
「立てっ!こんなんじゃ一瞬でやられるぞっ!!」
「はいっ、行きますっ!!」
「おら、こいやー!!隙だらけだぞ、佐伯ー!」
「うるせーハゲッ!その口きけなくすんぞ!!」
冬獅郎と最後に話せてから三日…昼間は先輩方に殺される勢いでクッタクタになるまで鍛錬するのに、一人の夜には未だに慣れない。
Time to Shine 11
私の『しっかりしろプロジェクト』も三日目を迎え、そろそろ寝不足がキツくなってきた。流石に体は日々悲鳴をあげるので、布団に入ればウトウトとするものの、やはり悪夢にうなされ直ぐに起きてしまう。流魂街での半年間は、思いのほか私の心に深い傷跡を残しているようだ。現世ではあんなに眠り続けていたのに…。
以前冬獅郎に、寝付けないのは『一人で眠ることへの不安』で、悪夢を見るのは『寝たら殺されるという深層心理』じゃないかと言われた。それを乗り越えるには【いつ虚に襲われても倒せるという自信】を付けることが一番早い。つまり、今の私に必要なのは【始解が出来る力】。だから今は鍛錬を死に物狂いにして、始解出来るようになるのが目標だ。
そしてきっと、私が強くしっかりすれば、冬獅郎の仕事も捗るに違いない。朝も夜も自分の時間だし、私に合わせてソファで寝ることもないし、眠りこけた私をおぶって寮まで送ることもない。そうすれば雛森さんも安心するはずだ。
「お前、ちゃんと寝れてるか?」
「…え?」
休憩で寝転ぶ私の視界にひょっこり現れるのは、先ほどまで本気で殺されるのではないかと感じていた相手である、恋次くん。寝転ぶ私に水を渡すと、そのまま隣に腰掛けてきた。
「気付いてねぇのかもしれねぇけど、お前目の下の隈、やべーぞ」
「うそ?!」
その言葉に勢いよく上半身を起こし、手鏡で確認する。そこには確かに、数日前にはなかった存在感のあるクマさんが…。そりゃそうだよなぁ…と、私は小さくため息をついた。
「実は、夜あんまり眠れないですよ」
「…なんか心配事でもあんのか?」
稽古中にはまるで鬼のように出ていた殺気はどこへやら、少し心配そうに聞いてきてくれる優しい先輩。恋次くんは見た目怖いし少し抜けているが、実はかなり後輩思いだ。一護がいたらきっと仲良くなるタイプだろうと、こっそり思っている。
そんな恋次くんの優しさを感じながら、私は首を横に振り答えた。
「これは体質というか習慣というか…そんな感じなので、気にしないでください。ありがとうございます」
「…そうか?ならいいけど…」
まぁ無理すんな、という言葉と共に頭にポンっと手を置き、撫でてくれた。数回撫でた後、ふと頭上から声が掛かる。
「、今晩空いてるか?」
「自主鍛錬後なら空いてますけど…」
「今日やっと池松が帰ってくるらしくて飲みにいくんだけど、お前も来い!美味いもん食って美味い酒飲めば、夜すぐ寝れんじゃねーか!なっ!」
その言葉に私は「んー…」と言葉を濁す。当初一週間ほどの任務だったけど、実質今日まで伸びてしまっていたらしい池松さんには、正直会いたい。会って『何故私は記憶が残っていたのか』を問い詰めたい。だけど『飲み会』という言葉に、私は即答できずにいた。ー…というのも、実はあの日以来、お酒は冬獅郎に止められているのだ。お酒は美味かったし、他の隊員の人とも仲良くなれるチャンスだから行ってみたいと思うけど、確かにお酒で迷惑をかけた自覚はある。その一番の被害者である冬獅郎の禁止令を破って行くのも、気が引ける…。
でも私を心配して誘ってくれている恋次くんの優しさはとても有難いし、何より池松さんに早く会って聞きたい。それに前回お酒を飲んだ時とても眠くなったのを思い出し、お酒を飲んだらまた安眠できるんじゃないかという考えが頭をよぎる。…よし、今回は飲み過ぎないことを心に決め、お誘いに乗ることにした。
「ありがとうございます、行きます!」
「よし、そしたらもっと酒が旨く感じるように動くぞ!立て!!」
「はいっ、よろしくお願いします!」
こうして私は今晩、人生二度目のお酒を口にすることとなった。
********
と会う時間も取れぬまま、早三日。仕事の合間に様子を見に行くと『冬獅郎はお仕事に戻って!私は大丈夫だからっ!』と背中を押され、鍛錬場から追い出されてしまった。朝の鍛錬も断られ夜のひとときも無くなった今、なかなか彼女に会えない。
ただ鍛錬場から追い出された時、は気になることを口にしていた。
ー…冬獅郎、最近お仕事捗ってる?
