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 何故、死神になるのか
 何の為に、力を欲するのか
 何を守り、誰を救い、何の為に散るのか

 私はここで考えながら、前へ進むと決めた

Time to Shine 10


「おはよう、冬獅郎!」
「…」

 蝉の音もだいぶ落ち着いたが、まだ生ぬるい朝。いつもなら同じくらいの時間にこの森の中にある鍛錬場に着くのに、既に斬魄刀を握りながら鍛錬しているを見て、一瞬寝坊でもしたかと焦った。だが、時刻はいつも通りだ。不審がる俺を尻目に彼女は屈託もない笑顔を見せ、額には既に汗が滲んでいる。
 朝の挨拶もすっ飛ばし、何よりもまず昨晩から気になっていたことが口を突いて出た。

「お前、昨日何で…」
「昨日はごめんね、先に帰っちゃって」

 俺がすべての言葉を口にし終える前に、言葉を重ねる。昨日雛森との夕飯を終え執務室に戻ると、そこにいたのはではなく、用があるからと会計時に一足先に帰ったはずの雛森で、彼女はのんびりとクッションで寝入るシロを撫でていた。の所在を聞くと帰ったという。『待ってろ』と言ったのに帰るなんて初めてで、俺は少し淋しさを感じていた。

「…いや、待たせて悪かったな。一人でもちゃんと寝れたのか?」
「うん、大丈夫だよ!やっぱり優しいね、冬獅郎は」

 雛森さんの言う通りだね、と小さく笑う。…雛森?アイツなんか言ったのか?俺は分からず首を小さく傾げると、は「何でもない」と微笑んだ。

「それで…突然なんだけど、これからは朝の鍛錬も夜のお迎えも、もう大丈夫だから!」
「…どういうことだよ」

 突然の言葉に、即座に反応できず聞き返す。ただでさえ隊が違うのでこの時間しか一緒に過ごせないのに、それを断られるとはどう言うことだ。昨日まで何も言ってこなかったのに…。理由を聞き出そうとじっと見ていると、は焦ったように言葉を続けた。

「えっと…更木隊長との実践まであと少しだし、そろそろ蓮と作戦練りながら朝晩鍛錬しようと思って」

 だから、もう大丈夫!今まで本当にありがとう、と微笑む彼女。確かに更木相手に佐伯と二人で戦うので、ある程度実力を理解しておく必要はあるが、突然のことすぎて何となく距離を置かれた気持ちになるのは考えすぎだろうか…?

「…でもお前、夜一人で寝れんのか?」
「蓮に合わせて鍛錬したらクッタクタで怖い夢も見ないだろうし、大丈夫だと思う!」
「…」
「だから冬獅郎は気にせず、お仕事頑張って!」

 ね?と小首を傾げると、遠くに佐伯を見つけたようで手元にあったタオルを持って目の前を通過して行った。彼女を見れば握られたタオルは二枚。一枚は先程拭っていたもの、もう一枚はー…?

「…お前…何時から…」

 やっぱり眠れず、早くから鍛錬してるんじゃないのか?とか、俺が見てた鬼道の鍛錬はどうすんだ?とか、いろいろ言いたいことがあり、佐伯の元へ行ったの背をじっと睨む。だが彼女は佐伯と話していて一向に振り向く気配がない。そんな俺に気付いたのか、佐伯は俺をちらりと見ると、ヤツの肩あたりにあるの頭をそっと撫で、ニヤリと笑ってくる。その動作に何となくムカついて、俺は踵を返した。

*********

「…行ったぞ」
「…はぁ…」

 冬獅郎に背を向けていた私は、蓮の言葉に肩の力を抜いた。本音を言えば修行をみてほしいし、夜も眠くなるまで一緒に過ごしたい。あの優しい笑顔で、私の疲れた体と心をキュッとさせて欲しいー…。でも、そんな独りよがりな考えじゃダメなんだと、雛森さんに気付かされた。何のためにここまで来たんだ、誰の為に強くなりたいんだ、黒崎!しっかりしろっ!!俯きそうになる頭を小さく振るって、落ち込む気持ちを何とか奮い立たせる。

「何だよ、お前。護廷入ってからずっと金魚の糞みてぇに『冬獅郎、冬獅郎』言ってたくせに…」
「んー…ほら、そろそろ蓮との連携を強めないと更木隊長に一瞬で負けちゃうからさ!」
「ふーん…」
「やだなー、蓮ってばしばらく私が冬獅郎ばっかりだったから、寂しかったの?」
「?!んなわけあるか、バカ!」

 蓮は私の頭を軽く小突くと、じゃあ始めるかという言葉と同時に斬魄刀を構えた。

 更木隊長との実践内容は『隊長の髪に編み込まれた鈴を一つでも取れたら勝ち』というもの。制限時間は八時間。場所はここ、森の鍛錬場。室内だと姿を隠すことができず、例え二対一だとしても全く勝ち目のない新人二人を危惧した斑目さんと恋次くんが『さすがに楽しめないっすよ!』と更木隊長に提案してくれた。

