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 桜が蕾始める季節。満開までは、あと少しだろう。春の訪れを感じさせる透き通るような青色が、空いっぱいに広がっている。
 今日は私が死んで四十九日目。私はこの七週間の思い出を胸に、黒崎家の向かいの屋根で冬獅郎を待っていた。目の前にある見慣れたはずの我が家は涙でぼやけてしまっているが、細かい部分まで焼き付けるためにグッと堪える。ここを離れれば今まで生きてきた記憶は失ってしまうけど、この暖かな気持ちまで消えるはずはない。ここを離れてもきっと大丈夫だ。そう信じ、私は冬獅郎の迎えを待っていた。


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 現世に降りると、は自身の生まれ育った家をじっと見つめていた。窓から見える家族の動きを見るその目は潤んでいて、また涙を堪えているのがすぐに分かった。生きていた頃は相当強がっていたのだろう、あいつは案外泣き虫だと言うことがこの数週間で判明した。
 は俺に気付くと慌てて涙をぬぐい、笑顔で手を挙げた。泣いてるのがバレてないとでも思ってるのか、こいつは。俺は彼女の目の前に降りてしゃがみこむと、自分の裾で乱暴に彼女の涙を拭う。最初こそ驚いていたも、目が合うと少し恥ずかしそうにふにゃりと笑った。

「来てくれてありがとね」

 腕越しにひょこっと顔を出して笑う彼女の顔は未練なんて少しも感じられない、とても綺麗な笑顔だった。
 隣に腰掛けると、と同じ目線から彼女の大切な人たちを見る。中では食卓を囲み、家族総出で本を片手に調べ物をしているようだ。その様子をは微笑みながら見ていて、小さく「わかるかなぁ」とくすくす笑った。最後に何か謎かけでもしてきたのだろう、その表情はとても楽し気だった。
 はしばらくその様子をニコニコと愛おしそうに見ていたが、一息ついて立ち上がると俺を見て言った。

「私、この七週間でどれだけ家族に愛されてたか知ったよ」
「そうか」
「忘れるのは悲しいけど…でも、今なら頑張れる気がするんだ」

 四十九日も猶予をくれてありがとね、そう言って微笑んだ。これから送る魂魄が、四十九日をどう過ごしたとか今まで少しも考えたこともなかったし、正直興味もなかった。けれど彼女には何も心残りなく過ごして欲しいと思ったし、どう過ごしたのか興味も持ったし、そして実際に時間も共有した初めての相手になった。彼女と出逢って初めての経験を沢山し、初めての感情を持った。彼女は俺の今までの生き方や考え方を大きく変えた、いろんな意味で初めての人間だった。は立ち上がった俺と向かい合うと、笑顔のまま言った。

「冬獅郎も、今まで本当にありがとう」
「…」
「初めて会った時、絶対仲良くなろうとか思ってなかったでしょ?名前呼んでくれなかったし」
「…いや、それは…」

 そもそも生きている人間と仲良くなろうという考えすらなかった自分。だがと出逢い、勝手に何となく心配になり、一緒に時間を過ごすようになったのは、今までの自分では想像も出来ないことだったと思う。

「でも私は『何、あの綺麗な子供!』って最初から凄く気になったんだよ!」
「子供じゃねー」

 否定する俺の言葉を無視し『あれは丁度今から一年前かぁ、懐かしいね』と微笑む。そうか、あれからもう季節は一周していた。そんなことも気付かないくらい、に会うことは俺の日常になっていたんだ。

「で、話してみたら優しくてさ。その後もちょくちょく来てくれるし。私友達なんてあんまりいなかったから、本当に嬉しかったんだよ」

 幼い頃から病気を患い、なかなか友達が出来なかったと以前聞いたことがあった。その境遇は理由は違えど幼い頃の自分と重なる部分もあった。でも彼女の笑顔はいつもそんな悲しい記憶を感じさせないほど輝いていて、そこにずっと惹かれていた。
 ニコニコと俺を見ていたはそっと俺の両手を取り、言葉を続ける。

