
一人が良いと思ってた。守るものがないし、それと同時に失うものもない。愛とか情とか仲間とか、そんなの面倒なだけ。だから他人に興味を持たなかったし、オレ自身も持たれたくなかった。
だけどこの小さくてわけわからん少女には、何故か興味を持ってしまったんだ…。
Christmas Memories V
太陽も頂上から下り始めたお昼過ぎ。アイツはやっと目が覚めたらしい。ソファからゆっくりと体を起こすと、ダイニングの椅子を冷蔵庫の前へと引きずり始め、その扉を勢い良く開く。しかし空の冷蔵庫には目ぼしいものが特にないとわかると、棚をガタガタ開け回り始めた。すると奥の方に以前買いだめしておいた兵糧丸を見つけたらしく、封を開けてはバリバリと食べ始めた。
…それ、そうやって食べるもんじゃないんだけど…
これからはパンを買っておいてやろう、そう思った。
食事とは言えないような食事を終えると、突然何かに気付いたかのようにバタバタと走ってはオレの部屋の前へとやって来る。そっと中を覗いて(影分身の)オレが寝ているのを確認すると、表情が柔らかくなったのが見てとれた。そしてオレを起こさないように、そっと扉を閉めた。
―コイツ今、ホッとした?何で?
何でここで安心したのかもわからない。コイツはまだまだ分からないことだらけ。大体まだ名前さえわかってないのだ。それなのにコイツのこんな小さな行動一つで、オレは何故だか心が明るくなったのを感じていた。
そろそろ夕方、という名に変えても良い頃合いな時間帯。少女は玄関まで行ったかと思うと鍵も閉めずに出かけた。毎日家を出る前にカギが開いてるのはこのせいか。
ただ当てもなく歩いているのかと思ったが、ある川辺まで着くとあるものを見つけたのか駆けだした。その視線の先には小さな影。少女と同世代のガキンチョのようだ。そのガキンチョは川辺に寝転がっていて、ちょんまげを結っていた。まるでそれが普通であるかのように、その隣にコイツも寝転ぶ。
―アイツ、確かシカクさんのとこの…
何言ってるのかまでは聞き取れないが、子供特有の甲高い声が響き渡る。そしてキャッキャ、キャッキャと、自宅では聞くことが出来ないような笑い声が耳に入ってきた。
―あのガキンチョ、ちゃんと笑えんだ…
笑い声を聞いてどこか安心すると同時に、何故か淋しさも込み上げてくるのがわかった。けれどオレは、そこは気付かぬふりをして二人の姿を見続けていた。
しばらくするとシカクさんがやってくる。二言三言少女に話しかけると、その大きな手で少女の頭を撫でくり回す。少女は嫌そうに…でも最後には嬉しそうに頭に手をやると、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。
―あの言葉の数々はシカクさんのせいか…
あの人なら面白がって教えるだろう。その事実がわかり、ワイワイ盛り上がる三人を余所に、オレはそっと深いため息を吐いた。
********
帰宅後も身支度を整え、その後ずっと寝る様子もなく、ただひたすら窓辺で外を見続けるアイツ。昼間見た子供っぽい様子とは打って変わって、悲しそうな淋しそうな…年相応な雰囲気ではなかった。月が昇りてっぺんまで辿り着いてもその小さな体は動かず、ただただ月だけをずっと見つめ続けている。膝を抱えて小さくなって、時折小さく震えながら。
途中うとうとしても頭を振っては目を覚ます。まるで眠るのを恐れているかのように、または何かを待っているかのように眠りに着くのを拒み続けている。
―何かを待ってる?
太陽も後二時間ほどで昇り始めるだろうという頃、少女は暗い部屋を歩きだし、玄関前へと移動した。多少は前後するものの、大体いつもこれくらいの時間帯に帰宅するオレ。
―オレを待ってんのか?