確かに彼女に会いに行ったり迎えに行ったりの時間が無くなり、その分仕事に当てられているのは事実だ。『時間』という概念で考えれば、きっとがこっちに来る前の状態に戻っているだろう。
だが、精神面は別だ。彼女が怪我をしていないかとかどれだけ身に付いただろうとか、直接見ること聞くことができない分、意識はあちらへ行ってしまう。それに『迎えに行くまでにここまで片付けよう』とか『これを終わらせたらの間抜けな寝顔を見に行こう』という考えもなくなったため終わりが見え無くなってしまった。なので『仕事が捗っている状態なのか』と言われたらそうなのだろうが、際限なく回って来る仕事に区切りをつけられないし、気持ちは全然仕事に向いていない。
アイツのあの質問ー…つまり、アイツとの時間が俺の仕事の邪魔になってるとでも思っているのだろうか。もしそう考えた結果が今の状況を生み出したのであれば、一言いってやらないと気が済まない。終業後も鍛錬をすると言っていた彼女には申し訳ないが、今晩は時間をもらうことに決めた。そうと決まれば、俺はひたすら筆を動かすことに注力し始めた。
「…たいちょー、大丈夫です?」
「何がだ」
「今日鏡でご自身の姿、一度でも見ました?目の下のクマ、ひどいですよ」
「…クマ…」
その言葉にピタリと筆が止まる。そう言えば以前、酔っぱらったに『冬獅郎グマ』とケタケタ笑われたことを思い出した。今言われたのはそのクマではないと理解しつつも、何でも彼女との記憶に結びつけてしまう自分に苦笑した。おい、俺はそろそろ充電切れだぞ、。そんなことを思いながらもう癖になっている左足首を動かし彼女の霊圧を感じると、俺は小さくため息をついた。
しばらく俺も松本も静かに仕事をしてきたが、どこからか電子音がした。松本は自身の胸元から伝令神機を取り出すと、小さく声を漏らした。
「どうかしたか?」
「…いえ、何でもないです」
そういうと何やら素早く返信をし、ニヤニヤしながら再び胸元へしまった。その表情は明らかに何か【良からぬこと】を考えているやつで、何の連絡かは知らないがこれからコイツの餌食になる人物に俺は心底同情した。まさかその『人物』が俺自身だとは、この時は思いもしなかったがー…。
「ひっつー、いるー?」
開け放っていた窓から声だけが聞こえる。その声はが身を置く隊の副隊長のものだが、体が小さいため姿は見えない。松本は窓へ近寄り、慣れた手つきでその小さな体を抱き上げた。
「やちる、どうしたの?隊長に何か用?」
「うん、これあげる!」
そう言われて差し出されたのは、どこから出したのか分からない量の書類の山。軽く200枚は超えるであろう。
「「……」」
あまりの衝撃に松本は草鹿を抱き上げていた手を離す。その瞬間草鹿は上手いこと書類を室内に入れ着地をすると、俺たちのいる窓辺から充分距離を取り、大声で叫んだ。
「それ、明日の朝までに一番隊にお届けよろしくって剣ちゃんが言ってたよー!!」
「「……は?」」
「じゃ、私これからみんなとご飯だから行くねー!ばいばーい!」
手をぶんぶんと振りながら笑顔で去っていく草鹿と、部屋に散らばる書類を見て固まる松本、そして俺…。先に意識を取り戻した松本は素早くしゃがみこみ書類を集めると、俺に押し付けて言った。
「わ、私もこれから飲みか…」
「残念だったな、これ全部副官の承認も必要なヤツだぞ」
「そんなぁー!印鑑渡すんで隊長が代わりに押しておいて下さいよー!!」
「莫迦野郎、そんなこと許可するか」
「だって今からこんなのやってたら、酔っ払って可愛さの増した…」
そこまで言うと言葉を止め、俺を見てくる松本。『酔っ払った』…何だって?
