
の様子がいつもと違ったあの日。俺はとんでもないコトをしてしまったようだった。それまでは毎日嫌って程会って飽きる程名前を呼ばれていたのに、あれ以来ぱったりと会うことが無くなってしまった。何か物足りなくて、どこか寂しく感じたりして…気付けば目でアイツを探すようになっていた。
そして久しぶりにあったの第一声は今までの近しいものとは全然違う、形式ばったものだった―…。
スイートピー U
一ヶ月前のあの日、俺はいつも通りちんたら商店街を歩いていた。これから砂の国の遣いで来ているテマリとプラプラするのだ。これも任務の内。じゃなきゃこんなめんどくせぇことしねぇっての。でも五代目が「女性相手に『任務で案内をする』だなんて無礼なことは決して言うでないぞ!」と念を押されているため、これはあくまで俺個人の行動ということになっていた。
待ち合わせ場所まで辿り着き時間が来るのを待っていると、少し先の店先でテマリがじっと店内を覗いているのが見えた。
―…待ち合わせ場所はここだし、まだ時間もある。買いもんでもすんのか、あいつ。それならここで待つか。そのうちここに来んだろ。
そんなことをのんびり考えていると、テマリとは反対の方向から毎日聞いている声が響き渡った。
「あっ!しーちゃん!!」
中忍である俺をこんな風に呼ぶのは、幼馴染みであるしかいねぇ。十六にもなってこの呼び方は恥ずかしいから止めろ、と何度も言っているが あいつは絶対止めようとはしなかった。「しーちゃんはいくつになってもしーちゃんだもんっ!」とか何とか言って…相変わらずガキっぽいっての。振り返るとそんな可愛い一つ年下の幼馴染みが視界に入って、俺は無意識のうちに笑みを浮かべていた。
「おー、昨日振りだな、」
そう言い終わるか終らないかのうちに、すごい勢いでが抱きついてきた。その衝撃に多少痛みを感じながらも、相変わらず全身で甘えてくるコイツを可愛いと思ってしまうのも無理はないだろう。小さい頃からずっと一緒のヤツ。俺に一番懐いてるヤツ。こうやって年を重ねても、幼いころから何も変わらずに抱きついて来るこの関係が、すごく嬉しいと思う。久しぶりに抱きつくコイツをちゃんと受け止めて、嬉しそうにひっついてくる様子を上から眺めていた。そして勢いよく顔を上げたかと思うと、もの凄くキラッキラした瞳で話しかけてきた。
「しーちゃんしーちゃん!あのね、今日の…」
「すまん奈良、遅くなった」
テマリの声がして、はっと意識が戻る。危ねぇ、これから任務だってすっかり忘れてた。キラッキラしていた瞳に影が出来たのも知らずに、俺は視線をテマリに移してお前は悪くねぇって事を説明する。
「気にすんな。一応お前の姿見つけてたんだけどよ、勝手に待ってただけだ」
「声をかけてくれればよかったろう」
「いや、何か店の前で見てたから買いもんでもすんのかと思ってよ」
「ありがとう」
テマリはさっぱりしているし、はっきり言って強い。木の葉にはなかなかいないタイプのくの一だと思う。年も一つ上のせいかしっかりしてるし、こいつと一緒にいるともっとしっかりしなきゃいけねぇな、なんて思うことばかりだ。そんなテマリのことを、俺は嫌いじゃなかった。
「ところで、その娘は誰だ?」
「おー、こいつはいのの妹で…」
「山中です」
「か、いい名だな。私はテマリだ。よろしくな」
俺がを紹介しようとすると、アイツは自分でちゃんと名前を言った。少し前までは俺がいなきゃ何も出来なかったのに…もう十五だもんな、こいつも。成長を少し淋しく感じながらも、当たり前なんだ、と自分に言い聞かせた。
―…それにしても、コイツほんとにテマリの二つ下か…?
