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、おーきくなったらしーちゃんとけっこんする!」

私と彼の優しい時間・優しい思い出。
絶対にそうなるものだって、ずっと信じてた。
この小さな約束、今でも有効だって信じてもいいですか―…?

スイートピー T


「あーー!!シカマルとテマリさんまた一緒だしっ!」

 私だって一応中忍、昨日だって遅くまで頑張ったんだからまだ寝ていたいのに、店番をしているのであろういの姉の悪夢のようなこの声で一気に目が覚めた。一番聞きたくない名前のセットを耳にして、今日の目覚めは最悪だ。

 しーちゃんこと奈良シカマルは、私たち姉妹の幼馴染み。私はみんなより一つ年下だけど、いの姉もチョーくんもしーちゃんも、いつも私を仲間に入れてくれた。そりゃたまに体力の違いや学力的なこととかで話についていけなくなることもあったけど、小さい頃からしーちゃんは私にすごく優しかった。そんな優しさが嬉しくて、いつも呆れたようだけど真っ直ぐに見てくれるその瞳が嬉しくて…。子供ながらにしーちゃんが大好きだった。
 だからあのスイートピー畑でのピクニックの日、うちの両親としーちゃんの両親、さらにはチョーくんの両親の前でちゃんと宣言したんだ。

、おーきくなったらしーちゃんとけっこんする!」

って。その瞬間お父さんはシカクおじさんに殴りかかるしお母さんとヨシノおばさんは笑いだすし、チョーザおじさんは「じゃあいのちゃんをうちの嫁に…」なんて話してた。みんな笑ってて、大好きなみんなが笑顔で溢れてて、幼心に私の気持ちが受け入れられたようですごく嬉しかった。そしてしーちゃんは恥ずかしそうに…でも確かに嬉しそうに笑いながら、私の頭をそっと撫でてくれた。

 でも、現実は残酷で―…。そんな暖かで優しい時間は、成長するにつれてどんどん遠い記憶へとなっていく。ちょっと前まではしーちゃんのいるところにはいつも私がいて、「探すならシカマル探せ」っていう標語まであったのに、最近ではその言葉も聞かなくなった。代わりによく耳にするようになったのは、前までは私の名前が入ったセリフ。

「シカマルならさっきテマリさんと一緒にいたよ」
「あー、奈良くんならテマリさんと…」
「シカマルならテマリさんの所に…」

 誰もが決まり文句のように二人の名前をセットにした。わかってる…わかってるよ?テマリさんが任務で木の葉に来てて、それをもてなしてるのがしーちゃんだってくらい。だから最初は我慢出来た。私にはあの『約束』がある。大丈夫だって信じてこれた。忙しそうでもたまに会うしーちゃんの優しさは変わらなくて、あの約束を覚えてくれてるって信じていられた

 けれど一ヶ月前のあの日、ついに知ってしまった。しーちゃんの本当の気持ちを。


********


「あっ!しーちゃん!!」
「おー。昨日振りだな、

 一か月前のあの日。任務に行くのだろうか、しーちゃんはポケットに手を入れて一人、ベスト姿のまま商店街を歩いていた。私は久しぶりに見る『一人で歩くしーちゃん』が嬉しくて、思いっきり抱きついた。昨晩ちらっと見た時はやっぱりテマリさんと一緒で、任務中なのだろうと思って声かけられなかったんだもん。それでもちゃんとしーちゃんは私に気付いてくれて、勢いよく手を振る私に軽く手を挙げて応えてくれた。抱きついた瞬間しーちゃんは「危ねっ!!」と言いながらも、ちゃんと受け止めてくれる。私は小さい頃からずっと知っている彼の温もりを体中に感じることができて、ここ最近ずっと胸の奥で燻っていた不安が一気に飛んで行った気がした。

