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 暖かい日差しと、春の匂いで溢れていたあの日。冬獅郎に送ってもらった私は、気が付いたら真っ暗な一本道の上にいた。今までいた温かな世界とは真逆なその空気に、不安が募る。

「冬獅郎…一護…」

 怖い…そう思うと視界が一気に滲んでくる。でもここで泣いていても仕方がない。こっちの世界に来たからには、何が何でも冬獅郎に会わなくては。私は袖口で乱暴に涙を拭うと、勇気を出して一歩踏み出すことにした。

Time to Shine 7


 いくら歩いても続く闇。灯りはなく、暗闇に道だけが白く浮かび上がる世界。人はいないし、正しい方向に進んでいるかも分からない。でも、とにかく進むしかない。私は一つに結わいていた千歳緑の髪留めを一度外しきつく結び直すと、大きく深呼吸する。足首にある緑からも彼の温かな霊圧を感じる。絶対冬獅郎に会うんだ、それを目標に歩き続けた。
 歩いては休み、歩いては休みを繰り返し…私は音も色も光もない世界を、ただ前だけを見て歩き続けた。どのくらい歩いただろう、しばらく遠くの方に門が見え始め、大勢の人が行列を作っているのを捉えた。門は遠く離れているのにかなり大きく見えるので、近付けば更に大きいだろう。少しずつ近付いていくと、少し先で誰かが手を振っているのが見える。私に振っているのだろうか…誰だろうと首を傾げていると、彼は私の名前を呼んだ。

「おい、ー!こっちだ!」
「…あっ!!」

 その顔に見覚えがあり、私は駆け出した。久し振りに名前を呼ばれ人を見て、私の涙腺は崩壊しかけている。

、久々!良く来たな!」
「…池松さぁぁん!寂しかったよぉぉ!」

 そう、彼は私が死んだときに一度会ったことのある死神だった。一度しかあったことないのに、出会いが出会いだからか何故か彼のことは鮮明に覚えている。久し振りの人間に私は堪えていた寂しさが溢れ出て、そのままの勢いで思わず抱き着いた。池松さんは「ぅおっ、泣くなっ!頑張った頑張った!」と笑って頭をぐちゃぐちゃに撫でてくれた。

********

「よし、そしたらこれ持ってあの門へ進め」

 散々泣いて池松さんの着物をぐしゃぐしゃにした後、渡されたのは【西流魂街1地区】と書かれた一枚の木製の札。

「西流魂街…1地区?」
「あぁ。ここではこの数字が小さいほど治安が良い。つまりここは、流魂街の中でも一番平和なとこだ。本来どこ行くかの割振りは抽選なんだけど、あの日番谷隊長直々の命令だからなぁ」
「一番平和…ふふっ、冬獅郎優しいなぁ。ありがとう、池松さん」

 微笑む私を見下ろして、はぁ…とため息をつく池松さん。そして眉を下げて頭に手を置いてくれた。

「聞いてた通り、どうにもお前には甘やかしたくなるな」
「…冬獅郎から何か聞いたの?」
「まぁ、気にすんな!こっちの話!」

 そう言うと「さぁ、お喋りは終いだ。行ってこい!」と行列の方向へ背を押された。待って、まだ聞きたいことがあるの!私は振り返って池松さんに声を掛けた。

「池松さん、私の記憶はいつからなくなるの?」

 てっきり冬獅郎に魂葬された時からと思っていたので、記憶が残っていることに多少驚いていた。池松さんは少し考えたような仕草を見せると、腕を組み私を見下ろす。

「普通なら通行証を見せてあの門をくぐったら、名前くらいしか記憶はなくなる」
「あの門をくぐったら…」
「ただ、お前の場合…信じていれば記憶が残る可能性はあるかもな」
「??」

 私の場合…?どういうことなのだろうか。それに、前も感じたが池松さんはどこか私のことを知っているかのように話す。何処で会ったことがあるのだろう…。頭に「?」を沢山浮かべる私に、目の前の彼は「信じる者は救われる、だろ!」と笑みを浮かべて言う。そういう漠然としたことなのだろうか…。
 「そろそろ戻らなきゃいけねーから、とりあえずお前は、もし記憶が残ったら俺に会いに来い。機会があったら教えてやるよ!」と言うと、「じゃーな!」と片手を上げて行ってしまった。相変わらず慌ただしい人だ。ただ、もしかしたら記憶が残るかもしれないと言う希望が持てたことに、私は心の底から感謝した。

 たった今受け取った札を手に、目の前の行列に並ぶ。よく見れば老若男女沢山の人がいるようだ。ここに着いた時期がバラバラなのか、身に付けているものや髪型で時代もバラバラのように感じた。

「翔、お腹すいたよ」
「分かったから我慢しろ」

 後ろで子供の声が聞こえて振り返る。そこにはいつもの間に現れたのか、遊子や夏凛と同じくらいの年齢の男女一組の子供が並んでいた。二人は同じくらいの背丈で、どことなく似ている。親はいないようで、子供だけでここに来たようだ。私はカバンにお菓子を入れてもらっていたことを思い出し、チョコを取り出すと二人に渡した。

「これ、良かったら食べて」
「いいの?!」
「どーぞ」
「待て、凛!知らない人にお菓子もらっちゃいけないってママに言われただろ!」

 そう言ってチョコに伸びていた女の子の手を掴む、彼女の兄か弟とみられる少年。女の子を守ろうとするその姿が「腹減らねーように入れといてやるから、計画的に食えよ!」と、カバンいっぱいにお菓子を詰め込んでくれた、どこまでも妹思いな兄と重なり微笑んだ。

