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『一護、早く行こーよ!早く早くー!』
「うるせー!わかったから黙れ!」
「五月蝿いのは一兄だよ!学校くらい黙って行けっ!」

 に放った一言はでかい独り言と取られ、彼女の事が視えない夏梨に叱られた。頼むから公共の場で話しかけてくるな!

Diamond lily 〜Wish〜


『あーあ。朝から怒られちゃったね、一護』

 そう言って俺の隣を歩くのは、ついこの間死んだ双子の妹。どうやら四十九日まではこっちの世界にいるらしく、元々視える体質である俺の側にずっといる。生きていた頃も常に一緒だったから大して煩わしさもないが、普通に相手していると他人からは見えないせいで俺が一人変なヤツになってしまうのが気になるところだ。

「お前が五月蝿いからだろーが」
『だって一護遅いんだもん。みんな大好き学校の時間だよ!私は早く行きたいのに!』
「別に好きじゃねーし、一人で行きゃいーだろ」
『一人で行ったってつまんないじゃん!一緒に行くのが楽しいんじゃん!』

 そう言って頬を膨らます。今日はが亡くなってから初めて登校する日。少し前までは部屋で横になっている彼女に声を掛けてから家を出るのが日課だったが、今はもうない。生きていた頃よりも元気なと話していると、むしろ完治して生きているのではないかと錯覚してしまう。もうこのままずっと側にいればいいのに、と思ってしまう自分がいる。決して言わないけれど。
 は学校へ行けるのが嬉しいらしく、ずっと機嫌が良さそうだ。生前は全然学校にも行けなかったのだから、それもそうか。

 教室の扉を開けると、クラスメイトは一斉に俺を見る。そして少しの沈黙が流れた。身内が亡くなればどう触れていいものか、みんな考えるのは当然だろう。俺は気にせずいつも通り自席につこうとして、もふらりと彼女自身の席へ行く。そして彼女の机に飾られた一輪の花を見て言った。

『一護、これどかして』
「…」
『無視しないでよ、これどかしてってば!』

 無視すんなって言われても、この場でお前の相手なんかしたら変に思われるだろ、馬鹿野郎!そう思いながらちらりとを睨む。でも彼女も負けじと俺を睨み返してきた。

『だってこれ、あからさまに私死んじゃってるじゃん』
「…」
『まぁ事実なんだけど!でも今はまだ私、ここにいるの。私もみんなと同じように自分の席に座りたいの!』

 そう言って訴えてくる。彼女にしてみれば体も楽になり念願の学校に来れたのに、席に花なんかあっても嬉しくもなんともないだろう。俺は小さく溜息をつくとの席に近づき、花瓶をどかそうと手に取った。それと同時に扉が開き、花瓶片手にそちらに視線を向けた。

「あ、一護。来たんだ」
「…おう」

 扉から入って来たのは、幼馴染のたつき。とも幼馴染である彼女は亡くなってすぐに会いに来てくれ、小さくて儚い姿に涙を流してくれた。そんな姿をはどんな気持ちで見ていたのだろうか。そんなことを考えている俺を他所に、はたつきを見ると笑顔いっぱいに駆け寄った。

『たつきちゃーん!この間はありがとね!』
「で、一護は花なんか持って何やってんだ?」
『…って、やっぱ聞こえないか』
「いや…これをどかしてやろうかと…」

 の言葉を無視(たつきは聞こえないんだろうが)して言葉を返すと、この俺の言葉を皮切りにすすり泣く音が響き渡り、俺ももぎょっとした。どうやら俺が花をどかすその行動が、他の奴らには『妹の死を受け入れられない兄』の姿に見えたようだ。そう教えてくれたたつきに、も俺もなるほどと頷く。いや、まぁそうではあるが、実際の理由は少し違うんだけど…まぁいいか。説明するのも面倒なので、俺はそのまま花瓶をロッカーの上に寄せた。その直後、男の声で呼び掛けられた。

「黒崎」
「えっと…お前…」
『確か、岩田くん!』
「あぁ、岩田」
「一護、岩井だよ」
「『…』」

 たつきに訂正され、岩田もとい岩井の姿を見る。そう、以前白昼堂々に街中で告白した岩井。呼び止めた岩井の目は腫れていて、明らかに泣いた後なのが見て取れた。

「黒崎、落ち着いたらでいいから、今度ちゃんに挨拶に行かせてもらえないか?」
「…あぁ」
『ありがとう。優しいね、岩井くん』

 そういうとは背の高めの岩井に合わせて、少し背伸びしながらポンポンと頭を撫でた。彼本人には見えないし分からないだろうが、何かを感じたのか直後に頭に触れていて、その姿に俺もも小さく微笑んだ。

********

 授業も始まり、は花のなくなった彼女自身の席に楽しそうに着く。現文、英語、数学、美術…健康な俺にとってはごく当たり前の時間もにとっては全てが目新しく、その瞳は誰よりも輝いて見えた。当てられることがないにも関わらず分からない問題に手を挙げ、参加する姿に溢れるものが堪えられず、視界が歪む。それがバレないよう、俺は授業中にも関わらず外を向いてごまかすことに必死だった。
 下校時間になり、彼女は俺の隣で満足そうに校門をくぐる。そして今日一日の感想を楽しげに話していた。あーだこーだ話しながら帰る帰り道は、彼女が学校に最後までいられた数回だけの思い出だ。

「楽しかったか?」
『うん!とーっても!』

 また明日も一緒にいこーね!と微笑む妹に、これがずっと続けばいいのにと思わずにはいられなかった。