
「冬獅郎、デートしよっ!」
は満面の笑みを浮かべ、小首を傾げながら言った。それはもう、花のように可愛らしい顔で。この世にこの誘いを断れる男がいるなら見てみたいと、俺は思った。
Diamond lily 〜Date T〜
がこの世を去るまであと半月になる頃、俺はようやくゆっくりと現世に来ることができた。たまに様子を見に来てはいたが、の魂葬の件でこの地区担当の池松が何故かの担当を頑なに譲ろうとしなかったので、時間はかかったが(少々職権を乱用して)魂葬だけなら、とやっと話をつけられた。そのことを知った草鹿からの「何故何故どうしてー?!」の追求はなかなかしつこく、頑なに口を割らずにいたら名指しで凄い勢いで仕事を押し付けられ、なかなか時間も取れずにいた。さらに言えば彼女も家族水入らずで過ごしたいだろうと思ったことと、何より彼女自身いろいろと考えるものがあるだろうと思い、来るのを少し躊躇った部分もあった。
現世に降り立ち彼女の霊絡を辿ると、相変わらず真っ直ぐに黒崎家に続いていた。
「冬獅郎!来てくれたんだ!」
は以前と同じように、俺を見つけては窓を開けた。変な話だが、生きていた頃と異なり顔色が断然良い。そして華奢な腕に点滴の管が繋がれていない分自由に動ける彼女は、本来の彼女らしさを取り戻したような印象を受けた。病気と闘っていない彼女を知らないので、あくまで想像だが。
部屋に入ると主のいない部屋にも関わらず、暖房が付いているのか暖かい。不思議に思っていると兄や父親が気を遣ってつけてくれるのだと言った。あの霊力の高い兄貴はやはり彼女が見えるようになったらしく、彼女はとても嬉しそうだった。その嬉しそうな表情を見て胸の辺りが少しムカムカしたが、それが何か分からず気付かないふりをした。
は俺のここ最近の様子を尋ねながら、彼女自身のこの数日間の出来事を身振り手振りで楽し気に話す。学校のこと、兄のこと、家族のことー…彼女の瞳を通して見える世界は輝いているのか、紡がれる言葉は全てキラキラしていて、俺もつられて小さく笑って聞いていた。
しばらくすると外からは学生の下校時間になったのか、楽し気な男女の声が響き渡る。その声を耳にしたは突然言葉を止め、そっと立ち上がると窓から外を見下ろす。外からの楽し気な声とは対照的に、先ほどまでの楽し気な彼女とは雰囲気が少し変わった気がして、俺は声を掛ける。
「…?」
「ね、冬獅郎」
は外を見たまま、少し言いづらそうに話してくる。外からは相変わらず楽し気な声が聞こえていたが、離れていったようで音量は小さくなっていった。姿が見えなくなったのかがこちらを向いて言った。
「冬獅郎、言ってくれたじゃん?四十九日で心残りがないようにって」
「あぁ」
「私ね、まだ心残りがあるの」
心残り…若くしてこの世から去るのだ、きっと沢山あることだろう。そう思い立ち上がっている彼女を見上げると、彼女はゆっくり近づいて来る。そして俺の目の前に座ると、そっと両手を掴まれる。
「冬獅郎、叶えてくれる?」
「俺に出来ることなら…」
俺に出来ることであれば、彼女の望みを叶えてやりたいと思った。それで彼女の気持ちが落ち着くのであれば、なんでも。それにしても一体何だろうか…想像もつかないが、彼女の真剣な表情を見てきっと大事(おおごと)なのだろうと構えた。
しかしそんな俺の考えを裏切り、彼女の口から出たの言葉は意外すぎるものだった。
「…私ね、デートしてみたかったの」
「…は?」
俺の反応が気に触れたのか、はキッと睨んで俺を見る。しかしその顔は単なる上目遣いに見えて怖くもなんともない。
「だって私、恋もせず死ぬんだよ?!彼氏も出来ず、デートもせずだよ?!」
「…お、おう…」
「だから冬獅郎、デートしよ!」
「は?!」
何がどうなって「だから」に繋がるのか全く理解が出来ない。俺は目を見開き、にこにこ誘う目の前の彼女を見やる。
「ね、デートしよ!」
そう小首を傾げて甘える彼女を、俺は断ることが出来なかった。
*****
「とテーマパークデート!?」
松本の好奇心か抑えられていない声が執務室に響き渡り、俺は眉間に皺を寄せた。「デートっぽく現地集合ね!」と言った彼女に押し切られ、俺は数日後再度現世に行くことになった。その日は丁度休みなので仕事的には問題ないが、一体現世で、さらに【テーマパーク】という何が何だかよくわからない場所でどう過ごすものなのか、全く見当がつかない。ちなみにが言うにはテーマパークとは「ものすっごい楽しい夢の世界」と言っていたが…。
「…それ、私見学しに行っていいやつですか?」
「良いわけねーだろ!」
ニヤニヤしながら見てくる松本に、俺は頭痛を覚える。すると松本は突然「あ!」と大声を出し、少しばかり驚いで体が小さく跳ねた。
