画像
月のような綺麗な銀色の髪
透き通るような翡翠の瞳
ぶっきらぼうな優しさ
身体は小さいのに、全てを任せられる存在感

この半年間ずっと探していた彼は、やっぱりとても温かかった―…。

Time to Shine 4


 ずっと探していた安心できる温もりに、私の涙はなかなか止まらない。そんな私を冬獅郎は抱き締めながら、優しく頭を撫でてくれた。

「冬…獅郎っ…くぅ…」
「…ん?」

 冬獅郎は優しく返事をしてくれる。私はその声にすら泣けて来て、溢れるものが止められない。自分でもこんなに泣き虫だったかと思うくらい。私はそっと離れて、涙でボロボロなことも気にせず冬獅郎の顔を見る。

「…怖かったよ…っくぅ」
「…あぁ」
「…痛、かったし、こ…っくぅ、怖かったし、淋し…かった…ひっくぅ…」
「…」
「冬獅郎にっ、もう、会え…っくぅ、会えないかと…諦めっ、ようかと…!?」

 涙で上手く話せない私の頬に、そっと添えられた心地いい手。冬獅郎は私の頬に手を添え、涙を拭ってくれた。その手の温もりが私の心に優しく広がって行くのを感じ、私の手をそっと重ねる。そして温もりを確かめるように目を閉じた。ゆっくり目を開くと、目の前にある綺麗な顔は苦しそうに歪んでいて、私は不安になった。

「冬獅ろ…」
「…すまない」

 耳元で小さな、でもはっきりとした謝罪の言葉が聞こえ私は目を見開く。頬に添えられた手は、小さく震えている。冬獅郎は謝ることなんか何もないのに、何故謝るの?何故震えているの?私は彼の手をきゅっと握ると、目に涙を浮かべたまま首を大きく横に振った。

「冬獅郎はなんも悪くない!なんで謝るの!」
「…お前のこと、待つだけじゃなく探せばよかった…」

 確かに怖かった。この半年間、誰に殺されるかも分からぬ恐怖に怯え、蓮以外信じられず、人という人すべてが怖かった。けれど、冬獅郎はなにも悪くない。こうやって会えたことが本当に嬉しいし、幸せだし、感謝してもしきれない。そう伝えたいのに言葉は出てこなくて、私は頭を左右に大きく振ることしかできなかった。

「頑張ったな」

 いつか聞いた優しい響き…このたった一言で、この半年の辛さや苦しさが一気に押し寄せ、箍が外れたかのように私の涙は再び止まらなくなった。

........
.....
...

「静かに入れよ、松本」
「?!」

 明け方、ベッド脇に腰掛け微睡んでいると、背後の扉が開く音がして小さく声を掛ける。俺も寝ていると思ったのであろう松本は驚いたものの、言われた通り静かに部屋に入ってきた。昨晩が窓を開けたことにより結界は解け、扉からでも入れるようになっていた。

、寝てるんですか?」
「あぁ、ついさっきやっと寝た」

 落ち着いてきた頃、ゆっくり休んでもらおうと部屋を出ようとしたが、がそれを止めた。枕元には内側から結界を破るキッカケを作ってくれたシロが丸まって寝ていて、俺の指をきゅっと握ったまま眠る彼女の様子は、一見すれば穏やかな情景に見えるだろう。けれど目の前で眠る少女は見るからに泣き腫らした顔をしていて、眠りながらも未だに目尻から涙が流れ出る。俺はもう何度繰り返したかわからないが、再び自分の袖口でそっと拭ってやった。先程からこの涙を拭う度に、心が潰れそうな気持ちになる。

「眠りながら泣いてるんですね」
「…」
「怖かったでしょう…頑張ったわね、

 松本は俺の横に静かに腰掛けると、を切なげに見る。そしてそっと彼女の頭を撫でた。

「で、隊長は聞けたんですか?何故潤林安じゃなくあんなところにいたのか…」
「聞けねーよ、あんな風に泣かれたら…」

 正直会う前までは、会って直ぐにでも問い詰めるつもりだった。「何故あんな場所にいたのか」「なぜ俺たちのことを覚えているのか」「現世の記憶はどこまであるのか」、そして「あの男は誰なのか」ー…。だが俺の顔を見てまるで子供のように泣きじゃくるにそんな事を聞けるはずもなく、ただひたすら彼女を受け止めることしか出来なかった。

「ですよね…怖い思いをしてきたんですもん、しばらくは聞かない方がいいかもしれませんね」

 松本は優しく頭を撫でていた手を、そのまま彼女の長さのバラバラになった髪へ滑らせた。そして苦しそうな表情を浮かべ「女の髪にこんなことしたヤツ、絶対に許せない…」と悔しそうに呟くのが聞こえた。艶のあった長いオレンジ色は、今は姿を変えている。

