
梅雨が明けると一気に蝉の声が響き渡る。このところ気候が安定しないせいか体調も良くなくて、ずっと部屋で横になっていた。おかげで全体的に一回り小さくなってしまった気がする。これでも成長期なのになぁ。でも、今日は少し体調が良い。本格的に夏が始まったからかもしれない。
そしてもうすぐ一護の誕生日であり、必然的に私の誕生日でもある。今年も無事に1つ歳を重ねられそうなことに感謝した。来年は迎えられないかもしれない、そう感じているから。だから私はお気に入りの白いワンピースを着て、きっと人生最後となる一護への誕生日プレゼントを買いに行こうと思った。何を贈ろうかとうきうきしながら、夏の匂いがし始めた外の世界に久し振りに足を踏み入れた。
川沿いを歩いてると目の前を猫の親子がのんびり横切った。そういえばシロは元気かな。冬獅郎と仲良くやってるかな。シロって名付けたのも、実は毛色だけじゃなくて瞳の色も冬獅郎の翡翠色に似てたから、なんて言ったら嫌がるかと思って伝えなかった。小さな銀色と白のふわふわが戯れる生活を想像して、ふふっと笑みが溢れる。私もいつか、その仲間に入れるかな。そう考えると死ぬことに対してそんなに恐さはなくなっている自分がいるのに気付いたりもする。まぁ、みんなには言わないけれど。
さて、いつも心配ばかりかけている一護に何を買おうかな。彼の人生において強く残るような、そんなインパクト大なものないかな。そう思いつつ歩いていると、前方に何かが蹲っている。よく見ると小さなおかっぱの女の子。どうやら迷い子のようだ。
「どうしたの?大丈夫?」
声をかけてみるも、幼女は聞こえていないのか微動だにしない。辺りを見回すが、親はいないようだ。私にも妹がいる。しかも双子。その妹よりも小さな子が一人でいたら放って置けない。私はうずくまるその小さな子に視線を合わせるようにしゃがみこみ、肩に手を置いた。
「迷子?お家わかる?」
「……れ」
「え?」
やっと小さく返答があったものの聞き取れず、聞き返す。すると女の子は顔を埋めていた腕からゆっくり顔を上げ、ニタァっと黒い笑顔を向けて言った。
「お主の魂魄…妾におくれ」
「!?」
言葉を発した瞬間私の手を勢いよく引くと、ものすごい速さで走り出す女の子。その手はまるで作り物のように冷たく、尋常じゃない力で腕を引く。この時やっと、この子が人間じゃないと気付いて血の気が引いた。
引かれるがままどこに向かって走っているのか分からなかったが、遠くからカンカンカン…と音が聞こえる。その音で彼女がどこに向かっているのか分かった。踏切だ。
「きゃははっ!!さあ、死ね!早く死んで食べさせておくれ!」
「や、やだっ、行きたくない!やめてっ!」
私は抵抗しようと反対側へ体をひく。でも体力のない私の力では敵うわけがない。周りに助けを求めようとしても、不思議なことに私が見えていないのか一切目が合わない。死ぬのはそんなに怖くない。けどこんな死に方はさすがにイヤだ!
「お願い、やめて!まだ行きたくないの!」
「美味そうな魂魄、妾におくれ!さぁ!」
「いーやーー!!」
ついに踏切が近くに見える。お父さん一護遊子夏梨ごめんなさい、は一人淋しく逝きます!大好きな家族に一言謝り、ぎゅっと目を閉じる。そして覚悟を決めて、電車に跳ねられる衝撃を迎え入れようとしたその寸前、急に身体が浮いた。
「お前、ほんとめんどくせーヤツに好かれるな」
「っ!冬獅郎っ!!」
私を小脇に抱える、私より少し小さな身体。女性を助けるのに小脇に抱えるはないでしょ、と思うけど、今は助かったので良しとする。彼は私を横に立たせる(といっても空に浮いてるんだけど)と、怪我してねーか?と聞いて来た。その言葉に私は五体満足にあるか確認して頷く。うん、大丈夫そうだ。
「お主、返せ!そやつは妾のじゃ!」
「こいつは食いもんじゃねーよ。お前はさっさと尸魂界に行け」
冬獅郎ははいはいと女の子を適当にあしらい、やはり前回と同じく少女の額にポンっと柄尻を当てた。そしておじさんと同じように一瞬にして私たちの目の前から消えていった。
「ありがとね、助かったよ」
「あぁ」
