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物心ついたころから祝い事の日に 必ず玄関先に届けられる花。
アカデミーに入学した日や下忍になった日、そしてクリスマスには一輪の花。バレンタインと誕生日には、その年のオレの年齢の数だけの花束。初めての里外任務から帰ってきた日も、その花は置いてあった。
誰からかもわからないその贈り物に、一人ぼっちなオレは何度も救われたんだ。

でも誰が…どうしてオレにくれるのだろう。二年半も里にいなかったけど、その間はどうだったのだろうか。そして今回も、貰えるのだろうか。
貰えなくてもいい。貰えなくてもいいから、今年こそ、その『誰か』に会いたいんだ………。

ハナウタ T


最初にその花が置いてあったのは、オレが六つになる誕生日のことだった。誕生日といっても祝ってくれる人もいないし、ましてやみんな騒ぐ気分にはならない『特別』な日。親がいないんだ、特別祝ってくれなんて言わない。ただ、一人だけからでもいいから、たった一言「おめでとう」って言葉が欲しかっただけ。

その日の夕暮れ時も、いつものように手を引かれて帰る子どもたちを見送る。案の定、今日がオレの誕生日だって知ってるヤツは誰もいなかった。その代わり公園まで迎えに来た大人たちは、オレをいつもよりもさらにキツイ『あの目』で見てから、いそいそと子どもと手を繋いで帰っていく。いつもと同じ光景なのに、今日だけは何故だか寂しさが募った。
誕生日だからって何てことない、平日の一コマに過ぎないんだ。
一人で歩く夕暮れも夕飯に食べるカップラーメンも、そして膝を抱えて眠れぬ夜を過ごすのも…いつもと一緒なだけだってばよ……。

そうは思うものの込み上げる悲しみや孤独感はどうしようもなくて、六歳になりたてのオレはオレンジ色に染まる町を一気に駆け抜けた。


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涙で視界がぼやけて見える、アパートの階段を一気に駆け上がる。駆け上がった先には、いつもと同じ無機質な空間が広がるだけだと思っていた。けれどその日は自宅の玄関前だけ、いつもと違って色付いて見えた。

――今度はなんだってば……。

悲しみで歪んでいた世界が、今度は怒りと不安で揺れる。今までだって何度か玄関前に嫌がらせをされたことがあった。そこには置かれるはずもないものが、堂々と置かれていたこともあった。だから今回も、そんな嫌がらせの一つだと思った。
あんな思いは二度としたくないのに、よりにも寄ってなんでこの日に…オレが何をしたんだってばよ……

そんな悲しみとも憎しみともいえる思いを胸に抱きながら、オレは慎重に、ゆっくりと足を進めた。
しかしオレの予想に反してそこにあったのは何てことのない、黄色い花たちだった。どこかから手折って来たのだろう。花屋には置いてないような、そんな花。でもそれは嫌がらせとか、そんなんではないらしい……何故なら可愛らしい桃色のリボンが、茎の部分で括りつけられていたのだから。きっと水で洗ったばかりなのだろう、花弁には小さな水滴がいくつも光って見える。
オレは静かに近づいて、横たえているその花たちをそっと手に取った。

「……六つ」

花の数は、六本。オレも今日から、六歳。
偶然かも知れない、誰かの間違いかもしれない。誰かの忘れものかもしれない。オレ宛てではないかもしれない。
でもそのキラキラ輝く花たちがオレにはすごく嬉しくて、生まれて初めて誕生日を祝ってもらえた気がして、涙が止まらなかった。
夕暮れに染まる、オレンジの光りとは決して交わるはずがない、黄色い花束。それなのにそれを手に持った瞬間視界がどんどん歪んできて、辺りのオレンジと同化して見えたんだ―――………。


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初めて届けられた花もすっかり枯れ、花瓶だけが残っていた頃。それは突然やって来た。二回目の花の贈り物は年の瀬迫る、真っ白なクリスマスイブに届けられた。
オレはその日も公園で手を引かれて行く子どもを見送ってから一人で自宅へと戻り、夕飯の為にお湯を沸かしていた。テーブルの上にはいつものカップラーメン。シンシンと雪の降る、静かで何も変わらない日常。
けれどそこへ、いつもとは違った音が響き渡った。

コトンッ

それは確かに聞こえた、玄関先からの音。誰かが扉の向こうに立っていたのか、はたまた立ち去ったのか分からない。けれどあれは、確実に人のいた音だ。

「誰だってばー?クリスマスにまでイタズラはノーサンキューだってばよー」

そう言って、そっとガチャリと開ける。しかし視界には誰にも映らない。オレは不思議に思い再び扉を閉めようとした時、今度は足元にある赤いものが目に入った。その瞬間勢いよく扉を開き、それの優しく手に取った。
今の時期によく見る花。たった一輪の、大きな赤い花。
始めは何かイタズラの一種かと思った。そうとしか頭が働かなかった。けれどその花は凛としていて、さらには茎の部分にあの桃色。オレは一瞬にして誕生日の花束を思い出し、あれも確実にオレ当てだったのだと確信した。

あの時もこれも誰かがオレに…オレだけに贈ってくれた花なんだ……!!

そう思うと嬉しくてくすぐったくて…でも生きてきた中で、一番幸せな気持ちを感じた。そして次はいつなんだろう、また誕生日かなと、見知らぬ誰かからのお祝いを楽しみするようになっていった。


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次に届けられたのは、2月14日のバレンタイン。貰い始めた当初は『バレンタイン』なんて日を知らなかったから、なぜこの日に玄関先にあったのか分からなかった。けれどアカデミーへ通うようになってから、サクラちゃんたちが騒いでいて初めて知った。このことから、この花の贈り主は女の人なんだって思った。
それからオレは、この見たこともない女の人を『花のねぇちゃん』と呼ぶようになった。相手は同い年かもしんねぇ、年下かもしんねぇ、もしかしたら男かもしんねぇ…。けれどいつも幸せな気持ちをくれるあの人に何か特別な呼び名をつけたくて、『花のねぇちゃん』と勝手に決めた。
それからアカデミーに入るまで、花のねぇちゃんは誕生日とクリスマス、それにバレンタインの年三回、必ず花を贈ってくれた。アカデミー入学後は進級した春も加わって年四回になった。それから卒業式や里外任務の帰還日など、まるで「おめでとう」「お疲れ様」の言葉代わりのように、帰宅すると温かく出迎えてくれた。毎年毎年変わることなく、むしろオレの成長を祝ってくれるかのように、花は毎回贈られた。
もちろん季節ごとに花は違っていて、届けられる花の色も毎回違う。だけど先に括りつけられたリボンの色だけは最初の頃から同じで、それだけが同じ人からの贈りものだって信じさせてくれた。

だから二年半前、エロ仙人と修行の旅に出るってなった時、嬉しさの半面不安も感じた。修行中、花のねぇちゃんは変わらず届けに来てくれんのか?それって何だか、悪い気がするってばよ。でも、いないってわかったらもう祝ってくれなくなんのか? それもなんか…イヤだってば。すんげぇ淋しいってばよ……

「どうした、ナルト」

出発前夜、急に黙りこくったオレにシカマルが話しかけてきた。明日は我愛羅たちの見送りがあるからと、今晩見送り代わりの一楽を奢ってくれているのだ。オレは箸を一度置くと、真剣な表情であるコトを告げた。

「なぁシカマル、頼みがあるってばよ」
「あ?めんどくせーことはお断りだぜ?」


帰ってくるときも、どうか温かな未来が待っていますように…………。