
九尾が封印されてからのこの六年間、死に物狂いで修行した。なぜなら生まれたばかりのキミを、この手で守れるようになりたかったから。成長したキミが、少しでも過ごしやすい世界を作りたかったから。そしてきっと今頃、里の人たちを愛し愛されているキミに早く会いたかったから…。
けれど現実はあまりにも悲しくて。帰還して真っ先に探し出したキミの姿は、私の想像していた『愛』からは遠く離れたものだった。
そうなったのは、私のせい。私があの時もっとしっかりしていれば、キミがこんな思いをしないで済んでいたかもしれない。私がもっと強くキミを抱きしめていれば、こんな未来は無かったかもしれない。ミナトさんもクシナさんも生きていて、家族みんなで楽しく暮らせていたかもしれない。
そう思うと、キミを抱きしめたくて伸ばした腕を引っ込めざるを得なくなった。
修行中もずっとずっと、この腕に抱きしめたくて仕方なかったけれど……こんな私が抱きしめちゃいけない気がした。
ごめんね、ナルト。本当に、ごめんなさい…。
せめて遠くからでも、ずっとずっとキミのお祝いをさせて下さい。
そしてずっとずっと、この手でキミを守らせて下さい――…。
ハナウタ U
「!そんなに急いではダメだよ!!」
「〜〜!!!こっちに戻ってらっしゃ〜〜い!!」
黄色い髪と赤い髪が、風に揺られてゆらゆら舞う。そんな声を遥か後ろから聞きながら、赤い髪の女性が結ってくれた二つ結びをぴょんぴょん揺らして私は大きな声を出す。
「はやく〜ミナトさ〜んっ!!!くーたんはおなかおおきいから、ぜったいはしっちゃだめーー!!」
あれは今から十六年ほど前、私が四つの時のコト。私は四代目火影であるミナトさん、そしてすっかりお腹の大きくなったクシナさんと火影岩まで来ていた。お腹の中にいるのはもちろん二人の子供。いつ生まれてもおかしくない頃合いだ。日に日に大きく成長していくお腹を、私は一番近くで見て来たんだ。
「はぁ……やっと追い付いた」
「コラッ、バカ!ここは危ないから走っちゃダメってあんだけ言ったでしょっ!!」
ゴンッ!!!
二人が私のすぐ後ろに着いたと思った瞬間、クシナさんが自慢のゲンコツをお見舞いしてくれた。
「いだいーー!!!ごべんださいーー!!!」
「まぁまぁ、クシナ。も悪かったって思ってるって」
「っもうっ!!ミナトがそんなんだから、はいつま〜でも
甘ったれなんだってばね!」
ガンッ!!!
私を庇ってくれたミナトさんも、同じものをお見舞いされる。
「〜〜っっ!!」
「ぎゃぁーっ、ミナトさんもなぐったぁ〜!ごめんなさい〜〜!!」
「ミナトは?」
「……ごめん…なさい?」
「わかればよろしい、わかれば」
両手を腰に当て自慢げに言うクシナさんと、頭をおさえて涙ぐむ私とミナトさん。しばらくすると誰からでもなく笑いが込み上げて来て、三人でケラケラ笑った。そしてクシナさんは私の頭にそっと触れ、目の前まで来るとゆっくりと視線を合わせるときゅっと抱きしめてくれた。
私たち三人の生活は毎日がこんな感じで、毎日が愛に溢れていたんだ。
私はこの二人の義理の妹。ミナトさんの義妹だけど、クシナさんの義妹でもある。
四年前の春、ミナトさんが任務先で拾ってきたのが、戦災孤児で生まれたばかりの私だったのだ。それからずっと一緒で、私にとっては兄のような父親のような存在。そしてその奥さんのクシナさんもとっても優しくて、姉のような母親のような存在になっていた。
これが私の自慢の家族。血の繋がりなんて関係ない、大切でかけがえのない家族。
