
キッカケはほんの小さな嫉妬だったんだ。オレの方がお前と長くいるのに、オレよりも沢山の顔をあのガキンチョに見せてるのが何となく悔しかったんだ。まさかこんなことになるとは、少しも思ってもいなかったんだ。
ごめん…ごめんね、。
お前はオレの大切な『家族』だよ――。
Christmas Memories W
世間ではクリスマスまであと数日。いつもよりも比較的暗部の任務が早く終わり、早めに帰宅する。それでもやっぱりは起きていて、玄関先で笑顔で立っていた。玄関から上がって廊下を歩くたびに、後ろからちょこちょこついてくる。
「おにーちゃん、お、おお、おかえり!!」
「は?」
「おかえりっ!!」
今日はおかえり作戦か。シカクさんめ、なかなかいいとこついてくる。それにしてもそんな言葉、久しぶりに聞いたよ。自身も初めて発した言葉だったのか、振り返り見下ろした先にある顔は真っ赤。口先は恥ずかしさからかとがっている。その顔が面白くて小さく噴き出すと、返事もせずに浴室へと向かった。はオレが浴室のドアを閉めると、またいつものようにソファへと移動した。
それにしてもこの間は「おにーちゃん、いっしょにあそぼ!」、その前は「が『そいね』したげる!」、その前は…。
コロコロ変わる彼女の一生懸命な言葉に、いつしかオレは癒され楽しみにしてたんだ。
早く帰宅できたその日、オレは珍しく夕方前に目を覚ました。いつもなら任務に出る直前まで安眠しているのだが、早めに寝たからだろうか。眠くもないのに横になっているのも嫌でふらりと寝室から出ると、無意識のうちにあの小さな薄桃色を探す。見つけてどうってわけでもないが、何となく…ただ何となく探した。
しかし家の中にアイツの姿はなくて、今朝眠る前に確実に締めたはずの玄関のカギは開きっぱなし。それはアイツの外出を意味していた。
そうと分かれば、とりあえず例のソファにどかりと座り、まったりと時間を潰す。普段は時間がなくて観れない映画を見たり、食事をしたり、洗濯したり…。けれど少しでも物音がすると扉を見る。アイツが帰って来たんじゃないかって。
…何やってんだ、オレ。恋する乙女じゃあるまいし。
そうは思っても、何故か音に敏感なのは止めることはできなかった。
どれくらい経ったのだろう。辺りはオレンジ色に包まれ、カラスがカァアァ鳴いている。外からは子供たちの別れの挨拶があちこちに響き渡り始めた。それでも一向に開く気配のない、自分の家の扉。
―アイツ、いつもこんな時間まで帰ってこないのか?
しばらく扉の先を見つめるオレ。見つけてどうするってわけでもない。心配なんかしていない。ただ少し…買い物に行くだけだ。そ、そうそう、醤油がない、醤油が。誰に言うわけでもないのに延々と言い訳を述べ、オレは扉を開けた。
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醤油を手に入れるという名目で家を出たにも関わらず、目当ての薄桃色が見当たらずそのまま商店街を通り過ぎる。通い慣れた花街をも軽くスルー。ただただあの薄桃色を探して足を動かす。
しばらく歩いて、やっとの思いであの小さな体を見つけた。しかしその隣には例のガキンチョ…シカマルと楽しそうに話すがいた。その顔は笑ったり膨れたり……短時間でもコロコロと表情が変わって、とても楽しそうだ。オレの前では決して見せない、いろんな表情をシカマルの前では見せている。
…オレの方が長くいるのに、あんな大きな笑い声聞いたことがない。
…アイツのあんな怒った表情、見たことがない。
…オレには一切触れてこないくせに、あいつには触れるのか。
そんな思いが次々と思い浮かんできて、腹が立つし何だか悲しくなって来る。これ以上二人の姿を見ていたくなくて、さっさと踵を返すと家へと戻った。そしてそのまま真っ黒な衣裳に身を包み、オレンジ色の世界へと駆けだした。
オレはこの日、夜が更けて太陽が昇り切っても家に帰らなかった。アイツが来てから帰らないなんて、初めてのことだ。オレが一日位帰らなくても気にしないデショ、アイツにはシカマルがいるんだから。軽い気持ちで、そんなコトを考えていた。
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しかし次の日、二十三日。幼いガキ相手に何考えてるんだと冷静になったオレは今日は帰るつもりでいた。明日二十四日の朝はツリーを飾る約束をしているし。そう思いながら滞在していた花街から任務へと向かうが、その日の任務は思いの外時間がかかってしまい、帰宅できるのは二十四日の昼前だろう。
実質二晩のいる家へと帰ることはなかったが、アイツはオレの前では素っ気ないし気にしてないだろう…そう思っていた。
何とか任務を終え、二十四日の昼前にいつものように扉を開けて、中に入る。ガチャ、という音と共に開いた扉の先に目に入ったのはいつもの様に駆けよる小さな体ではなく、いつもよりもずっとずっと小さく丸くなっているだった。
その姿を見て、オレの心臓はドキリと跳ね上がる。どうしたんだ、コイツ。いつもならこの時間、ソファにいるはずじゃないか。オレの気配に気づいたのか、目の前の銀色の髪が小さく揺れると、ゆっくりと頭を上げる。
オレを映しだしたその大きな瞳はいつもとは違って真っ赤に濡れていて、素っ気ない態度の予想を裏切り涙で顔はぐしゃぐしゃになっていた。いつもとはまるで違う彼女の様子に、オレは激しく動揺した。
そして次の言葉に、オレは大きな後悔をさせられることとなった。
「、サンタさん…っくぅ…いらない」
「え?」
一度言葉を切ると、まるで堰を切ったかのように涙は流れ出す。ポロポロ流しながらも必死に言葉を繋げる小さな体。それよりも、何で今サンタ?