ガチャっという音と共に、任務へ行った振りをしたオレが帰宅する。それとともに少女は勢いよく立ちあがり、玄関へと走り寄る。そして扉が開きオレを視界にとらえると、トコトコと近づきやはりいつもと同じ言葉を発し始めた。
「おにいちゃん、おてて…」
「しない。ってかオレ、お前の兄ちゃんじゃないし」
そういっちチラリと少女の表情を見る。その顔から感情は読み取れない。
「おにいちゃん、とねんねし…」
「ない…って『』?」
今日一日の彼女の行動だけでも驚きの連続だったのに今までにない言葉が出てきて、オレは思わず聞き返す。
「…?ん、は」
「…お前、もしかしてっていうのか?」
「ん」
…こいつ、っていうんだ。木の葉に来てもうすぐ3ヶ月というところで、ようやく名前を知った。
いや、もしかしたら今までも言っていたのかもしれない。今日になってやっと耳に着いたのは、オレがコイツに興味を持ったからだろうけど。
「…お前さ、何でいつもこんな時間まで起きてるワケ?さっさと寝ろよ」
初めてちゃんとした会話を投げかける。今までは振り切ってばかりだったから。少女に関わりたくなかったから。だけど今日は何となく、今まで疑問に思っていたことを振ってみた。
するとはじっと俺を見上げると、少し悲しそうな顔をした。
「だって、おにいちゃんのことみたいんだもん」
俯き加減で発されたその言葉。彼女は俺が冷たく突き放してもあしらっても、俺と関わりを持ちたいと思ってくれていたのだ。そうわかると何だかくすぐったくて、無意識に笑みを浮かべる。誰かが寝ずに待ってくれる喜び。そのが一気に体に染み渡っていく気がした。
今さらながら手を握ったり一緒に寝たり、そんなことはしない。今日一日のコイツの行動で、普通の子供とは何ら変わりないってこともわかった。いや、普通の子供はあんな時間まで起きていない。オレを一目見たくて、頑張って起きていてくれてるんだ。
こう分かった瞬間、オレの中でのアイツの…の存在は単なる『物』では確実に無くなっていた。
********
気付けば今年最後の月。寒さも厳しくなって来るはずだ。買い出しをしていると、商店街で福引券とやらをもらった。四等のしょうゆを狙ってガラガラ回すも、当たった物は二等の大物。好きな物をお一つどうぞ、と言われてあった選択肢はお米と商品券、そして今の時期特有の小さなクリスマスツリーセット。人工の木でできてシルバーのツリーと小さな飾り、更に電飾が一本だけついていた。
今までのオレなら間違いなく米を選んでいたことだろう。生活の足しになるし、あって困るもんじゃない。
だけどこの時何を思ったのか、オレの手が伸びたのはツリーのセット。ツリーを見た瞬間の顔が思い浮かんで、自然と手が伸びていた。「これはオレの部屋を潤すためだ」とか「アイツのためじゃないっ!」とブツブツ唱えながら、冷たい空気を振り切り歩いた。
「おにいちゃん、なぁにそれ」
帰宅早々、予想通りツリーに興味をもつ。
「お前には関係ないデショ」
本当はコイツが喜ぶと思って選んだ物。でもそうとは素直に言えず、意地を張る。そんなオレにお構いなく、コイツは自分の世界で言葉を紡ぐ。
「『くりすますつりー』?なにすんの?」
「お前、クリスマス知らないの?」
「ん。なにそれ」
口元をきゅっと結び、自信満々に頷く薄桃色。その様子が可愛い…だなんて絶対思わないけど。
それよりもクリスマスって子供が好きなイベントじゃないの?コイツ、去年とかやんなかったのか?花の国にはないもんなのか?全然必要のない心配なのに、ついこの間までのコイツの生活をも考えてしまう。そんな俺のことを知ってか知らずか、は少し離れた場所から頭を傾げてオレを見上げてくる。あの小さな手を振り払って以来、コイツは必要以上に近づいてこない。触れてもこない。だからオレも触れない…けれど少し罪悪感があるのは事実だ。そして少しだけそれが淋しい、だなんて思っているけど口にはしない。
「今の時期やる祭りみたいなもん。ガキンチョにはサンタってのがプレゼントくれんだよ」
「ぷれぜんとっ!?ももらえるっ!?」
キラキラした瞳で見上げてくる。オレはそれを見て、思わず言葉が詰まった。サンタってのは愛の象徴だ。赤い服着て白いひげがあって、そりに乗ってくるのがサンタではない。子供がいて保護者がいて、そこに愛があって生まれて来るのがサンタだ。
(…お前には無いデショ)
そうは思っても口には出せない…何故だかわからないけれど。
わからない?違う。わかってても言いたくないだけだ。彼女を傷つけるってわかってるから。オレはお前の保護者じゃないし、お前に愛なんてもんは持ってない。
「…今度これに飾り付け、する?」
「いっしょにっ!?」
「…ん、一緒に」
「するっ!、ぜったいおにいちゃんといっしょにするっ!!」
普段なら絶対に思わないのに、誘いの言葉が思わず口から飛び出ていた。単に話題を変えたかったからかもしれない。けれどそれで彼女が傷つくことが無くなったならそれでいい。
その時初めて見せた笑顔が年相応で…本当のに触れた気がして正直すごく可愛かった。
その後も任務で忙しく、飾り付けはなかなか出来なかった。けれどはオレを責めること無く、毎日玄関でオレを迎え入れては笑顔で「あしたねっ!」というばかり。ついに行動に移せそうなのは、クリスマスイブの朝になりそうだった。
その約束の二十四日。まさかオレの小さな嫉妬が、彼女を大きく傷つけることになるなんて思わなかった…。