「松本、ありがとな」
「何がです?」

 松本はの髪を撫でながら聞き返した。

「よくシロを使って内側から結界を破らせる方法考えついたな」
「あー、それですか。だっていくら知り合いだから会わせろって粘っても断固『面会謝絶』って言われるし、病室に続く廊下には四番隊がぴったり張り付いてるから忍び込めもしないし!ムカつくから廊下から出て来た隊員を手当たり次第に、こう『ガッ!!』と…」

 そう言って笑顔で胸ぐらを掴む仕草をする松本に一瞬口元がヒクつく。何が職権乱用出来ないだ、充分してるだろ莫迦野郎…。まぁ今回は松本の言葉を借りるなら『良くやった、流石十番隊副隊長!』だけどな。

「そしたら気の弱そうなタレ目の男が『自分がの担当だ』って言うから押して押して押しまくったのに、しぶとくどーしても入れてくれないって言うから『せめてこの子だけでも入れて!癒しが必要でしょ!』って脅し…いえ、訴えて、首元にメッセージをこっそり付けたシロを、結界を少しだけ解いてもらって入れてもらったんです」

 シロだけ手渡して私は扉にすら行けなかったんですけど、ほんといい奴だったわ花次郎!と言って笑顔を浮かべる松本。こういう機転は本当に良く利くヤツだ。俺は小さく笑みをこぼした。松本はを優しく撫で続けていたが、ふと何か思い出したのか俺を勢いよく見てきた。

「っていうか、隊長!聞きましたよ、の配属先!何で十い…」
「声がデケェ!起きんだろーが!」
「…ん?…」
「「あ…」」

 ぼーっとした様子のまま目を開けたに、俺も松本も動きを止める。は俺の手を握っていない方の手で目をこすり上体を起こすと、小さく『乱菊さん…?』と言った。その様子に松本は喜びの声を上げると勢いよく抱き着き、その拍子には後ろに倒れる。指にずっと感じていた温もりが、一瞬にして離れていく。そのことに少し淋しさを感じたのは、今は心に秘めておく。
 松本はしばらくを抱きしめ頬擦りしていたが、少し離れて顔を見るといきなり頭を叩き、俺もも驚く。にいたっては頭を抑え、漸く落ち着いた涙がまたその大きな瞳に溢れている。

「い…痛いです、乱菊さん…」
「このバカっ!私も隊長もどんだけ心配したと思ってるの!!大体あんたは西流魂街1地区って池松に言われたでしょ?!なんであんなとこにいるのよ!の霊力の高さじゃ狙われるに決まってるじゃない!!」
「松本…落ち着け」

 よく見れば松本の目も赤くなっている。再会できた喜びも落ち着き名を呼ばれると、本気で心配した気持ちも抑えきれなくなったようだ。そして先程まで『落ち着くまでは聞かない方が…』と自ら言っていたのに、そんなこともお構いなしに聞きたかったことを自然とぶち込んできた。

「ご、ごめんなさい…実は…」
ーーー!!!」

 が口を開くと同時に勢いよく扉が開かれ、一人の男性が入ってくる。そして一直線にベッドへくると松本を引き離し、を抱きしめた。

「「?!」」
、変なことされてねーか?!」
「れ、蓮っ?!」

 そう言っての両肩を抱き上から下まで見る男は、昨日一緒に連れて来られた佐伯蓮。ヤツもそれなりに怪我はしていたが入院するほどでもなく、松本同様「に会わせろ」と煩かったため、昨日のうちに詰所から追い出されたらしい。は最初こそ驚いていたが大丈夫だよ、と微笑むと、ヤツは一瞬表情が歪み、再びを抱き締めた。

「あぁー、やっぱり結界破られてますね。卯ノ花隊長に怒られてしまいます…」

 続けて扉から入ってくるのは気弱そうなタレ目の男ー…特徴からして恐らくの治療を担当した四番隊隊員であろう。松本はその姿を見ると声を掛けた。

「花次郎!昨夜はありがとうね!」
「花太郎ですってば、松本副隊長…。さん、体調はいかがですか?」
「おかげさまで元気です、ありがとうございます」

 相変わらずぎゅっと抱き締められたままの彼女は、佐伯の肩越しに微笑んだ。そんな彼女を見て花太郎は『んー…』と何か考えると、に目を閉じるよう促した。が目を閉じると彼はそっと手を顔に当てる。そしてゆっくり手を外すと、泣き腫らした顔ではなく、彼女のいつもの顔に戻っていた。

