
私が忍になるまでの間に出会った今の里の人は、忍だとタケとトラと三代目。一般の人を入れると、魚屋さんとお肉屋さんと本屋さんと八百屋さんと…本当にそれだけ。
それでもこの時代に来る前のお屋敷での生活に比べたら交友関係も広くなったし、何より私自身が『人との出会い』をすごく大切に思えるようになってきてると思う。
そして今日の出会いは私にとって、とても大切な出来事になりました。
七.もうひとつの出会い
「お疲れ様でした、カカシさんアスマさん」
三代目に私の思いを伝えたのはもう一ヶ月以上も前のこと。その数日後にあったタケとの能力テストを経て、私は晴れて上忍になることが出来た。私の戦闘能力やチャクラコントロールを見て、タケも三代目様も『暗部でもやっていけるレベルだ』と言ってくれたけど、何より私に足りないのは経験。ずっと猛と稽古をしていただけで、実践なんて一度もしたことがない。その旨を伝えると、三代目様は私をカカシさんの部下として上忍にしてくださった。タケはカカシさんの名前を出されて一瞬嫌そうな顔を見せたけど…まぁいっか。
そんな新米上忍の私はたった今終えたばかりの任務の報告書を提出し、一緒だったカカシさんとアスマさんに挨拶を交わしていた。最初こそ任務に不安を感じていたものの、面倒見のいいカカシさんとのツーマンセルで沢山の経験を積み、今回は初めてアスマさんを入れてのスリーマンセルだったのだ。
「チャン。報告書お疲れ様」
「お前とは初めて組んだがやりやすかったぜ」
「ありがとうございます!」
強くて頼もしい先輩方にそんなことを言われると、思わず顔が緩んでしまう。明日も頑張ろうって思える。
「それでは、お疲れ様でし…」
「チャン、この後なんかある?」
「…へ?」
別れの挨拶をするため頭を下げようとした私のおでこをペチッと抑えると、私の目線に合わせて腰をかがめた状態のカカシさんと目が合った。
「もし無ければ、ちょーっとお兄さん達に付き合ってくれると嬉しいな」
「…?はぁ…?」
状況を飲み込めない私は、相変わらずおでこをカカシさんに抑えられつつも承諾の意を示した。
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ところ変わってここは商店街にある、とある居酒屋。初めて訪れる場所に、私は少し怯えながらカカシさんの後ろについて入った。すると入ってすぐの出入り口近くの席でカカシさんが足を止め、振り返りつつ私を見下ろして来たので、私は首を傾げた。するとー…
「あいつら遅いっ!まさか逃げたんじゃ…ってカカシ!あんた何連れてきてんのよ!?」
奥の方から黒い短めの髪が魅力的な女性の大きな声が響く。その瞬間、そこにいたメンバーの目が一斉にこちらに向けられた。その視線に押され、私はカカシさんの背後にすっぽり隠れ、目の前にある裾を小さく握る。すると今度は先程とは異なる女性の声が耳に入ってきた。
「あら、もしかして例の新入りちゃん?」
「え、紅。あんた知ってるの?」
「小さくて可愛い新米上忍がいるって有名だもの」
そう言うとその女性はカカシさんの後ろに隠れる私に目線を合わせると、微笑みながら『いらっしゃい』と声をかけてくれた。私は何が何だかわからず、カカシさんの後ろでただただ目をぱちくりする。
「へぇ…確かに可愛いッスね」
「ゲンマさんが言うと…何となく…ケホッ、厭らしく聞こえますね…ケホッ」
「なんて可愛らしい娘さんなんだっ!よし、今から特注のピンクタイツを…」
「「「「いらねぇよっ!」」」」」
そんなコントじみたやりとりに若干驚きつつも、私は漸くカカシさんの背後から顔を出し、そのテーブルにいる全員に目を配らせた。全員木の葉の額当てを身に付けているので、同じ木の葉の忍なのだろう。するとカカシさんが微笑みながら私の両肩に手を置き、ずいっとみんなの前に出して言った。
「ハイ、この子が前に言ってたチャンです」
振り返り見上げると、片目しか見えない瞳が綺麗な三日月型を作っている。
「……?」
「夕日紅よ。よろしくね」
カカシさんのいう「前に」という言葉が気になったが、紹介と同時に先程『いらっしゃい』と声を掛けてくれた女性が、そっと手を伸ばしてきてくれた。その白くて綺麗な手を取り、きゅっと握手をする。…紅さん。うん、すごく綺麗。
「、です」
「あたし、みたらしアンコ!」
「よ、よろしくです!」
紅さんに見とれていたら突然アンコさんが現れ、思わず驚きで体が跳ね上がる。彼女の迫力と勢いに少々負けながらも、頭の中で名前を繰り返す。アンコさん…ハキハキした可愛らしい人。よし、覚えた。その後カカシさんが一言添えながら面白おかしく一人一人を紹介してくれた。頭の中で一人一人一生懸命整理して、覚えていく。
