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 青空の下、桜が舞う。雲も白く泳ぎ、風も暖かく朗らかだ。十番隊の執務室にも桜の花びらが入り込み、机が薄紅色に色付いた。

「たいちょー!縁側の桜が見頃ですよ!花見しましょうよ、花見!」

自隊の副隊長である松本乱菊は窓から桜を見つめつつ、両手を広げて笑顔で振り返る。その顔にははっきりと「仕事おしまい!」「宴会!」の文字が見て取れて、思わず眉間に皺が寄る。

「松本…お前今何時かわかってんのか?」
「今ですか?んー…始業して数刻ですね!それがどうしました?」

その回答にさらにため息が深くなる。始業してまたそれほど経っていないのに、もう花見のことを考えてんのか…。

「そんなこと考えてねーでさっさと仕事始めろ!」
「やだー、隊長!たまには息抜きしないと、眉間のシワが食い込んじゃいますよ!」
「誰のせいだ、誰のっ!」

いつも通りの彼女にイライラしつつ、ふと手元にあった書類に視線を落とす。そこには霊術院の入学式についての記載があった。

「そっか、もうそんな時期なんですね」
「そうだな」

 そこまで言ってふと思い出したのは、恐らくまだ学生であろう、先日現世で出逢った少女のこと。霊力が人間とは思えないほど高く、腕の治療までしていた。怪しんで近づいてみたものの、彼女から放たれる霊圧や雰囲気はとても柔く暖かく、悪いやつではないとすぐにわかった。だが、あの霊力の高さは異常だ。部屋には点滴を吊るす器具が見えたし、生命力の儚さから身体は弱いと感じた。あのままじゃあいつ、下手したら虚に喰われるぞ…。

「…ょー、たいちょー?聞こえてます?」
「…あぁ、わりぃ」
「どうしました?大丈夫です?」

先ほどまでの不真面目な雰囲気から一転、心配そうに覗き込む松本の顔が目の前にあった。その顔をじっと見ると、一言伝えた。

「…少し出てくる」
「え?!ちょ、隊長?!どこ行くんですか!私も行きます!」
「ついてくんな。お前は花見でもしてろ」
「!!やった!そうしまーす!」

どこ行かれるのか知りませんが、帰ってきたら花見に合流してくださいねー!そんな松本の声が響き渡り、現金な部下にまたため息が漏れた。

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 ひと月ぶりに現世に降り立つと、そこも同じく快晴だった。満開の桜が舞い、小鳥は囀る。人々も新しい生活への期待からか、いつもより輝いて見える。そんな希望に溢れた春の空気とは相反するように、例の少女ー…黒崎は前回と同じく一人部屋にいて、今日は横になっていた。とりあえずまだ喰われていないことにホッとするもその顔色は悪く、体調が思わしくないのはすぐに見て取れた。まだ生きていることはわかったし、声かけるほどの仲でもないので帰るか…そう思い背を向けた瞬間、背後で窓が勢いよく開く音がした。

「ねぇ、君!来てくれたんだ!」

手を振りながら「嬉しい!」と、やはり顔色は悪いがにこりと微笑む。そして部屋に入れと手招きした。にこにこと微笑む少女を前に、いや別に…と帰るのも気がひけるので、少しならと足を踏み入れた。
 部屋は女の子らしい、可愛らしい部屋だった。人形、花、勉強机。どれも少女に似合う、可憐な色遣いで統一されていた。 扉のフックには、卸したてであろう綺麗な服が吊るされているのが目に入る。現世に降り立った地点で見た人間も、何人か同じものを身に纏っていた。恐らく学校の制服だろう、と思った。その様子を見ていた少女は、少し悲しげに言った。

「私、今月から中学生になったの」
「…」
「でも体調悪くて入学式も出れなくて、もうすぐ5月になるのに今まで一回も着れなかったの。でも…」

そういうと、俺の方を見てにこっと笑うと言葉を続けた。

「でもね、今日初めて1時間だけ行けたの!やっぱり体調悪くなっちゃって、一護…あ、私の双子の兄ね。一護に負ぶわれて帰って来ちゃったんだけどね」

まるで叱られた子犬のように、しゅん、と落ち込む少女。その姿が寂しげで、俺は彼女に近づくと、頭にそっと手を置いてやった。触れた場所から異常なほどの熱を感じる。高熱があるようだ。彼女は少し驚いた顔をして見上げたが、俺はそのままそっと霊圧を流してやった。するとふにゃっとした笑顔を見せた。

「君の手、冷たくて気持ちいいね」
「お前が熱出してんだろ」
「そっかー」

そう言うと気持ちよさそうに目を閉じる。少し楽になっているようだ。
しばらくするとゆっくり目を開けて隣に立つ俺を見上げると、小首を傾げて言った。

「ねぇねぇ。私、死ぬ前にあと何回学校行けるかな?」
「…」
「君、お化けでしょ?こういうの、わかんないもの?」
「…悪いな」
「そっか、変なこと聞いてごめんね。少しでも多く行けたらいいな」

 俺のことを【お化け】と思っているようだが、訂正する必要もないのでこの際無視をする。ただ、目の前で小さく笑顔を浮かべる少女の表情で、彼女自身自分がもう先が長くないのを悟っていることを理解した。そして彼女の寿命も事実、それほど長くないのを俺も感じていた。
 命あるものはいずれ死ぬ。それは平等だ。だが、それをまだ少女といえる年齢の人間に言われると少し切なくなって、俺は乗せていた手でそのまま目の前のオレンジ頭を小さく撫でた。

「ねぇねぇ、死んだらどうなるか君は知って…」
「冬獅郎」
「…へ?」
「『君』じゃねぇ。日番谷冬獅郎だ」
「冬獅郎か。冬獅郎って呼ぶね!」

先ほどの悟った笑顔とは違う、明るい笑顔を向ける彼女に、俺は無意識に小さく笑い返した。今はただ、この少女には死とか考えないでほしい。なんとなく、そう思った。

【四月】ミモザアカシア 〜友情〜


(ところで冬獅郎、私の名前覚えてる?)
(…黒崎)
(大正解!って呼んでみて!)
(…)
(ふふっ、嬉しい。ありがとう)