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ルールは3つだけ。
『制限時間は8時間』『鈴は1つ取れればOK』、そして最後は『誰も殺さない』ー…。

私にとって忘れられない8時間が、ついに幕開けしたー…。

Time to Shine 13


【AM9:30】

 ついに更木隊長との『お遊び』の日がやってきた。結局私も蓮も始解まで辿り着けないまま、この日を迎えてしまった。私は蓮と共に森の鍛錬場の入り口に立ち、今まで修行してくれた恋次くんと一角さん、すっかり仲良くなった十一番隊のみんな、そして今や私のお姉さん的立ち位置になった乱菊さんに笑顔を向ける。

「お見送りありがとうございます!」
「お前らの頑張りは俺と一角さんが一番良く知ってる。しっかり頑張って来い」
「隊長も見送りに誘ったんだけど『仕事放って行けるか』って…ホント真面目なんだから…」
「いいんです、そこが冬獅郎のいいところなので!」

 「乱菊さんも早く戻って、冬獅郎助けてあげてください!」と言うと、どこか気まずそうに「あ、明日の私が助けるわよ!」と訳の分からない事を言われた。冬獅郎、一人で大丈夫かな…と私も大事な時なのに彼の心配をしてしまう。
 「じゃあ俺たちはモニターの前で応援してっからな!」「死ぬなよ!」「終わったら一杯しようぜ!」と各々自由に口にするとぞろぞろと去っていき、その背中を見送る。そして姿が見えなくなると、私と蓮も門へと歩き出した。

 先を歩く蓮の背中を見ながら、冬獅郎に教えてもらった鬼道の詠唱をぶつぶつと呟く。何処と無く緊張している気持ちをなんとか振り払おうと、無心で口を動かす。その時ふと何となく…本当に何となく呼ばれた気がして振り向くと、遠くに人影が一つー…。それが誰だか分からないはずがない。私は思わず踵を返し、駆け出した。後ろで蓮が私を呼ぶが、気にしない。

「冬獅郎っ!来てくれたの?!」
「…まぁな」
「ありがとう、すごく嬉しい!」

 駆け寄りその両手をキュッと握り、笑顔で言った。私にとってこの手は最大の癒しであり、同時に勇気をもらえる特別な手。来てもらえるなんて思ってなかった分、会えた喜びも倍増だ。冬獅郎は私をじっと見ると、微笑みながら言ってくれた。

「お前はこの一ヶ月、本当に頑張った」
「…うん」
「あとは佐伯とお前の斬魄刀と、お前自身を信じて頑張って来い」
「…うん!」

 先程みんなから同じようなことは沢山言われたのに、冬獅郎に言われるとすごく心に響くのは何故だろう。何処か切なくもなって、泣きそうになるのも何故だろう。勝手に滲んできた視界を乱暴に拭うと、冬獅郎は眉を下げながら「なに泣いてんだよ」と私を小突き、笑ってくれた。

「冬獅郎」
「ん?」
「ずっと言いたかったんだけど…これ、私が十番隊に入るまで付けててもいい?」

 視線を下げ裾を捲ると、そこにあるのはあの日からずっと身につけている翡翠のアンクレット。ずっとずっと心の支えにしてきた、大切なお守り。小さく揺すれば冬獅郎の霊圧を感じる。

「あぁ」
「良かった、ありがとう!」
「…だから…」
「だから?」

 冬獅郎はじっと私を見つめると、頬にそっと手が添えられる。少し冷たい彼の温もり。言葉を止めた彼に、私は首を傾げた。

「あんまり怪我、すんなよ」
「…うん!」

 更木隊長相手に『怪我するな』が無理な話であることは、冬獅郎もわかってる。でも言わずにはいられない…そんな表情を浮かべる彼に、心臓のあたりがキュッとする。何故だかわからないけど…でも『嬉しい』気持ちは確かで、私は大きく頷いた。口には出さなくてもかなり心配してくれている彼のためにも大きな怪我はしないよう頑張ろう、と心に決めた。

「おい、!行くぞっ!」

 ぐいっ、と肩を後方に引かれ、体勢を崩す。そのまま後ろに倒れそうになる体は、トンッと頭一つ分背の高い蓮にぶつかった。見上げれば蓮が不満そうに私を見下ろしている。そんな顔になる程、待たせてしまっただろうか。蓮は目の前の冬獅郎を見ると、そのままの表情で口を開いた。

「鍛錬中は我慢してたけど、今日までだからな」
「…うるせー。の足を引っ張んじゃねーぞ」

 頭上を火花が散っていく。二人はどうも仲か悪いらしく、会えばいつも喧嘩ばかりだ。仲良くして欲しい私は無意識のうちに困った顔をしていたのか、蓮はじっと私を見下ろしたあと「行くぞ」と私の体をずいずいと引きずって、森の奥へと進んで行く。その間も冬獅郎は私を見ていてくれたので、笑って手を振った。

