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仕事の日は、毎朝5時に起床。
起床場所は自室か、十番隊の執務室のどちらか。最近は半々くらいの割合だ。
寝起きはあまり良くないのでボーッとしながら歯を磨き顔を洗い、華月を背負って森の鍛錬場へ向かう。
そこで冬獅郎と蓮、たまに乱菊さんと合流し、始業時間まで鍛錬をする。
始業したら副隊長の遊び相手をしつつ、十五席として書類の山と戦ったり、流魂街に現れる虚を静圧する。
こんな生活が、私にとっていつの間にか日常となった。

これは、そんな日常のある一コマの出来事ー…。

虚探しゲーム


「乱菊さん、アウトっす」
「あー!見られたぁー!!」

 冬独特の匂いを感じ始めた頃。昼休みに食堂で蓮とご飯を食べていると、二つ隣の島から乱菊さんの声が響いた。私と蓮は何事かと首を伸ばすと、悔しそうにしている乱菊さんと、嬉しそうに拳を突き合わせている恋次くんと池松さんがいた。

「虚チームの一角さんはとっくにアウトだし、今回はそっちの負けっすよ」
「初日数時間でバレるとか、過去最短記録っすね!」
「あー、私これで二連敗よぉ〜…」

 一体何の話をしているのだろうか…そう思いじっと見つめていると、乱菊さんが気付いて手招きしてくれた。私も蓮も既に食事を終えていたので、お互い顔を見合わせ頷くと、下げる食器を手に三人の元へ近寄った。


「虚探しゲーム?」
「そう!今恋次たちとやってるんだけど、めちゃめちゃ盛り上がるのよ!と佐伯もやらない?」

 乱菊さんはニコニコしながら、その「虚探しゲーム」なる遊びのルールを説明してくれた。

 ルールは簡単。ゲームは3日サイクルで実施。初日に行うくじで虚になった人物は、3日後の定時までに参加者全員の体のどこかに、霊圧を辿れない特殊な『虚印シール』を貼り付けなければならない。その際、他の参加者に貼っている姿を見られたら、虚役の負け。その他の参加者(ここでは死神と呼ぶ)は、シールを貼られたら負け。貼られたら伝令神機で他の死神に分かるよう連絡を入れる。貼られる前に虚を見つけ、その手を掴むことが出来たら、死神の勝ち。ちなみに貼られた人は誰に貼られたか気付いても、他の死神に伝えることはできない。

「簡単に言えば、虚役は期間内に参加者全員にこっそりシールを貼れれば勝ち。死神役はシールを貼られる前に、貼ろうとする虚を現行犯逮捕すれば勝ちってこと!」
「なるほど…なかなかスリリングですね」

 そう答えたのは蓮だ。そんな彼の反応に乱菊さんは人差し指を立て、嬉しそうに笑った。

「そうなの!しかも相手は全員《本物の》死神だもの、感覚は鋭いし虚役も死神役もなかなか難しいわよ!」
「ちなみに誰が参加してんだ?」
「恋次、修平、池松、一角、弓親、やちる、私…その他含めて15人前後かしら」
「案外多いな」
「そうなのよ、だから虚役は二人!ただもし自分が虚になっても、もう一人の虚が誰か分からないから、その人にシールを貼る可能性もあるってこと」
「シールを貼られてても、その人が虚の可能性もあるってことね…難しい」

 私は声に出すことで頭の中を整理する。言うなれば『鬼の分からない缶蹴り』みたいなものか。そう思うと頭がスッキリして、小さく頷いた。その様子を見ていたのか、乱菊さんは私の頭を優しく撫でる。

「たいちょーも誘ったんだけど『仕事中にやるか、バカ』って言われたわ」

 「普通ならそうだろうな」と言葉を発する蓮を尻目に、冬獅郎が不参加なことに少し沈む。隊も違うことであまり仕事時間中は接点がない。楽しいことは少しでも一緒に出来たらいいのに…。明らかに落ち込み気味な私に気付いたのか、蓮は私の頭を小突いた。

「いたっ!何す…」
「乱菊さん、オレらも入れてくれ」
「ちょ、私まだ何も言ってな…」
「そうこなくっちゃ!ちなみに最終的に負けの数が多い人が参加者全員に奢りだから!」

