
残暑厳しい昼下がり。蝉の声も大分少なくなり、少し秋の匂いがしはじめた頃。そんな香りをまったく感じない消毒液の匂いが広がる病院に、私は一護と一緒に座っていた。
今日は先月受けた検査結果を聞きに大きな病院に来ていて、今はそのお会計待ち中。横に座る一護を見ると、見るからに落ち込んでいた。というのも、結果が正直、あまり良いものではなかったからだ。私は自分の体だからある程度予想できていたし、そりゃ悲しいけどまぁそうだよね、くらいだった。だけど心配して付いてきてくれた、家族を人一倍大切に想ってくれる一護が落ち込んでしまった。私のことを大切にしてくれる気持ちがすごくありがたいし、幸せなことだと心の底から思う。その気持ちが伝わるように、私は下を向いているオレンジ頭を優しく撫でた。落ち込まないで、私は大丈夫だから。すると一護はチラッと私を見て、お前は強いな、と小さく言って笑った。
「黒崎さん、二番受付までお越しください」
名前が呼ばれ、一護が支払いに立つ。私はその姿をぼーっと後ろから眺めていた。一護は病院という場所柄沢山いる人間ではない人たちをさも当然かのように避けて、受付まで向かった。見えない人たちは不思議そうに彼を見ている。その様子がおかしくて、小さく笑った。
私は先ほど一護が溢した言葉の意味を考える。私だって決して強いわけじゃない。みんなが私を愛してくれるから、強くいられるんだよ。いつの間にか背の高くなった一護の背を見ながら、そんなことを考えていた。
会計も終わり、私たちは一気に蒸し暑い空気が肺に入り込む外に出た。私たちは来た時と同じ道を戻るように、のんびりとバス停へ向かって歩く。一護はきっと、真っ直ぐ家に帰るつもりだろう。このまま帰っても私のせいで一護は元気無いままで、でも心配かけないようにきっと隠そうとするだろう。そんなのは私が嫌だ。そう思い、数歩前を歩く私よりも大きな背中をつついた。
「どうした?」
「一護、このまま遊びに行こう」
「は?」
「私は一護と沢山思い出作りたい」
そう言って一護の手を引っ張って歩き始めた。一護は私の体調を心配してくれているみたいだが、全部大丈夫大丈夫と受け流す。長時間は無理だけど、ほんのちょっとの間だけでももってくれ、私の体力。
久し振りに繋いだ一護の手は記憶の中のそれより大きくて、私を置いて成長し続ける片割れに少しだけ切なくなり、きゅっと強く握った。そしたら何か感じ取ってくれたのか、同じ力できゅっと握り返してくれた。こういう時、双子だなって感じて心が暖かくなる。
当初乗る予定だったものとは反対方向へ行くバスに乗り込み、私たちは町に出た。久し振りの都会は人が多い上に、人じゃ無いヤツも多くて目が回る。霊感の強い一護もきっと同じだろう。けれどそんな人混みに紛れると、病気の自分はこの大人数の中のたった一人なんだと実感して、ちっぽけだなぁと感じられた。どこ行くんだ?と言われ、もふもふを見たい私は近場のペットショップに向かうことにした。シロに会いたいなぁ…今度連れてきてって言ってみようかな。
人混みを掻き分けながら最初こそ私があまり乗り気でない一護を引いて歩いていたが、気付いたら一護が私の手を引いてくれていた。きっとそれほど体の大きくない私を気遣ってくれたんだと思う。さらにたまに「大丈夫か?」と振り返る。我が兄ながら、本当に出来た男だ。私が他人だったら絶対惚れてる。一護、彼女とかいないのかな。
「一護、彼女いないの?」
「は?なんだよ突然」
「妹の私がいうのもなんだけど、一護すっごくいい奴だもん。私が他人だったら絶対好きになるのにって思って」
そういうと一護は一瞬目が点になり、その後バーカ、と笑ってくれた。良かった、少しは元気になったかな。
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目的地について私たちは並んでもこもこのもふもふを見る。可愛い、癒される。こんなに愛らしい小さな体で、精一杯生きている。その姿が今の私たちの心に染みた。ふと猫グッズゾーンが目に入り、もふもふの前から動かない一護から少しだけ離れて、ふらりと立ち寄る。シロが気に入りそうなものはないかなぁ、と辺りを見回すと、ちょうど目の前に雪の結晶の形をしたキラキラしたものと銀色のもふもふががついた猫じゃらしを見つけ、手に取る。綺麗な銀色を持つ冬獅郎がこれを手にシロが遊ぶ姿を想像すると、自然と笑みが漏れた。
「あ、ちゃん!」
「…え?」
「黒崎ちゃんだよね?」
「?」
「こんなところで会えるなんて!」
素敵な妄想をしていると突然、名前を呼ばれて振り向いた。目の前にはすごく嬉しそうにしている少年。私の名を口にする彼に覚えがなく、首をかしげる。はて、この少年は誰だろう…何で名前を知ってるんだ?知り合いだっけ…?