「やっぱ二人だし、陽動で行くしかねぇよな」
「そうだよね、じゃあ私が最初…」

 二人で頭を突き合わせ、始業時間までひたすら練習した。十一番隊隊長に認めてもらうためにー…。

*******

「あれ、隊長!もういるんですか?」

 執務室の扉が開くと、副隊長である松本の声が響いた。近頃は毎日と朝に鍛錬をしていたため、まだ始業前のこの時間に俺がいることが珍しく、松本は目を大きくした。

「…まぁな」
「どうしたんですか、大好きなとの鍛錬は終わったんですか?」
「…」

 一言余計な松本の質問に答えず黙った俺に、んー…と考えるそぶりをすると、何か思い付いたのかピンっと人差し指を立て、怪しい笑みを浮かべながら言った。

「もしかして、振られました?」
「振られてねぇよ!」

 俺とは、そもそも振られるとか振られないとか、そういう関係じゃないのを松本も知ってるはずだ。それなのになんてことを言う。松本は「やだ、冗談ですよ!」と笑うと、自席についた。

「でも隊長、知ってます?と佐伯の実践の話」
「あぁ、更木と二対一で森の鍛錬場でやるやつだろ」
「はい。あれ、護廷中で盛り上がってますよ。『十一番隊を入隊前にぶっ飛ばした期待の新人二人vs更木隊長』って」
「…は?」

 ただの新人の実践なら他隊の者は誰も注目しないだろう。自隊でもせめて席官くらいだ。だが今回は入隊経緯からして普段と異なる二人とあり、注目が集まったようだ。彼女に無駄な緊張をさせたく無い…どうかこの盛り上がりが本人には伝わるな、と願わずにはいられない。そんな俺の思いとは裏腹に、松本は言葉を続けた。

「ほら、あそこの鍛錬場ってて普段からそこら中にカメラが付いてるじゃないですか。だからその日はモニター室で観戦しようって、そこら中で大盛り上がりですよ!」
「…そいつら全員暇かよ」

 自分の顔は見えないが、俺は大層呆れた表情を浮かべているに違いない。松本の言う通り、あの「森の鍛錬場」は少し特殊だ。狭い室内の鍛錬場では行えない修行を行ったり、たちのように初めて実戦をする初心者がどのように動くのかを確認できるように、そこら中にカメラが仕掛けてある。そのカメラで観戦しようという話らしい。

「もちろん私も見に行くんで、その日は仕事回さないでくださいね」
「…お前、その理屈が通じると思ってんのか」
「え、もちろんです。むしろ通じない意味が分かりせん!それか隊長も見ましょうよ、あの子がどう戦うのか見たくありませんか?」

 …見たいか見たくないかと言われれば、正直見たい。だが、それが仕事を止めていい理由になるはずがない。俺は返事の代わりにギロリと松本を睨むと、それを『否』と受け取った松本は「でしたら尚一層のこと、私がしっかり見て来ますね!」と微笑み、その思考回路に苦笑せざるを得なかった。

「そんなバカ真面目な隊長にもう一つお知らせが」
「あ?」
「隊長、知ってます?『が可愛い』って男どもが騒いでること」
「……は?!」

 思わぬ発言に無意識に声が大きくなる。確かにアイツは可愛いが、たった数週間で…しかも新人だから一般の死神は全然関わることがないはずなのに、もうそんな話が出て来るとは…。

「一緒にいる時間が長い十一番隊の奴らはもちろんですけど、他の隊の奴らも隙をみてはに接触を計ってるみたいですよ」
「…」
が隊長のこと下の名前で呼ぶから、のことを気になってるヤツらも今はなかなか近寄れないみたいですけど。でも二人が蓋を開けてみれば『実は別に大してそんなに特別ではない関係』と分かれば、わかんないですよ??」
「…」

 なんだ、このグサリと刺さる言い方は…。頼られて嬉しかったし、どこか楽しみにしていた鍛錬も夜のひと時も断られ、隊も違う自分が彼女に会える機会は皆無だ。でも、本番までなりに頑張らないと、という気持ちがあるに違いない。そこに俺が『会いたい』という俺の個人的な理由で、彼女の時間をもらっていいものなのか…。

 俺から言わせれば、はここに来てからずっと頑張っている。朝も夜も鍛錬して、休みの日もずっと…。言うなれば、現世でもあの魂葬の日以降も、ずっと頑張り続けている。だから俺を守りたいと微笑んだ彼女のことこそ俺が守りたいと思うし、一人で眠ることへの不安や悪夢への恐怖があるなら、目覚めた時一番に側にいてやりたい。力をつけたいなら出来る限りその手助けをしてやりたいし、その過程を見守ってやりたい。そう思うのは、俺のワガママなのだろうか。
 こちらが彼女を思いいろいろと考えている間にも、花が綻ぶかのように微笑むを『可愛い』と近付く邪な野郎どもがいるだと…ふざけんな。

 やっとと再会出来たのに、現世の頃とは違いなかなか思い通りにいかない。傍にいる、いる場所もわかっているのに会えないこの状況に、俺は少しイラつきを覚え始めていた。