
だいぶ外の空気も暖かくなった頃。
お別れの日まで、あと一日となりました。
Diamond lily 〜Last Day〜
『一護、おっきろー!!』
その声と共に勢いよくベッドに倒れこむ。一護は毎朝「ぐおっ…!」とこの世の終わりかのような声を上げるけど、気にしない。起きたことを確認すると先にリビングへ降り、慌ただしく朝ごはん食べている妹たちの頭をそっと撫でる。そしてお父さんに朝の挨拶をする。お父さんは返事の代わりに微笑んで頷く。
一護と学校へ行き、授業を受ける。飽きたら一護の席で邪魔をして怒られ、その声に一護が先生に怒られる。お昼になったら日向ぼっこをして、お昼寝する。午後の授業が終わったら一護と帰って、家で遊ぶ。たまに冬獅郎や乱菊さんが来てくれて、死神や尸魂界について話してくれる。まぁ、今聞いてもあっちに行ったら忘れちゃうんだけどね。
これが、私の七週間(正確には六週間)の日常だった。それももう、今日で終わり。今日は私の法要があって、明日には冬獅郎が迎えに来てくれる。学校は行かないのに制服を着た一護が漸く降りてきて、私を見るなり「毎朝毎朝いてぇよ」とジロリと睨んできた。私を見えない夏梨がその様子を見て「いいな、一兄。姉に起こしてもらえて」と一護をジロリと睨む。さらに遊子が「ずるいな、お兄ちゃん。私も起こしてもらいたい」と言って頬を膨らます。その様子に私は苦笑した。
「ずるくねーぞ、本気で痛ぇんだから」
『ごめんごめん、それも今日で終わりだから許して!』
「…」
何気なく放った言葉に一護は一瞬悲しげな顔をして、そのまま朝ご飯を食べ始めた。寂しくならないように明るく言ったのにそんな顔するな、バカ。思春期真っ只中のくせに、素直すぎるぞ。そう頭でツッコミを入れてても私も悲しくなって、紛らわそうと一護にあっかんべーした。
家族だけで行った小さな法要は、滞りなく終わった。どんな気持ちになるのか不安に思ったこともあったけど、自分のことながら案外呆気なく感じた。明日から私はここにいないんだなぁと思うと少し不思議な気分だが、この数週間でやり残したことは達成できたので、結構スッキリしている。
「ね、姉」
『なぁに、夏梨』
法事からの帰宅途中、夏梨が話しかけて来た。夏梨は私が見えないはずなのに、居る方向は何となく感じるようで、話しかけられるといつも目が合っている気がしていた。
「明日で姉、家からいなくなっちゃうんでしょ?」
『…そうね』
「…そうだな」
返事の聞こえない彼女のために、一護が返事する。明日で四十九日目。私は尸魂界へ送られ、記憶を消される。記憶云々の話は家族にしていないけど、居なくなることは話していた。
「そしたらさ、一兄とちょっと思い出の場所でも回っておいでよ!」
『え?』
「そうだぞ、今日しか見られないぞ!」
「親父はどこ向いてんだよ。はこっちだ」
相変わらず見えないフリをするお父さんは、フルスイングで見当違いな場所を向いて言った。思い出の場所…と言ってもこの七週間で結構あちこち挨拶回りもしたし、イマイチ思い浮かばない。それよりも、今はみんなと一緒に少しでも長くいたい。
『んー…もう結構回ったし…』
「結構回ったから平気だってよ」
「いやいやいや!行ってないところきっとあるよ!」
「そうだぞ!幼稚園とか見て来たか!」
『よ、幼稚園は特に見たいとは思わな…』
「そうだよお姉ちゃん、幼稚園の思い出大事!」
「ほら一兄、いっておいで!」
三人は昔通った幼稚園の園歌を歌いながら一護の背中を押し、家とは真逆に位置している幼稚園へと誘導される。遊子と夏梨はついこの間まで通っていたからまだしも、お父さんよく覚えてるなと少し尊敬。
私は押されてるわけでもないし帰ろうと思えば帰れたのだが、なんだかよく分からないがとりあえず一護と幼稚園へ向かうことにした。
*****
午後の幼稚園は丁度お迎え時間のようで、子供や保護者であふれていた。今は亡き母が迎えに来た時の暖かな気持ちや友達と喧嘩した思い出、奇跡的に出られた運動会など、確かに懐かしさはある…が、特別これ!という思い出があるわけでもない。それは一護も同じようで、しばらくぼーっと眺めていた。
『ね、一護』
「あ?」
『私、ここより家の方が思い出沢山あるよ』
「…まぁ、そうだろうな」
帰るか、というと一護は前を歩き出した。でも折角ここまで来たし、ついでに色々回るかと、二人で寄り道しながら帰ることにした。子供の頃よく駄菓子を買いに行った怪しい店主がいる商店、小さい頃に私もほんの少しだけ通った道場、一護が怪我して一緒に泣きながら帰った公園、ほとんど行けなかった小学校…一人で回った時と違い、ずっと一緒にいた一護と回るのは思い出話に花が咲いて楽しかった。これも今日で終わりかと思うと切ない気持ちが湧き上がるが、私も一護も気付かないふりをした。
*****
『ただいま?』
「…あれ、誰もいない…?おい、帰った…」
いつもなら騒がしく出迎えてくれる家族がいないことを不思議に思いつつ二人で入ったリビングは、普段と様子が違っていた。壁には折り紙の輪っかが飾られていて、遺影のお母さんが凄まじい量の花で囲まれている。テーブルには数週間前に食べたピクニックのメニューと同じく、私の大好物ばかりが並び、真ん中にケーキも載っている。
そして真正面の壁に大きく飾られた文字に私も一護も目が離せずにいると、突然クラッカーが鳴り響き、飛び跳ね振り返る。そこにはとんがり帽子を被った妹たちが、笑いながら迎えてくれた。
「お帰り、お兄ちゃんお姉ちゃん!」
「一兄、時間稼ぎありがと!さ、今日は騒ぐよ!」
「…時間稼ぎ?何のことだよ?!ってかこの派手な飾りなんだよ、仮にも今日はの四十九日法よ…ってーな!何すんだよ!」
【四十九日法要】と言おうとした一護の頭を、キラキラした三角帽子と鼻メガネをつけたお父さんが勢いよく叩いた。私は全然状況が飲み込めず、ただただ見守るだけだ。
「いいか一護、。確かに今日は四十九日法要。は明日でここを離れる。でもだからなんだ!離れたって、は家族に変わりないだろ」
「…親父…」
「はある意味この家を出て、自立をするようなもんだ!つまり、いつでも帰ってくればいい!」
『お父さん…』
四十九日を迎えると考えると悲しく暗くなるため、どうにか明るく見送れないかとお父さんと妹たちで数日前から考えていたらしい。その考えが何とも黒崎家らしいし、その心遣いがすごく嬉しい。そして何より、この壁に飾られた言葉ー…。
《お姉ちゃん、ずっと大好き!》
私の視界はどんどんぼやけてきて、込み上げるものが我慢できず大泣きしてしまった。それを一護が説明したら夏梨と遊子も泣き出してしまい、お父さんと一護が慰めるのにてんやわんやしていた。そしてその日は夕方から夜遅くまで、みんなで騒いで過ごした。