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 何故忘れていれたのか、それは明確だ。日々に追われ、環境に応じて成長せざるおえなくて…気がついたら記憶の片隅に追いやってしまっていたんだ。幼いころの小さな約束・優しい思い出…大切にしていてくれてありがとう。

 キミとの約束、絶対に守ると誓うよ―…。

スイートピー V


 初めてが俺のことを『奈良先輩』と呼んで数週間。あれ以来本当に会わなくなってしまった。たまに受付や任務帰りなどにすれ違うことは会ったのだが、その度に違和感が拭いきれない『奈良先輩』呼ばわりされて、俺自身もどこか会うのを恐れるようになっていた。
 そんな中行われた、久しぶりの第十班でのまったり任務。任務内容はイルカ先生のクラスで行われる遠足の護衛とその補佐。日々中忍の任務に追われていた俺たち三人を、五代目が息抜きに…ということで任務とは呼べないような仕事を回して下さったのだ。久しぶりの三人一緒の任務。正直ここ最近ずっとの事で頭がいっぱいだったので、この任務で少しは気が紛れそうな気がしていた。

「久しぶりだな、三人とも」
「お久しぶりです、イルカ先生っ!」
「どもっす」
「先生、変わらないね〜」
「お前らもな。早速だが今日は一日、よろしく頼むな」
「「「御意!」」」

 そう言うや否や、大きな声でイルカは子供たちに整列の号令をかける。まだ入学したばかりの、自分たちの半分位の背丈の子供たち。瞳はこれから始まる楽しい時間にキラキラ輝いている。そんな様子を俺たちは微笑ましく眺めていた。
 整列している様子を眺めていたが、ふと背の順で一番前に立つ、ひと際ルンルンとした空気を醸し出している少女を見つけた。体は期待からかじっとしておらず、かかとを上下にひたすら揺らしている。体が小さい分、背負っている黄色い花柄の鞄の方が大きく見える。そして耳の横で二つに結われたクリーム色の短めの髪が、ぴょんぴょん元気に跳ねている。その女の子がまさしく幼い頃の誰かさんそっくりで、無意識のうちに俺は笑みを浮かべていた。
 そんな様子を見たのか、いのが声をかけてきた。

「やだシカマル、思い出し笑い?」
「違ぇよ。あいつ、誰かに似てると思わねぇ?」

 そう言って相変わらず笑みを浮かべながら例の女の子を指差す。その間にも列は動きだしていて、女の子は今にもスキップしそうな勢いでイルカの後ろを聞いたこともない鼻歌と共に歩いて行く。きっと自分で作った歌なのだろう。歌詞の所々に『ちょこれーと〜はやくたべたいぃ〜♪』なんて入っている。その様子を見て、あまりのそっくりさに笑いが堪え切れなくなってきた。

「あの一番前の小さい子?誰?」
「あっ!ちゃんそっくりっ!」
「そう。あいつ、小せぇ頃のそっくりだ」
「そう言われてみれば…あの髪色も二つ結びも、歩いてるだけで毎日が楽しそうなのもそっくり」
「ぶっ!!!」

 とうとう堪え切れず噴き出した。そう、は俺が見る限り、小さい頃からいつも楽しそうだった。いつも笑顔で所構わずくっついてきて、何でもかんでも歌にして、『しーちゃんしーちゃん!』ってくるくるくるくる纏わりついてきて…。小さいころから眉間に皺を寄せ気味だった自分が、一気に笑顔になれるのは彼女の前だけだった。
 でも今は―…ここまで思い出して、急に現実に戻ってくる。もうずっと面と向かって会ってない。のバカみたいな笑顔も見れてない。懐かしいあの呼び方も、聞いてない。のことを考えると淋しくて切なくて、彼女の鼻歌を聞きながらも視界から外して、俯いて列について歩いた。


********


「よーし、着いたぞー!」
「きゃぁ〜!」 「おぉー!!」

 どれくらい歩いていただろう、ポケットに手を入れて俯きながら歩いていると、先頭を歩くイルカ先生の大きな声が響いた。ふと視線を上げると、そこには大きな木が一本生えている小さな丘の上。空の青はどこまでも広がっていて、真っ白な雲が今にも手に届きそうだ。そして足下には色とりどりの花々が視界に入る丘すべてに広がっていて、何とも幻想的な世界を作り出していた。ここで子供たちはスケッチをしたり虫取りをしたりする。確かに昼寝には最高の場所かもな、そう思った。