そしてもうすぐ、私たち家族に新しい仲間が生まれる。「なまえはきめたの?」って聞いたら、自来也さんの本から取るんだって二人は嬉しそうに教えてくれた。私には生まれるまで内緒だって、笑いながら言ってたの。
私たち三人は、その時を今か今かと楽しみに待っていたんだ。
********
それからしばらく経った十月十日。ついに運命の日が来てしまった。
何か特別な理由があったらしく、出産は病院では無い場所で行われた。お産のトキの慌てふためくミナトさんが面白くって、苦しむクシナさんを余所に爆笑してしまった。そんなミナトさんに喝を入れる三代目の奥様も面白くて、お産という大事な時なのに、声を大にして笑っていた。そんなみんなの愛に包まれて、和やかな雰囲気の中生まれた、待望の赤ちゃん。金色の髪をした、可愛い赤ちゃん。
「わぁぁーー!!かわいい!!!ねぇくーたん、おなまえはっ!?」
「ナルト。波風ナルトだよ」
「ナルトかぁ〜。ナ〜ルト!おねーちゃんのだよ。これからなかよ………っっっっ!?」
私がナルトを優しく抱きしめた途端、今までになく体が宙を浮いた。そして気がついた時には、ナルト共々知らない男に抱きかかえられていた。
「「「!!!!!!!」」」
ついさっきまでミナトさんもクシナさんも傍にいたのに、私とナルトはあっという間に知らない男の手の内だ。それに首元に当たるのは、冷たい刃物。急な展開に、まだ四つだった私は自身の目を大きく見開くことしかできなかった。
呆然としていると、ふと腕の中の暖かくて柔らかい存在が泣き始める。まるで助けを求めるかのように。その瞬間、私がこの子を……生まれたばかりの弟を守らなきゃって思った。
「……して………」
「なんだ?ガキ」
「はなしてっっ!!」
ガブッ!!!っと勢いよく噛みついたのは、私たちを抱える男の腕。その瞬間、男の持っていた刃物が首元を切りつけたけど、そんなの構っていられなかった。
「このクソガキがっ!!!」
よほど痛かったのか、男は私の腕からナルトを鷲掴みにして奪い取ると、血まみれになった私を地面に叩き付けた。
「うっ!!!!」
「「!!!!」」
ミナトさんが駆けつけ、抱き起こす。私は切られたのも叩きつけられたのも初めてで、痛くて怖くて、涙が止まらない。だけどそれ以上に……さっきまで確かに感じていた腕の温もりを力づくで奪われてしまった悲しみが治まらなかった。
「ミナトさん…はだいじょーぶだから、はやくナルトをたすけて……」
切られた場所が悪かった。涙と共に血は止めどなく溢れ出て、お気に入りの花柄のワンピースは一気に血の色へと変わっていった。
――…せっかくくーたんが……つくってくれたのにな……。
そんなことを考えながらも意識が薄れて行く瞬間、ミナトさんは優しく笑顔を浮かべながら、そっとクシナさんの傍まで運んでくれた。クシナさんの元でひたすら謝る私を、クシナさんは「大丈夫。ミナトが必ず助けてくれるよ」と言って、そっと頭を撫でてくれた。申し訳なさと恐ろしさ、けれど二人の柔らかで安心できる温もりを感じながら、私は意識を手放した。
********
次に目が覚めた時、目の前にあったのは見慣れない天井だった。家ではない。どこだろう。ふと横のベッドに目をやると、そこにいるのは金色の髪をした赤ん坊。
「ナルトっ!!!!!」
私は上半身を勢いよく起き上らせる……と同時に首元に痛みを感じて、思わず眉が寄る。包帯でぐるぐるになっている首元に手を添え、何とか立ちあがってベッドの脇へと歩み寄った。
――よかった、けがしてない。けど、ミナトさんやくーたんは?
