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 夜も深まり、日付けも変わってだいぶ経つ。私は一人、一護のベッドに腰掛けながら窓から空を見ていた。そこにちょうどお父さんの深酒から解放された一護が帰ってきた。

「ぅおっ!お前、勝手に人の部屋入ってんじゃねーよ!」
『やだー、一護くん。思春期特有の見られちゃ困るものでもあ…』
「ねーよ!驚くっていう話だ!」

 私のボケも無視して「…ったく、どいつもこいつも…」と文句をこぼしながら、目の前にある大きめのビーズクッションに倒れこんだ。お父さんは淋しさを紛らわすかのように珍しいほどお酒をたくさん飲み、まさしく泥酔して眠りについた。それに絡まれていた一護も多少飲まされたようで、眠そうに目をこすっている。

「あのクソ親父め、こっちは未成年だっつーのに!」
『まぁまぁ、お疲れさま』

 今はまだ未成年だけど、将来はきっと男同士、盃を交わしたりするのかな。その姿を見れないのは悲しいけど、その姿を想像するだけで幸せな気持ちになる。ニコニコ見下ろす私を、ちらっと見上げた一護と目が合う。なんだろう、と首をかしげると一護は小さく笑った。

「それにしても…アイツらには驚いたな」
『うん、すごい嬉しかった!』

 明るく見送ろうと頑張って計画してくれた妹たち。感謝してもしきれないほどの言葉をくれたお父さん。そしていつも一緒にいてくれる一護。私はなんて幸せ者なんだろうかと、心の底から感じた。

『一護は今日の計画、全然知らなかったの?』
「あぁ。俺は嘘下手でにすぐバレるから言わなかったんだってよ」
『なるほどね、正しいわ!』

 一護は嘘が苦手だ。そしてそれを見抜くのが、私は大得意だ。くすくす笑っていると、ジトっとした目で私を見てきた。そんな目をしても眠そうで全然怖くないぞ、一護!そんな一護に、私はずっと言おうと思っていた言葉を告げた。

『ねぇ、一護。私、あっちの世界行ったら死神になるよ』
「死神…?」
『そう。死神っていうお仕事があるんだって。冬獅郎がそうだよ』
「…まさかアイツがお前を連れてったわけじゃないだろうな?」

 確かに私たちの想像する死神は「見えたら死ぬ」みたいなイメージだ。だけど全然そういうのじゃないし、私の寿命と冬獅郎は一切関係ないはずだ。

『やめてよ、全然関係ないから!冬獅郎との出会いはほんと偶然なの』
「ふーん」

 本格的に眠くなってきたのか、目をこすりながら相槌をする一護。その顔は幼い頃と変わらなくて、私は眺めながら微笑む。

『私、冬獅郎にはいろいろ感謝してるの。冬獅郎のおかげで死ぬのもそんなに怖くなかったし、死んだらそこで終わりじゃなくて、その先で何か出来るんだって知れたの』
「…そうか」
『それに、死神になったら冬獅郎みたくこっちに来れるでしょ!』

 そしたら絶対会いにくるからね、と微笑むと、一護は「お前バカだから、そもそもなれねぇんじゃねぇの?」と笑いながら言ってくれた。まぁ、乱菊さんがいうには学校とかあるみたいだし、その可能性もあるけどさ。そんな話をぽつりぽつりとしていたが、一護はいよいよ夢と現実の狭間を彷徨い始めた。なのて私は当初の目的通り、一護のベッドに潜り込んだ。

『さぁ、一護くん!そろそろ寝よっか!明日は学校だよ!』

 そう言って掛け布団の片側をあげ、隣を叩く。今日は一緒に居られる最後の日。私はずっと、最後の夜は一護と眠ろうと決めていたのだ。一護は眠い目を一度開いて呆然と見つめていたが、ほんとバカだなお前、と言って笑いながら隣に転がった。
 私と一護は自然と手を繋ぐ。子供の頃眠れない時、よくこうしていたものだ。私はぼーっと天井を見ていたが、ふと隣を見ると一護は眠気に抗っていた。もう四十九日目を迎えたので、私がいついなくなるのかわからないという思いがあるからだろう。一護は私が居なくなるのを悲しんでくれている…そう思うと私は心が暖かくなるのを感じた。

『ね、一護』
「…ん」
『私、みんなが眠ってる間に行くね。さよならなんか言わないからね』
「…寝ねーからずっと行けねぇな」
『なにバカ言ってんの。ちゃんと寝ろっ!』

 本当は眠いのに強気な物言いに、私は泣きそうになるのをぐっと堪えた。溢れ出そうな涙を誤魔化すように、私は言葉を続ける。

『好き嫌いせず大きくなれよ!』
「ガキか、俺は」
『さっさと可愛い彼女作れよ!』
「うるせー」
『私がいないからって悲しむなよ!』
「…それは無理」

 その瞬間、こっちを向き小さく微笑みきゅっと手を強く握ってくれた。いつになく素直で、優しい笑みを浮かべてる。それを見て私も微笑む。うん、君はきっと大丈夫だ。他にも『今までありがとね』とか『これからも頑張れよ』とかいろいろ伝える度に小さく相槌を返してくれていたけど、彼は睡魔との戦いに負けたのか途中から返事は聞こえなくなった。一護の中の私は最後、ちゃんと笑えてたかな。
 私はそっと布団から抜け、しっかり一護に掛ける。我慢の限界を超えて溢れる涙でもう視界はぐちゃぐちゃだけど、それでも目の前の優しい寝顔を眺める。忘れないように、焼き付けるように。そして規則正しく上下する胸元にそっと手を置き、まるで子供をあやすかのように数回ポンポンと叩いて耳元で囁いた。夢の中にも届くよう、最後の願いを込めてー…。

『またね、一護』


………
……


 眠りの淵から、どこか眩しさを感じて目を覚ます。いつの間にか眠っていたようで、開けっ放しのカーテンから朝日が入り込んでいた。そのまま外を見れば、空は清々しいほどの快晴が広がっている。ふと隣を見れば、昨夜まであった自分と同じオレンジ頭はもういない。彼女は言葉通り、さよならも言わずに行ったらしい。でもそこにはふわりと、彼女の気配を感じた気がした。

 昨夜は未成年だと主張したにも関わらず親父に付き合わされたことにより、異常なほどの眠気を感じながら部屋に戻ってきた。その後と何か話していた気がするが、あまり思い出せない。けれど、凄く柔らかな時間だった気がしている。
 ふと机を見るとが愛用していた花瓶が置かれていて、そこに見覚えのない一輪の花が活けてあることに気付いた。花好きの妹のことだ、きっと彼女からのメッセージだろう。俺は口元に笑みを浮かべて花瓶を手に取ると、下の階にいる妹たちに声を掛けた。

「遊子夏梨ー、花言葉辞典どっかになかったかー?」
「お姉ちゃんの部屋にあるよー!」
「何、一兄が花言葉とか気持ち悪っ!」
「うるせー、からの置き手紙だよ!」
「お姉ちゃんからの?!」「姉からの?!」

 待って待って、一緒に読むー!という嬉しそうな妹たち声と同時に三人分の駆け上がる音が響き渡る。花一つでこれだ、お前はホント愛されてるぞ、。その様子を彼女は何処かでくすくす笑って見ている、そんな気がした。


Diamond lily 〜また逢う日まで〜