「しーちゃんしーちゃん!あのね、今日の…」
「すまん奈良、遅くなった」

 抱きついて話していた私の言葉を遮って、今一番聞きたくない女の人の声がしーちゃんを呼んだ。私はしーちゃんの服をきゅっと握ると、背中越しからその人を睨む。

「気にすんな。一応お前の姿見つけてたんだけどよ、勝手に待ってただけだ」
「声をかけてくれればよかったろう」
「いや、店を覗いてたし買いもんでもすんのかと思ってよ」
「ありがとう」

 そう言ってふわりと微笑んだ女の人―…テマリさんは、同性の私から見てもすごく大人で、すごく綺麗。二人の雰囲気も何となく『大人』な感じがして、私は入り込めないような空気。今までしーちゃんはずっと私と一緒で知らないことなんか何一つなかったのに、この時初めてしーちゃんを『知らない男の人』のように感じた。

「ところで、その娘は誰だ?」
「おー、こいつはいのの妹で…」
「山中です」
か、いい名だな。私はテマリだ。よろしくな」

 そういってまたあの綺麗な笑顔を見せて、細くて大人っぽい手を伸ばしてきた。私は素直にその手を掴み返すことが出来なくて、しーちゃんを抱きしめる力をさらにきゅっと込めた。そんな私を見てテマリさんはちょっと淋しそうに笑うと、そのまま私の頭を優しく撫でた。払い落したい衝動にかられたけど、グッとこらえた。テマリさんは何も悪くないんだから…。
そんな私の様子を、しーちゃんは不思議そうに見ていた。

「ところで今日はどこへ行くんだ?」

 その声と共に私の頭からそっとテマリさんの手が離れ、しーちゃんへと近づく姿が目に映る。私がどんなにこれ以上近づかないでと思っても、それは叶わなかった。

「おー、今日は任務じゃねー。その辺プラプラ」
「プラプラって…いいのか、そんなんで」
「いいんじゃねぇの、たまには。お前いっつも眉間にしわ寄せて忙しそうだからよ」
「奈良に言われたくないわっ!」

 何よこの会話。まるでカップルの会話みたい。やめてよ、聞きたくない…。楽しそうに笑うテマリさんの綺麗な笑顔が、しーちゃんを『好きだ、好きだ』って言っているように見えてくる。離れないで。置いて行かないで。私のわかんない話しないで。私のしーちゃん返して…。

「んじゃ行くか…って、離れろ」
「やだ」
「歩けねぇよ」
「…」

 嫌だ、離れたくないと心が言っている。だから私はきゅっとしーちゃんにしがみつく。力を籠めるとしーちゃんは少し驚いたのか体が小さく揺れたが、それと同時に彼の身に纏う空気が一気に重くなったのを感じた。

「おぃ、どけって」
「……」
「…はぁ〜…」

 頭に手を添えて、呆れたようにため息を吐いたしーちゃん。それを微笑ましく見てくるテマリさん。わかってる…わかってるよ?離れなきゃいけないことくらい。これが子供じみた行動だってくらい、ちゃんとわかってる。でもねしーちゃん、離したくないんだよ。離れたくないんだよ。私はしーちゃんと、今まで見たいにずっと一緒にいたいんだよ…。
 そんな思いでひたすら抱きついていると、テマリさんの落ち着いた声が耳に入って来た。

「構わんぞ、奈良。今日は一人で散策してみる」
「いや、そんな中途半端な事は出来ねぇよ。俺が案内する。、離れろ」
「……」
「私は大丈夫だ。今日はその子と一緒にいてやれ」
「いや、こいつの我儘を通すわけにはいかねぇよ。、離れろ」

