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「とーしろー!こっちこっち!」

 昨日の雛森の様子を気になりつつも待ち合わせのテーマパークに着けば、もこもこで縁取られたフードのついた紺色のコートに薄桃色のワンピース、巻いた髪を二つに結わいた、いつもとは違う雰囲気の少女が立っていた。

Diamond lily 〜Date U〜


 俺に手を振るは頭に生き物(恐らく兎)の耳を付け、肩から見慣れた赤鼻のリスが描かれた籠みたいなものを下げ、それはもうはち切れんばかりの笑顔を向けている。はっきり言って、その辺にいる人間よりも断然可愛い。俺は顔に熱が集まるのを感じ、気を紛らわそうと辺りを見回した。
 ここには初めてくるがあまりの人間の多さ、そして敷地の広さに驚く。松本の資料に目を通しておいて良かったと心から思った。周りを見回せば老若男女問わず、この場にいる全員が目を輝かせ、楽しんでいる様子が伝わってくる。

「さ、行こう!」

 は笑顔のまま俺の手を自然に取り、人混みの【上】をゆっくり歩き出した。



 初めて入るテーマパークは、見るもの全てが目新しかった。入り口近くでは変な動物の人形が手を振っていて、はいちいち彼らに駆け寄り、両腕を広げて勢いよく抱き着く。なんでも人間の場合は抱き着くのに列を作らなければいけないらしい。中でも彼女のカバンにいつも付いている赤鼻のリスを見つけた時は、歓喜のあまり泣きそうな勢いで抱き着いていた。その姿に少しもやっとしながらも、人形(の中にいる人間)には見えていないだろうが、見つける度に歓声を上げて抱き着く彼女は、今まで見た中で一番年相応の少女に見えて可愛らしかった。
 園内を見渡すと、デザインは様々だがと同じような籠を肩から掛けている人が多く感じた。だが彼らの籠には中身が入っているようで、これが松本が「ここで人気のお菓子で、売り場が転々としてるので覚えておいてください!」と言っていた「ぽっぷこおん」を入れるものだと気付いた。

、【ぽっぷこおん】食うか?」
「食べる!いちご味のやつがいいんだけど、えーっと売り場はどっちだったかな…」
「…苺は確か、あっちだ」

 が地図を見ようとしていたその手を引きながら、俺は昨日何度も見た資料を思い出しつつ歩く。資料と同じように全体を上から見れる分、人混みもないし迷うこともない。それにしても地上はすごい人だ。今日は二人で義骸に入ることも考えたが、この人数であれば小柄な自分たちはすぐに飲まれてしまうし、多少の制限はあってもこの体で過ごして正解だったと思った。
 しばらく歩いて売り場に着くと、隙を見てきちんとお金を払ってポップコーンを入れる。それを2人で食べながら、のんびりと次の乗り物へ移動した。その後もこの広い園内を松本の抜かりない視察報告と俺の記憶力の賜物で迷うことなく乗り物に乗り込み、その度にはキャッキャ声を上げて楽しんでいた。

………
……


 乗り物もだいぶ乗り、空には星が輝き始めた頃。そろそろ始めるパレードを見たいと言うので俺たちは下の混雑とは無縁の、特等席とも言える建物の屋根の上でのんびり見ることにした。春間近とはいえ夜は冷えて来ていて、俺もも自然と近付き丸くなってその時を待っていた。近づき過ぎてふとぶつかった彼女の右手があまりにも冷たく、俺は悩みに悩んだ挙句その手に自分のそれをそっと重ねる。は驚いたように小さく跳ねたが、俺を見るなり小首を傾げて「あったかいね」と微笑んだ。

「ね、冬獅郎」
「なんだ」
「もしかしてさ、前ここでデートしたことある?」
「は?!」

 何言ってんだ、こいつは!あるわけねーだろ!あったらあんな資料穴が空くほど確認なんかしない!の発想に俺は驚いたが、それがバレないよう平然を装って言った。

「…ねーよ」
「だって冬獅郎、初めてにしてはここ詳しくない?ポップコーン売り場も、アトラクションの場所も」
「それは…」

 松本が事前に調べたというのも何か癪で、語尾が小さくなる。するとは「ちぇー、冬獅郎はここでのデート経験済みだったかー」と口を尖らせていた。その言い方が妙に可愛くて、事実とは違うが敢えて訂正しなかった。

