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「たいちょー、先月現世に行きましたー?」

 梅雨の季節に入り、綺麗に咲きほこる紫陽花も今日は雨に濡れている。そんな中自隊の副隊長、松本が珍しく書類を片手に話しかけてきた。

「なんだ、突然」
「先月の魂葬者リストのこの男の魂葬者の名前、隊長になってるんですよ。覚えあります?」

 現世なんて行く予定入ってなかったですよねー?と聞いてくる。松本は現世が好きだ。自ら率先して現世任務に行くのは助かるが、それは終わった後の買い物やら茶屋巡りやら、本来の任務とは遠く離れたことが真の目的だ。そして大抵予定時間を大幅に後ろ倒して帰ってくる常習者。その分のしわ寄せが毎回俺に来てるのがわかってんのか、こいつは。それにしても普段魂葬者リストなんか確認しないのに、今回に限ってなんて目敏いヤツだと思った。

「…そういえばしたな」
「えー!いつの間に現世に行ったんですか!ずるいですよ、私だって現世行きたいのに!」
「お前は遊びてーだけだろうが!」

 変なとこに気付く前にさっさと仕事しろ!そう言ってこの件を終わらせようとした。しかし松本は懲りずにじっと見てくる。

「…なんだ」
「で、隊長は何しに行ったんです?」
「……」

 雛森が言ってましたよ、この間実家に帰ったらカーネーションがあって、おばあちゃんが隊長からもらったとか言ってたって!隊長が自ら花を贈るとか絶対ないじゃないですか、現世で何かあったに決まってます!何ですか何ですかー!!…という声が執務室に響き渡り、俺はいい加減堪忍袋の尾が切れた。

「何でもいいからお前はその書類の山をなんとかしろっ!!」
「えー、明日の私が頑張りますって!ね、それより現世に行った理由を…」
「うるせー!さっさとやれ!!」

 結局この日は一日ぐちぐち聞いてくる松本を流しながら仕事をする羽目になった。

********

 辺りもすっかり暗くなった定時後。松本は「明日絶対聞き出しますからね!」と言って、飲みに行く約束でもしていたのであろう檜佐木に連れていかれていった。やっと五月蝿いのがいなくなり一息つく。そして疲れた体を休めるためにも今日は真っ直ぐ帰ろう、そう思い部屋を出たが、足は自宅と真逆に進み、気付いた時には現世に降りていた。
 現世もすっかり暗く、和傘に跳ねる雨音が響く。その音を聞きながら、現世に降りる理由ー…の霊絡を探す。その中から探していたものを見つけると、今日も生きてるな、と思う。そしてゆっくり歩き出した。雨の中見えて来たのは、傘もささずにしゃがみこむ小さな身体。俺は自分の差していた傘を傾けて、雨をしのがせる。

「どうした?風邪引くぞ」

 お前、只でさえ身体弱いだろうが。そう言って覗き込むと、の目は赤く、雨とは違う雫で濡れていた。俺は驚き、思わず息を飲む。

「とう…しろ…っ」
「どうした?」
「…死んじゃった」
「は?」

 大事そうに何かを抱きしめながら立ち上がる。その腕の中には、たった今力尽きたばかりの仔猫がいた。元は白色だったであろう毛は泥で薄汚れている。はその仔猫を抱きしめ、静かに泣いていた。

「私が、きた時には…もう弱々しくて…。目に見える怪我はっ、治してあげられたんだけど、でもっ…」

 ダメだった…そう言って泣きながら命の抜けた体を優しく撫でる。その姿はいつも以上に弱々しくて、その気配を感じたのか高い霊力の彼女を狙う面倒くさいヤツらが近づくのがいくつか感じられた。俺が側にいることで一定の距離から近付けないようだが、その数は軽く十を超える。こいつは落ち落ち泣いてもいられねぇな、そう思うと不憫になった。
 あいつらをどうしようかとか、どうしたらは泣き止むのかとか、いろいろ考えながらふと視線を落とすと、足元に白い塊が見えた。それは甘えるように彼女の足元を蠢いている。その正体に気付くと、ふと笑いが漏れた。そして目の前の華奢な肩をつつく。

「…とう、しろ?」
「見てみろ」
「…?」

 彼女の足元を指差すと、あとを追うように泣き顔で自らの足元に視線を落とす。その正体に気付くと、泣き笑いで俺を見た。

「にゃんこ、来てくれた」

 そう、足元には仔猫の魂。まるでにお礼を伝えるかのように、足元で元気にまとわりついている。が治したおかげで怪我も見当たらず、真っ白な綺麗な毛並みでミィミィ鳴いて彼女を呼んでいる。は片手で仔猫の亡骸を持ち、もう片方で頭をそっと撫でた。

「助けてあげられなくてごめんね」

 身体はちゃんと埋めるからね、そう言いながら優しく撫でる。仔猫は嬉しそうにゴロゴロ撫でられている。一通り撫でられると満足したのか、今度はの優しい手を抜け出して俺の足元に来た。そして見上げて一声ミィと鳴いた。こいつ、なかなか賢いようだ。そっと仔猫を抱き上げる。

「冬獅郎?」
「連れてけ、だってよ」
「そっか…ちゃんとわかってるんだね。この子、天国行ける?」
「まぁ流魂街で生きていけるだろ…ってコラ、暴れるな!」

 直前まで大人しくしてたのに突然暴れ出す仔猫。何だ、なにが違うんだ?コイツは何を望んでる?そう思い首元を掴みあげて見つめると、彼(彼女?)もじーっと見つめてくる。その透き通るような緑色の目を見て、俺はコイツの言いたいことが何となくわかった気がした。と同時にため息が出た。

「…はぁ、わかったわかった」
「?」
「コイツ、俺に連れてけって言ってやがる」
「??」

 まだ理解できないは、俺を見ながら小首を傾げる。その様子が少し可愛い、と思ったことは内緒だ。

「つまり、俺の家に連れて行けって言ってる」
「…?!冬獅郎、猫語わかるの?!」

 そういっては目を輝かす。わかるわけねぇだろ、莫迦野郎。でもふと仔猫を見れば、まるでその通りだと言わんばかりに嬉しそうだ。連れて帰れば正直煩いヤツらがいるだろうが、先程まで泣いていた目の前の少女が喜ぶならまぁいいか、と思った。

【六月】シラン 〜希望〜


(そうだ、名前つけなきゃね!)
(そうだな)
(んー…シロ!色も白だし、シロにする!)
(!?)
(シロちゃーん、こっちだよー!)
(ミィ!)
(…まぁ、いいか)