********

【AM10:00】

「いーい?あたしが『始め!』って言ったら剣ちゃんは60数えてね。その間にレンレンとクロは自由に移動して、数え終わったらスタートだよ!」
「「承知!」」
「あたしが笛を鳴らしたら、クロたちも剣ちゃんも一旦ストップだからね!」
「「承知!」」
「んじゃ、『始め』!!」

 審判であるやちるの掛け声と同時に、も蓮も同じ方向に駆け出す。そして霊圧を抑えると、左右に分かれ出発地点からすぐ近くの木の上に隠れた。
 二人は更木は性格的に絶対に『60数えない』ー…つまりこの広い森の中、最初のうちに60秒分距離を置こうと逃げても無意味だ、という話をそれぞれの教育係から聞いていた。ならば敢えてすぐ近くに控えておき、更木がショートカットして数え終えて動き出すのと同時に、彼の左右を取る作戦の方がいい、とも。強い相手にはまずカウンターを浴びせ、隙を作らなねばならない。

「十、十一、十二、十さ…もういいか」
「ピッピー!だめだよ剣ちゃん、まだまだでしょ!」
「…チッ。十四、十五、二十、二十五、三十…」

 阿散井の教え通り、更木はカウントを大幅にショートカットし始めた。しかし今度はやちるの笛は鳴らない…何故だ。数を言ってれば何でも良いのか…?二人は首を傾げる。いつの間にか五の段の暗唱をする低い男声を聞きながら、蓮は来たるべき「六十」に備えて構え、は詠唱を始める。

「『自壊せよ、ロンダニーニの黒犬』…」
「四十、四十五、五十…」
「『一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい』…」
「五十五、六じゅ…」
「縛道の九、撃!!!」

 彼が数え終えるのとほぼ同時に、木の上から鬼道を撃つ。そしてそのまま飛び降り地に着くと同時に、素早く右から更木へ斬りかかる。しかしの撃った鬼道は簡単に刀で振り払われ、斬りかかった彼女の刀も難なく止められる。

「…ぐっ…」
、力弱ぇぞ」
「…まだまだぁー!!!」

 今まで対抗して力を入れていたは、その小さな体を生かして敢えて引き、大きな体の更木の股下を滑り抜ける。すると今まで押し潰す勢いで力を込めていた更木の体勢が一瞬崩れ、その隙を待っていた蓮が今度は左から、彼の髪先ー…鈴目掛けて刀を振るう。しかしそれも更木は読んでいたのか、大きく振り向きながらキィンという音と共に正面から止める。
 片手で蓮の剣を止めつつ、更木はつまらなそうに首を鳴らす。その様子に蓮は口の端を上げた。

「…まだっすよ、更木隊長」
「あ?」

 ―…そこまでは予想していた通り。ここからだ。

「破道の十二、伏火!!!」
「?!」

 蓮が詠唱破棄してすぐ近くで攻撃する。新人が詠唱破棄してくるとは…予想外の攻撃に、体を後ろへ引く。その瞬間を待っていたかのように、今度は後ろからが鈴目掛けて刀をめいっぱい振り下ろす。それと同時に蓮も攻撃を仕掛けるも、二人よりも遥かに体格の良い更木が体ごと刀を振ると、その威力と霊圧で一瞬にして吹っ飛ばされた。

「…った…」
「…くそっ…怪物かよ…」

 木に強く打ち付けられたと蓮。しかし息つく暇もなく、更木が刀を構えて走ってくる姿を確認すると、二人は体制を整えるためにも一旦鬼道で距離を置き、森へ姿を隠した。カウンターは失敗だ。
 一方、開始数分で繰り広げられた二人の連携プレイに、更木は満足そうにニヤリと笑った。

「…思ったより面白くなりそうだ」
「ピピッ!剣ちゃん、殺しちゃダメだよ!」
「わーってるよ」

 楽しそうに笑う更木は、刀を一振りすると二人を追って森の中へと歩を進めた。

********

「……何だよ、今の戦い…」
「あいつら、ほんとに新人かよ…」

 一方こちらはモニター前。開始数分で繰り広げられた戦いに、二人を見守る全員が息を呑んだ。正直、開始と同時に更木が一方的な攻撃を仕掛けると思っていたが、攻撃を仕掛けたのは二人が先だ。そして何より、戦いを好む更木が楽しそうだ。

「どうだ、オレの指導力!」
「『オレら』っすよ、一角さん」
「何よ、えらそうに!二人に根気よく鬼道教えたのは、うちのたいちょーよ!」

 二人とも鬼道教えるの下手過ぎなんだから、と松本は溜息をつく。当初のみ日番谷から鬼道の鍛錬を受けていたが、蓮も斑目の教え下手に業を煮やし、鬼道は日番谷に稽古をつけてもらっていた。日番谷としては何かと彼女に構う蓮にイライラする事も多々あったが、蓮本人が本気で強くなりたいと思っていること、そして彼に鬼道を教えることで本番でを助けになることを理解していたため、眉間に皺を寄せつつも根気強く指導した。結果、詠唱破棄まで辿り着いていたのだ。