 私は返事の代わりにさらにきゅっとしがみつく。するとしーちゃんはしばらく黙っていたけど、急に私の腕を力強くつかんだ。

「…痛っ…」
「…いい加減にしろよ」
「!!!」

 その声は低く、私の体中に響き渡った。以前私が絡まれた時、本気で怒って相手に放っってくれた音と同じだ。久しぶりに会えたのに怒らせるなんて、悲しいし寂しいし切ないし…それに怖い。でもこの手を放したら、しーちゃんはテマリさんと一緒に行っちゃうんでしょ?任務でもないのに一緒にお散歩とかしちゃうんでしょ?嫌だよ、そんなの嫌…。
 きゅっと抱きしめている私を無理に引き剥がそうするしーちゃん。私は意地でも離れまいとへばりつく。物分かりの悪い女と思われても構わない。今しーちゃんから離れたらテマリさんに取られてしまう、そう思ったから。でも次の会話で、私はすぐにでもこの場を立ち去りたくなった。

「おぃ奈良、彼女に向かってそんなキツく言うことないだろ」
「彼女?違ぇよ、こいつは妹みたいなもんだ」
「!!!」
、そろそろお前も少しは大人になれ」
「……」

 妹…か。やっぱり私だけだったんだね、あの約束を信じてたのは。一方的に約束しただけだもんね。しーちゃんはあの時「うん」とは言わなかったもんね。それでもずっと一人で大切にして…バカみたい。しーちゃんにしてみれば最初からあの約束がないんだもん、私がずっと付きまとってたら迷惑だよね。
 それに大人になれ?何よそれ。しーちゃん、前に言ってくれてたじゃん。早くみんなと同じになりたいって駄々捏ねてる私に『。そのままでいいんだ』って。しーちゃん、今でも私は私だよ?しーちゃんとこれからも一緒にいるには、大人になる必要があるの?苦しい…わからなくて心が苦しいよ、しーちゃん。

…しーちゃんは、忘れちゃったんだね…

 小さく口にすると耳から言葉が入って、もうしーちゃんは私の知ってる『しーちゃん』じゃないんだって一気に自覚した。一人大人になった『しーちゃん』。私の知らない『しーちゃん』…いや、『奈良先輩』。
 悲しみから一気に力が抜けて、しーちゃんが押していたせいもあって私の体は勢いよく離れる。今までにないくらいの悲しみが襲ってきていて、足に感覚が入らない。喉が詰まって苦しくて…今にも潰れそう。それでも無理矢理口の端を上へ持っていき、いつも通りの笑顔を作ってしっかり彼らを見て言った。

「ごめんなさい、テマリさん。もう大丈夫なので、木の葉をいろいろ回って楽しんでください」
「あぁ…ありがとう」
「しーちゃんもごめんね。ちょっといろいろあってさ、つい兄貴分に甘えたくなっちゃったみたい」
「……」
「では、私はこれで!」

 思ってもいない言葉がスラスラと口から出てきて、自分でも驚く。そして頭を下げると、そのまま二人の横を走ってすり抜けた。涙を見せるな、絶対見せるな…。私はまるで敵を追われているかのような早さで家まで駆け抜けた。とにかく二人から離れたくて、全速力で走り続けた。そしてやっと辿り着いた部屋の中で、私はこの十五年間分の涙を流した。


*******


 あれから一ヶ月。私はしーちゃん…いや、『奈良先輩』とは会ってない。いや、会ってはいるのだけど、前のようには話せなくなってしまった。抱きつくなんてとんでもない。呼び方だって変えた。「しーちゃん」なんて子供っぽくて慣れ慣れしいじゃない、妹みたいなもんなのにさ。それにあの後すぐに私も中忍になって、実質先輩と後輩だもん。こっちのほうが良いに決まってる。最初の頃は違和感があったけど、仲間内で使っているうちに慣れてきた。みんな『奈良先輩』って呼んでるし。奈良先輩も最初聞いた時はびっくりしてたけど、今は返事をしてくれるようになった。

―…これでいいんだ。あんな約束、最初からなかったんだ。私が大人になれば、それでいいんだ。

そう思い続けることでしか、私の中の優しい思い出は消えてくれなかった。