 私が答える前に蓮が参加の意を伝えると、乱菊さんは伝令神機でチャットアプリを開くと、参加者のお部屋に私と蓮を招待してくれた。

《佐伯とも参加で!今回はもう終わったので、定時後明日からのくじ引きしましょ!》

 こうして次の回から、私の蓮もこの『虚探しゲーム』に参加することになった。

*********

「いくわよ、せーのっ!!」

 定時後みんなで十一番隊に集まり、明日からの三日間の役割を決めるためくじ引きをする。私は少し緊張しながら、手元で隠しながら小さく紙を開いたー…そこには《死神》の文字。つまり、私は虚を捕まえる側だ。
 誰にも見られないよう素早く畳むと、《虚》を引いた二人は誰なのだろうと辺りを見回す。だがみんなポーカーフェイスで、誰が引いたのか全然わからない。初めこそあまり惹かれなかったが、いざ始まるとなるとどこか楽しみになるのは不思議だ。

「じゃ、明日の始業後から開始よ!今度こそ負けないんだから!」

 そんな乱菊さんの掛け声で、みんな解散した。



 ー…というのが、今から数刻前にあたる前夜。翌朝まだ始業して少しだというのに、既に何人か虚の被害に遭っている。被害者の所属隊はバラバラ。参加者に会うとお互い疑心暗鬼になるためどこか警戒するのに、虚役の人たちは一体どうやっているのだろうか…。

「他隊の人が虚だとしたら、なかなか会う機会ないよね」
「そうだな、一体どうやってんだ…」
「クロー、遊ぼー!!」

 気配なんて一切感じなかったのに、突然現れた副隊長はその小さな体で蓮を弾き飛ばすと、いつものように勢いよく抱きついてくる。副隊長も参加者なので警戒していたのに…。私はいつも通り小さな彼女をキャッチする。

「…ってー…勘弁してくださいよ、副隊長」
「気を付けてくださいね、副隊長。それにまだ仕事始まったばかりですよ!遊ぶのはまだ早いです」
「えー…じゃあいい!剣ちゃんとお昼寝してくる!」

 「遊んでくれる気になったら教えてね!」と言うと、そのまま勢いよく去っていく。いつもなら散々「遊べ」とごねるのに、今日はやけに諦めが早い…まさか…。そういうと蓮と互いの体を見る。するとそこにはやはり、虚印のシールが…。

「「やっぱり!!」」

 参加して初日、たった数時間で私たちの『虚探し』は幕を閉じた。遊びとは言え、案外悔しい。次は絶対捕まえてやる…そう心に固く誓う。

「副隊長が虚だと、普段から自由奔放なので難しいね」
「あぁ…もう一人の虚はだいぶ楽だろうな」

 案の定その日は昼前に全員シールを貼られてしまい、昼には再度くじ引きのため再招集されることとなった。そして再び、私は死神役となった。

********

 午後の仕事が始まる前から、私はそわそわとしていた。同じ事は繰り返さない…そう固く誓ったのだから。次こそ絶対捕まえる!そんなことを考えていて、参加者の動きにとても敏感な状態だ。そんな中で仕事をしていると、ふと遠くの方に檜佐木さんの声が聞こえた。

「檜佐木さん、どうしたんですか?」
「おー、。書類だよ、書類!それにしてもお前、気合い入ってんなー」
「勿論だよ、次こそ絶対捕まえるんだから!」
「いやー、お前案外とろいからなぁ」

 まぁいいや、これ一角さんに渡しといてくれ、と書類を私の頭に乗せ、そのままいつもの様に私の頭をそっと撫でようと手を伸ばすー…が、その瞬間ふと指先に虚印のシールが目に入り、私はその手を素早く掴む。そして逃げられまいと両手でキュッと握ると、私よりもずっと背の高い彼を見上げて微笑んだ。

「捕まえた」
「バッ、おまっ…!」
「??」

 檜佐木さんは私が握る手元と私の顔を何度も往復していて、顔は真っ赤。その後も何やら恥ずかしそうに口元に手をやり明後日の方向を向いている檜佐木さんを余所に、私は二戦目にして虚を捕まえられたことが嬉しくて、逃すまいと手を握りしめたまま、背の高い彼をニコニコと見上げていた。

........
.....
...