自分に抱きついてテマリに頭を撫でられているが、すごく幼く見える。今は抱きつかれていて顔は見えないが、童顔丸顔で背が低く落ち着きのないと、大人っぽい雰囲気と顔立ちのテマリ。そもそも比べること自体が間違えている気がする。そんなコトを考えていると、抱きしめる力が少し強くなった気がして、俺は小さく笑った。
「ところで今日はどこへ行くんだ?」
「おー、今日は任務じゃねー。その辺プラプラ」
「プラプラって…いいのか、そんなんで」
「いいんじゃねぇの、たまには。お前いっつも眉間にしわ寄せて忙しそうだからよ」
「奈良に言われたくないわっ!」
テマリがいつも難しそうな顔をしていることの多いのは事実だ。一方自分の眼下で真正面から抱き着いてきているコイツはどうだ。いつもニコニコ明るい顔をしている。素直に羨ましいと思う。
「んじゃ行くか…って、離れろ」
「やだ」
「歩けねぇよ」
「…」
は小せぇ頃から時々我儘になる。それが例えどんな小さなことであろうが、自分がこうと決めたら絶対変えないのだ。良く言えば『自分の意見をしっかり持っている』、悪く言えば『めちゃくちゃ頑固』。しかしこれでは俺の任務が遂行できない。任務の邪魔はされたくねぇ。下忍のお前でもそんなもんわかるだろ。最初は可愛いと思っていても、いくら言っても離れないに、俺はイライラして来た。そんな様子にテマリは気を遣ったのか、小さく笑ったのが見えた。
「おぃ、どけって」
「…」
「…はぁ〜…」
の顔は見えない。これではただのわがままだ。俺は思わず頭に手をそて、大きくため息をついた。その間にもの腕はきゅっと力が入る。まるで「絶対離さない」と言っているようだ。
しばらくすると、テマリが言った。
「構わんぞ、奈良。今日は一人で散策してみる」
「いや、そんな中途半端な事は出来ねぇよ。俺が案内する。、離れろ」
「……」
「私は大丈夫だ。今日はその子と一緒にいてやれ」
「いや、こいつの我儘を通すわけにはいかねぇよ。っ!!」
強めに名前を呼ばれ、華奢な肩が小さく揺れた。記憶にある中でもを強く窘めるのは初めてかもしれない。言っても離れないに俺はイラつき、目の前で背中に回されている腕を力強く掴んだ。その瞬間、は痛みに声をあげた。
「…痛っ…」
「…いい加減にしろよ」
「!!!」
俺が本気で放った言葉に、の体がビクリと跳ね上がったのを感じた。普段叱るのはいのの役目だったから、俺が本気で怒っていると伝わったはずだ。いくら幼馴染み相手だからって我儘を通すわけにはいかねぇ。グッとの肩を押して引き剥がそうとするが、力が相当入っているらしくうんともすんともいわない。その頑固さが余計こいつの幼さを際立たせているような気がして、さらにイライラが募ってくる。
「おぃ奈良、彼女に向かってそんなキツく言うことないだろ」
ひたすら引き離そうと力を込めていると、テマリがこんなことを言ってきた。彼女?こいつが?小さいころから一緒なんだ、そんなん考えたことねぇよ。俺はイライラしていることもあって、少しキツく言ってしまった。
「彼女?違ぇよ、こいつは妹みたいなもんだ」
「!!!」
「、そろそろお前も少しは大人になれ」
「……」
《しーちゃんは、忘れちゃったんだね…》
小さいけれど確かに聞こえたその言葉を聞き返そうとした瞬間、今までちっとも動かなかったの腕がいきなり外れて、今までの押し攻防が嘘のようにその小さな体がすっと離れた。俺の体の前半分に、突然冷たい風を感じる。するとあいつはいつも通りの笑顔を浮かべた。けれど何かがおかしい。
「ごめんなさい、テマリさん。もう大丈夫ですから木の葉をいろいろ回って楽しんでください」
「あぁ…ありがとう」
「しーちゃんもごめんね。ちょっといろいろあってさ、つい兄貴分に甘えたくなっちゃったみたい」
