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 隊舎から見える葉が一斉に色づき始めた頃。 朝一番に執務室の窓を開けると、冷えた風が部屋の温度を一気に下げた。こうも寒いと現世にいる病と闘う少女が心配になる。

「このところ一気に冷えましたね」
「そうだな」
、元気ですかね?」
「さぁな」

 ひと月前に初めて会った。隊長がこっそり会っていた、霊力がずば抜けて高い少女。その霊力の高さに一目見て「この子だ」とわかった。でも周りには隊長の霊圧がまるで彼女を守るかのように張っていて、必要以上に周りに漏れないように制御しているのが見て取れた。
 彼女は病気のようで、可憐な表情とは相反する顔色で迎えてくれた。柔らかな部屋の雰囲気には似合わない沢山の薬と点滴袋が見て取れる。帰り道すがら隊長に尋ねれば「あと数ヶ月と言われたようだ」と教えてくれた。
 闘病中の彼女にとって日に日に強くなるこの寒さは、きっと体に堪えるだろう。隊長も気にしていない素振りをしているが、内心を心配していると思う。仕事がひと段落したら今晩顔を見に行きませんかって言ってみようかしら。
 そんなことを考えていると、紅葉を見ていた隊長が視線を私に向け、頭を掻きながら少し言いにくそうに言った。

「…今晩、少し抜ける」
「!!奇遇ですね、今晩現世行きませんかと言おうと思ってました!に夜行くって連絡して来ますね!」
「真っ直ぐ帰ってこいよ」
「もちろんです!さっさと仕事終わらせて会いに行きましょう!」

 今日はなんの美味しいものを買って行こう、そう思いながら私は彼女の元へ地獄蝶を飛ばしに執務室を出た。それにしても隊長ってば、やっぱりのことを気に掛けてるのね。何だか微笑ましくて、小さく笑いがこぼれた。


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 真面目に仕事を再開してしばらくした頃、執務室に一つの幼い声が響き渡った。

「ひっつー、いるー?」

 ガラガラと外側から窓が開けられ、小さな手が窓枠にかかる。そしてひょいっという音とともに十一番隊副隊長が窓から入ってきた。

「あら、やちるじゃない」
「扉から入れ、草鹿」
「いーじゃん別にー!」

 こっちの方が近いんだし、というと慣れたようにソファへ飛び乗る。そして足をプラプラさせながらお菓子を要求した。隊長は眉間に皺を寄せ彼女を睨むが、やちるはそんなの気にしない。私はそそくさとお茶と煎餅を持って来ようと席を外したが、給湯室にまで隊長とやちるの口喧嘩が聞こえてきていた。

「で、何の用だ?」

 言うことを聞かないやちるに諦めたのか、隊長は眉間に沢山のシワを寄せつつ、目の前の書類を確認しながら声を掛ける。やちるは私の持ってきた煎餅を口いっぱいに頬張りながら、これ剣ちゃんから!とどこからか一枚の書類を差し出した。それは十番隊と十一番隊合同での、東流魂街後半地区でこのところ度々感知する虚の巣窟疑惑についての調査依頼だった。今日の夕刻出発予定で、任務期間はひと月。

「東流魂街…」
「…」

 思い出すのははるか昔の記憶…嫌な思い出。私はその記憶を無理やり頭からはじき出た。

「随分急ですね、人員を直ぐに考えて招集します…って待ってください」
「どうした、松本」

 緊急度はそれほど高い内容じゃないのに、何故今日依頼がきて今日出発なのか。しかもひと月の中期任務。私は少し嫌な予感がして、目の前にいる幼い彼女に一つの質問をした。

「やちる…この書類いつ更木隊長からお願いされた?」

 その言葉に一瞬固まるやちる。そしてお煎餅を数枚抱えていそいそと入ってきた窓枠へ行くと、小さな身体をひょいっと乗せ、振り向いて笑顔で言った。

「一週間くらい前かな!」
「…草鹿ーー!!!」
「じゃ、また後でねー!」

 バンッ!という音と共に閉じられた窓。窓が開いたことにより入ってきた外気よりも、隊長の怒りの霊圧により室温がさらに下がったのは言うまでもない。

 中期任務の場合、最低でも隊長か副官どちらか一人の参加が必須になる。今回十一番隊が要請されたということは、恐らく戦闘もあり得るということ。でもあの十一番隊隊長と副官コンビ(やちるが一人で行くわけがないし、逆も然り)が行くとなると、調査そっちのけで出てくる虚を片っ端から潰しまくるだろう。調査なんて出来るわけがない。そこで戦闘馬鹿の十一番隊の制御及び調査部隊としてうちに白羽の矢が立ったというのが優に想像できた。