「冬獅郎、今まで気に掛けてくれて、守ってくれて、助けてくれて…そして友達になってくれて、本当にありがとう」

 そんな暖かな言葉を与えてくれる目の前の少女。出逢ってからずっとどこか恋しくなった、オレンジ色のさらさら髪。今まで綺麗なものしか映したことがないんじゃないかと思うほど、澄んだ瞳。そして抱えているものすべてがどうでもよく感じるほど、心の癒される柔らかな笑顔。彼女は一年前までは全然知らない、赤の他人だった。けれどこの十三ヶ月で間違いなく、は俺の中で大きな存在になっていた。
 また会いたい…いや、会うんだ、絶対に。こんなところでもう会えないなんてことはさせない。させてたまるか。

、足出せ」

 何の文脈もなく突然の俺の言葉が何を意味しているのか理解できず、不思議そうな顔をする。俺は温もりを感じていた手をそっと外して彼女の足元にしゃがみこむと、色白な足に彩りを与えている、自分の物とは色違いの石のついたアンクレットを外した。

「何して…」
「返しに来い」
「え?」

 キョトンとする彼女を横目に自らの翡翠色の石のついたアンクレットも外し、彼女の華奢な左足にはめた。そして彼女のオレンジ色の石のアンクレットを、自らの左足にはめる。

「そっちのやつ、俺のところまで返しに来い」
「!!!」
「そしてお前のこれを、絶対に取り返しに来い。お前トロいし、何十年何百年かかるかもしれねーけどな」

 再び俺の前に現れる時、彼女は俺のことは覚えていないだろう。でも、それでもいい。彼女のこの柔らかな笑顔が見られれば、それでいいんだ。そこからまた、始めればいい。
 ふとを見れば、彼女の大きな瞳にはどんどん涙が溜まっていく。そして泣きながら勢いよく頷いていた。

「行くよ!私、このアンクレット着けて絶対に冬獅郎のところに行くから!」
「期待してる」
「パパパーッと死神になって、冬獅郎を助けてあげるからね!」
「あぁ、楽しみにしてる」
「その時冬獅郎のこと忘れちゃってても、また友達になってね!」
「わかったわかった」
「冬獅郎は私のこと…」

 そう言って言葉を止める。その顔は淋しそうで、彼女の言いたいことは手に取るように分かっていた。素直で分かりやすい彼女に俺は小さく笑った。

「忘れねぇよ。覚えて待っててやる」
「!!」

 その言葉には勢いよく抱きついてきた。一瞬驚いたが、小さくありがとうと繰り返す彼女をそっと抱きしめ返す。肩口は彼女の温かい涙で濡れて行くのを感じた。

どうかこの温もりを、次は同じ世界で感じられる日が来ますように…

【三月】勿忘草 〜私を忘れないで〜


(池松か?今、を送った。いいか、お前は何が何でもを潤林安に入れろ)
(…あぁ、更木には俺から言っておく。お前は通行証を渡すだけでいい)
(…すまねぇ、ありがとう。今度飯でも奢る)






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《半年後》

「緊急報告です!東流魂街63地区にて市民による霊力の暴発が起き、それにより市民1人が死亡、近くにいた十一番隊の怪我人が多数発生とのことです!」
「東流魂街…昨年秋に調査に行った地域だな」
「あの戦闘バカたちが多数怪我って…何があったのよ」

不可解な事件に俺も松本も怪訝な表情を浮かべる。
だが次の部下の一言で、頭の中が白くなった。

「詳細はまだ不明ですが、暴発させたのはオレンジ色の髪、茶色の瞳をした少女との報告です!」
「「!?」」



 ―…俺たちは思わぬ形で、
    思ったよりもずっと早く再会することになるー…。


                     to be continued...