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 その日はお昼過ぎまで雪が静かに舞い落ちていて、夜になっても辺り一面柔らかな銀色に染まっていた。夜明けの少し前にあたる今の時間帯は雪が月明かりに反射していて、2階にある私の部屋も普段より輝いて見えた。
 最期は生まれ育った家で迎えたいという願いをお父さんは受け入れてくれて、私は約ひと月過ごした大学病院を数日前に退院したばかりだった。そして今、暖かな家で大好きな家族に見守られていて、すごく穏やかな気分でその時を迎えることが出来た。
 気付くと私の意識は体から離れていた。目下で私の名を呼ぶ家族の声は切なくて、伝わらないとはわかっていても、何度も何度も謝った。霊力が高いと冬獅郎からお墨付きの一護にも、私の姿は見えないみたいだ。私のせいで家族が泣く姿を見るのは辛い。けど、離れたくない。ついに迎えたこの瞬間を、私はただ謝ることしか出来ずにいた。

 しばらくすると、開けっ放しだった部屋の扉から一人の男性が入ってきた。一護達は気付かない様子の彼は、冬獅郎と同じ黒い着物を着たすらりと背の高い男性。彼は私を見ると、紙を持ちながら近づいてきた。

「お前が黒崎?」
「…はい。あなたは?」

 私は名前を聞いたのに彼はそれに答えず、じっと見てきた。何故見つめてくるのかわからず、知り合いだったかと首をかしげる。だが、当たり前だが思い当たる節はない。しばらく互いを無言で見つめ合っていたが、彼はふと微笑むと小さく「なるほどな…」と言ったのが聞こえた。

「俺は護廷十三隊、十一番隊第十三席の池松奏(かなで)」

 よろしくな、と腕を伸ばされ握手する。心なしか嬉しそうな彼は、一体何を考えているのだろうか。私は記憶を遡るが初対面の彼に「なるほど」と言われる理由が思い当たらず、首をかしげる。彼はそんな私の頭をわしわし撫でると、優しく微笑み「まぁ気にすんな」と言った。もしかしたら何処かであったことがあるのかもしれないと思いしばらく彼を見ていると、彼は私を見下ろして言った。

「お前は今日から四十九日後、俺が尸魂界に送る」

 だからそれまでにこの世に未練があんなら断ち切っとけ、と言った。未練か…家族ともう二度と会えないことと、あまり学校に行けなかったのが心残りだ。あ、あと約束したピクニックにも行けなかったな。あとはー…。いろいろと考えると涙が溢れそうになる。覚悟はしていたけど、やはり辛い。でも、置いて行かれる方はもっと辛い。身近な大切な人との別れを母で経験しているのに、私はみんなに同じ辛さをまたさせてしまったんだ。そう思うと私が泣いてはいけない気がして、爪が食い込むほど手を強く握り、溢れるものを堪える。そして目の前にいる愛しい人たちを目に焼き付けようと、じっと見つめていた。
 一人家族を見つめる私の目の前で自ら手にしている紙をパラパラと見ていた池松さんは、突然「げっ…」と声を漏らす。その声に私は家族から視線を彼に変えた。

「…お前、日番谷隊長知ってんのか?」
「はい、友達です」
「人間のくせに何でだよ、めんどくせーな」
「?」

 彼はぶちぶち文句を漏らしながら、何処からか出した蝶を一羽飛ばした。乱菊さんがこっちに来る時に連絡をくれていた、あの蝶だ。その様子を見ていた私を彼はチラリと見て、不機嫌そうに言った。

「お前が死んだら日番谷隊長に連絡しろって書いてある」

 この字ぜってー松本副隊長だよな、この地区は十一番隊の担当だっつーのに…とか言ってるのが耳に入る。よくわからないが、冬獅郎に連絡してくれるみたいだ。今の状況は正直心細いので、とてもありがたい。

「冬獅郎、来てくれるんですか?」
「さぁな…って、冬獅郎?!呼び捨て?!」

 池松さんは驚いた声を上げた。笑ったり文句言ったり不機嫌になったり驚いたり、忙しい人だ。私は悲しい気分なんだから少しは遠慮してくれればいいのに、と思ってしまった。言わないけれど。
 しばらくぶちぶち一人で言っていたけど、まぁいい、と言い私を見た。そして「四十九日後にまた来る」と言い残して去って行った。居たら居たで騒がしかったけど、居なくなると途端に家族のすすり泣く音が耳に入り、また心が痛くなる。涙を堪えて喉が痛い。そっと彼ら一人一人に近付き、ごめんね、ごめんね…と謝ることしかできない自分が凄く悲しかった。

********

っ!」

 窓の開く音(物理的には開いてないんだろうけど)と同時に聞き慣れた声が聞こえ、振り返る。駆けつけてきてくれたのだろう、外にはいつもの黒い着物ではなく、髪もツンツン立っていない冬獅郎が息を切らして立っていた。もう朝とも呼べる時間帯。きっと眠っていたのだろうに来てくれた優しさに、私はさらに喉の奥が痛くなった。
 冬獅郎はゆっくり近づき私の顔を覗き込む。そしてずっときつく握っていた私の手を取ると、両手で優しく包んでくれた。


「…」
「頑張ったな」

 たった一言。冬獅郎の口から放たれたそのたった一言に私は堪えていたものが一気に溢れ出し、涙が止まらなくなった。そんな私を、彼は優しく包み込んでくれた。


………
……



 どのくらい経ったのだろう。気がつくと部屋は少しずつ朝日が入り始めていた。相変わらず私の体の周りには家族がいて、泣き疲れた妹達が私の手を取り眠っている。私の体はきっと、大好きな家族が大切に扱って進めてくれるだろう。でも私自身は、これからどうしたら良いのだろうか。

「冬獅郎…」
「なんだ?」
「私、これからどうなるの?ちゃんと尸魂界に行ける?死神になれる?」

 家族と離れたくないし、尸魂界に行けば大切な記憶はなくなってしまう。でも、行かなければ私はあの冬獅郎が成仏させてくれたおじさんやあの子供のように、ずっとその場に居続けるお化けになってしまう。それは嫌だ。それに、私には死神になって冬獅郎の役に立ちたいっていう気持ちもある。そのためには動かなくてはいけない。

「あぁ。お前は俺がちゃんと送ってやる」
「でもさっき池松さんって人が…」
「あー、連絡くれたやつか。気にすんな、俺がする」
「気にすんなって…まぁいいか。ありがとね」

 わざわざ連絡してくれた人を気にすんなって…なかなかひどい扱いに少し笑えた。すると冬獅郎は私の頭にぽんっと手を置き「やっと笑ったな」と笑い返してくれた。

「迎えに来るまでの間、お前は泣きたいだけ泣いて笑いたいだけ笑って、悔いのないようにいろ」
「うん」
「また様子見に来てやるから」
「うん」

 ずっと一緒だった家族と離れるのは、身を引き裂かれるかのように辛いし、悲しい。一人ぼっちになるのは、心細い。けれどそんな暗い気持ちに反して、病気による怠さや息苦しさ、点滴の煩わしさもない世界で初めて見る朝日は、凄く輝いて見えた。

【二月】金盞花 〜別れの悲しみ〜


(私、一護にも見えないの?)
(今はお前を失ったショックで見えてないんだろうな)
(いつかは見える?)
(…あぁ、あの霊力ならきっと)
(そっか、良かった)