「懐かしいわねー、ここっ!」
「ねー!ボクも久しぶりに来たよ!」
「私もー!やっぱ空気が最高っ!」

 前を歩いていた二人が、大空に両腕を広げて楽しげに会話をしている。俺はその会話の意味がわからず、とりあえずその場に横になった。その横にチョウジが座りパリッと音がしたかと思うと、隣で揺れていた花の香りと共に新しいポテトチップスの匂いが鼻孔をくすぐった。

「シカマルは?ここにくるのどれくらい振り?」
「どれくらい振りも何も初めてだ。お前らこそここに来たことあったのかよ」
「何言ってんのよ、あん時シカマルも一緒に来たじゃないっ!」
「…は?」

 俺は全く記憶にない話をされ、思わず眉間にしわが寄る。『あん時』ってどん時だよ。

「覚えてないの?ほら、まだ私たちがアカデミーに入学する前に、三家族一緒でここにピクニックに来たじゃない!」
「そうそう、あの時はちゃんも一緒でさ、すごく楽しかったよね」
「そうそう!それであの子の爆弾発言でお父さんがシカクおじさん殴っちゃってさぁ〜!!」
「あはははっ!そうだったね!懐かしいなぁ〜」


花畑…ピクニック…家族…爆弾発言……っ!!


 その時俺は一気に思い出した。あの時が言ったことも、そのせいで親父がいのいちさんに殴られていたことも。
 正直あの言葉はすごく嬉しかった。俺も幼かったから恋愛とか結婚とかよくわかっていなかったけど、真っ直ぐに思ってくれるの気持ちが暖かくて嬉しかったし、漠然とだけどこれから先もこいつと一緒にいられるんだ、と思ったんだ。
 でもその後アカデミーに入学して一気に知り合いの輪が広がって、気付けば下忍、中忍になって…。忙しい日々の引き換えに、こんな暖かな思い出を手放してしまっていたようだった。

―…が言っていた『忘れちゃったんだね』ってのは、これだったのかもしれねぇ。いや、絶対にこれだ。これしかねぇ。

 そう思うとすごい後悔の念が押し寄せてきて、今すぐにでもあいつに会いたくなってくる。ごめん、忘れてて本当にごめん…。俯いて拳に力を込めていると、突然ひと際大きな声がこの小さな丘に響き渡った。

「ずるいー!私もやりたいよぉぉー!」

 その声の主を見ると、そこにはあのクリーム色のぴょんぴょん二つ結び。その前にはいのが困ったように立っていて、その横にはイルカ先生がいる。何事かと思って様子を見ていると、どうやらいのが先輩として未来の後輩たちに簡単な忍術を披露して見せたようだった。それを見たあの少女が、いのを羨ましがってるようだ。

「いーないーな、マリもそれやりたいー!」
「大丈夫よマリちゃん。ちゃーんと修行して、大人になれば出来るようになるわ」
「ずるいよー!!マリ、いますぐいのちゃんになりたいー!」
「私にっ!?」

 驚いたいのが自分を指差して照れている。マリと呼ばれた少女はうんうん頷き、「マリ、いのちゃんになるっ!」と笑う。そんな様子を見ていたイルカ先生がぽんっ、とマリの頭に手を置いて視線を合せるように屈むと、優しい言葉で少女を諭す。

「こら、マリ。マリはマリだろ。そのままでいいんだ。他のヤツになりたいだなんて言うもんじゃないぞ」
「!!」
「ぶー…じゃあ、はやく『大人』になりたい!」
「マリちゃん、早く大人になってもいいことなんてないわよ!それよりも今を大切に生きないと!」
「おお、いの、大人になったなぁ!」

その後も三人はいろいろ会話をしていたようだったが、俺はイルカ先生が言ったあの言葉が耳から離れなかった。ずっと昔…まだ幼いころ、誰かが誰かに同じような事を言っていた気がする。誰が言ったんだ?誰に言ったんだ…?俺は少しずつ少しずつ、記憶の糸を手繰り寄せてくる。

………
……


―いのねぇもチョーくんもしーちゃんも、あしたから「あかでみぃ」いっちゃうんでしょ?だけ『おるすばん』だなんて、ずるいよ!
―あんたねぇ、アカデミーを何だと思ってんのよ。あんたの嫌いな勉強するトコなのよ、ベンキョウッ!
―大丈夫だよちゃん、アカデミーから帰ってきたら毎日一緒に遊ぼうね。
―やだやだやだぁー!なんでだけ「いもうと」なの?、もう『』やめる!おおきくなるー!いのねぇになるー!うわぁ〜〜ん!!
―だー!!うるせぇ!!目ぇ覚めちまったじゃねぇかよっ!…って、お前何泣いてんだよ…
―あどで、、ぼゔ『』あ゙べゔどぉーおおぎぐだるどぉぉー(あのね、、もう『』やめるのぉーおおきくなるのぉぉー)
―は?相変わらずバカだな、お前…


だろ。そのままでいいんだ』


……
………

あぁ、思い出した。俺だ…俺が言ったんじゃねぇか、アイツに。こんなコトを偉そうに言ったのに、この間俺がに言った言葉は何だった?

