていた腕を静かに動かし、私を抱きしめるそのぬくもりをそっと抱きしめ返した。
 抱きしめ返した瞬間ビクッっと大きく体を震わせたタケも、頭を撫で返すとふっと力が抜けたのを感じた。

「…善処します」
「…バーカ」

 そういってタケはそっと体を放し、私と向かい合う形になる。そしてゆっくりと腕を私の方に伸ばしそっと頭に手を置いて、ゆっくりと撫でながら真っ赤な目を優しく三日月型にして言った。


『おかえり、


 この時私は初めて、帰りを待っていてくれる人がいることがこんなにも幸せなことなんだって知ったよ。

 遅くなってごめんね。ありがとう、タケ…。