「君、しっかりしてるね。お兄ちゃん?」
「そう!私たち双子でね、翔がお兄ちゃんで、凛が妹なの!」
「そっか、うちと一緒だね。私も双子で、兄がいるんだよ」
「そーなんだ!お姉さんのお兄ちゃんはどこにいるの?」
「んー…こっちには一人で来たの。兄は生きてるよ」
「そっかぁ、良かったね!私たち一緒にこっちに来ちゃって、パパとママ凄く悲しんでたから!」
「…」

 その言葉に思わず口を噤む。そっか、と優しく頭を撫でてあげると女の子は嬉しそうに笑ってくれた。その姿に警戒を解いてくれたのか、兄の翔くんはお菓子を受け取ってくれ、三人で楽しく食べた。こっちに来て初めて出来た友達は、この幼い二人だった。

********

「次の人、前方の受付に進めー」
「あ、私はあっちの受付みたい。また後で門の前でね!」

 やっと受付に着いた私たちは、門の前で再び合流する約束をした。あの2人は兄妹だし、きっと同じところに行けるはずだ。私は受付へ進むもすでに札を持っているため、怪訝そうな顔をされながらもしれっと台帳に名前を書き、門の前へ移動した。
 違う受付へ行っていた翔くんと凛ちゃんを待っていると、遠くに手を繋ぎ俯きながら歩いてくる翔くんを見つけた。その表情は見え辛いが、纏う空気は先ほどまでと違いとても暗い。私は思わず駆け寄った。

「お帰り、2人とも…何かあった?」
「オレたち兄妹なのに、一緒のところに行けないって言われた…」
「え…なんで?!」
「分かんないけど、…っくぅ、私は東流魂街で、お兄ちゃんは西流魂街って…ひどいよっ、兄妹なのに!凛、お兄ちゃんと一緒がいいよぉぉ!!」

 うわぁぁん!と泣き出す凛ちゃん。こんな小さな子たちを別々にさせるなんて…。泣き出す凛ちゃんと、泣くのをじっと堪える翔くんを2人まとめてそっと抱き締める。どうにか出来ないだろうか…受付に訴えてみようか。そこまで考え、まずは2人が貰った札を確認しようと翔くんに声を掛ける。震える小さな手で差し出された札を見て、私は微笑んだ。

 そこにあったのは【東流魂街63地区】と【西流魂街1地区】の2枚。

 池松さんが言うには『数字が小さいほど治安がいい』らしい。63地区が上から数えた方が早いのか下から数えた方が早いのか、それすらもわからない。どんな場所なのか想像もつかない。冬獅郎が私のためにくれた札ではあるけど、私はこうしたい。ごめんね、冬獅郎。理解してくれるよね?

「凛ちゃん、お姉ちゃんとお札交換しよっか。お兄ちゃんと一緒のところに行こう」

...
.....
........

「なるほどな…道理で潤林安で見当たらなかったはずだ」
「折角くれたのに勝手なことしてごめんね」
「…いや、お前らしいよ」

 そう言って微笑むと、はホッとしたように笑った。

「で、佐伯とはいつ出会ったの?」
「63地区に着いてすぐに襲われてたところを、蓮が助けてくれたの。そこから一緒に行動したんだけど、私も蓮も霊力が高かったから常に虚に襲われながら生き抜いて…。生き抜くために途中あった遺体から刀を奪って、それがこの子ー…」

 そう言っては横に置いている斬魄刀に手をかける。まだ始解までは出来ていないようだが、すでに対話はしていると言うことから恐らくもうすぐだろう、と阿散井に言われたと言うに、俺も松本も目を見開いた。

「あんたもう始解しそうなの?!流石だわ!」
「うーん…そうなのかな?気付いた時にはもうあっちから声掛けてくれてたから、それが普通だと思ってたよ…」

 斬魄刀片手に「この人すごい心配症で口煩いんだよねー」と笑うに、俺も松本も彼女の斬魄刀に何となく同情した。相手なら口煩くなるのも頷ける。
 さて、があんなところにいた理由は分かった。残る疑問はー…

「記憶が残っている件の鍵は、池松が握ってそうだな」
「うん。来週には帰ってくるみたいだから、聞けたら聞いてみる!」

 でも冬獅郎のことも乱菊さんのことも、家族のことも全部残ってて、本当に嬉しい!と微笑むに、そうだな、と俺も小さく笑った。だが、まだ池松から詳しい話も聞けていないし、この事実はあまり公にしないほうが良いだろう。下手したら本当に十二番隊の餌食になる可能性もある。

「これは異例だし、詳細もまだわかってねぇ。現段階ではあまり公に言わない方がいいだろうな。この事を知ってるのは?」
「蓮は元々流魂街で話してるから知ってるし、今日恋次くんにも話しちゃったよ」

 その言葉に松本は胸元から伝令神機を取り出し、何やらポチポチ打っている。阿散井と、恐らく一緒にいるであろう斑目と佐伯に口止めしているのだろう。相変わらず仕事が早い、出来た副官だ。その手が止まるとポイっと投げ捨て、満面の笑みを浮かべてグラスを差し出した。

「さて、過去の話はおしまい!無事に再会できた事を祝して乾杯しましょ!はい、これの!」
「ありがとー…って、これお酒じゃないですか!私まだ未成年ですよ!」
「何言ってるのよ、そんなの【生きている人間に対する日本の法律】でしょ?ここは尸魂界、そんなの関係ないわ!」
「た、たしかに…乱菊さん、賢いっ!」
「おい、無理に飲ますな。、飲まなくていいぞ」

 俺のツッコミも無視して「はい、かんぱーい!」という松本の高らかな声に、も笑顔で応える。そして初めて飲むとは思えない飲みっぷりに、俺は飲む前から頭が痛くなった。でもその表情は現世で見ていたあの頃の彼女そのもので、つられて俺も微笑んでいた。