「なんだ突然」
「私、明後日現世任務です!」
「そう言えばそうだったな」
「の様子見に行きつつ、帰りに隊長が恥かかないよう、そのテーマパーク下見して来ますね!」
「…それ、単にお前が楽しみたいだけじゃねーか?」
「やだぁ!隊長のためですよ、隊長の!」
そのためにその日は午前中に任務終わらせるので、午後半休頂きますねー!と松本はウキウキしながら言った。絶対松本自身がその「ものすっごい楽しい夢の世界」で楽しみたいだけなのは分かっていたが、正直事前にどういうものなのか知れるのは助かるので、気付かぬふりをして半休をやることにした。
*****
約束の日の前日。もう少しで終業時間となる頃、事件は起きた。
俺と松本は執務室でいつも通り仕事をこなしていた。手元には普通の仕事の書類に紛れて、松本が纏めたテーマパークの詳細が書いてある書類が広がる。ちゃっかり彼女自身への土産リストまであり、その準備の良さに俺は苦笑する。そして仕事の合間を見てその資料を見てしまっていることをニヤニヤと指摘され、案外俺自身も心待ちにしていることに気付かされた。それが初めて【テーマパーク】という楽しげな場所に行ける事へなのか、そこへ【と】行ける事へなのかは深く考えないことにする。
しばらくすると軽い足音が響き始め、執務室の前で止まると雛森が勢いよく入って来た。
「シロちゃん!」
「日番谷隊ちょ…」
「ね、シロちゃん!明日お休みなんだよね?」
俺のツッコミに被せる勢いで、自分の要件のみを伝えてくる雛森。その体は俺の机の半分以上乗り出していて、重要書類が数枚シワを作っていた。俺はそのシワと同じくらい眉間に皺を寄せつつ、そっとその書類を端に寄せる。彼女の質問への返事はしていないものの休みであることを認識してきているため、然程気にしていないようだ。だが次に雛森が口にした言葉への返事に、俺は詰まってしまった。
「私も明日、お休みなの!久し振りに一緒におばあちゃんのところ帰ろうよ!」
雛森はニコニコと嬉しそうに見て来ていて、断るのが申し訳なく感じた。だがきちんと断らないと、わざわざ勤務時間中に執務室にまで来て誘ってくれた彼女にも悪い。俺は笑顔の雛森の顔を見て口を開いたが、やはり言いづらさがあり目を逸らして言った。
「悪い、明日は先約がある」
「…何の?」
「何のって…」
まさか追求されるとは思わず、言葉が続かない。いつも通り普通に理由を言えばいいのだが、口にしにくいのは何故だろうか。松本も理由を聞いてくるとは思っていなかったのか、視界の隅に見える彼女の表情もまさしく【驚き】を表現していた。
「ひ、雛森。隊長にも私事の一つや二つ…」
「誕生日の時もだし、シロちゃん最近冷たいよ。このところ時間があれば姿も見えないし…」
松本の言葉も遮って、機嫌悪そうに見てくる雛森。普段の彼女では想像できない振る舞いだ。確かにこの一年、時間を見つけては現世に行く回数も増えていた。だが、それを雛森が気付いているとは思ってもいなかった。
松本がまぁまぁ、となだめに入ったがその声も耳に入らない様子で、雛森は責めるように言い寄ってくる。
「で?何の用事?」
「…少し、な」
「少しじゃわかんないよ!まさか…デートとかじゃないよね?」
その言葉に俺は驚き、まさか…と松本を見る。
「松本、お前言ったのか?!」
「ええっ?!まさか!言うわけないじゃないですか!」
「…やっぱりデートなの?それ」
静かに言う雛森の指差す先を、俺と松本は追う。そこに広がるのは、仕事の書類に紛れてある松本の作った資料。俺は咄嗟にその書類を他の紙で隠す。
「誰と行くの?」
「…お前には関係ない」
「!!関係なくないから聞いてるの!」
「お前、と関係なんかあったか?」
「!?誰よそれっ!シロちゃんのバカ!」
雛森は執務室のソファにあるクッションを俺に投げつけた後、勢いよく執務室を飛び出して行った。俺はクッションをうまくかわしたものの、突然の流れにしばらく呆然とする。との件について、雛森は関係ないはずだが…俺の知らないところで何かあったか?真相を知るためにもとりあえず雛森を追った方が良いと判断したが、松本がそれを制した。
「隊長、ここは私に任せてください」
「いや、でもアイツと何か関係があるんじゃ…」
「あー、もう!これだから天然のタラシは!」
「は?」
「いいですか?とりあえずこの件に関しては私に任せて、隊長は明日に備えてさっさと帰宅してください!くれぐれも雛森にお土産とか買ってこないでくださいね!」
その分私の分は弾ませていいですよ!と言いたいことだけ言うと、松本は雛森を追って慌ただしく執務室を出て行った。取り残された俺は一人、首をかしげるばかりだった。