ー…私、カカシさんアスマさん以外にこうやって同じ忍の人に会うの、初めてだなぁ…
そう思うとすごく嬉しくなり、紹介された全員の顔を眺めながらにっこりと笑みを浮かべた。
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しばらくして再びガヤガヤし始めた店内。私の隣でお酒を飲んでいたカカシさんが、ふと話しかけてくれた。
「何かごめんネ?」
「え?」
「任務帰りにいきなり連れてきちゃって…しかも居酒屋」
「全然です!連れてきてくださってすごく感謝してます!」
「そういって貰えると嬉しいヨ」
「…それに…」
「ん?」
持っていたグラスをテーブルに置いて、カカシさんの方をしっかりと向く。
「私、こうやって他の上忍の方にお会いするの初めてだから、すごく嬉しいです」
そういって満面の笑みを浮かべる。それを見たカカシさんは最初キョトンとしていた様子だったけど、同じく笑みを浮かべながら私の頭をくしゃりと撫でてくれた。
「そっか、よかった」
「それよりカカシさん、紅さんに私を紹介する時『前に言ってた』って言ってましたよね?あれってどういう……」
そこまで言うと、カカシは笑顔が消えてやる気のなさそうな顔になると、遠い目をしながら話し始めた。
「…あ〜、あれね。前に紅に『小さいのにすごい強いくの一が上忍に入った』って言ったら、会うたびに『連れてこい!』『会わせろっ!』って言われ続けてて…」
遠い眼をして呟くカカシさん。それを見てほうほう、と頷きながら聞き入る。
「でもずっと機会がなくて誘えなかったからさぁ〜…今日もしチャンが来てくれなかったらオレ、そろそろ英雄の仲間入りなってたかも…」
「え゙っ…」
意外すぎる言葉に、目をまん丸にしてカカシさんを見つめる。まさか、あんな綺麗な人がそんな恐ろしいコトをするなんて想像つかない。カカシさんは未だにやる気のない目で遠くを見ている。そしてチラリと私を見るとしばらくお互い見つめあっていたが……
「ぷっ…」
「クスクスクスッ」
笑いが堪え切れなくなって、一緒に声を出して笑った。
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外は夕焼け色に染まり、子どもたちはそれぞれの家へと別れていく。ナルトはアカデミーの帰り道、シカマルと一緒にのんびり歩いていた。商店街を言葉なく歩いていると、たまたま居酒屋の暖簾が風で舞い、カカシの隣で可愛く笑うを見つけた。
「「あ…」」
思わぬ所で見つけた、二人のよく知る存在。が上忍になったと同時に監視の任務は解けたとはいえ、二人は今でもの家にいることが多い。そんな今も夕飯を食べに彼女の家へと向かっているところだ。普段彼女の家でしか姿を見ないので、が自分たち以外の忍と一緒にいるのは初めて見た。
驚きで思わずその場に固まってしまったナルトだったが、すぐ直後にまた例の胸のムカムカが込み上げてくるのを感じ、いち早くその場から離れようと試みる。それでもやっぱり視線が外せない。見たくないのに、まるで吸い寄せられるかのように外せない…。そして次の瞬間、カカシが突然の口元へ箸を持っていく姿が目に入った。彼女は全力で首を横に振って断っているようだが、その姿に思わずぎゅっと拳を握る。しかし今の自分の姿はのよく知る猛獅子ではない。この姿では、何もすることができない…。にとってうずまきナルトは、その辺にいるただの子供にしかすぎないだろう。ましてや九尾のことなんて知られたら他の人間と同様、オレを忌み嫌い始めるかもしれない。オレが猛獅子だって気付かれてはいけない、でも心のどこかで気付いてほしい…なんて思いがあることに気付き、思わず表情を歪めた。
そんな様子を隣で静かに見ていたシカマルは、大きなため息を吐く。そして何を思ったのかシカマル姿のまま彼女に声をかけた。
「っ!!」
「「!?」」
その声に驚く。そして彼女以上にナルト自身がこの突然の状況に素で驚いていた。
「(おい、お前『シカマル』として会ったことあんのかよ!?)」
「(あ?ねぇよ)」
「(はぁっ!?ちょ、おま…待てって!)」
術を使っての頭の中での会話を全く持って無視し続けて、シカマルは居酒屋の暖簾をくぐり真っ直ぐにに近づく。一方はどんどん近付いてくる見覚えのない少年をじっと見てしばらく考えた後、驚きの表情を浮かべる。
「あっ!…え??」
シカマルは普段『明虎』としてと会ってはいるが、顔も髪色も『シカマル』をそのまま成長させているためにとってこの少年は、まさにミニチュア版明虎だった。
ー…この感じ、雰囲気、それに身に纏ってる空気…トラと同じだよね…?