「お前も知ってるみたいじゃねーか」
「私はね、よく家族でここに来てたんだ」

 そう言って微笑む。彼女は本当に家族を愛していて、家族も然り。それは彼女の身に纏う空気からもずっと伝わって来ていた。

「でもやっぱり病気で何回かはみんなと一緒に来れなくて。でもある日、ここから帰ってきた一護が【お前も一緒に行ってたぞ】ってこの子をくれたの」

 それは彼女のカバンにずっと付いている赤鼻のリスの人形。が行けない時は代わりに連れて行き、発作で苦しい時は助けてくれたこいつは、彼女の支えだったと悲しげに微笑んだ。そんな彼女の表情に似合わず、眼下では楽しげな音楽に合わせ沢山の光の列は幻想的な世界を作り始めていた。

「他にも…ここには沢山…思い出があるの。お母さんが生きてた時も来たし、遊子と夏梨が小さい時も来たし…その度に…っく…」

 今日一日、ふとした瞬間に悲しげな顔をしているのに気付いていた。それは家族との思い出を手繰り寄せ、この先消えてしまう幸せな記憶を忘れたくないと苦しんでいたのだろう。それと同時に家族への愛が溢れていたのも伝わっていた。堪え切れなくなり静かに流れ出したその涙は光に反射してキラキラ輝いていて、今まで見た誰の涙よりも一番暖かで綺麗だった。



 しばらくして光の世界が静寂に戻る。それと同時に顔を上げたの顔は涙で濡れていたが、しっかりと俺を見て言った。

「ありがとう。最後に冬獅郎と一緒に来れて良かった」

 そう涙を浮かべて微笑む彼女は儚げで、でもどこかとても強く感じた。


*****


「今日は本当にありがとね!」

 部屋に戻り、帰ろうかと窓辺に向かう時にが言った。凄く楽しかった!と笑顔を浮かべる彼女の表情はとても明るく、先程までの弱さは見えない。こいつは本当はここから離れることを恐れているし、悲しんでいるのを知った。本当は泣き虫で、結構甘えん坊であることも知った。そんな素の彼女を見せてくれたことを、何故だか嬉しくも感じていた。
 弱さは滅多に見せないだろうが、この花のような笑顔は誰にでも見せるのだろうか。流魂街であっという間に彼氏が…とか考えると、胸にモヤがかかる。そんな考えを振り払おうと頭を振ると、じゃあな、と彼女の頭にポンと手を置き、撫でてやった…とその時、の部屋の扉が開いた。

〜、明日の朝は早めに出…って、え?」
『あ、一護!』

 頭を撫でたと同時に入って来たのは、と同じオレンジ頭の男。俺を見るなりドアノブを持ったまま固まっている。こいつも俺が見えているのか…?

「だ…誰だよ、お前っ!」
『一護、冬獅郎見えるの?!』
「冬獅郎…?お前が冬獅郎かっ!…ってか手!から手を離せっ!」

 そう言うなりの体をぐいっと引っ張り、自分の背に隠す男…の双子の兄。今まで直接見たことはなかったが、さすが双子、同様霊力の高さは普通ではない。兄は俺を睨んでいたが、が突然兄の頭を叩く。

「ってーな、なんだよ!」
『なんだよ、じゃないよ!冬獅郎に失礼でしょ!やめてよ、私の大事な友達なんだから!』
「友達…?」
『そう!それに今日一日デートしてくれたんだから、むしろお礼を言うべき相手だよ!』
「デートォォ?!」

 そう言って俺を見てくる兄。その顔は怒りで筋肉がピシピシいっているのが見える。その様子には再度頭を叩き、お礼!と言う。どうやら妹の方が強いようだ。

「…妹が世話になったな」
『なった、じゃないの。これからもなるの!』
「あ?!まさか彼氏とかなのか?!」
『ち、違うよバカ一護っ!冬獅郎はそんなんじゃっ…!』
「バーカ、冗談に決まってんだろ!お子ちゃまなお前に彼氏なんか十万年はえーんだよ!」
『なにー?!』

 あーあ、は兄貴な気持ちがわかってねぇなぁ…と思いつつ、俺はこの兄妹喧嘩を微笑ましく思いながら、俺は松本への土産を両手に抱えてそっと窓から外に出る。するとが『あっ、冬獅郎!』と慌てたように声をかけてきたので振り返った。奥を見れば兄が睨んできていて、そのあからさまな敵対視に苦笑が漏れる。そんなことに気付かないは窓辺に駆け寄ると、そっと耳打ちした。

『来週、待ってるね』

 そう、彼女が本当に旅立つまであと一週間。その言葉をどんな思いで口にしたのだろうか。俺は小さく頷くと、兄貴の刺さるような視線を感じながらもふわふわの頭をそっと撫でてやった。