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 ここ最近、ずっと同じ夢を見る。
 夢ではいつも、何故か子供に戻って家にいる。俺たちのお下がりで、妹たちが使っていた今はもう捨てたはずの赤ん坊用のベッドが2つリビングに並んでいて、死んだはずの母親がキッチンに立っている。窓の外を見渡せば、今はもう住宅が立ち並んでいるはずの空き地が広がっている。ここでいつも、これが夢だと気付いた。
 ふと横を見ると、子供の頃から常に一緒にいるのが当たり前で、いるのが自然だった自分の片割れが今回もいない。いないと落ち着かなくて、俺はいつも通り家中を探し回る。隠れ家として一緒に過ごした屋根裏も、どちらが遅くまで起きていられるか競った今はないはずの二段ベッドも、お医者さんごっこと称して遊んだ父親の診察室も探したけど、どこにもいない。いつも、見つけられない。

「ったく、どこ行ったんだよ」
「…護……て…」

 いつもの夢とは違い、今日は微かに声が聞こえた。その声は俺がずっと探している人物のもので。でもどこから聞こえるのか分からないほど小さく、はっきりと聞こえない。

「…護…きて…」

 また聞こえるけど、姿は見えない。ずっと探し回っているのに見えないその姿に俺は苛立ち、声を荒げた。

「おい、バカっ!どこいんだよ!どこ探してもいねぇし!」
「…一護…ってば…」
「何だよ、はっきり言え!」

 どんだけ探してると思ってんだ!早く出て来い!

『一護、起きてってば!』

 やけにはっきりとしたその声に、俺は飛び起きた。

Diamond lily 〜Reunion〜


『もう、一護ほんと寝起き悪い!』
「……」
『…あれ、まだ見えない?』

 反応あったからやっと見えたと思ったのに…おーい、と目の前で手を振られる。目の前には夢の中でずっと探してた、一週間前に他界した双子の妹が立っていた。この七日間、彼女が居なくなったことが信じられなくて信じたくなくて、現実でもどこか探してた俺の片割れ。もう一生会えるはずのない、俺の妹。そんな彼女が今、目の前にいる。俺は喉の奥がツンと痛くなり、目の前にある腕を勢いよく引き、その体を抱きしめた。

『ぅおっ!ちょ、一護っ!見えて…』
「バカ…死ぬの、早すぎんだろ」
『…』
「勝手に諦めやがって…バカ野郎」
『ごめん。ごめんね、一護』

 滲んだ視界に広がるのは夢で探し回ったオレンジ髪。抱きしめて香るのはずっと感じていた消毒薬ではなく、幼い頃から側にあったそのもののそれで。すごく懐かしくて暖かくてぎゅっと抱きしめると、は優しく俺の背中を撫でて応えてくれた。それは幼い頃母親がしてくれた感覚と似ていて、親子なんだと感じる。は俺の腕の中から顔を見上げると、涙をうっすら浮かべて『見えて良かった』と微笑んだ。俺はこの時ほどこの体質に感謝したことはなかった。

 少し落ち着いてきた俺は、目の前にいる彼女をよく観察した。今彼女が身に付けているのは家族内でも似合ってると好評だった、お気に入りの真っ白なワンピース。長く柔らかな髪はいつの頃からか身に付けていた緑の髪紐で一つに束ねられ、太陽のような色の石のついたアンクレットが見えた。そして肩から斜めに下げられているのは、いつも使っていたカバン。そのカバンには俺があげた赤鼻のリスのぬいぐるみが付いていた。
 彼女自身の体をみれば幼い頃から繰り返し治療していて沢山あった点滴の跡もなく、顔色もあの頃に比べると良く見える。はまじまじと見ている俺をニコニコしながら見ている。

『ね、一護。見てて!』

 そう言うと俺の腕から抜け出し、ピョン、と窓から屋根へジャンプした。そして自由に走り回る。

「おい、危ねぇぞ!」
『見てー!今の私、走れるの!!』

 走った後、俺目掛けて再びジャンプして来た。俺はその自分より小さくて華奢な身体を慌てて受け止め、そのままの勢いで二人でベッドに転がる。その衝撃で俺は壁に頭をぶつけた。

「…ってぇ…お前なにし…」
『私、走れるんだよ!』

 俺の上ではぁはぁ息を切らし、目を輝かせながら言う

『走れるし、息切れだってするし、汗だってかくの!』
「…」
『外も自由に出られるし、邪魔な点滴だってない!身体も軽いんだよ!』

 だから私のことは心配しないで、と言う言葉と共に微笑みながら『ね?』とそっと首を傾げられた。それは明らかにいつまでも落ち込んでいる俺を気遣っての事だと容易に想像できた。死んだ妹に気を遣わせてどうする。しっかりしろ、俺。

「…あぁ、わかった」
『ん!それでこそ私の自慢の兄っ!』

 そう言ってグリグリと頭を撫でられた。元気な妹の姿を見るのは本当に久し振りで、まるでまだ生きているかのような錯覚を受ける。

「で、お前はここで何してんだ?」
『んー、死んでから四十九日後にお迎えが来るみたいだから、あと六週間は一護の側にいようかと思って。あれからずっと近くに居たんだよ!』

 そしたら七日目にしてやっと見えたみたい!と笑顔で言う。この七日間、こいつはずっと側にいたのか…って、ずっと…?

「その…ずっとって言うのは…」
『言葉通り、ずーーっと!一人で泣かせちゃって、本当にごめんね』

 まだ幼い妹たちの手前、支えになろうとずっと堪えていた。けれど毎晩一人になると溢れるものが堪えきれず、感情のままに泣いていた。誰にも見られていないと思っていたのに、まさか本人に見られていたとは…。大体誰のせいで泣いたと思ってんだ、と少し責めたやりたくなったが、ありがとうね、と目の前で微笑む妹は凄く柔らかな表情をしていて、そんなことはもうどうでも良くなってしまった。

 でね、一護には私が見えると信じてたし、折角だから一緒に楽しい思い出沢山作るんだ!と微笑むは本当に強い女性だ。そして彼女のために、残りの週は出来ること全てやってやろうと心に決めた。