私の困惑をよそに、少年は凄い勢いでペラペラと話している。そしてそのまま私の手を取り、歩き出そうとしていた。急な展開で何が何だかよくわからないが、近くに一護がいるここを離れてはいけない。
「ちょっと!やめてください!」
「なんで?折角会えたんだしお茶しようよ!僕、君のことが…」
「誰だ、お前」
かなり機嫌の悪い声が聞こえた瞬間私は力強い腕に引かれ、気付いた時には私は一護の背に隠れていた。彼は突然離れた私の腕と聞こえた男性の声に驚いたようで、目を見開き固まっている。
「く、黒崎一護…なんだ、君もいたのか」
「あ?誰だよ、お前。何で俺のこと知ってんだ?」
「あ、あの僕…」
「まさかお前が冬獅郎か?!」
彼の言葉を遮り、まるで見当違いなことを言った。と、冬獅郎?!んなバカな!似ても似つかないよ!
「違うよ、一護!冬獅郎はもっと…」
「ぼ、僕、君たちと同じ中学の岩井だよ!わかんないの?!」
冬獅郎はもっとカッコいいから!って言いたかったのに、遮られた言葉に私も一護も固まる。目の前には二人と同じクラスで、僕一目見た時から一華ちゃんのことが…と言ってモジモジしている彼。私は数回かつ数時間しか学校に行けてないので、正直知らない人にカウントしてもバチは当たらないだろう。でも一護は毎日行ってるし知ってるはずなんじゃ…そう思い彼を見ると、頭に沢山の「?」を浮かべているのが見て取れた。一護はこういうところあるからなぁ、妹として心配になる。
私ははぁ、とため息をつくと一護の背から出て、岩井くんに話しかける。
「同じ学校とは知らずにごめんね。私、ほとんど学校行けてないから…」
「い、いや!全然!体調大丈夫なの?体弱いの?どこが悪いの?あ、でもその儚い感じもまた可憐なんだけど!って僕何言ってるんだ、ははっ!それよりも僕いつもちゃんのこと心配で、でも家にお見舞いに行くのもちょっと迷惑かなとか…」
私を言葉を遮り、私を見つめながら食い気味に再び話し始めた岩井くん。その勢いに圧倒され少し後ずさる。はっきり言って、怖い。隣に立つ一護はクラスメイトということもあり黙って様子を見ているようだが、明らかにめんどくさそうだ。
「そうだ、この近くに美味しいケーキ屋があるんだ!これから二人でお茶でも…」
「、帰るぞ」
岩井くんがお茶の話を出した瞬間、我慢の限界を迎えたのか、一護が私の手を引き出口へと歩き出した。その眉間には凄いシワ。このお怒りモード一護も怖いけど、マシンガントーク岩井から離れられそうで安心したのは事実だ。私はもうあまり会うこともないと思うが一護は会わざるを得ないので、少しでも関係を改善しておこうと謝罪の言葉を言うため振り向いた。
すると突然、店内に岩井くんの声が響いた。
「ぼ、僕、ちゃんのことが好きなんだ!!」
「「?!」」
その言葉に一護は足を止め、手を引かれていた私も必然的に止まった。お店にいる人たちも驚いた顔をしたり、冷やかしの視線を向けている。そして私は生まれて初めての愛の告白に驚き、目を見開いた。固まる私に一護は眉間に皺をさらに寄せて私を見下ろすと、お前顔赤いぞと言ってきた。うるさい、それどころじゃないんだよ!
そして一護は私の頭にぽんっと手を乗せるとぐりぐり撫で回し、岩井くんに向けて大きめな声で言った。
「悪いな、俺がよく知らねー野郎に可愛い妹はやれねーんだわ!」
じゃあな!そう言うと再び私の手を引き、お店を出た。
【九月】サルビア 〜家族愛〜
(そういや、病院でもお前の周りにヤツらいなかったな)
(うん、私には強靭なお守りがあるからね!)
(お守り…?)
(うん、冬獅郎にもらったの!)
(出たな、冬獅郎!マジで誰なんだよ!今度連れてこいって!)
(いいけど、一護にも見えるのかなぁ…)
(…え…)