
部屋の明かりを消し、月明かりだけが照らすベッドで上半身を起こしながら、私はぼーっと外を眺める。冬獅郎から貰った大事なお守りを巻く左腕は今、自由に動かせない。何故なら私が生きるのに必要な栄養を取るための管が繋がっているから。新しい年を迎え寒さがさらに厳しくなると同時に、私の体は思うように動かなくなって来ていた。
「ー、起きてるか?」
「起きてるよ」
「姉、起きてるって!私が持ってく!」
「夏梨ちゃんずるい!私も持ってく!」
扉の外でなにやら揉めているようだ。だーっ、うるせー!という一護の声がする。その様子にくすりと笑いが漏れた。
扉が開き、土鍋を乗せたお盆を手にしたパジャマ姿の夏梨と、同じくパジャマ姿のお箸を持った遊子、そして呆れ顔の一護が入ってくる。電気くらいつけろ、と言うと彼は明かりをつけてしまった。月も星も綺麗に見えていたのに、今はもう明るすぎて目立たない。
「飯、食えるか?」
「…食べるよ。ありがとう」
本音を言えば、食欲はない。きっと一護もわかってる。けれどそれを伝えれば、可愛い妹たちも優しい兄も、今は姿を見せない父も悲しむだろう。だから毎回、食べられるだけ精一杯食べる。私が食べてる間、妹達は楽しげに今日の出来事を話し、一護はツッコみ、私はうんうん、と頷く。子供の頃からずっとある、私たち兄妹の形。この時間が私は好きだった。
今回もやっぱり全部は食べきれず、作ってくれた遊子に美味しいのにごめんね、と謝る。すると遊子はぎゅっとくっついてきた。それを見ていた夏梨も泣きそうな顔をして、ぎゅっとくっつく。そんな二人の頭を優しく撫でると、シャンプーの匂いがした。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なぁに、遊子」
「お姉ちゃんは…死なないよね?」
小さな妹の切なげな声に言葉を詰まらす。私は、という言葉の裏には、今は亡き母の姿が思い浮かんだんだろう。横目で一護を見ると、彼は切なげな表情で彼女たちを見ていた。もうきっとそんなに時間は残ってない…そうは思うけど、この小さな妹たちを悲しませてまで伝える事ではないと思い、笑顔を作った。
「大丈夫、まだ死ねないよ」
「本当?」
「元気になる?また私たちと一緒に遊びに行ける?」
「うん、きっといけるよ」
「よかった!あのね、私またみんなでピクニック行きたい!」
「私も行きたい!」
そう言って笑顔を見せてくれた、小さな天使たち。子供の頃から私はこの笑顔が大好きだ。ずっと守りたいし、守って来たつもりだ。そのためなら、私は嘘つきになろう。
「うん、みんなで一緒に行こうね」
「わぁい!ヒゲにいつ行けるか聞きにいこ!遊子、行くよっ!」
「え、待ってよ夏梨ちゃんー!」
そういうと、2人はドタバタと走っていく。この騒がしさこそ、大好きな黒崎家だ。きっとこの先も変わらないだろうし、変わらずずっとそうであり続けて欲しい。
2人が出て言った扉を見つめていると、一護がベッドに腰掛けた。
「ありがとな」
「え?」
「いや、なんでもねー」
「?」
何に対してのお礼なのか分からず、頭をかしげる。その様子になんでもねーよ、と笑ってくれた。
「それにしても、お前が体調良くないの、あいつらなりに感じてるみたいだな」
「そうだね。いつまでも心配かけてごめんね」
「心配なんかしてねーよ。お前は良くなるに決まってっからな」
小さい頃からずっと治療頑張ってるじゃねーか、な!そう言って笑うと、優しく私の頭を撫でてくれた。彼は子供の頃から私の痛みを一番感じて、理解して、一番側で一緒に戦ってくれている、一番のヒーロー。私が尊敬する、自慢の兄。死ぬのは怖くない。けれど、ずっと一緒だった片割れと離れるのは思いの外寂しい。私は少し泣きそうになった。
「ね、一護」
「ん?」
「これから話すのは『もし』っていう未来の話ね。怒らないで聞いてね」
一護はこういう話するといつも怒る。そう言うことは聞きたくねーって。でも、そろそろちゃんと伝えないといけない、そう感じていた。一護も分かってくれたのか、初めて受け入れてくれてくれて、静かに頷いた。
「あのさ、私が死んじゃったら、みんなのことよろしくね…って、そんなのわかってるか」
「…あぁ」
「一緒に入れて欲しいものリスト書いておくから、ちゃんと守ってね」
「…わかってる」
「部屋も…落ち着いたら、片して、いいからね…っ」
「…」
泣かないつもりだったのに歪んで来る視界。一護の顔も、歪んで見えない。君は今、どんな顔して聞いてくれてるの?辛い思いをさせてしまい、本当にごめんね…。
そしてこれが、最期の『もし』…。
「お化けになっても…っく、一護に、会いに来ても…いい?」
「…なんだそれ」
一護は苦笑いを浮かべながら、待ってる、と私をぎゅっと抱き締めてくれた。涙が溢れて止まらない。死ぬのは怖くない。でも、ずっと一緒だった一護と離れるのがすごく怖い。みんなに忘れられるのが、すごく怖い。そして私も、こんなに大切なみんなのことや、思い出を忘れるのが、すごくすごく怖い。いくら泣いても消えてくれないこの思いは、一体どうしたらいいのだろう。
一護に身体を預けて泣いていると、頭上からポツリと声がした。
「俺、お前のこと尊敬するよ」
「?」
「お前は泣き言も言わず、小せぇ頃から見えない敵と戦い続けて、常に笑顔で…」
「…」
「お前はずっと、俺のヒーローだよ」
優しく頭を撫でながら、泣きそうな笑顔で言ってくれた一護。私なんてみんなから貰ってばかりで何も返せないまま死んじゃうのに、そう言ってくれる一護のその表情を、私は絶対忘れたくないと思った。
【一月】水仙 〜尊敬〜
(ね、一護)
(ん?)
(一護は知らないかもしれないけど、一護こそずっと私のヒーローなんだよ)
(…バーカ)