「どうした?」
「…なんでもないです!もー、こんな時に!こんなのさっさと片付けますよ、隊長!!」
「…お、おう」
そう言うや否や凄い勢いで自席に戻る松本。いつになくやる気を出している彼女に驚きつつ、そんなに飲み会に行きたかったのかと多少呆れた。
********
松本がこれまでにないほど真剣に片付けてきく。こんな姿を見るのはいつぶりだろうか。気付けば夜も更け、辺りは暗い。シロも自身のお気に入りのクッションで気持ち良さげに眠っている。
松本は最後の一枚の確認を終えると、俺の分の書類も凄い勢いでまとめ上げ、目に見えぬほどの勢いで一番隊へ渡しに行った。…アイツ、そんなに早く飲み会に行きたいのか。そんなことを考えていると出て行った時と同じ勢いのまま彼女は戻ってきた。そして手に持っている伝令神機を見て俺に見せてきて、言った。
「な、なんだ…」
「隊長、行きますよ!」
「どこに?」
「居酒屋です!」
先程の連絡は今晩松本が参加予定の飲み会にいる奴からの連絡だったようで、手元の画面には楽し気な写真が映し出されていた。騒いでいる斑目、阿散井、草鹿が目に入ったので、恐らく十一番隊関連なのだろう。そういえば先程草鹿が『ご飯』と言っていたが、そこに松本も行く予定だったのか。
松本がわざわざこの写真を見せてきた意図がわからず、俺は首を傾げる。すると松本はある一箇所を拡大するー…そこに写っていたのはお猪口で酒を飲んでいる、顔を真っ赤にしたと、その隣で心配そうに彼女を見やる佐伯だった。その姿に眉間のシワが深くなる。
「…なんでコイツは禁止したはずの酒を飲んでるんだ?」
夜は毎日、鍛錬があると言ってなかったか?以前『飲むな』と言ったはずなのに、何故宴会の席で酒を飲んでいる?心のモヤモヤが広がっていくのが、自分でもわかる。 俺の一言に松本は自身の伝令神機を引っ込めると、返信を打ちながら小さくため息をついた。
「何でって…隊長、それ本気で言ってるんですか?」
「は?」
「だとしたら相当バカですね」
松本にバカと言われたのは、初めてかもしれない。俺は驚いて目を大きくする。彼女は返信を打ち終えたのか自身の胸元にしまうと、自身の机にある荷物を手早く片付けながら言った。
「夜一人だと不安で眠れないからですよ。恋次が眠れずにクマを作ってるを心配して、何も考えず夜眠れるようにと連れ出したんです」
「!!」
「二人してクマ作るとか、ほんと世話がかかりますね。何でもいいのでとりあえず行きますよ!」
『本当は私が酔っ払って誰かに甘えてる可愛いの写真を、隊長に送って発破かける予定だったんですけどね!』とニヤける松本の頭を結構本気で殴り、俺たちは暗い夜道を駆け出した。