「やっぱ天才っすね、日番谷隊長って…」
「やだ、今更知ったの?因みに二人の実力はこんなもんじゃ無いんだから!」

 そう言いながらウインクすると、松本は「ちょっとたいちょーに初動報告してくるわね」とモニター室から出て行った。

*****

 その頃、十番隊執務室。日番谷は今までにないくらい落ち着きがなかった。
 机にはいつも通りの書類の山に加えて、今日はほぼ仕事しない宣言をしている副官の分もある。手を動かそうと机に向かうも、頭は先ほど別れた少女の事が気になり、全く筆が動かない。森で見送ってから、まだ1時間も経っていない。こんな状態で、果たして今日の仕事は捗るのだろうか。いっそのこと自分もモニター室へ行った方が落ち着くのではないか…いやでも、そしたら誰がこの山を片付けるんだ…いやいや、むしろモニター室で仕事をするか…?普段なら冷静に物事を判断する日番谷も、のことが気になり普段なら絶対に思わないであろう案まで脳裏に浮かび始めていた。

「たいちょー!一旦戻ってきましたー!」

 日番谷は松本の声に思わず顔を上げたが、現れたその姿に目が点になる。手にはの笑顔の写真がプリントされ、煌びやかに装飾されたうちわがあり、額には『頑張れ!』のハチマキが巻かれている。

「…な、何だよ、その格好…」
「何って、女性死神協会が販売してる応援グッズですよ!他にもほら!」

 彼女のカバンからは『ケーキ』『クラッカー』、なんなら『栄養ドリンク』も出てきて、綺麗に机に並べられていく。どうでも良いが、本人の許可は得ているのだろうか…そして売り上げは彼女にも行くのだろうか…そんなことを思った。

「祭りかよ…」
「同じようなもんですよ!モニター室にも続々と人増えてますし。佐伯は顔だけはいいからアイツのグッズも作ったんですけど、佐伯商品は女性に、商品は男性に大人気ですよ!たいちょーも一ついか…」
「いらねーよ」

 食い気味に答えた日番谷に、松本は「ちぇっ」と舌打ちする。そして一つずつ商品をしまいながら口を開いた。

「あの子、頑張ってますよ」

 それは先程から、日番谷が一番聞きたかった言葉。応援に行けず、ずっと頭に浮かび続けている彼女の様子だ。その言葉に、小さくほっと息を吐く。

「そうか」
「鬼道、ちゃんと真っ直ぐ撃ててました」
「…そうか」
「何より更木隊長、楽しそうです」
「…それはやべーな」

 あの更木が楽しそうー…二人が予想以上の動きをしたのであろう。日番谷はちらりと時計を見るが、終了時刻までまだあと7時間半もある。

―…怪我するなよ…。

 そう願わずにはいられなかった。

********

【PM4:00】

 開始から6時間。森の奥深くにある、洞窟の中。冬獅郎に「怪我するな」と言われたのに、私も蓮も既に怪我だらけになって横になっていた。8時間という長時間での戦いであること、また場所が広い『森』であることから、見つからないよう隠れて休憩したり、川で喉を潤したり、鬼道でちょこちょこ傷を癒したり出来ている。
 私たちはあの手この手を尽くし、この6時間で何度も惜しいところまで追い詰めることは出来ていた。ただ、どうしても鈴が切り落とせないし、あんなにあるのに何故か鈴の音が一切聞こえない。そして何より、何度斬りかかっても傷がつかない体に、私も蓮も恐怖心が芽生えていた。

「何でアイツの体、斬れねぇんだよ…」
「わかんない…実は体が鋼で出来てんじゃないとか思えてきた…」

 「はぁ…」と小さく息を吐き、薄暗い洞窟の中で天を仰ぐ。あと2時間でどうにかなるのだろうか…鈴は取れなくても殺されたりとか死神になれないなんてことはないが、今まで稽古をつけてくれた恋次くんや一角さん、冬獅郎や乱菊さんに申し訳が立たない。思わず右手に握る斬魄刀に力を込めた。そしてふと気づくー…あれ、この人、今日一回も話しかけてこない…何故だろう。少し気になり話しかけてみようと、静かに目を閉じるー…しかしそれと同時に遠くからどんどん近付いてくる、バカみたいに大きな霊圧に気付き、中断した。

「更木隊長、真っ直ぐこっち来るね」
「やっと来たか。、作戦通り行けよ」
「りょーかい、また後で」

 そう言うと私も蓮も体を起こし、蓮はその場で構える。そして私はパッと見では気付かない、右奥に延びる道へ進んだ。
 そう、ここに更木隊長をおびき寄せるため、敢えてこの洞窟から動かずにいた。お陰で体力も回復できたが、戦い続けた体はそろそろ限界だ。まだ2時間あるが、次の攻撃が最後になるだろう。私は小さく震える手をギュッと抑えて歩を進めると、後ろから声が掛かり振り向く。

、死ぬなよ」
「…死なないよ。蓮もね」

 恐怖心を見て見ぬ振りをして、最後の戦いを始めようー…。