そういうと、冬獅郎はじっと私を見つめてきた。そして腕を組むと、何かを考え始めたようだった。それにしても私、そんなに高くはないけど、今宙に浮いてる状態。死んではいないはずだけど…なんでだ?他の人には見えないのかな?不思議な感覚で、私は足踏みしたりその場でしゃがんで足元に何かないか触ってみた。ってかパンツ!下からだと見えてない?!そう気付くと思わずスカートの裾を押さえる。下から見られてるのか聞きたくて冬獅郎を見た。
冬獅郎は隣でまだ何か考えているようで、先ほどの体制のまま私を見ながら固まっている。眉間には深い皺。整っている顔がもったいない。ただ考え事をしてる彼の邪魔はしちゃいけないと思い、考えが終わるまでは折角のこの機会を楽しんでみよう、と思った。彼に背を向け、まずは一歩足を踏み出してみる。するとまるで地面を歩いているかのように、空の上を普通に移動できた。どうやら歩けるようだ。面白い!もう一歩先も行けるかな、落ちるかな。
そんなことをしていると後ろからビリっと何かが破れる音がして、思わず振り返る。音の発信源である冬獅郎の右手には、緑色の布切れ。
「、これ持ってろ」
そう言って渡された布。何に使うのか、何の為に渡されたのか見当もつかず、目の前で角度を変えていろいろ見てみるが、何の変哲も無い、ただの布だ。でもどこかで見たことあるなぁ…と思いこれを手渡してきた本人を見ると、いつも着ている彼の白い羽織の裾の内側が一部破れていた。
「もしかしてこれ、元々はそこにあったやつ?」
「…あぁ」
破れた部分を指差し、尋ねる。すると冬獅郎はさも当たり前かのように肯定した。見るからに高価そうな着物なのに大丈夫なのかな…でも何のために渡されたんだ?私の疑問を感じ取ったのか、冬獅郎は口を開いた。
「お前が霊魂に好かれるのは、霊力が普通の人間に比べて高いからだ」
「霊力?」
「あぁ。そのお前の霊力に引きつけられて、お前の言う『変なの』が寄ってきてる」
なるほど、要は人より霊力とやらが高い私は幽霊ホイホイみたいなものなのね。だから小さい頃から頻繁に変なのに会ってたのか。なんか納得した。
「で、この布は?」
「それに、変なもん寄せ付けねぇように、俺の霊力を少しだけ入れといた。これ持ち歩いておけば、多少は来ねぇよ」
「なんと…すごいね、ありがとう!」
子供の頃から『変なの』に狙われやすかったから、この強靭なアイテムは純粋に嬉しかった。そして何より、冬獅郎のさっきの難しい顔は私のことを考えてくれていたんだと知り、とても嬉しかった。私はどう身につけようか悩んだ挙句、一つに結わいていた髪にリボンよろしく括り付けた。帰ったら使いやすいように改良しよう、そう心に決めた。
髪につけてルンルンしていると、ふと視界に被れた羽織が目に入った。内側だからさほど目立たないが、当然もらった分だけ一部が短くなっている。それをみて少し申し訳なくなった。
「羽織、ごめんね。破いちゃって大丈夫だった?」
「…元々あいつのせいで破れてたから気にすんな」
それに俺が普段から身につけてるものの一部の方が効果も上がる、と教えてくれた。その言葉を聞いて、なんだか卒業式に彼氏から第二ボタンを御守代わりにもらう彼女みたい、と想像して急に恥ずかしくなり、視線を逸らした。全然そんなんじゃないのに何考えてるんだ、バカ!大体そんな経験ないじゃないか!漫画の読みすぎだ!そうは思うものの、一度思いついた考えは消えなくてどんどん顔に熱が集まる気がした。そんな私を冬獅郎は不思議そうに首を傾げてた。
「そっ、それより、あいつって…」
「あぁ、シロ。あいつここが好きなのか、ここで寝たり爪磨いだりしやがる」
心底うんざりしてるかのような顔をして、羽織を広げる。羽裏の緑が鮮やかに見えるが、目に見えてわかるくらい毛羽立ち穴が空き、さらにところどころに白い毛が付いていた。その様子は普段からシロがそこで寛いでいる様子が簡単に想像できて、私は笑った。それをみて、隣で冬獅郎も笑ってくれた。
【七月】ホオヅキ 〜笑顔〜
(ねー、一護。一護も霊力高いから気をつけろだって)
(は?なんだよ突然。ってか誰が言ってんだ?)
(冬獅郎!)
(出たな、冬獅郎!誰だよそいつ!今度連れてこい!!)
(……)