
「お兄ちゃん、今年のクリスマスはシカマルと過ごすからっ!」
今日は非番の自分とは違い、朝早く任務に出ていく可愛い義妹・。そんな彼女を見送る為眠い目を根性で開けながら玄関に立つオレに、は笑顔いっぱいで振り返り宣言した。その思いもしなかった爆弾発言にしょぼしょぼな目は見開き、見送る為に上げていた右手もそのままで固まる。そんなオレを知ってか知らずか、は尚もあの可愛い笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「お兄ちゃん、今日非番でしょ?しっかり休んでてね!んじゃ、いってきまーす!」
「え…ちょっ、まっ、!?」
オレの言葉も虚しくバタンッ、と閉じるいつもと同じ扉。しばらくその扉の先を見つめていたけど、ゆっくり右手を下ろして室内へと踵を返した。誰もいないリビングへと戻ると、この時期にしか輝くことのないシルバーの人工植物がチカチカと室内を照らす。
毎年この時期、この木を見ると必ず思い出すのは過去何人もいた女性との甘ったるい記憶ではなく、と初めて迎えた、ちょっぴり苦いクリスマスのこと…。
Christmas Memories T
「…お前、また起きてんの?」
目の前にいる小さな女の子にぶっきらぼうに話しかけるのは、暗部の任務を終えて帰宅した17歳のはたけカカシ。その彼に話しかけられている推定4歳の少女はその薄桃色の瞳でじっと彼を見つめると、冷たい視線のまま何も言わずに俯いた。まだ名前もわからないこの少女、後になって彼女は早生まれであり、実は当時まだ3歳であったと知ることになるのだが…これはまた別のお話。
それよりもまだ月明かりの照らす早朝から二人を包み込むのは、これから昇るであろう輝かしい太陽とは違い、重苦しい沈黙のみ。カカシはそんな様子を見て深く溜め息をつくと彼女の横を通りすぎ、洗面所へと足を進めた。その様子を顔を上げて見つめていた少女は、洗面所へと消えていく長身を見送るとトコトコとリビングのソファへと帰る。そして毛布を被ると丸くなり、そのまま眠りの世界へと旅立っていった。
「……何で毎回ここで寝んだろ、コイツ……」
シャワーを浴び終え、リビングへと戻ってきたカカシ。ソファで寛ごうにも、何故かいつもこの少女が占領していて出来ないのだ。最後にこのソファに腰掛けたのは、一体いつだろうか。
かといって彼女の部屋まで運んでやろう、だなんて気もおきない。この子に対してそこまで情があるわけでもないし、ここで寝たきゃ勝手に寝てればいい。目の前にある小さな山を見下ろすと、ひとつ溜め息をつき、カカシは自室へと足を進めた。
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カカシがこの少女を拾ったのは、数ヵ月前のまだ暑さの残る季節。他国間で起きた権力争いの鎮圧の為に派遣された国の端で、少女はたった一人で座っていた。彼女の周囲は炎々と燃え盛り、もう言われなければわからないほどの沢山の元人間が転がる、そんな中にたった一人、無言で座っていた。
頬は煤だらけの体は泥と傷、それに血だらけ。何も映していないであろう大きめな瞳は薄い桃色。長さのバラバラな髪が、自分と同じ色であることに気付いた。
たったそれだけ…髪の色が同じだったって点だけで、気が付いたら肩に担ぎ上げ里へと帰還していた。連れていった後はどうするとか、ましてや自分がこの子を引き取るなんてことも考えず、ただ体が勝手に動いてしまっていたのだ。
始めの一ヶ月少々は、正体もわからないこの少女はある場所に監禁されたらしい。だが後に実はこの少女、今回の戦争で巻き添えを受け滅亡した小国『花の国』の娘であったと判明した。この花の国、当時すでに滅んでいたと言われていた幻の国であり、悲しいことに彼女が生きていたことによりその存在が確認されたのであった。
今まで滅んでいたと思われていた国のため情報がなく、この少女のことすら何もわからない―。そんな事実もありその後カカシに言い渡されたのは、保護という名の『同居』だった。異を唱えようと開いた口に隙も与えず言われたのは『決定事項じゃ』の一言。
―…九尾襲撃からたった四年。こんな時に同居?滅んだ幻の国の娘、しかもたった一人の生き残りを?正直、面倒臭いことこの上ない。何を考えてんだ、三代目は…・
訳もわからず、仕方なく自分と三代目の間に座り込む彼女を見やる。じっと三代目の方は向いてはいるが、相変わらず何も映さない瞳。ざんばらだった髪は監禁生活で整えられたのか肩上で切りそろえられ、血や泥でわからなかった透き通るような白い肌がよく見える。そして相変わらず機能を忘れたかのように全く動かない唇…
―…このくらい年の子供って、ギャンギャン煩いもんなんじゃないの?
何を考えているんだか全くわからない、年相応でないその姿にカカシは多少の恐ろしさをも感じた。
そうして始まった同居生活。同居、といってもカカシは全くこの少女に関心はなく、日々の生活に『物』がひとつ増えたような、その程度にしか捉えていなかった。
まだ暗闇に包まれている朝方に帰宅し、シャワーを浴びて寝る。夕方に目覚め支度をし、また夜の闇へと消えていく。彼女が寝ていようが起きていようが、いようがいまいが全く興味がない。彼女も彼女で何一つ言葉を発さず、自分のことはすべて自分で行っているように感じていた。
ただ一つ、カカシには理解できない行動があった。それはカカシが任務から帰宅すると、月明かりの下必ず玄関前に立っていること。特に言葉をかけられるわけではない。何か特別な行動に出るわけでもない。ただただ彼女はカカシが扉を開けると必ずそこにいて、浴室に入るのを見てからソファで眠るのだ。彼女の行動で唯一知っているのがそれだけだから、理解できないと感じているだけかもしれないのだが。
この時のカカシは他人に興味なんか持てずに荒れた生活を送っていた為、それが彼女なりの一生懸命な『淋しい』のサインだなんて気付くはずがなかった。