
蝉の音が響き渡る執務室。氷を入れたグラスはすぐに水滴が滴り落ち、その暑さを物語る。今は昼休憩も明けて、午後の執務時間中。だが、自隊の副隊長は一向に帰ってこない。この書類の山だ、逃げ出したくなる気持ちもまぁ分かる。だからと言って逃げ出していいわけではないが。
部屋には蝉の音と、カランと溶けた氷の音、シロの寝息、そして自身の走らせる筆の音だけが響いていた。こんな時間も悪くない。
だがしばらくすると、突然眠っていたシロが耳を立てて起きた。その直後、静かな世界をぶち壊すかのような足音が凄い勢いで近づいて来る気配がして、ため息をついた。
「たいちょーーー!!!」
ガラッという音と共に、予想通り松本が入ってくる。その手には新たな書類があるようで、紙を数枚握りしめていた。
「うるせーぞ、松本。シロが起きた」
「あ、シロごめん…って違います!今度こそ説明してもらいますよ!」
これ、どういうことですか?!そう言うと、手に持っていた書類を俺の目の前に押し出す。それを受け取ると書面を確認する。その内容を見てやっぱりこれか、と理解した。
「先月の魂葬者リストの担当者欄に、また隊長の名前があるんです!」
「まぁ、あるだろうな」
「あるだろうな、じゃないですよ!先月も隊長は特に現世任務の予定なかったじゃないですか!なのに何で現世で魂葬してるんですか?!」
いつの間に行ってるんですか?何で行ってるんですか?どういうことですか!そんな声が響き渡る。相変わらずよく喋るヤツだな、そう思い聞き流していた。さっさとこの話題を終わらせ、この書類の山を片付けなくては、おちおち昼寝もしてられない。しかし松本の熱は収まらないらしく、しかもそれだけじゃないですか!と、さらに言葉を続けた。
「三ヶ月前は花、二ヶ月前はシロ、先月は隊主羽織まで破く!今までの隊長ではあり得ない行為の数々です!」
「…」
「仕事だって忙しいのに、最近現世にこっそり行ってますし!一体何が起きてるんです?!」
もういい加減、教えてください!そう訴えてきた。その目は好奇心もあるだろうが、俺を心配している気もあるのも見て取れた。突然名前を出された張本人(シロ)は松本の足元でミィミィ鳴いている。隠す話でもないし、松本には伝えるか。そう思い、俺はの話をすることにした。
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「へー、霊力の抜群に高い女の子ですか!」
「あぁ。しかも俺の腕の傷まで綺麗に治療した」
「そんな人間がいるんですね。びっくりしました」
松本はシロに構いながら言う。その子が花もシロも関わってたと。さらにはいつか虚にやられるんじゃないかと心配で、わざわざ隊長自ら現世に行って様子を見てる、というわけですね。へー。なるほどねー。ふーん…。
何やら物言いたげな目をしながらこちらを見てくる松本。そしてにやっと笑って言葉を続けた。
「で、隊長はそのって子のこと、好きなんですか?」
「は?」
「だって隊長がそんな特別待遇するなんて!その子に惚れたからわざわざ行ってるんですよね?」
その言葉に少し考えてみる。何故俺は忙しい仕事の合間を縫い、わざわざ現世に行き、を気にかけるのか。
「…そういうのとは違う気がするな」
「えー、隠さないでくださいよー!」
いいじゃないですかー、青春って感じで!そういって俺をニヤニヤ見てくる。そうは言っても好きとか惚れたとか、はそういうんじゃない気がする。あの霊力の高さなのに何もわかってない感じも、身体が弱くてたまに儚い感じも放っておけないし、笑った顔もたまに見たくなる…そのくらいだ。
何と言えば伝わるか…そうだ、シロに抱く感情と通ずるものがある。これだと分かりやすいだろうか。
のことを考えていると、ふと思い出すのは最初の出逢い。月明かりで大きな瞳を輝かせていて、最初こそ訝しんだものの、その瞳は純粋に綺麗だった。あそこでが偶然外に目をやらなければ、偶然俺が現世での調査帰りにあそこを通らなければ、そして偶然あそこで虚が現れなければ、今ある繋がりはなかっただろう。
俺が気付かないだけで彼女を気にかける理由は他にもきっとあるんだろうが、そういうのも全部ひっくるめて
「縁、なんだろうな」
「え?」
「なんでもねー」
そう言って小さく笑った。いろいろと考えていたら、あのオレンジ頭を見たくなって来た。今日明日にでも現世に行くか。そう考えているとさて、という言葉と共に立ち上がった松本。そんな彼女を座ったままの俺は見上げる。
「では、出発しましょうか!」
「は?」
「現世!行くんでしょう?」
「…」
「その目はやっぱり、行こうとしてましたよね!私もお伴します!」
「お前はさっさと仕事に戻れっ!」
別に秘密というわけでもないが、何となく見られるのは恥ずかしい気もして、なるべくなら連れて行きたくない。さて、今後こいつに見つからないようどうやって行こう。そう考えると少し頭痛がした。
【八月】クルクマ 〜縁〜
(冬獅郎、久しぶり!ってあれ、なんか疲れてない?)
(…ちょっと変なやつに付きまとわれててな)
(えっ!こないだ貰った強靭お守り、貸してあげようか?でも大事だから大切にしてね!)
(…莫迦野郎、お前が持ってろ)