<そろそろお前も、少しは大人になれ>

 ごめん…本当にごめん、。俺、お前との大事な思い出、二つも忘れてたんじゃねぇかよ。こんな大事なこと、綺麗さっぱり忘れっちまってた。お前は大事に取っておいてくれていたってのに…。
 今すぐにでもに会いたい。会って忘れていたことを謝って抱きしめて、こっちから約束し直したい。幼いころのあんな小さくて脆い約束なんかじゃなくて、もっと強くて確かな誓いをしたいんだ…。
 任務終了まであと三時間。俺の意識はもうにしか向けられていなかった。


********


 任務も無事に終わり、俺は終了の挨拶もそこそこに全速力での家へと向かう。あいつが家にいるかなんか知らない。だけど今すぐ会わないと、俺の方がもう限界なんだ。オレンジ色に染まり始めた里の中を、ただただ真っ直ぐに駆け抜けた。
 だが家にもいない、受付にもいない、一緒に行った甘味屋にも秘密基地を作った公園にも、どこにも探し求める姿はない。思い当たる節はつきそうになってもじっとなんかしていられず、里の中をひたすら走る。

 息を切らして走り続けて小一時間。どんな小さな場所でも思い当たる場所を片っ端からあたっても、あの小さな姿は見つけられなかった。正直、もう当てなどない。今まで簡単に会えていた相手。どうしてこんなにも会えなくなってしまったのか。俺のせいだ。会いたいんだ。何でいねぇんだよ…。

「くそっ…」

 輝きだした一番星を見上げて小さく吐き出す。すると微かだが、目の前に広がる川辺から確かに声が聞こえるのに気付いた。その声の元を探ろうとゆっくり歩く。どうやら小さな鼻歌のようだ。近づくにつれて心臓が高鳴る。確かに耳に響くのは、ずっと探していたの声。ずっとずっと聞きたかった、馴染みのある声。久しぶりのその声に、思わず胸が詰まった。
 自身は寝転がっているようで、ここからだと見えない。寝転がりながら、悲しげな鼻歌交じりに傍に生えていた花を摘んでは小さな冠を作っていた。

「何の歌だ、それ」
「!?」

 突然降ってきた俺の声に驚いたように上半身を上げ、その動きによって胸の上にあった冠がパサリと落ちた。は視線を下げたかと思うと、あの時と同じように口の端を上に上げて笑顔を作って答えてきた。

「何でしょうか?気が付いたら歌っていたので」
「…そか」

 さも当然のように隣に座る。でも俺の心の中は悲しみでいっぱいだった。心が痛い…久しぶりの会話なのにこいつのこの張り付けたような笑顔が切なくて、話し方が苦しくて、せっかく見つけたのに声が出ない。
 そんな俺を余所に、は冠をそのまま草の上に置いて立ち上がると、スカートを叩いてまたあの偽物の笑顔を向ける。

「それでは私は帰りますね。失礼いた…」
「待てよ」
「…」

 立ち上がったあいつの腕を下からしっかり掴む。久しぶりに触れたの腕は細くて柔らかくて、今にもすり抜けられそうな気がしてぎゅっと掴んだ。は驚いた顔をしたが、まるで絵のように変わらない笑顔のまま言葉を続ける。

「奈良先輩、そろそろ帰らな…」
「何だよ、それ」
「……」

ずっと違和感の感じていた『奈良先輩』。それを耳にして、俺の口はやっと動き出した。

「何だよ『奈良先輩』って。俺はお前にそう呼ばれたいわけじゃねぇ!」
「!!!」

 の体は小さく揺れ、目をぎゅっと閉じていた。一か月前のあの日と同じように大きな声を上げたことで、また怖がらせてしまっただろうか。

「違う…違うんだ。違うんだよ…」

 謝りたいんだ…怖がらせたいんじゃない、謝りたいんだ…。そんな思いが溢れているのに、言葉は喉を突いて出てはくれなかった。


********


 突然腕を掴んだかと思ったら、そのまま俯いてしまったしーちゃん。初めてみるこんなにも弱弱しいしーちゃんが心配になって、思わず声を掛けそうになる。でも今声を掛けたら、私はきっと壊れる。今しーちゃんの傍にいたら、私はきっと離れたくなくなる。そう思って握られていた左手を無理矢理放そうと、右手を添えて指を開かせようとする。右手を当てた瞬間、勢いよく顔を上げられた。今にも泣き出しそうな、しーちゃんの顔。私ももう苦しくて限界で、ゆっくり指を開かせようとした。
 でも次の瞬間、握られていなかった右手も勢いよく掴まれ引かれて、気がついたら体すべてがしーちゃんの強くて暖かな腕の中にいた。