ますます混乱に陥ると一人ずんずん店内に入るシカマル…それにただひたすらついて行くナルト。こんな店内に子供が二人。不釣り合いな光景も甚だしい。
「お、シカマルじゃねぇか」
「うす」
「え、アスマ、奈良さんの息子さんとお知り合い?」
「おー、ちょっとこれでな」
カカシの問いに対して将棋を指す動作をしてニヤニヤしながら言う。
「こいつの頭のキレは半端ねぇ。こいつは将来有望だぜ」
この会話を混乱する頭の片隅で聞き入れると、はますます頭が混乱してくるのを感じた。
「(シカマルくん!?どう見ても子ども版トラだよねっ!?まさかトラの息子とか!?いやいや流石にそれは…)」
頭の中でよほど沢山のことを一気に考えているのであろう。じっと自分を見つめたまま動かなくなってしまったを見据えて、シカマルははっきりと言葉を続けた。
「、今日夕飯食いに行くっつったよな?」
「へ?」
「言ったよな?」
「…そう…だったかなぁ?」
今晩トラは夕飯を食べに来ると言っていた。確かに彼とは約束したが、たった今初めて出会ったトラ似の子供に、そんな約束をした覚えは全くない。しかし残念なことに、いきなり現れたすごい勢いのある子供にすんなりと反論できるほどの頭も持ち合わせていなかった。
「帰るぞ」
そういうとシカマルは座っていたの腕を取り立たせ、さっさと店を出て行く。もう何が何だかわからないと、ひたすら無言でシカマルの後ろを歩くナルト。
「ご、ごちそうさまでした!」
お金は後日必ずお支払いしますー!…と、の声が騒々しくこだまして行く。そこにいた全員の目が点となり、彼女が引きずられていった扉を静かに見つめていた。
「何だったの、一体…」
この問いに答えられるものは その場には誰もいなかった―…。
........
.....
...
夕焼け空の中ゆっくり歩く三人。の影だけが他の二人に比べてぽっこり高い。沈黙に耐えられず、意を決しては自分の腕を引っ張り続ける少年に声をかけた。
「えっと…シカマルさん?」
「おう」
「……」
目の前の少年はシカマルと名乗る。でもこの感じ、この雰囲気、このそっくりさ…何を取ってもよく知るトラにしか思えない。は言葉を選びながら、話し続ける。
「えーっと…明ト…」
「シカマルは本名だ」
「……」
シカマルは腕を取ったまま足を止め、ゆっくりと振り向く。
「アカデミー生の『奈良シカマル』が本当のオレ。暗部の副隊長、明虎は仮の姿だ」
あまりにも正直に、真正面から言葉を伝えるシカマルに、ナルトは思わず顔をあげた。そして自分には出来ないその強さに思わず俯く。
「…『明虎』って本名かと思ってた」
「暗部名だ」
「…そっか、暗部って暗部名があるんだね。知らなかった」
…ってことはタケもホントは違う名前なんだぁ…と、しょんぼり気味には言った。そんな様子を見て既に『暗部名』というものを知っていると思っていたシカマルは、少し驚いた。
「タケからは聞いてなかったのかよ」
「うん…」
「まぁ…そうだよな」
ちらりとナルトを見ると、地面を見つめていて表情は読めない。長年の勘だ、今こいつは淋しい顔してるに決まってる…
(はぁ、めんどくせぇ…が…)
そういうとシカマルはバンッとナルトの背中を叩いてに言った。
「こいつ、うずまきナルト。オレのダチで、暗部のオレも知ってる唯一のヤツ」
「!!!」
ナルトは勢いよく顔を上げると、目も口も大きく開けてシカマルを見やる。
「(お前、何言ってんだよ!)」
「(大丈夫だって。こいつを信じろ)」
術を用いて頭の中で会話をする二人を他所に、はじーっとナルトを見つめると、ふんわり柔らかい笑顔を向けた。
「トラ…じゃなくて、シカマルくんの友達のです。よろしくね?」
「友達ってよりオレにとっては『世間知らずな妹』って感覚だけどな」
「失礼な!シカマルくん、いくつよ!本当は私の方が年上だったでしょ!」
シカマル姿でも相変わらずな様子には安堵する。ナルトは『猛獅子=ナルト』とバレなかったことに安心しつつも、いつもの勢いで表用の演技に入った。
