
『「「着いたー!」」』
「…お前ら、今と同じタイミングで言ったぞ」
「え、マジ?!」
「わぁい、お姉ちゃんと一緒!」
『ふふっ、一緒一緒!』
Diamond lily 〜Smile U〜
一護のテストも無事終わった日曜日。私たち家族は子供の頃から来ている森へピクニックに来た。私にとっては家族みんなで来る、最後のピクニック。目の前を彩る緑、梅の香り、小川が流れる音、小鳥の囀り、春を感じ始めた風、みんなの表情ー…全てを体に浸透させたいと思った。
草むらに広げたシートの上で輪になり、お弁当を広げる。甘い卵焼き、唐揚げ、ポテトサラダ、タコさんウインナー…どれもこれも私が好きなものだらけだった。
「見事にが好きなもんばっかだな」
「そりゃそうだよ、お姉ちゃんのために作ったんだから!」
『ありがとね、遊子』
「私も姉が好きなお菓子買って来たよ!」
『ほんとだ、ありがとね夏梨』
そう言って2人の頭を撫でその様子を一護が伝えると、2人は見えないはずなのに私に向かって微笑んでくれた。見えなくても分かるのかな。
みんなでお腹いっぱい食べて、昔話に花を咲かせる。昔ここの小川で一護が溺れたかけたこと、私が神隠しにあって次の日に鳥居の下で眠っていたこと、夏梨が近所の男の子を泣かせたこと、遊子が転んで頭から血を流したこと…。全てを鮮明に覚えているお父さんは、たまに誇張しながら楽しそうに話していて、みんなで心の底から笑った。私にとっていつもいつも、この時間は幸せで愛おしかった。
*****
「遊子、バドミントンしよ!」
「えー、夏梨ちゃん強いからなぁ」
「一兄と組めばいいじゃん!ね、一兄!」
「えー、夏梨ちゃんしぶといからなぁ」
食後の休憩も終え、夏梨が遊ぼうと遊子に声をかける。巻き添えを受けた一護は、断る遊子の口調を真似て何とか昼寝にこぎつけようとする。その姿を私はニコニコ見ていた。本当に我が家の兄妹は仲が良い。このまま三人共育って欲しいな、なんて母親みたいなことを思った。
「じゃあ遊子、お父さんと一緒に…」
「やだ、お父さん大人気ないんだもん!」
その言葉にお父さんはガックリ肩を落とし、私はまぁまぁと慰める。これもまぁ、ある意味黒崎家のお決まりみたいなものだ。そして三人は「姉は審判してね!」と言い残し、少し離れたところへ移動し、仲良くバドミントンで遊び始めた。あーあ、結局一護まで楽しんでるし。お父さんはそんな三人の様子を幸せそうに見つめるとシートの上に横になり、空を見上げている。私はその横に座り、同じく空を見上げた。
『ね、お父さん』
「…」
『お父さん、聞こえてるんでしょ?』
今なら一護にも聞こえない距離。私はずっと思っていたことを口にした。お父さんは聞こえないフリをしているのか、何も返さない。
お父さんはお化けは見えない体質だと思ってた。けれどこの数週間でお父さんの視線を感じることが何度もあったし、あの遊子と夏梨が泣き出した夜も、お父さんは私の存在を全く驚いていなかった。小さく微笑んでもくれていた。何故見えないフリをしているのかわからないし、問いつめるつもりもない。ただ、私はお父さんが私のことを見えているという自信があった。もし見えて、聞こえているなら話をしたい。きちんと伝えたいことがあるんだ。
『私、もう少しでここを離れなきゃいけなくなるの』
「…」
『だから、その前にどうしてもお父さんに伝えたいことがあるんだ』
そういうと、私は無視し続けるお父さんに思いっきり抱きついた。お父さんは驚きの声を上げたが、それこそ私が聞こえぬフリをしてさらにぎゅっとしがみつく。すると流石に見えないフリが出来なくなったのか、私の背中に暖かなものが触れた。そしてそのままポン、ポン、と叩かれた。幼い頃にも感じたことのあるその一定のリズムに安堵感と懐かしさを覚え、私は背中を押されるように言葉を続けた。
『私、ちっとも親孝行出来なかったけど…でも、お父さんとお母さんの子供で本当に良かったって、心から思ってるよ』
「…」
『私を生んでくれて、今まで育ててくれて…本当にありがとう』
ぎゅっとしがみつく、大きな体。この十三年と少し、ずっと惜しみない愛を与えてくれた存在。その暖かさに涙が溢れて出る。溢れる涙もそのままに、私は少しでも温もりを肌に覚えさせようとさらに抱きついた。お父さんは背中を叩く手とは反対の手でそっと私の頭に手を置き、優しく抱きしめる返してくれた。
「…」
『…はい』
「悪かったな…健康な体に生んでやれなくて…」
その言葉にうずめていた顔を勢いよく上げる。そんな言葉を聞きたいわけじゃない。
『そんなこと言わないで!私は体が弱くても充分幸せなんだから!』
「…そうか。ありがとな」
そう言って私の顔を見て、微笑んでくれた。久し振りに視線が合い、私に向けられたお父さんの笑みが嬉しくて。嬉しいはずなのに涙が止まらなくなった。そんな私の頬に流れる涙を、お父さんは優しく拭って言った。
「お前はいつまでも、どこへ行っても、俺の大事な娘だからな」
好物だらけのお弁当。
大好きなお菓子の山。
側にいてくれる暖かな存在。
自然と溢れる本当の笑顔。
そしてこの力強くて暖かな言葉と、この涙を拭ってくれる大きくて頼れる手のひらの温もり。
包み込んでくれるこの家族の愛情を、私はどこへ行っても絶対に忘れたくないと願った。