「…、プレゼント……っくぅ、いらない」
「もうわがままも、っくぅ、いわないし、ぜったいに……ぜったいにおにいちゃんに、ひっくぅ、さわらない」
「だから…だから、おにいちゃん…まいにち、かえってきてくださいっ…っく…」
「!!!!!」
うわぁぁ〜〜〜〜ん、と堰を切ったかのように泣き出した。彼女の左手をよく見れば、その小さな手にはあのツリーの電飾が握られていた。オレが約束の日に帰らなかったから、一人で飾ろうとしたのだろう。けれど失敗したのか、垂直に立っているはずである銀色のツリーは見事に倒れていた。
一人で飾ろうとしていた姿、この二日間ずっとオレを待ち続けていた姿を想像して居ても経ってもいられなくなり、オレは初めてを抱きしめた。一緒に暮らし始めて数ヶ月。初めて触れたその小さな体は、思っていたよりも小さくて華奢で、頼りなげで…。こんな小さな子供を今まで一人…いや、『独り』にしていたのかと思うと、やりきれない思いでいっぱいになった。
「ごめん。ごめんな、『』」
「!!!!!」
初めて名前を呼び、そして初めて謝罪の言葉を述べると、は小さく体をびくつかせる。そしてブンブンと頭を横に振るとそのままきゅっ、とその小さな手をオレの背中に回して抱きついた。
と初めて迎えたクリスマス。それは甘い思い出なんかじゃなくて、オレの未熟さがを傷つけていた最悪の思い出。
だけどこの日背中に回された小さな手が、抱きしめて感じた小さな温もりが『オレはもう一人じゃないんだ』『オレがこの子を守るんだ』って強く思わせてくれた、大事な日になったんだ……。
........
.....
...
この日をきっかけに少しずつ、本当に少しずつ歩み寄れたオレ達。怒った顔も悲しい顔も、泣き顔も笑い顔もは全部全部見せてくれるようになった。
今までずっと断り続けていた手もつないだし、一緒にも寝た。一緒に風呂にも入ったし、休みの日は散歩にも温泉にも連れて行った。もちろんクリスマスには、毎年サンタからプレゼントも届いた。
オレが何かする度にいちいち見せてくれるの笑顔が嬉しくて、一緒にいると暖かくて…いつしかオレはかなりのシスコンと言われるようになっていた。オレも一人じゃないって思いがあるからか、前よりもずっとずっと強くなれたと思う。すべてはあの日があったから…思い出せば苦いけど、オレ達には必要だったあの日があったから、大切な今があるんだ。
クリスマスはそんな大切な日なのに、今年はアイツ…シカマルと過ごすようだ。
―よく考えれば、あの日アイツがに会ってたから話がこじれたんじゃないか。大体オレよりも仲良さげにしてるアイツが悪いんじゃん。昔はともかく、今はオレの方がのこと大事にしてるのにっ!!
プンプンと腹を立てながらリビングへと足を進める。テーブルの上には、愛しの義妹が用意しといてくれた朝食が並んでいる。ふとを外に目をやれば、昨夜から降り続いている雪で辺りは真っ白。
―そろそろ、お役御免かなぁ…………
そう思った瞬間淋しくて悲しくて、オレはテーブルにあったブラックコーヒーを一気に飲み込む。
いやいやいや、その必要はないっしょ。オレはずーーっとずっとアイツが一番大事で守ってやりたくて、も絶対オレのコト大好きなことには変わりない。そうなればクリスマスも絶対二人きりにはさせないっ!夜なんて特に!!オレがアイツを守らなくちゃデショ!!
そう思うや否や復活したオレは、その辺にあった紙を一枚取り出して一気にあることを書き始める。そしてその紙をを術で一気に増やすと、それを両手に上機嫌で家を後にした。
紙に書いた文字、それは――……
Christmas Partyのお知らせ
日にち:12月24日
時間:夕方から翌朝まで
場所:はたけ家
主催者:はたけカカシ・兄妹
料理担当:はたけ
集合場所:各々任務後にはたけ家へ。
食べ物・飲み物持ち込み歓迎
面倒見が良くて、ブラコンな。きっとこれを今日どこかで誰か経由(ナルトあたりが有力)で見て、あまりの身勝手さに怒るに怒るであろう。だが最終的にはオレのワガママに付き合ってくれるんだ。あのシカマルと二人きりなんて、絶対させてやらないんだから。
オレはずっとずっと、の幸せを願い、守り続けるよ。
お前はオレの唯一の『家族』だからね―…。