絶対に子どもを溺愛するであろう二人の姿が見当たらなく、私は不思議に思った。 けれど気持ちよさそうに眠るナルトを見ると心が安らいで、笑みを浮かべて頭を優しく撫ぜた。
「よぅ、起きたかのう?」
「じらいやさんっ!!!」
ガラガラ、という扉の開く音と共に現れたのは、ナルトの名付け親でもある自来也さん。会うといつも抱っこしてくれる、優しくて面白いミナトさんのお師匠様。
「ねぇ、じらいやさん。ここどこ?ミナトさんとくーたんは?」
おかいもの?と尋ねながら、私はいつものようにトコトコと近づくと、両手を広げて抱っこの催促をした。でも自来也さんはいつもとは違った感じがしていて、悲しげに私を見下ろしたきり、動かなくなってしまった。
「……じらいやさん?」
「のぉ。これから一緒に暮らさんか?」
「へ?」
予想もしていなかった言葉に、思わず言葉が詰まる。一緒に暮らす…何で?
「ヤダよ。だってはミナトさんとくーた…」
「二人はもうおらんのだ」
「……え?」
自来也様の言葉は、更に私を混乱へと連れて行く。二人がいない?そんなまさか。
「なんで?とナルトおいて、どこいっちゃったの?」
「……………」
「うそだよ!だってはともかく、ふたりがあかちゃんのナルトをおいていくはずないもん!!」
「…あやつらがどこかへ行くなら、間違いなくお主も連れてくじゃろうが」
自来也様は何かを隠しているような、歯に布着せてるような、そんな風にしか言葉を続けない。幼かった私は分からなくて、ただ二人に会いたくて声を大きくした。
「もうっ、わかんないってばねっ!なんでもいいからミナトさ…」
「死んだんじゃ!」
「…え?」
興奮して思わず彼女の口癖を言ってしまった事にも気付かず、私は彼の言葉で思考が停止した。たった四歳でもわかる、恐ろしい言葉。今まで使ったことのない、悲しくて恐ろしい言葉。
「ミナトもクシナも、九尾を封印して死んだんじゃ」
「きゅうび…しんだ…?」
「あぁ。最後の力を振り絞って、ナルトの中に封印したんじゃよ」
そう言ってナルトのお腹をそっと撫でる。けれど私には、彼が何を言ってるのか全然わからなかった。四歳だ、当然だろう。ただわかっているのは、もう二度とあの優しい時間には会えないということ。ただただ呆然としている私を他所に自来也様は何か話してくれていたが、そんなの耳に入ってこなかった。
「……の…せ……だ………」
「ん?」
小さく震える声で言ったその言葉は、自来也様の耳にも届いた。それを合図に私の目からは止めどない涙が溢れ出て、叫びにも似た声でわめいた。
「のせいだっ!、がわるいひとにつかまったから!、のせいでナルトをとられちゃったから!」
「ちがうっ!それは関係ないことじゃっ!!」
「でもっっ!!!」
――私がしっかりしてたら、ナルトは取られなかったのに。
――私がもっと強かったら、意識を失わずに戦えたかもしれない。
――私にもっと守る力があったら、ナルトの大事な家族を守れていたかもしれない。
そんな思いが溢れ出る。二人を失った悲しみや悔しさ、幸せを失った喪失感に虚しさ、さらにナルトの幸せな未来を私自身が奪ってしまった気がして、どうしようもなく許せない。自来也様はそんな私を、ただただ抱きしめて泣かせてくれた。
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それから数日後、私は自来也様と生活を共にしながら最短の方法で忍びになるべく修行を始めた。まだ赤ん坊のナルトは三代目様に預け、たまにボロボロになった体を引きずっては、その温もりを確かめるかのように抱きしめて眠った。
少しでもナルトが過ごしやすい未来を作るために。この手でキミを守れるようになるために。もう二度と、この腕から温もりが奪われないために…それが私の、唯一の願い。そのためだったら、自分がどうなってもいい…本当に、本当に必死だった。
里の復興が最優先だった為旅には出れなかったけど、私は懇願して自来也さんと山にこもって修行に励んだ。そして九尾襲撃から半年後、自来也様と一緒に本格的に修行の旅へと出た。ナルトのことが心配だったけど、ただただ里のみんなに愛されることだけを信じて、離れることを決意した。
何年かかるかわからない。キミは私のコトなんて知らないだろう。だけど帰って来た時は絶対に、一番にキミを抱きしめに来るからね。抱きしめて心の底から謝って、今度こそキミの近くでキミの幸せの為に尽くすって誓うよ。
だからそれまで、待っていてね――。