
「シカマル、プール行こ、プール!」
私のこの何気ない一言で、こんな大変なことになるなんて……。
ノコギリソウ 【戦い】
「暑いー!溶けるー!!」
これでもかっ!ってくらいの叫び声と共にガラリとシカマルの部屋の扉を開けた。前もってシカマルも今日明日休みだって聞いてたし、この暑さだと絶対部屋にいると確信してたんだ。
案の定私の幼馴染み兼彼氏であるシカマルは、扇風機を自分の方に固定しながらベッドに寝転がっていた。そんな彼をペイッと転がり落とすと、私はその扇風機を独占して彼の居場所を奪い取った。横では扇風機によって無理矢理作らされた風で、風鈴が涼しげに鳴っている。真っ青な空には気持ちよさそうに入道雲が浮かんでるし蝉はミンミン鳴いてるし、向日葵だって綺麗に太陽を追い続けてる。
「あ〜…夏だねぇ…」
「『夏だねぇ…』じゃねぇーよ、バカ」
シカマルは思いっきり眉間に皺を寄せてはぁ、と軽くため息をついて私を見下ろす。次の瞬間、まるで悪戯を思いついたかのようにニヤリと笑うと、私の隣に寝転がってわざとくっついてきた。
…こうもくっつかれると、きゅんとするよりも…正直今は暑い。
「暑いーあっちいってーいじめっこー」
「暑いならお前がどっかいけ。ここはオレの部屋だろーが」
「ってかクーラーくらいつけなよー。暑くて最悪だよ、この部屋」
「だったら来んなっつーの、めんどくせぇ…」
「だってまだお兄ちゃん帰ってきてないんだもん。さみしいもん…」
「……」
こんな暑い日は、昔のコトを思い出す。
私が初めてお兄ちゃん、ことはたけカカシに出会ったのも、蝉の音が鳴り響く真夏の暑い日だった。お兄ちゃんが任務で訪れた国、それが私のいた小さな国だった。だけど戦争が起きて、国も里も人も…すべてがなくなってしまった。そこで唯一生き残っていたのが、戦災孤児となっていた当時三歳の私。お兄ちゃんは私が同じ銀色の髪だったからか、それとも何かあったのか… わかならいけど、怯える私をそのまま木の葉に連れてきてくれた。
だからなのか、暑い日は無駄に不安になる。出来るだけ一人になりたくない。昔を思い出して黙って枕に頭を突っ伏す私を見て、事情を知っているシカマルは再びため息を吐くと頭をわしわしと撫で回した。
「昔でも思いだしたか」
「んー……夏ですからね、仕方ないよ」
「まぁな…無理すんな」
そう言ってシカマルは私のおでこに優しくキスを落とすと、すっとベッドから降りて床に座った。私は突然与えられたそれが嬉しくて、おでこを押さえて笑顔を作る。そして話題を変えようと、わざと大きな声で切り出した。
「ときにシカマルさん、あーそびーましょ!」
「ヤダ。暑いしめんどくせぇ」
「えー、暑いからこそできる遊びもあるじゃん!例えば…『かき氷大食いチャンピオン決定戦』とか?」
「一人でやれ」
「『チューペット味当て選手権』とか?」
「変わんねぇよ」
「『水遁王座決定戦』とか?」
「水遁つかえねぇよ」
「もう、文句ばっか!ばーか、シカマルのばぁぁーーか!!」
ふーんだ!といじける私を尻目に、シカマルは近場にあった雑誌をペラペラめくりだす。彼女がこんなにも怒ってるのに、何て落ち着きはらった様子なの!背表紙にいる水着のカップルはあんなにも楽しそうに夏をenjoyしてるってのに…
…ん?夏?
……水着?
……カップル??
!!!!!!!
「あーーーー!!」
「…っるせー!何だよいきなり!」
「わかったよ!シカマルも納得の一品!」
「……は?」
シカマルは訝しげに私を見てくる。私はにんまり笑顔を作ると、シカマルの持っている雑誌の背表紙を指差して言った。
「シカマル、プール行こう、プール!これなら遊べるし冷たいし涼しいしそこに割引券ついてるし、まさに一石四鳥っ!」
「別に良いけど、お前水着あんのか?」
「おうともさっ!アカデミー時代のスクール水着があるっ!」
「ぶっ!!」
私の発言と共に噴き出したシカマル…何かおかしいコト言ったっけ?