「………」
「では、私はこれで!」
兄貴分…そんなの、お前に初めて言われたぞ。何かおかしい。『何が』と言われたらよくわかんねぇけど、確かに今目の前にいる彼女の『何か』がおかしいのだ。それに何だよ、この急な変わりようは。この一瞬で何があったんだよ。忘れたって何を?俺、何か忘れてることでもあったか?そう思わずにはいられないでいると、は俺達の横を振り返りもせずに駆けて行ってしまった。
最後に見せたこの違和感ありまくりな笑顔が、しばらく俺の頭から離れることはなかった。
********
あれ以来の姿を見ることは無く、一ヶ月が過ぎようとしていた。商店街を歩いていても家の前を通っても、アイツの姿を見ることはこの一ヶ月一度も無い。
―…任務の邪魔をされてイライラしたからって、年下のアイツに「大人になれ」は言い過ぎたかもしれねぇ……。
いくら間違ったことは言ってねぇと思っていても、こうも会わない日々が続くと罪悪感が募っていく。俺は次に会ったらちゃんと話して、少し強く言ってしまったことを謝ろうと思っていた。けれど会わない…今まで毎日会っていたのが嘘のように、アイツと一切会わなくなってしまったのだ。いつも待ち伏せされていた曲がり角や川辺の昼寝場所、昼食時によく一緒に行ったそば屋など、いつも通りの生活を送ってもアイツの姿を見ることはない。この時俺は初めて、毎日会えていたのはアイツが俺に会いに来ていたからだ、と知った。
外に出るたび、いつの間にか俺の方が気配を探るようになっていた。こんなに会っていないのは初めてだ。今まで聞いていた声が聞こえなくなるだけで、こんなにも不安になり、淋しくもなるものなのか。もし、いのと同じ期間だけ会わねぇとなると、やっぱ同じような感情になるのか?いや、ならねぇ。だから淋しいと思うし、だからこんなにも会いたいと思うんだ。離れて気付いたへの特別な感情。離れてわかったの優しさ。会いたい、姿が見たい、声が聞きたい…そんな俺の願いは届かず、時間だけが無情にも過ぎて行った。
そんな中、ついに俺は前を歩く中忍くの一の中にを見つけた。アイツの顔を見た瞬間、今まで感じたことのない愛しさが込み上げてきて、思わず泣きそうになる。しかしの身につけているベストが目に入り、思わず眉間に皺が寄る。少し前に「しーちゃん、中忍の任務って怖いし、私中忍にならなくてもいいかなぁ?」なんて言ってたくせに、何勝手に中忍になってんだよ。そんな話、聞いてねぇよ。
今までのことなら何でもわかっていたのに…一番わかっていたのに、少し会わないだけでわからないことが出来ていく。この事実がすごく悲しくて、気がついたら俺はまでの距離を一気に縮め、思い切り彼女の肩を掴んでいた。
「っ!」
「!?」
は驚いた顔をして俺を見つめる。周りから注目を浴びていたが、そんなの今の俺には関係ない。思い切り眉間に皺を寄せた俺を見る。元々小さいの体が、更に小さくなったように感じた。それがさらに切なく感じて、俺は一か月前の話を切り出そうとした。
「、この間の…」
「何か御用でしょうか、奈良先輩」
「…は?」
久しぶりにあった幼馴染みは聞き慣れたその声で、今まで聞いたこともない呼び方で俺を呼んだ。奈良…先輩?何だコイツ、何言ってんの?固まる俺に、は見たこともない大人びた顔をして俺に話し続ける。
「特に用が無いのなら失礼いたします。これから任務がありますので」
そう言っての肩にあった俺の手をそっと動かして、どんどん視界から小さくなっていく。俺はその姿をただ呆然と見つめることしか出来ず、その場から動くことさえも叶わなかった。
確かに感じたこと、それはアイツの心も体も、俺から離れて行ってしまったということだけだった―…。