「!!しー…奈良先ぱ…」
「離さねぇ」
「!?」
「離せないし、離したくねぇ。離そうとすんな」
「…しーちゃん…」

 久しぶりのしーちゃんの腕の中。今までずっと幸せな気持ちを与えてくれていた彼のぬくもりと匂いは、今の私にとっては毒薬だ。私はやっと離された腕を動かし、彼と距離を置こうと胸元にもっていこうとした。

「ごめん」
「…え?」
「ごめん、…ごめん…」

 私の動きを予想していたのか、距離を作ることなんかできないくらい頭と腰に腕をまわして、力強く抱きしめてくれているしーちゃん。その間もずっと私に謝り続けていて、その度に胸が締め付けられた。そして気がついたら、私の頬に暖かなものが流れていた。私の首筋にも、しーちゃんの暖かなモノを感じる。しーちゃんの涙なんて、いつ振りだろうか。

「『妹』なんて思ってねぇ」

 私の耳の後ろで、小さく、けれどはっきりとしーちゃんが言葉を紡ぐ。

「『大人になれ』とも思ってねぇ」
「『だ、そのままでいいんだ』」
「!!」
「先輩なんて呼ぶな。いつも通り笑え。お前らしく『しーちゃん』って呼べ…」
「っっ!!!」
「俺は…そのままのお前が好きなんだ…」

 私の視界は大きく霞んだ。涙が溢れて…前が見えない。しーちゃんを見たいのに、全然見えない。しーちゃんを感じたいのに、涙で歪む。私の知ってるしーちゃんが帰ってきた…大切な思い出、思い出してくれた。妹じゃないって…好きだって言ってくれた。嬉しくて、この思いを伝えたくて、私は下に垂らしていた両腕をそっと前に持ってくると、やっとしーちゃんを抱きしめ返した。そうすることによってさっきよりももっと近くにしーちゃんを感じることが出来て、涙が余計に溢れ出た。

********

 しばらくするとだいぶ落ち着いてきたの体を少しだけ放して、その頬を流れる涙を拭う。そして目の前にある柔らかなクリーム色の頭に手を回して額同士を合わせると、俺は思い出してからずっと言いたかったことを伝えることにした。

「お前、俺の嫁になんだろ」
「!!!」
「絶対なんだろ…この約束は消えてねぇよな?」
「約束、思い出したの?」
「あぁ。ごめんな、遅くなって」
「うん…うんっ…」

 そう言ってまた泣きだした。泣かしてばかりだが、この涙さえも愛おしい。俺はの額に優しく口づけを落とすと、再び包み込むように強く抱きしめた。

、もう一度約束しよう」
「?」
「…いや、約束じゃもう足りねぇ」
「え?」


―…お前を俺の奥さんにするって誓うよ…。


 そう言った瞬間、は昔みたいに泣きながら…けど今まで見たことないような綺麗な顔で笑った。

........
.....
...

「しーちゃんっ!今日は一緒に帰ろうねっ!」
「今日『も』だろ、お前」

 あれから数日後、は以前のように俺に纏わりつくようになった。それはもう任務前だろうが任務後だろうが、受付だろうが待機所だろうが…。一緒にいることが多くなったからか、最近になって仲間内では例の標語が戻って来たらしい。それはそれでアイツを狙う変な虫もつかねぇし、まぁいぃか。
 目の前でくるくると変わる表情を見ながらそんなことを考えていた矢先、可愛い彼女は今度はここ、待機所内でまたしても爆弾発言をかましてくれた。

「しーちゃん、私そろそろキスより先に進みたいっ!」
「!!!おまっ、ちょっ、こんなトコで何言ってんだよっ!」
「ちょっとっ!私の妹に何てことしてんのよっ!」
「おじさんが聞いてたら確実に殴り飛ばされてるね、シカマル」



 俺の彼女は幼馴染みで、俺のコトが大好きで、甘ったれ。小さな約束をずっとずっと守る、可愛くて愛おしい存在。
 これからもお前となら築いていける気がする。
 未来へと広がる、優しい時間・優しい思い出。

スイートピー 【優しい思い出】