「隊長、私が行きます」
「いや、俺が行く。お前は隊を頼んだ」
「でも、が…」

 そこまで言うと仕事が優先だと言われてしまった。まぁ当然といえば当然だし隊長らしい。けれど彼女は先月体調良くなさそうだったし、このひと月の間にもしものことがあったら…と考えてしまう。隊長は考えないのだろうか。それに恐らく、口には出さないがあまり東流魂街に良い記憶のない私を気遣ってくださったのだろう。なんだかんだで優しい人なので。気持ちはありがたいが、どうしても彼女のことが気になってしまう自分がいるのも事実。
 そんな悶々とした思いとは裏腹に隊長は依頼書に署名をし、私に一番隊に渡してくるよう言った。私は仕方なく席を立ち、執務室の扉に手をかける。その時隊長に呼び止められ、言いづらそうに彼から一言二言依頼をされた。その内容に、私は満面の笑顔を浮かべ、執務室を後にした。


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「あ、 乱菊さん!」

 慌ただしく人選を行い任務に送り出したのだが、現世に来る頃には辺りはすっかり暗くなってしまった。深夜にも関わらず起きて待っていたのであろうオレンジ髪の少女は、私が行くとすぐに気付いて笑顔を浮かべた。

「久々ね、。体調はどう?」
「んー…まぁまぁです」

 そういって弱々しく微笑む。でもその言葉とは裏腹に顔色は悪く、その細くて青白い腕には点滴針が刺さっている。明らかに先月よりも容体は悪化しているのが分かった。私が窓からそっと入ると、きょろきょろする。その行動の意味がわかり、申し訳なさが増した。

「ごめんね、隊長、急な中期任務が入って来られなくなっちゃったの」
「…そうなんですね」

 明らかにしゅんとする。でも乱菊さんが来てくれて嬉しいです、そう言って微笑む彼女が可愛くて、私は両手に持っていた荷物を降ろすと、キュッと優しく抱きしめた。華奢な身体からは消毒液の匂いがした。

「冬獅郎、いつ帰って来るんですか?」
「んー、予定ではひと月後かな」
「そんなに長いんだ…怪我とかしないお仕事?大丈夫ですか?」

 心配で彼女の大きな瞳が揺れている。こんな可愛い子にこんな顔させちゃって、罪作りな人ですね、隊長は!

「大丈夫よ、隊長だもの!それともは隊長が虚なんかに負けると思う?」
「…負けません!」

 でしょ、と笑いかけるとは安心したように小さく頷いた。まったくこの子は隊長のこと大好きなんだから。無自覚なのかも知れないし、まだ恋とは呼べないものなのかも知れないけれど。まぁそれは今ここにいない誰かさんと一緒なのかしらね…。

「そんな隊長からプレゼントよ!」

 これぜーんぶ隊長から!というと、私は持ってきた大量の袋をひっくり返した。そこからバラバラと大量のお菓子が転がり落ちる。実はこれ、書類を持って執務室を離れようとした私に隊長が「これであいつが好きそうなもんでも買って行け」とくれたかなりの大金で買ったもの。それを私が綺麗さっぱり使ってあげた。

「こんなにたくさん…!」
「隊長なりに来れなくて悪いって思ってるのよ」
「お仕事だから仕方ないのに…でも、ありがたいなぁ」

 そう言って転がった可愛らしいお菓子の数々を見るは、とても柔らかな笑顔を浮かべていた。この笑顔を見れない隊長は本当に可哀想だなぁ、と思うくらいだった。
 お菓子を食べながら何気ない話をしていると、ふとのベッド脇に並べられたものを見つけた。それ何?と聞くと、はびっくりした顔をして、徐々に顔を赤く染めて小さく言った。

「あのですね、冬獅郎に今までのいろんなお礼に御守りを作りたくって…」
「御守り?何の?」
「冬獅郎が怪我しないようにって…」

 いつものお礼に本当はステキなものを買いたかったんだけど今出歩けないし、かと言って立派なのは作れないんですけど…とシュンとする。既に出来上がった既製品より、断然彼女の気持ちのこもった手作りの方が嬉しいに決まっている。それに、なんてタイミングの良さなんでしょう。

、知ってたの?」
「え?」
「来月は隊長の誕生日があるの」
「!!」

 知らない!いつですか?!それまでに完成させなくちゃ!と喜ぶ。その姿が健気で、私はこの御守りにほんの少しだけ手を加える術を教えてあげることにした。

 それにしてもお互い大事に想いあっちゃってもう!二人のいじらしいほどの思い合いに、お似合いだと感じた。

【十一月】デンファレ 〜お似合い〜


(ねぇ乱菊さん)
(なぁに?)
(私も死んだら、死神になれますか?)
(え…?)
(あのね、私死んだら……)

(少し前までの淡い気持ちから一変、彼女から紡がれる言葉の一つ一つに私は胸を締め付けられた)