「オレ、うずまきナルトだってばよ!よろしくな、ねぇちゃん!」
不満気な様子でシカマルを見ていただったが、ナルトに自分の名前が呼ばれた途端、彼女の瞳がまん丸に見開いた。そしてゆっくりと、今ナルトによって呼ばれた自らの呼び名を繰り返した。
「ねぇ…ちゃん?」
そんなの反応に少し驚いた。ナルト自身初対面の相手に『ねぇちゃん』はやりすぎたか、と心配になる。
「…お、おう!だってねぇちゃん、オレより年上だろ?だから…」
言い終わるか終わらないかのうちに、ナルトの体は暖かなぬくもりと優しい感触が身を包み、甘い香りが鼻をくすぐる。抱きしめられる、という行為に慣れてなく硬直するナルトと、驚きの顔を隠せないシカマル。は一度ギュッと力を入れたかと思ったらゆっくり離れる。そしてナルトの顔を見て言った。
「私、『ねぇちゃん』なんて呼ばれたの初めて。すごく嬉しい!」
ありがとう、と言って優しく微笑むを、ナルトとシカマルはただじっと見つめていた。
********
「さてと、おうち帰ってご飯にしよっか!トラ…じゃなくって、シカマルくんはこれからお仕事?」
「おう。けど予定通り食ってから行く」
「りょーかい!タケは来るかなぁ?」
「…さぁ、来ないんじゃね?」
「??」
いつもなら来る来ないをはっきり教えてくれるトラに、今日は含みのある返事に頭をかしげる。『タケ=オレ』なんだから、シカマルは確実にオレの出方を見ている。そんなこととも知らず、彼女は『そっか、二人とも私の監視任務が解けてから忙しいね』と苦笑いを浮かべた。そう、彼女の終わるとその分の時間を任務に回され、オレもシカマルも結構慌ただしく過ごしている。
じゃあさ、と言いながら勢いよく振り返り、オレを見下ろす。の綺麗な髪がふわりと風を作って、蝶みたいに舞った。
「ナルトくんは何食べたい?」
「へ?」
「へ?じゃなくって、何が食べたい?あ、でも親御さんが待ってるか…」
指を顎の下に持って行って何にしようかな、と唸る。 里の人間ならみんなオレには親がいないことを知ってるのに、こいつは知らない。そんな当たり前のことがすごく救われた様に感じた。そしてどうかこの先もこいつにだけは知られたくない…このまま何も知らずに受け入れてくれればいい…そんな甘い考えすらも生まれてしまっていることに気付いた。
「親は…いないってばよ…」
「そっか…じゃあ今の私には好都合だね!」
すんなり明るく言われた言葉に、オレは驚いた。普通親がいないって聞いたら同情するだろ、アホ。でもそんなところが何よりもらしくて、喜びと共に何故か、胸に込み上げて来るものを感じていた。
「一緒に何食べよっかぁ」
なおも平然と話しかけてくる。ナルトの姿で、こんなにも普通に接してくれる大人がじぃちゃん以外にいただろうか…いや、いない。いるはずがなかったんだ。
「…オレも一緒に食べていいのか?」
タケじゃないんだぞ?ナルトなんだぞ?いいのかな…こいつに甘えていいのかな…
「当たり前じゃない!」
さも当然というかのような返答と、太陽のように温かい彼女の笑顔。その温かさに先ほど感じた込み上げてくるものが、さらに溢れて喉の奥がつんっとし始めた。
「こいつ、一人だと飯食わねぇんだよ。オレさっさと食って任務に出るし、わりぃけどナルト一緒に食ってやってくんね?」
「そうそう、私一人だと食べないの!一緒に食べよ?」
食べないの!じゃねーよ、バカ。いつもならそんな憎まれ口を叩くのに今日は心が暖かい何かに包まれていて、しばらく黙って二人を見つめる。そして自然と溢れる涙を勢いよく拭い、最高の笑顔で言った。
「おうってばよ!」
ありがとう、シカマル。ありがとう、。オレはナルトとしても初めて、他人から優しくされる暖かさを感じた。
三つの影はゆらりゆらり夕日に揺れて、今日もゆっくり帰路につく。道端に咲くタンポポの綿毛がふわふわ舞って、未来へと旅立っていく。「ラーメン!」と「鯖の味噌煮!」の二つ言葉が元気に飛び交う中、にとってもナルトにとっても、今までで一番素敵な帰り道になった。