「はい、これで本当におしまいです。点滴も終わりましたし、退院していいですよ」
「ありがとうございます、花太郎さん!」

 手際よく点滴を外す花太郎に向け心の底から笑う彼女の笑顔は、本当に可愛らしかったー…この体勢じゃなければ。俺は無意識に眉間の皺を深めた。

「…お前、いつまでに張り付いてんだよ」

 佐伯は俺の言葉にピクッと反応すると、抱き締め続けていたからそっと離れて俺を睨んでくる。で佐伯も離れ点滴を外され、やっと自由になった体を軽く動かして見ている。

「お前こそなんでここにいんだよ」
「ちょっと!隊長に失礼よっ!」

 佐伯が口を開いたと同時に、松本が勢いよく頭を叩く。いってーな!と頭を押さえて訴える佐伯に、松本は自業自得よっ!と鼻息を荒くしている。その様子を見ていたはちょいちょいと佐伯の服を引き、俺を指差し微笑んで言った。

「蓮、彼が冬獅郎だよ。私がずっと探してた人」
「…知ってる」
「冬獅郎に会えたのも、殺されずに生きてこれたのも、ぜーんぶ蓮のおかげだよ!本当にありがとう」

 そう微笑むに、佐伯は複雑そうな表情を浮かべながら彼女の頭をそっと撫でる。そして次にはまるで敵対視しているかの様な鋭い眼差しで、俺をジッと睨んできた。なんだ、コイツは。

「で、俺たち十一番隊なのに、なんで十番隊の隊長様と副隊長様がここいるんだ?」
「…」
「なんなのよコイツ、偉そうに!しかも隊長、何でを十一番隊なんかに取られちゃったんですか!」
「それはコイツが…」

 松本に言われ、昨日あったやり取りを思い出す。

.......
.....
...

は俺と松本の知り合いだ。よって誰が何と言おうと十番隊に入れる」

 松本が去った後の隊主会では、引き続き二人の所属について話し合われていた。不可抗力とはいえ十一番隊を怪我させたという潜在能力の高い2人をどの隊も引き抜こうと躍起になっていて、埒があかなくなった為俺は他の隊長たちを牽制するように発言した。すると今まで黙っていた山本がふむ…と言うと、中央で黙っていた佐伯に声を掛けた。

「佐伯、お主は何か意見あるか?」
「いや、と一緒であれば所属は何処でもいい…が…」

 そこまで言うと、佐伯はこちらをチラリと見て来た。

「お前、の知り合いって言ってたな。名は?」

 佐伯は俺をジッと見て言う。その態度に多少イラついたが、をうちに入れる為だと感情を抑えて答えた。

「十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ」
「…冬獅郎…お前が…」

 名乗った瞬間、鋭い視線を向けられた。そして小さく舌打ちすると、今度は山本を見上げて言った。

「前言撤回だ。十番隊には絶対行かねぇ」
「は?!」
「それより手っ取り早く力を付けられる隊はどこになる?」
「それならウチだね!ウチは戦闘得意だよー!」
「おい、ちょっと待て!」
「よし、俺とまとめてお前んとこに世話になる」
「わぁーい!よろしくね、レンレンとー…クロ!」
「おいっ!!」

...
.....
.......

 俺はここまで思い出し、やはりイライラし始めた。昨日から何なんだ、コイツの偉そうな態度は。そしてごと無理矢理十一番隊という、十二番隊と三番隊の同様最も入れたくなかったところに入りやがって…。

「まぁいいや。、点滴も終わったし【俺が】十一番隊の隊舎連れてくよ。一緒の隊だしな」

 そう言うや否や、佐伯はを左肩に担ぎ上げる。うわっ、というの声もそのまま、佐伯は扉へ向かった。ちょっと待て、俺はまだに用があるんだ。

「おい、まだ…」
「あ、一応言っておきますけど」

 俺の言葉を遮り、振り返る佐伯。口調こそ一応敬語に直してはいるが、その目は先ほど同様鋭い。そしてその目をわざとらしく和らげ偽物とわかるような笑みを浮かべると、さらりと言った。

「コイツは俺のだから、変な気を起こすんじゃねーぞ」
「「?!」」
「ちょっと!降ろして!私まだ冬獅郎に話したいことが…!」

 俺と話したいと暴れるを無視して俺を見てくる佐伯。そしてそのまま舌をべーっと出すと、扉を閉めて出て言った。

 やっとに会えた喜びも束の間、嵐のようにやって来てを連れ去ったあの男を、残された俺たちはただ呆然と見送ることしかできなかった。