
空には飛行機雲が延びている。青空に引かれる真っ白な線はとても綺麗で、思わず目を細めた。天気の良い日曜日ということもあり、川辺にはピクニックを楽しむ親子がいた。
今日は体調も良く、気持ちがいい。折角なので外に出ようと思い、普段はあまり着られない制服を着てお散歩中だ。今日は母の日だし、お花屋さんでも行こうかな、そんなことを考えながら小さい頃から歩き慣れた道を歩く。横断歩道で信号待ちをしていると、私は声をかけられた。
「ちゃん。久しぶりだね」
制服姿も可愛いねぇ。そうニヤニヤしながら声をかけてきたのは、私が幼い頃からここにいる幽霊。悪い人ではないが、私のことを何度も引っ張ろうとしてくるヤツだ(そう言う意味では悪いヤツか)。私はため息をつくとおじさんを見上げて言った。
「おじさん、もういい加減成仏しなよ」
「いやー、可憐なちゃんをもっと見てたいからね」
「気持ち悪っ!」
そう言ってその場を立ち去ろうとする。いつもはだいたいこれで離れてくれる。けれど今日はおじさんは後ろから私に抱きつき、動けなくしてきた。その瞬間おどろおどろしい気?みたいなものが身体中に纏わりつき、折角体調が良い日なのに気分が悪くなる。
「おじさんっ!やだ、離して!」
「さあ、ちゃん。今日こそ一緒にあの世に行こう」
「やだ!私はまだ行けないの!離して、セクハラ!」
「何やってんだ、お前」
初めて抱きつかれる異性がおじさんなんて嫌だ、そう思ってると頭上から声がして見上げる。そこには白い羽織に銀色の髪、そして刀を担ぐ少年が腕を組んで見下ろしていた。
「冬獅郎!ナイスタイミング!」
「お前、今日は出歩けるんだな」
「うん、今日は体調が幾分良くて。ってか助けて!」
おじさんは冬獅郎を見ると、私を抱きしめる力を強くした。だが冬獅郎がおじさんの肩に手を置き少し引くだけで、おじさんは簡単に剥がれていった。小さい体なのにその力強さはどこから来るのだろうか。でも嫌な気が離れていって、ほっと一息ついた。
「ありがとね、冬獅郎」
「君、その黒服は、いつも成仏しろと言いにくるヤツの仲間か?」
「うるせー。、なんだこいつ」
「この人昔からここにいて、いっつも私を連れて行こうとするの」
「あー…こいつ、このままだと因果の鎖に繋がられるぞ」
いんがのくさり?よく分からないがそう言うと、冬獅郎は刀の柄尻をおじさんにぽんっと押し当てた。その瞬間おじさんは「ちゃん、待ってるよぉぉぉ」と言いながらスッと消えていった。一瞬の出来事に呆然としながらその姿を見届けると、冬獅郎が私を見て言った。
「お前のこと、待ってるってよ」
「…嬉しくない」
「だろうな」
そう言うと、冬獅郎はニヤリと笑った。
「ってか、今おじさんに何したの?」
「魂葬。尸魂界へ送った」
「尸魂界?」
「お前らの言う『あの世』だな」
ふーん、あの世は尸魂界って言うんだ。名前的に案外国際化してんのかな。
「で、お前は出歩いて何してんだ?」
「そうだ、お花屋さんに行こうと思ってたんだった!冬獅郎も行こ!」
そう言って冬獅郎の手を取り、当初の目的通りお花屋さんを目指して一緒に歩き始めた。ぽかぽか陽気が気持ちよくて、さっきまでの悪い気が嘘のようだ。私の後ろを黙って歩く冬獅郎に、私は初めて会った時から気になっていることを聞いてみることにした。
「冬獅郎って、もしかしてただのお化けじゃない?天使とか?」
「はぁ?」
「だって初めて会った時はあのでっかいのやっつけてたし、さっきだってあのおじさん、成仏させたでしょ?普通のお化けじゃ出来なそうだなーって」
「…真逆だな。俺は死神だ」
「死神か!じゃあ冬獅郎は十番目の死神ってこと?」
そういっていつも着ている白い羽織の背を指差す。すると冬獅郎ははぁ…とため息をつくとちげーよ、と小さく言った。
「これは十番隊ってことだ」
「十番隊…ってことは他にも沢山いるってこと?」
「まぁそうだな」
「ふーん…なんか楽しそうだね!」
私も死んだら死神になれるのかな、なんて言うと凄く眉間に皺を寄せられたので、言わなかったことにした。そんなに睨まなくたっていいのに。
しばらく歩くと子供の頃から行き慣れた花屋に着いた。そこで当初の目的通りカーネーションを買うと、一輪抜いて冬獅郎に差し出した。冬獅郎は無言で私を見ている。
「今日は助けてくれてありがとう」
「…いらねーよ」
「ええっ、お礼の気持ちだよ、受け取って。いらなかったらお母さんにでもあげて!」
「…そんなのいねー」
そういうと冬獅郎は私に背を向けて、前を歩き始めた。少し寂しそうに見えたのは、気のせいではないと思う。そっか、冬獅郎もいないんだ。
「一緒だね」
「…お前んとこもか」
「うん。じゃ、家の人は?」
「ばぁちゃんが一人」
「そしたら、そのおばあちゃんにあげて!今日は母の日だよ!」
「母の日?」
「そう、母親に感謝を伝える日。ね?」
おばあちゃん、きっと喜ぶよ。そう言ってカーネーションを押し付ける。冬獅郎は少し考えたようだけど、最後は受け取ってくれた。一輪の花をそっと持って少し笑った冬獅郎は、凄くカッコよく見えた。
【五月】カーネーション 〜無垢で深い愛〜
(お帰り、一護)
(ただいま…なんだこの花)
(母の日だから買ってきた!)
(買ってきたってお前…まさか1人で買いに行ったのか?!体調は?!)
(平気!それに冬獅郎と行ったから1人じゃなかったしね)
(冬獅郎?誰だそれ)
(友達ー!)