
あれは満点の星空と、まんまる満月の夜。月明かりが眩しくて目覚めてしまった。どうやら昨日の発作の後飲んだ薬と処方された点滴が効いたみたいで、カーテンも閉めないで寝てしまったみたいだ。
少し体を起こすと、鼻が赤い小さなリスのぬいぐるみが落ちた。幼い頃から発作で苦しい時、いつも双子の兄が握らせてくれる大切な宝物。母が亡くなってからずっと「妹たちはオレが守るんだ」と、強くあろうとしてくれる、私と同じオレンジ色のふわふわ頭。学校もほとんど行けないし運動もできない私を置いて、どんどん大きく逞しくなる私の片割れ。今回も心配かけちゃったなって少し切なくなる。明日「心配かけてごめんね」って言おう。心優しい兄はきっと「気にすんな」って頭を撫でてくれるだろう。
そんなことを考えながら、ぬいぐるみを拾おうとそっとベッドから降り、手を伸ばす。するとちょうど月が雲に隠れたのか、部屋全体が暗くなった。暗くなっちゃった…なんてつぶやきながらふと外に目をやると、月に重なっていたのは雲ではなく、大きな怪物みたいなもの。そしてしばらくすると変な叫び声と共にスッ…と消え、何事もなかったかのようにまた月明かりが戻った。
私には幼い頃から普通の人には見えないものが見える体質で、お陰でいろいろ大変だった(その話はまた今度)。 今見た大きな怪物もたまに見るし、見つかると襲ってくるのでいつも通り見て見ぬ振りする。今日もそのまま知らんぷりしてベッドに戻ろうとしたけど、よく見るといつもはない【何か】がその近くにあった。目を凝らしてみると、黒い着物に白い羽織、銀色の髪、そして大きな刀…少年のように見える。 大きな怪物のいた場所のすぐ近くの屋根にいる彼をじっと見つめていると、彼も私の視線に気付いたのか視線がぶつかった。そして少し驚いた顔をした。
その様子が気になって私は窓に近づくとそっと開け、その綺麗な銀髪の少年に声を掛けた。
「あなた、だあれ?」
「…お前、俺が見えるのか?」
こくりと頷く。そしてその質問で、彼も見えてはいけない人だったのかと知った。でもそんなこと関係ないと思えるほど、月明かりにある銀色の髪は光り輝いていて、すごく綺麗だった。
ふと見ると、彼は腕から血を流していた。流すというより、ほんの少し滲む程度の小さな擦り傷。私はその箇所を指しながら声を掛けた。
「血、出てるよ」
「…」
「ここ。痛い?」
そう言って自分の左腕を指差す。それなのに彼は動こうとしないし、返事もしない。眉間に皺を寄せ、ただ私をじっと見つめてくる。見た目は私と同じくらいか、少し幼いくらいかな。そんなことを考えながら彼を見つめる。そして、気付いた。
「あなた、すっごい綺麗な目」
「!?」
「翡翠?って言うのかなぁ。髪もすごく綺麗な色。いいね、すごく素敵」
吸い込まれそうなほど綺麗な翡翠色。純粋に綺麗だと思った。彼はその言葉にはぁ、とため息をつくと、私の部屋の窓までやって来てくれた。
「お前、すげー霊力持ってんな。何者だ?」
「何者って言われても…人間?」
「何で疑問形なんだよ」
レイリョクとか分からないこと言われたけど、そこは無視して返答したら少し笑ってくれた。笑ってもすごく綺麗だった。家族以外と話すなんて久しぶり。お化けでも嬉しい。そう思うとふと視界に入ったのは、未だに血の滲む彼の腕。ほんのかすり傷のようだけど、私はそっと手を伸ばし彼の腕に添えると、少しずつ念を送る。
「?!」
「動かないでね、すぐ終わるから」
指先から金色の光が出て、彼の傷を塞いで行く。その様子をじっと見つめる彼。しばらくすると、まるで何もなかったかのように傷は塞がった。彼は何も言わず、ただただ腕を見ていた。
「はい、おしまい」
「…」
「これやるとみんなが怖がっちゃうから、このことは内緒だよ」
口元に人差し指を持っていき、にこっと微笑む。すると彼はまた「お前、ほんと何者だよ」と笑ってくれた。そして「ありがとな」と言うと、背を向けてまた空へ歩き出してしまった。私は少し寂しくて、また久し振りに少し大きな声を出した。
「私、。黒崎!また来てね!」
彼は振り向きもせず、左手を挙げて答えてくれた。
【三月】菜の花 〜予期せぬ出逢い〜
(この出逢いが私にとって、かけがえのないものになりました)