 それ以来、は毎回虚を捕まえられていて、彼女自身このゲームに才能を見出していると感じていた。

「恋次くん、捕まえたっ」
「…確かにこれはヤベーわ」
「何が?」

「池松さん、つっかまえたー!」
「…お前、いつか食われるぞ」
「何に?!何で?!」

「乱菊さん、捕まえた!」
「??可愛いっ!ぎゅーしちゃう!」
「?!私が捕まった?!」

「蓮、捕まえた!」
「…それ、他の野郎どもにもやってねーだろうな」
「??」

 は無意識だが、彼女の捕まえる姿に皆が心奪われている。白くて柔らかく、自らのものよりずっと小さな手。小首を傾げ、心の底から嬉しそうに微笑み見上げる表情。「捕まえた」と言う、自らが追われている感覚(そういうゲームなので合ってはいるのだが…)。そんなの可憐な姿を見ては、単純な男たちは毎回頬を染めていた。さらには参加している男性陣の策により、くじ引きの際彼女が死神になるように仕組み、自らが虚になることを待ち望むようになっていた。

に捕まりました?」
「あぁ…あれはヤバイな」
「でしょ?!オレ、勘違いしそうになりますよ!」
「やめろ、オレのを汚すな!」
「バカ野郎、お前のじゃねーだろ」
「あー…オレ次も虚でいい…」
「毎回捕まって負けるから、そうなったらお前酒豪ばっかの相手に自腹確定だぞ」

 部屋の隅で席官など関係なく、男性陣が和になりヒソヒソと話している。それを横目に乱菊は自らの隊舎へ足を運ぶと、そのまま真っ直ぐ執務室へ向かう。ガラリと開けた扉の先には相変わらず眉間に皺を寄せ、書類を見つめている日番谷がいる。

「たいちょー」
「何だ、やっと仕事する気にもなったか」
「いや、それは起きないんですけど、一応報告しておいてあげますね」
「あ?」

 そういうや否やスタスタと彼の前へと歩み寄ると、ニヤリとしながら言った。

、そろそろ誰かしらに食われますよ」
「…は?」
「なのでとりあえず、このシールをにこっそり貼ってみてください」
「…全然話が見えないんだが…」
「これで理由が分かるんで。騙されたと思ってとりあえず…」
「とーしろー、乱菊さーん!書類持ってきましたー!開けてー!」

まるでタイミングを見計らっていたかのように響き渡る声は、件の少女。乱菊が扉に近づき開けるとその手には書類が載っていて、ゲーム中ではあるもののきちんと仕事で訪ねてきたことが見て取れる。は乱菊に礼を言うと、真っ直ぐと隊長机に近付く。その背中に乱菊が「あ、隊長もゲーム参加することになったからね!」と伝えると、は「そうなの?!気を付けなきゃ!」と少し慌てる。
 そんな彼女の後ろにいる乱菊は小さな声で「貼れ!貼れ!」と訴えていて、日番谷は呆れた表情を浮かべた。一体なんだって言うんだ…。

 よく分からないが貼らないと副官が煩いだろう…そう判断した日番谷は、書類を置いてじっとこちらを見つめるの服に、ゴミが付いているだの何だの言ってシールを貼ろうとしたー…その時。

キュッ…

「捕まえた」
「っ?!」

 伸ばした指先が、彼女の白くて華奢な手に包まれる。目の前にあるその表情は嬉しそうで、日番谷は一気に顔に熱を感じた。握った指先を小さく振りながら「冬獅郎、バレバレだよー」なんて言いながら小首を傾げて微笑む彼女に、庇護欲をそそられる。控えめに言って、愛らしい。この姿を野郎どもがどう思うのかなんて、考えなくてもわかる。
 虚を捕まえたことを喜ぶは「じゃあ戻りまーす」と言うと、鼻歌を歌いながら執務室を出て行った。

「わかりました?」

 を見送った後、乱菊が声を掛ける。日番谷はつい先ほどまで彼女の温もりを感じていた指先を見ると、拳を作る。眉間には先ほどよりもずっと深い皺。分かりやすい自隊の隊長の姿に、乱菊は笑いを必死に堪える。

「…他の参加者は?」
「恋次、修平、池松、一角、弓親、佐え…」
「次からオレがシール貼る側のみで参加する」
「はーい!」

 それから数日、ゲームを本気で潰しにかかった日番谷が虚側として参加したことにより、死神側は数刻で終わることが続き、この『虚探しゲーム』はその日のうちに廃止となったことは言うまでもない。