「…お前、まさかそれで行く気か?」
「何よ、太って入らないんじゃないかとか言う気?自慢じゃないけどあの頃から体重そんな変わんないんだから!」
「ちげーよバカっ!!!!そういう意味じゃなくて…まぁあれだ、ちゃんとしたの買えって」
なんだかよくわからないが、シカマルは新しい水着を買えという。でも水着だってそんなに安くないということを、彼は知っているのだろうか。それにもうすぐシカマルの誕生日もくるし、個人的には無駄な出費は押さえたい。
「…やだよ、お金もったいない。あれまだ入るもん」
「だーー!!そういう問題じゃねーっての!おら、金出してやるから買いに行くぞ!プール行くのは明日だ!」
「え、シカマルも一緒に選んでくれるの?じゃぁ行くー!!」
私の中での優先事項は、断然『無駄な出費<<<<シカマルとの楽しい時間』だ。しかも選んでくれるという素敵なおまけつき!これはもう行くしかないだろう。あ、でもお兄ちゃんが夕方には帰るって言ってたや…帰ってくるときにいないと寂しいだろうし、メモでも残しておくか。
「一旦家帰ってメモ残してくる!だから先に売り場行ってて?すぐ戻ってくるからね!絶対気ぃ変えないでよ!?ホントにすぐ戻ってくるからね!?」
シカマルの気が変わってしまうことを恐れた私は目にも見えぬ早さで印を組むと、ボワンッという音と共に一瞬にして家に帰った。
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「やーっぱ、色白のには赤だーね。次、これ着てみてちょーだい」
女性用水着売り場に響く、この場にはそぐわないまったりとした男性の声。その声の主、カカシに怒りの矛先を向けているのは他でもない、シカマルだった。
「わかった、お兄ちゃん!」
「『わかった、お兄ちゃん』じゃねーよっ!何でここにカカシさんがいんだっての!」
新たな水着を探しに売り場に戻ったカカシを背に、更衣室の扉を閉めようとしたの手を取り問い詰める。
―オレだって久々の二人っきりの買い物、楽しみだったっつーの!!
そんな思いを知ってか知らずか、はニコッと笑うと嬉しそうに答えた。
「メモ残しに家に行ったらね、お兄ちゃんが丁度帰って来たの!予定よりも早く任務が終わってたんだって!で、シカマルと水着を買いに行くって言ったらすんごい淋しそうに『お兄ちゃん、久々に帰ってきてがいないと淋しいから一緒に行く』ってぎゅーってしながら言ってくれて!」
その話を聞いてちらり、とカカシの方を見ると、カカシはシカマルの方を見てニヤリと笑った。淋しい?そんなはずねーだろ!どう考えても邪魔したいだけだろーがっ!そう思うけどの前では口には出さない。なぜなら彼女が義兄を大事に思っているのは十分に知っているから。
そんな俺の気遣いも知らず、んじゃちょっと着替えるから、と扉を閉める。パタン、と閉まった瞬間、シカマルはカカシの隣へ移動した。
「いちいちオレらの邪魔したりに抱きつくのやめてもらえませんか、カカシさん」
「オレのだよ、そんなのお前に言われる筋合いはなーいね」
「お兄ちゃーん、シカマルー、着終わったよー」
の声は耳に入っていたが、怒りと呆れでため息が出る。ほんとこのシスコンがっ!それに…
「わかってねーな、カカシさん。はあの赤のヤツよりもこの白の方が絶対似合います」
「いーや、わかってないのはお前だよ、シカマル。それよりもこっちのピンクと黒のビキニの方がっぽいじゃないか」
「っ!!にはまだ色っぽすぎます!義妹にそんなもん着せる気か、あんたはっ!」
「ねー、着終わったってばー見てよー」
少しぶーたれたの声が遠くに聞こえる。俺は相手にしてられない、と彼女のいる更衣室へ戻ろうとした。
「あ、ガキには刺激が強すぎたか。でもオレのはもう大人なんでね。可愛さを最大限に引き出してやるのが兄の務めじゃないかー」
・・・・いちいち癪に障る言い方をするヤツだな、この人は!!
「『オレの』だっ、あんたのじゃねー!!もういいから、お前次これ着ろっ!!」
「いーや、これだね!、こっちを着なさい!」
「違うっ!こっちだ!」「これだっ!」
「「これを………」」
「〜〜うるさーーーいっ!!もうスクール水着でいいっ!!」
「「それだけはダメだぁーーーー!!!」」
神様、オレの今の願いは一つだけです。
明日はどうかと『二人きりで』プールに行けますように……
(あ、明日お兄ちゃんもお休みだよ!)
(…神様ーーー!!!!)